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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第7章 熱砂の国
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7-20 神聖騎士団

「阿呆の事は脇に置いて、自己紹介をさせて貰おうじゃないか。儂の名はマクスウェルという」


 よろしくと差し出された手をレイは握り返した。年の割に、随分と乾いた肌の手に違和感を抱くが、目の前で穏やかな笑みを浮かべている少年は気にした素振りをみせなかった。


「魔法を多少嗜んでおるのだが、生憎とこの地では役立たずでな。仕方なしに、留守番と食事番を仰せつかっているという訳じゃ。いま、他の仲間達は迷宮に潜って調査をしておるのだが、直に戻ってくる手はずだ。なので、これから夕飯を作ろうとしておったのだが」


「なら、あたしも手伝います!」「てつだう」


 レティとエトネの申し出にマクスウェルは、それは有り難いと歓迎してくれた。


「しかし、この人数だと残っている食料だとちと足りんぞ。さてはて、どうするべきか」


「でしたら、僕らの分を使ってください。元々、その約束でした」


 言うと、レイは懐に収めていた馬車をレティに渡した。少女は慣れた手つきで馬車の大きさを元に戻した。目の前で、ミニチュアサイズの馬車がサイズを変えたことにマクスウェルは驚きを見せた。しかし、その驚き方はレイの意表を突く。


「ほう。エルフ製の馬車とは珍しい。よく、こんな骨董品を持っておるな」


「これがエルフの馬車だって知っているの?」


「うむ。かつて、別の現存する馬車を見たことがあってな。だとすると、なるほどこの中に積めるだけの水と食料を用意して、砂漠での非常食としているのか。なるほど、賢い使い方だ」


 どうやら魔法陣で内部が拡張されている事も知っているようだった。リザ達が馬車から使えそうな食料品を降ろしている最中、マクスウェルがレイの方をじっと見つめた。


「それで、お主の名を聞きたいのだが、構わんかな?」


 自分が自己紹介をしていない事に気が付き、レイは慌てて名前を口にした。


「《ミクリヤ》所属のレイといいます」


 すると、マクスウェルは飛び色の瞳を丸くして、レイの方にぐいと近づけた。まるで科学者が実験結果を見るようなぶしつけな視線である。


「なんと! なんと、なんと。お主がレイか。ネーデでゲオルギウスとやり合った新米冒険者はお主の事だよな」


「えっと、はい。そうですね」


「いやはや大したもんだ。『岩壁』のオルドなどの援護があったとしても、その年であの魔人とやり合い、生き残るとは。いや、それよりもまずは謝らんとな。その節は済まんかった」


 頭を下げるマクスウェルにレイは慌てて首を振った。すでにローランから謝罪の言葉は受け取っている。これ以上は逆に居心地が悪くて恐縮してしまう。


 そんなレイの心情に気が付いたのか、マクスウェルは頭を上げると表情を切り替えていた。それはどこか、学者が自らの専門分野に直面した時に見せる、知的好奇心に彩られていた。


「それにしても、《ミクリヤ》のレイか。ふむ、実に曰くありげな名前じゃな。、ミクリヤレイ……とでも呼ぶべきか」


「……それはどういう意味かな」


 途端、レイの全身が冷たい緊張に包まれる。背中のダガーに手を伸ばしたのは、コウエンを抜刀するよりも早く、攻撃に移れるからだ。


 レイがパーティー名にミクリヤと付けたのは、日本人的な響きを掲げていれば、同郷の異世界人に気が付いてもらえるという宣伝目的である。


 宣伝目的ではあるのだが、引き寄せられるのが友好的な存在とは限らないのだ。目の前の相手が敵なのか違うのか分からないが、それでも警戒を怠るのは得策ではない。それにダガーなら抜かなくても雷が出せる。すぐに攻撃に移れる。


