7-21 腹の探り合い
「さて。そろそろ、踏み込んだ話をしても構わないかな」
食事が大分進み、宴の皿が空になり、《神聖騎士団》側と打ち解けた頃を見計らったかのようにローランが切り出すと、一同の空気が引き締まった。
冷たい、氷のような緊張感はどこか戦闘前の静けさに近かったが、これから行われるのは自分の武威を相手に叩つける戦闘とは全く毛色が違う。
相手の腹という、表面上からでは見えない本音を探る心理戦である。にこやかな笑顔を浮かべつつ、ローランはダリーシャスに先制の一撃を放つ。
「あまり、腹芸は得意じゃありませんから、単刀直入に伺いましょう。どうして、デゼルト国の王族がこのような場所に居られるのですか」
修飾の無いストレートな問い。それは相手が無警戒な状況で投げつけられていたら、素の感情が表に出てしまったかもしれないほど強烈だ。
しかし、ダリーシャスはこの流れを予期していたかのように、感情を乱すことなく、軽やかに切り返した。
「でしたら、こちらからも一つ。どうして、『聖騎士』、いえ《神聖騎士団》ほどのパーティーがこの僻地に滞在しているのか、お聞きしても?」
「ふむ。これは参りました」
両者は互いに笑いかけるが、瞳は笑っていない。互いの真意を暴き立てようと激しいつばぜり合いをしていた。
だけど、それは長く続かなかった。先に笑みを消したのはダリーシャスの方だった。
「なんて、痛くもない腹の探り合いを続けるだけ時間の無駄といえるでしょう。……こちらは本音で話す。そちらも、本音で話してもらいたい」
ダリーシャスの申し出にローランは目を細めた。それは都合の良すぎる申し出である。ダリーシャスがこれから話す内容が真実であるかどうかは不明なのに、相手に真実を話せというのは虫が良すぎる。
だけど、ローランはあっさりと頷いた。
「構いません。あまり隠し立てする内容ではありませんからね。とはいえ、秘密にしてもらいたい内容ですが」
「それならば、こちらも。事はデゼルト国の恥部なのでな。他言無用で願いたい」
そう前置きをしてからダリーシャスはデゼルト国において、水面下で起きていることを語り出した。
神前投票、クーデター、兄の旗揚げした討伐軍への合流。そして、追跡部隊を逃れるために、悪魔の巣を掠めるように移動していた時にキュクロプスたちに襲われたという事。
大雑把ではあるが自分たちの現状を知ってもらおうと、明かせる範囲の情報を伝えた。とはいえ、オードヴァーン家と帝国の間に存在する、真偽不明の親書についてだけは秘密にした。
話を聞いていたローランだが、キュクロプスたちの下りになると、気まずそうに頬をかき、加速度的に仲間達の視線が厳しくなっていった。
というのも、悪魔の巣における外周部にモンスターが出没し、超級モンスターであるキュクロプスの群れまでが出て来たのは、ローランの責任も少なからずある。食料調達の為にとモンスターを追いかけ回した結果、レイ達の方にモンスターの流れが向かってしまったのだ。
「そして、キュクロプスの奇襲を受けて、窮地に陥っていた我らを助けてもらった。重ね重ねになるが、礼を」
「いやいや。そうなってしまったのは僕のせいでもあるんだ。こちらこそ、申し訳ない」
互いに頭を下げると、ローランがそれにしてもと続けた。
「デゼルト国首都で戒厳令がひかれたという噂がオアシスにも伝わっていたが、まさかそんな事態になっていたとは。知りませんでしたよ。さぞ、大変な目に遭われたでしょう」
「俺はその時、他国に居た為難を逃れましたが、この者は渦中に居り、死ぬ寸前だったとか」
「この年で。それは大変だったね、ラシード君」
ラシードを労わるローランの表情に含む所は無い。しかし、それすらも自分たちを欺く姿かもしれない。まだ、ローランがワシャフと繋がりが無いとは断言出来ないのだ。彼らがここに居る理由が分かるまで、味方と思うのは早計である。
レイがローランをつぶさに観察していると、横合いからマクスウェルが口を挟んだ。
「一つ、尋ねたいことがあるのじゃが、良いかな、王子」
老練な語り口の少年というミスマッチな組み合わせに違和感が残るが、ともかくマクスウェルは質問を投げかけた。
「自国の乱れを他国人である我らに語る、お主の真意が分からん。どのようなつもりで、口にされたのか、お聞かせ願いたい」
