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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第7章 熱砂の国
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7-19 聖騎士

「ちょっと待ってくれないか、レイ。状況が全く分からないのだが」


 勝手に進んでしまう話に割って入ったダリーシャスがローランに向けて訝しげな視線を送る。ラシードたち忠臣が主を守るべく武器を取り、正体不明の白銀の騎士に対して敵意を向けていた。


「どうやら、そこの御仁がキュクロプスたちを倒してくれたようだが、こちらは先を急ぐ旅をしている身だ。なにより、この危険地帯に我ら以外の人間が居るという事自体、信じがたいのだが」


 視線でこの男は敵ではないのかとダリーシャスは問うていた。雷光のように現れ、窮地を救ってくれたとはいえ、それだけでは信頼する証にはならない。


 慌てて、レイがローランの紹介をする。


「こちらはS級冒険者の『聖騎士』ローランさんだ。それでこっちが……護衛中の商会の若旦那と使用人の方々です」


 レイはダリーシャスの本名を明かさず、あえて身分を偽った。ローランはその事に気が付かない様子で、朗らかな笑みを浮かべて挨拶をした。


「初めまして、ローランと申します。紹介された通り、冒険者です。といっても、口では信じ切れませんから、どうぞ、こちらをご覧ください」


 懐から取り出したのはギルドが発行しているプレートだ。そこにはS級の刻印がはっきりと刻まれている。少なくとも、プレートの偽造は出来ないため、このプレートが本当にS級冒険者ローランの物だということになる。


「レイ君とは前に一度、会ったことがあり、大変迷惑を掛けてしまいました。その時は事情があり詫びをする事も出来なかったので、仲間もたいへん悔やんでおります。なので、是非、僕らの拠点に足を運び、疲れを癒してほしいのですが、宜しいですか」


 丁寧な説明に加えて、S級冒険者という箔がラシードたちの心を動かした。いまだに信用しきってはいないとばかりにぶしつけな視線を送るダリーシャスを彼らは説得する。配下たちの説得と、夜が近づいて来た事。そして悪魔の巣という場所もあってか、ダリーシャスは折れた。


「分かった。ならば、案内させてもらうとする」


「良かった。それじゃ、こっちだ」


 かくして、レイ達はローランの仲間が居るという拠点に向けて出発することになった。






 ローランを加えた一行の歩みは、遥かに早くなった。


 理由の一つに、ローランが加わった事にある。彼はこの悪魔の巣を勝手知ったる我が家のような気楽さで進んでいた。どこにどんな道があり、どんな危険があるのか熟知しているようで、足取りに恐れや不安は無い。それを裏付けるのは、おそらく彼自身の強さだろう。


「ん。ちょっと待っててね。そこにモンスターが居るから、倒してくるよ」


 そう、軽く言い含めると、ローランは軽やかなステップで角を曲がり、僅かな斬撃音だけを響かせると、モンスターを排除して戻ってくる。白銀の鎧に返り血のような無様な跡は無く、先を進めば一撃で仕留められたモンスターの死骸が転がっている。


 どの死体も、最小限のダメージだけを与えられ、一刀の内で沈められている。そのせいか、血だまりのような悍ましい光景では無く、それこそモンスターが昼寝をしているのではないかと想像してしまうほど静かな光景が生み出された。


「これが世界最高峰の冒険者。尋常じゃない強さですね」


 リザがモンスターに残った最小の傷口を見て呻いた。背後から魔石を目がけて突き刺した一撃は、モンスターの筋や骨をすり抜け、出血を最小にとどめている。あの大剣で、どうやってそんな事が出来るのかと誰もが不思議に思う。


 もう一つの理由は、歩くにつれて、モンスターとの遭遇率が一気に減ったのだ。エトネ曰く、道を塞ぐように立っていたモンスターが、こちらの気配に気が付くと同時に一目散に逃げだしたというのだ。正確に言えば、ローランを見て逃げ出したようである。


 超級モンスターすら背中を向けて逃げ出す。それこそがこの男が『聖騎士』である最大の証といえた。


 先程まで疲労から顔を死者のように青くさせていたラシードやその部下たちは、尊敬のまなざしをローランに向けていた。特にラシードは、年相応の憧憬を送る。


 彼らはもう、怖い物は無いとばかりに気楽そうに歩を進める。


 まだ悪魔の巣。それも奥の方だというのに、この浮かれようはなんだとダリーシャスがこっそりため息を吐くぐらいだった。


 とはいえ、レイも彼らと似たり寄ったりだ。エトネの鼻や耳、シアラの目でもローランが加わってから危険度が一気に下がったという確認が出来た。キュクロプスの投擲という生死を賭けた戦いからの反動なのか、レイも気を緩ませていた。


 そんな中、リザとシアラとダリーシャスの三人はローランから距離を取っていた。三人の瞳はまだ警戒の色が濃く、ローランの一挙手一投足を見逃さないとばかりに鋭くなっている。