 すると、レイの緊張を知ってか知らずか、マクスウェルは再び穏やかな笑みを浮かべた。敵意は無いとばかりの笑みに、気勢が削がれた。


「儂はお主の敵じゃないよ。まあ、その辺りの事はおいおい話すとして、彼女たちはお主の仲間かな」


「あ、はい。リザにレティ、エトネにシアラです」


 レイが名前を読み上げると、少女たちは各々返事と挨拶を送る。そんな中で、マクスウェルの視線は金色黒色の瞳を持つシアラへと向かっていた。


 おそらく、ゲオルギウスと同じ金色の瞳に反応しているのだろう。レイはシアラが問題の無い存在だと説明しようと口を開いたが、それよりも前にマクスウェルが驚くべき内容を口にした。


「なるほど、あれがカタリナの娘か。見ればよく似ておるな」


 マクスウェルの言葉に、レイとシアラは絶句し、戸惑った。


 六将軍第三席カタリナはシアラの母であり、『魔王』フィーニスの娘である。そして、魔人種の裏切者としても悪名轟く存在だ。


 シアラにとって、母親とは自分の人生に影を落とす存在であり、関わらないでいたいと願う存在でもある。


 それなのに、母親を知るような口ぶりの少年と出くわしたのだ。思考が停止しても不思議では無かった。その代り、同じような衝撃を味わいつつも先に立て直せたレイが、彼女の代わりに質問をした。


「シ、シアラの母親の事を知っているんですか!?」


「まあな。昔、色々とあってな。さっさと死んでくれないかと毎晩欠かさず祈っておるのだが、さてさて効いているのかどうか。……ああ、心配しなくてもいい。お主と母親が別の存在だとちゃんと理解している。母親への恨みをお主で晴らそうなんて、大人げない真似はせんから」


 どうやら、ゲオルギウスがシアラを氷漬けにした事すら知っているようである。レイの中で目の前の少年に対する警戒は高くなる一方である。そんな時、遠くの方から別の一団が近づいてきた。


 ローランとマクスウェルの名前を呼ぶ彼らは巨大なモンスターの死骸を分割して背負っていた。


「迷宮に潜ってたのが帰ってきたようだ。すまないが、詳しい話はまた今度にしようか」


 言うなり、マクスウェルはレイ達に背中を向けた。あまりの警戒心の無さに、またしてもレイは気勢をそがれてしまった。


 ところが、一瞬立ち止まった少年は見透かしたかのように告げた。


「だから、隠し持った武器で背後から儂を討とうなんて考えないでくれよ」


 ぎくり、と。レイは冷たい汗をかいた。ダガーに伸ばしていた手が硬直し、遠ざかるマクスウェルの背中を黙ってみる事しかできなかった。


 気が付くと、シアラが表情を険しくして、自分の隣に立っていた。


「……あいつ、何者なのよ」


「さあね。ただ、思い出したよ。ネーデのギルドで、あの子が三賢の一人って呼ばれていたのを」


 それは遠い過去のようでありながら数か月ほど前の事だ。ギルドに姿を現したローランたちの事を、他の冒険者らは口々に噂していた。その中に、あの少年の事があったと思い出す。


 すると、シアラが驚き半分、納得半分が入り混じった複雑な声を上げた。


「そうなの。あんな子供が三賢者の一人だったのね」


 どういう意味かと尋ねるも、シアラはまた後で説明するからと言って食事の手伝いに向かった。


 しばらくして、日が沈みかける頃になって、食事は完成した。


 レイ達が提供したのは干し魚やドライフルーツの類、それに塩漬けの肉を薄くスライスした物だ。一方、ローランたちが迷宮から持ち帰ったのは、植物系モンスターの死骸からとれた野菜類である。もっとも野菜といっても、見た目と触感が野菜に近いだけで、実際はモンスターの死肉である。それを水で煮込んで、コンソメと混ぜてスープとした。