普通に考えれば、自国でクーデターが起き、内乱状態に突入しかけているというのは出来る限り秘密にしておきたいことである。エルドラドにおいて情報の伝達速度はさほど早くない。
魔道具を除けば、情報の伝達手段が人力に限られるからだ。つまり、デゼルト国で起きたクーデターを出来る限り秘密にすることは可能なのだ。
むしろ、クーデターが起きているという事が諸外国に伝われば、貿易や国交に支障をきたし、友好国の皮を被ったハイエナは自治の回復のためという名目で介入したり、最悪敵対国の出兵という可能性もある。
それなのに、隠す事をせずに話したダリーシャスの真意が分からないとマクスウェルは告げた。
だけど、ダリーシャスの真意は簡単だった。
「単純な話だ、三賢。俺はこれ以上の敵を望まないだけだ」
―――お前らは俺の敵か否か。
言外にダリーシャスは尋ねていた。ローランらがこの地に居る理由は、ワシャフ陣営の意を受けての事ではないのか、と問いかけていた。
明言を避けたダリーシャスの意図を察したローランが首を振ると、ダリーシャスは緊張を呼気と共に吐き出す。レイも同様に、不安を吐息に混ぜた。
「基本として、法王庁は内政干渉にあたる行為を原則として禁じています。どの国が、どんな国家方針を持っていても、不干渉を貫きます。……流石に、酷い戦争状態に突入すれば、介入はしますが、今回のような内乱において、どちらかの勢力に肩入れするようなことはしませんから、ご安心ください」
自分たちはワシャフ・プラティスの陣営とは無関係であるとローランは説明した。それが真実なのかどうかは不明だが、信じる以外レイ達の選択肢はない。
何しろ、相手は冒険者最強の存在。一度、男が剣を振るえば、それだけでレイ達は抵抗することなく死んでしまうほどの実力差がある。
敵に回したくない存在だし、仮に敵だとしてもこちらから仕掛けた所で勝機を見出せるはずもない。ダリーシャスとしては、こちらの事情をある程度明かして、まず信頼を得ようとしたのだ。
ところが、ダリーシャスの傍では別の思惑が動こうとしていた。
「それで、ローラン様は一体、どうしてこのような地に滞在していらっしゃるのですか」
代表二人の話に割って入る形になったのはラシードだった。
彼には主の為にとある考えがあった。
「ラシード! 無礼な真似をするでない!」
主の叱責が飛ぶが、それはラシードにしてみれば予想できたことである。頭を下げつつも、ローランの方へ視線を向けていた。
「いや、構いません。……僕ら《神聖騎士団》はギルド、及び法王庁から内密の命令が下されます。今回の悪魔の巣滞在も、その一環だと思って結構です」
気分を害した様子を見せず話すローランだが、自分の職務内容を、一切を語ろうとはしなかった。これでは彼がここに居るのがギルドの指示なのか、法王庁の意思なのかすら不明だ。
すると、ローランは意味ありげな視線をレイに向けて、再度口を開いた。
「とはいえ、それでは納得しないでしょう。ですから、ここから先は極秘でお願いします」
「待て、ローラン。お主、喋る気か!」
マクスウェルが強引にローランの肩を掴んだ。周りの仲間達も驚きと、咎める視線をリーダーであるローランに向けていた。
「仕方ないだろ。これも、おそらくは法王様の御意志だ」
「む。……なら、好きにしろ。儂は知らん」
納得はしていないが、仕方ないとばかりにマクスウェルは席に戻った。乱れた衣服を直したローランがレイ達の方に向き直る。
「御見苦しい所をお見せしました」
「お気になさらず。それよりも、何かの機密に触れるというのならお話にならなくても良いのですぞ」
ダリーシャスの言葉にローランは首を振った。
「いえ。これはエルドラドにおけるすべての人間が直面する問題です。今知るか、後で知るかの違いに過ぎません。ですが、広まると混乱だけが広がる内容ゆえ、他言無用でお願いします」
承知したという返事を聞いてからローランは口を開く。
「現在、法王庁は人魔戦役の再来を警戒しており、全ての武装神官に特命を発令しています。無論、この場に居る僕らにも特命が下されております。それも、《聖騎士》の称号に見合った重要な案件とお考え下さい」
「それはつまり、魔人種らが再び戦争を起こそうとしているという認識で間違っていないですな」