「さあ、皆。楽に座ってくれ。今日は無礼講と行こうじゃないか」


 レイ達の一団はラシードの部下も含めれば十二人。そしてローランのパーティーは八人。合わせて二十人という大所帯が車座に座ることになる。


 冒険者たちにしてみれば、モンスターの肉は身近な存在だけに抵抗は無かった。ダリーシャスも王族の割にはこの辺りに無頓着なので、特に気にした様子もなく席に着いた。一方で主とは違いラシードはスープに浮かぶ食材を前に恐ろしげな表情を浮かべていた。しかし、ダリーシャスが何の抵抗も示さないのだ。自分が断わる訳にはいかないと悲壮な覚悟を抱いて席に着いた。


 全員が席に着いたのを確認して、ローランが場を仕切り始めた。


「各々、多少の自己紹介をしただろうけど、改めて名乗らせてもらおう。《神聖騎士団》を率いる『聖騎士』のローランだ。リーダーとして水や食料を分けて貰い、感謝する。……あと、どうも、僕らがこの辺りのモンスターを刈ったせいで、そちらに迷惑を掛けたようで。いや、申し訳ない」


 《神聖騎士団》側が揃って頭を下げ、次はレイ達の番だと視線が動いた。一瞬、レイはどうするのかダリーシャスの方に視線を向けた。この一団で、身分が高いのはダリーシャスなのだ。この場において挨拶するに相応しいのは彼の方だとレイは判断した。


 視線を受け止めたダリーシャスはしばし熟考した後、背筋を伸ばし、堂々とした態度で名乗る。


「デゼルト国王族が一人、ファラハ・オードヴァンの子、ダリーシャス・オードヴァーンである。昼は仲間共々助けてもらい、感謝すると同時に、名を偽った事を謝る」


 頭を下げたダリーシャスに合わせてレイ達も頭を下げた。ふと上目遣いで相手を見れば、ローランたちは驚きと困惑が入り混じった表情を向けていた。


「驚いたな。やんごとなき身分の方かと思ったが、まさかデゼルト国の王族だったとは。これは失礼を、ダリーシャス王子」


「いえ。こちらこそ、会うた時に身分を明かせなかったゆえ。それに『聖騎士』殿の仰る通り、今宵は無礼講。堅苦しいのはやめにしようではないか」


「では、僕の事もローランとお呼びください。何しろ、堅苦しい二つ名ゆえ、呼ばれるたびにこそばゆくて」


「相分かった、ローラン殿。……それではここに居る者らの紹介へと移ろうか。まず、こやつはラシード。オードヴァーン家に仕える者である」


 名前を呼ばれたラシードは言葉少なく、自己紹介を済ませると頭を下げた。そのまま、ダリーシャスはラシードの部下たちの名前を呼んでいく。そして、次はレイ達の番となる。


「そしてこの者らはD級パーティーの《ミクリヤ》。俺が個人的に雇っている冒険者たちだ」


「《ミクリヤ》のリーダー、レイと申します」


 相手方の反応はこれまでにないほど大きい、それこそどよめきに近かった。ダリーシャスが名乗った時以上の反応である。


 特に顕著の反応をしたのはローランの横に座っていた、透き通るような銀色の髪をした女性である。レイの事を穴が開くほど見つめていた。


「ローラン。もしかして、レイというのは」


「ああ、そうだよ。ネーデの時に迷惑を掛けた少年さ。……まあ、その話は少し待て。まだあちらの自己紹介が終わっていないだろ」


 ローランが取りなさなければ、そのままレイの元に《神聖騎士団》のメンバーが集結しかねない勢いだった。レイは急かされるようにリザ達の名を告げて行く。そして、シアラの名前を読み上げた時、ピリッとした静電気のような緊張が《神聖騎士団》の中に流れた。その理由は明白だ。金色黒色の瞳が彼らの脳裏にあの男を蘇らせる。すかさず、レイが口を挟んだ。


「彼女は御覧の通り、魔人種で金色の瞳を持っていますが、これは生まれつきの瞳です。決して、六将軍の味方という訳じゃありません。安心してください」


「ふむ。マクスウェル、君はどう思うんだい」


 ローランが顎を撫でながらマクスウェルに問いかけた。すると、マクスウェルは薄く笑い、大丈夫だという。


「彼女は奴らとは関係ない。単なる雑種の魔人種だ。ゆえに、危険性は薄い」


「よし、お前がそう言うなら、そうなのだろう。みんなも聞いた通りだ。彼女はアイツとは何の関係もない。僕らと同じ冒険者だ」


 膝を打って宣言したローランのお蔭で、《神聖騎士団》側に流れていた不穏な空気は薄らいだ。レイはローランと目線を合わせると軽く頭を下げた。


 多少のハプニングはあったが、エトネが最後に名前を告げてこれでレイ達一行の自己紹介が終わった。すると、今度はローランが代表して仲間を紹介する。


「この見た目少年の若作りがマクスウェル。でも中身は九十を超えた老人だから、騙されないでくれよ」


「はっはっは。若作りとは失礼な奴め。……改めて、マクスウェルと申す、ダリーシャス王子。……儂の事は覚えておるかな?」


 知り合いなのかとレイが尋ねると、ダリーシャスは苦笑いを浮かべつつ返した。


「学術都市でな。やはり、三賢者のお一人でしたか。あの頃と姿が変わっておらず、まさかとは思いましたが」


「ふふふ。そういう呪いを掛けられたのでな。心は立派な爺だぞ」


 どこか寂しげな笑みを浮かべたマクスウェルが引っ込むと、次は銀色の髪をした女性の番となった。彼女はいつの間にか、レイの隣に座り、真横から自己紹介をする。


「法王庁所属、ミストラルと申します。いやしくも《聖女》の二つ名を拝命しております。どうか、宜しく」


 聖女という響きにレイの脳裏を一つの場面が蘇った。それはかつてゲオルギウスが口にした名称である。


 ―――「やってくれたな、聖女! この代償、高くつくぞ!!」


 ゲオルギウスとローランたちの戦いは激しく、死傷者を出すほどだった。そのため、彼らの仲間の一人はゲオルギウスを別の場所に転移することで窮地を乗り切ろうとしたのだ。


 結果、ゲオルギウスはネーデの街のギルド上空に現れるという事態に陥ったのだ。


「その様子では、ご存知でしたか。……私の技能スキルによってゲオルギウスは地上に姿を現し、貴方を危険にさらしました」


 ミストラルは瞳に涙を浮かべつつ、レイの手を握った。冒険者とは思えないほど柔らかいその手の感触にレイは心を揺さぶられる。


「本当に申し訳ありません。などと、言葉で申した所でお詫びにならないでしょう。この身は神に捧げたので、差し出す訳にはいきませんが、それ以外なら、何なりと申し付けてください」


「な、なんなりって」


「さあ、さあ、さあ!」


 ミストラルが身に着けている法衣は薄く、豊満な肉体は全く隠せていない。それどころか、誇張すらしている。その双丘がレイの体に触れると、柔らかな感触が電流のように脳に伝わった。じりじりと迫るミストラルに追い詰められるレイを助けたのはリザ達だった。ミストラルの手をリザが掴み、シアラがレイの首根っこを引っ張り、レティとエトネが左右からしがみ付いた。


「……レイ様と何があったのかは存じませんが、あまり誑かさないでもらいたいのですが」


「基本的に初心だから、ちょっと迫られるところって転がっちゃうのよ、この人。だから、あんまりはしたない事をしないでくださる、聖女様?」


 リザとシアラの牽制にミストラルはきょとんとするも、最後には聖女の名前に相応しい笑みをレイに贈り席に戻った。


「……女同士のやりあいって怖いなー」


 ローランのボヤキにマクスウェルが無言で頷いた。


 ひと悶着はあったが、自己紹介はつつがなく終わり、ようやく宴が始まったのだった。


「それでは、新たな出会いを祝って、乾杯!」


「「「乾杯!!」」」


 高らかに掲げられたグラスの中身は水ではあるが、今宵ばかりはいかなる名酒よりも水の方がこの場には相応しかった。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は十三日月曜日頃を予定しております。

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