言いながら、ダリーシャスの視線はちらりとシアラの方を向く。彼女が魔人種の雑種である事は見た目だけで見当はつく、さらに言えば『魔王』の孫娘であるという事もダリーシャスは知っていた。
「その認識で間違っていません。中央大陸のネーデにおいて六将軍第二席ゲオルギウスが姿を現したのをきっかけに、四席、五席、六席がそれぞれ他大陸で活動していたという目撃が寄せられました。これを受けて、法王庁では近いうちに魔人種たちによる、大規模な破壊活動が行われると想定し、未然に防ぐべく行動を開始しました」
「待ってくれ。その情報は各国に通達されているのか」
「いえ。想定されているというだけで、実際に動くかどうか不明のため、混乱を避けるべく情報の共有は行われていません」
途端にダリーシャスの表情が険しくなる。民の命と財産を守る王族として、世界情勢が不安定だという情報を秘匿する法王庁に対して思う所があるのだろう。
もっとも、ローランはそれも織り込み済みで話を続けた。
「僕らがこの地に居るのは、この地にて六将軍第四席クリストフォロスの痕跡が確認されたため、調査を行っていたのです」
話を聞きながらレイはなるほどと納得した。六将軍の狙いは不明だが、六将軍がココで何かをしていて、その調査を行うために長期滞在をするなら、この過酷な地で生き抜けるだけの実力が必要になる。
そういった意味で言えば、S級冒険者のローランとその仲間達は適任である。
「その調査は終わったのでしょうか」
再びラシードの質問が飛んだ。従者としては逸脱した行為にレイ達は疑問を抱くが、ローランは気にした素振りを見せずに答えた。
「ああ。ほとんど終わってね。あとは報告の為に、一度この地を離れようかと考えていたところなんだ」
途端、ラシードの幼気な顔に喜色が浮かぶ。
「これは天の配剤! でしたら、ローラン様。そして《神聖騎士団》の皆様。どうか、お力添えいただいただけませんか!?」
がばり、と。それこそ土下座しかねない勢いでラシードは頭を下げた。従者の暴走にダリーシャスが顔色を変えて止めに入った。
「止めよ、ラシード! 其方は自分が何を言っているのか分かっているのか!」
「分かっております! 分かった上で申しているのです、ダリーシャス様」
頭を伏せたまま、従者は主に提言する。
「悪魔の巣の危険度は想定を上回っておりました。この選択を提示した己が責任です。故に、この地を離れるためにローラン様たちのお力添えを欲するのです」
欲を言えば、ラシードの本心はローランたちのオードヴァーン家への助力である。単純な戦力としても一級品である彼らは、政治的な力もずば抜けている。法王庁を味方に付ければ、オードヴァーン家が帝国と交わしたとされる親書についても疑いを晴らせると踏んだのだ。
その考えはレイも頭の隅に浮かべていた。自分たちだけでは、この悪魔の巣中心部からの脱出は不可能だと。
だけど、この一団のリーダーはレイでは無く、ダリーシャス。彼の意思を無視して、その申し出は出来ないと諦めていた。
「ローラン様。どうか、我が主、ダリーシャス様をお助け下さい!」
幼い少年の必死な頼みにローランは悲しげな顔を浮かべた。
「顔を上げてくれないか、ラシード君」
顔を上げたラシードに対してローランは真摯な態度で返事をする。
「先も言った通り、法王庁は内政干渉に当たる行為を厳禁としている。この状況下でダリーシャス王子に力を貸せば、それはどれだけ小さくても、やはり内政干渉と見做されてしまう。武装神官たちの頂点に立つ身としては、それは避けねばならない」
ローランの返事に対して、ラシードのみならずレイすら表情を歪めてしまう。これで自分たちだけで悪魔の巣を突破することが確定してしまったのだ。
その困難な道のりに対して不安が押し寄せる。
ところが、ローランが意味ありげに口角を吊り上げると、その不安が薄まったのだ。
「……もっとも、それは《聖騎士》として一国の王族を手助けするのが問題であって、かつて迷惑を掛けた冒険者を助けるのは何の問題はない。そうだろう、マクスウェル」
「む? ……ああ、そういう理屈か。うむ、それならば、何の問題は無いな。なあ、皆」
何かを察したマクスウェルが《神聖騎士団》たちに同意を求めると、歴戦の冒険者たちは悪い笑みを浮かべて口々に同意した。
「前に迷惑を掛けた冒険者であるレイ君たちが困っている。何しろ、彼らだけでは悪魔の巣を突破するのは非常に厳しい。だから、かつての詫びとして、僕らが同行を申し出る。それは何の問題はないさ。そこに、どんなやんごとなき事情を抱えた王族が居たとしても、それはレイ君の同行者だ。僕らの関知するところでは無いさ」
自分たちはゲオルギウスの一件で迷惑を掛けたレイとその仲間を守る為に同行する。その仲間の中に、情勢的に不安定な国の王子が居たかどうかは関知しない。その建前で押し通るつもりなのだ。
いうまでもなく、屁理屈だ。それもシュウ王国のスヴェン王子と同レベルの屁理屈。それでも屁理屈も理屈といえる。ローランや《神聖騎士団》にしてもレイに対して謝罪の気持ちはあり、それを行動に移すのはやぶさかではない。よって反対意見も出なかった。
砂に吸い込まれる水のように、ローランの真意がラシードに伝わると、少年の顔が喜びを浮かべた。
「それじゃあ、一緒に行って下さるんですね!」
「勘違いしないでくれよ。僕らはレイ君たちを助けるために同行するのであって、デゼルト国の王子なんて知らないんだから」
そういう体でよろしくとローランは締めくくった。
こうして、レイ達のアルビノ砂漠北進に新しい同行者が加わったのである。S級冒険者ローランとその仲間達という、これ以上の頼もしい味方は誰にも思いつけない。ある意味最強の護衛であり同行者だ。
「それじゃ、新たな出会いと明日からの旅の安全を祈って、乾杯だ!」
掲げられたグラスの中身は水なのだが、それを指摘する無粋な者は居なかった。
宴が終わり、レイ達は就寝することになった。付近のモンスターは撃退し、近寄らなくなったとはいえ、念のために見張りを立てるという事なので、レイはその見張りに名乗り出た。
明日から共に旅する仲間として、信頼されようと面倒事を引き受けたのだ。流石に超級、超弩級モンスターが出没する場所なので、レイだけでなく、《神聖騎士団》の中からも寝ずの番が出て来た。
同時に襲われないようにと、焚火を挟んで距離を取っての見張り番をしていると、レイは何者かの動く影を、視界の片隅に捉えた。
時刻は既に真夜中を過ぎていたが、見張りの交代の時間では無い。いつでも抜けるようにと構えていたコウエンの柄に手を伸ばすと、動く影はレイ達の方を見向きもせずに歩いて行くのだった。
その特徴的な姿に、レイは人影が誰なのか直ぐに分かったが、同時に疑問が湧く。
(彼女はこんな時間に、何処に何をしに行くのだろうか?)
レイは対角に位置する見張り役に身振り手振りで、この場を離れると伝えた。相手は承諾したように片手を上げたので、レイはテントから離れる少女の後を追った。
少女の足取りは、夢遊病の患者のような不確かなものではなく、目的地を定めたしっかりとしたものだ。足場の悪い地形を軽々と超える所を見ても、寝ぼけているわけではなさそうだ。
だけど、その速度は風のように早いという訳でも無かった。レイの推測が正しければ、いまの彼女は彼女自身ではないはず。だとしたら、どんな意図で彼女が表に出てきているのか。それが謎だった。
しばらくして、少女の足が止まる。
そこは少しだけ開けた、小高い丘だった。乾いた大地が星々に照らされるだけの荒野。生命なんて感じさせない寒々しい場所である。
彼女―――エトネはその丘のある場所で立ち止まると、跪いたのだ。
いや、それは跪いたというよりも、屈したというべきか、大地に身を投げ出したというべきか。崩れ落ちたと表現しても間違っていない。それだけ唐突な行動にレイは驚いて少女の元へと駆け寄った。
寝巻に着替えたエトネの体を抱き起すと、薄らと少女の瞳がレイを捉えた。
エルフ特有の萌黄色の瞳を覗きこんで、レイは息を呑むのと同時にやはりと納得した。
なぜなら、瞳の虹彩が青く縁どられていたのだ。
それが何を意味するのか、レイは理解していた。そして、この砂漠に来てからの疑問が一つだけ解消された。
「やっぱり、ハヅミ。君が表に出ていたのか」
「……ええ、そうよ。お久しぶりね、『招かれた者』」
エトネ本来の声に共振するように、別の存在の声が響いた。
読んで下さって、ありがとうございます。