 ラシードやその部下たちとの温度差をレイは気にして声を掛けた。


「どうしたんだよ、君たち。そんな風にローランさんを見つめてさ」


 小声で尋ねたレイに対して三人は無言で視線を交わし、シアラが言葉を慎重に選ぶ。


「主様はおかしいと思わないの? こんな場所に、S級冒険者が居るなんて。都合が良すぎないかしら」


「うーん。まあ、確かに僕らにとっては幸運だけど、S級冒険者が超級モンスターの沢山いる場所に居るのは、別段不思議じゃないんじゃないかな」


 能力値アビリティというのは、加齢による衰えや、戦闘の内容によって低下することがある。要は戦闘から長い事離れたり、自らの実力よりも低いモンスターばかりを相手取っていると、腕が鈍るのだ。


 それを嫌って、自らを高めるべく高難易度の迷宮に潜るというのは現役冒険者にとっては必須の事柄であり、S級冒険者ともなれば迷宮の深層ぐらいしか適正な場所は無いのかもしれない。


 だけど、レイの言葉を認めつつも、リザが否定の内容を口にした。


「それはあり得るかもしれませんが、それならばこんな地上部分に居らずとも、迷宮に潜ってればいいはずです。地上に生息するモンスターは経験値が低い傾向を、あの方がご存じないはずがありません。それに私達の危機に合わせたかのように姿を現したのも、やはり解せません」


 リザの言葉を引き継いで、ダリーシャスが自分の懸念を明かした。


「もしやと思うが、『聖騎士』がワシャフ側につき、追撃部隊からの情報を受けて先回りしてここに来た、という可能性も否めんだろ」


 その言葉にレイは顔色を青ざめる。


 少なくとも、ローランの実力はオルドを凌ぎ、テオドール王すら超えている。もしかすると、弱体化しているというフィーニスと互角かもしれない、と思ってしまうほどの規格外の存在だ。


 いくら《トライ&エラー》があると言っても、所詮は死亡した後に発動する能力スキルだ。死ぬことを回避できるかどうかは、レイ本人の努力次第だ。


「でも、『聖騎士』が一国の政治問題に介入するのでしょうか。あの方の所属は法王庁。内政干渉に当たるのでは?」


「む。リザの言う事ももっともではある。……ううむ。それだと、やはり何故あのような人物がこの場に居るのか、見当もつかないぞ」


 頭を捻り出して悩むダリーシャスを置いて、レイはリザとシアラの二人にこっそりと耳打ちした。


「あのさ、そもそも『聖騎士』ってどんな人なの?」


「人となりは、面識のあるレイ様の方がご存じなのでは」


「いや。会った事があると言っても、ほんの少しの時間さ。それもゲオルギウスとのごたごたがあった後なんだよね」


 一瞬、シアラがゲオルギウスという因縁ある名前を耳にして顔を険しくしたが、それも一瞬の事だ。浮かんだ表情を打ち消して平静を装う少女はリザに尋ねた。


「ワタシも今代の『聖騎士』についてはほとんど知らないわ。教えて頂戴、リザ」


 ところがその言葉にレイが待ったと口を挟んだ。今代とはどいう意味だと尋ねた。


「そうですね。それではまず、一からご説明します。まず、『聖騎士』というのはローラン殿を表す二つ名であると同時に、代々、法王庁に属する武装神官の筆頭に贈られる称号でもあるのです」


「え? それじゃ、あの人は神官なの。あんな大剣を振り回して?」


 頷くリザだが、レイのイメージで神官というのは神に祈りを捧げ、信徒に説教をするというステレオタイプの姿だった。もしくは杖を持って魔法を放つ者か。少なくとも、身の丈を越す大剣を振り回し、暴力的な戦い方をするのを神官とは呼ばない。


「武装神官というのは、モンスターなどの被害が頻繁にあり、しかし冒険者の常駐などがされていない小規模な村などに派遣される神官の事です。祭事などで神に祈りを捧げ、一方では村人に迫る脅威に対して武を持って打ち払うというのを役目としています」


「だから武装神官の多くは冒険者登録しているのよ。鍛えるにはやっぱり迷宮に潜るのが便利だもの」


 神に祈りを上げたり、説教をして神の教えを伝えるというよりも、悪霊を払ったり、吸血鬼を駆除したりするエクソシスト的な要素が強いのかとレイは納得した。


「ワタシの時代にも『聖騎士』を名乗る神官は居たけど、あんなに強くは無かったわよ。何者なのよ、あの男」


 シアラは白銀の背中を指差した。いまも、地面を突き破って現れた昆虫型のモンスターを、大剣を軽々と振り回して両断するローラン。レイ達が手助けする暇すらなかった。


「何者と言われても、私も多くは知らないわよ。分かっていることは、今代の『聖騎士』がS級冒険者であり、その実力と知性からギルドと法王庁の両方から篤く信頼されているという事ぐらいです。逆に言えば、そんな人物が誰の指示もなく、ここに居るという事はあり得ないという事になります」


「だとしたら、問題は誰の意思で居るかって事だね」


 警戒の念を強めたレイ達だったが、ローランは怪しい行動を一切せず、レイ達を拠点へと案内していく。しかし、その方角に気が付くと、全員の口数は少なくなっていた。


 なぜなら、ローランが誘導するのは悪魔の巣のまさに中心部だったからだ。


 ほどなくして、ローランの足が止まった。


「やっと着いたよ。ここが、悪魔の巣の中心部。迷宮の入り口前だよ」


 あっけらかんと告げるが、レイの頬は引きつっていた。ラシードの持つ地図は悪魔の巣の外周部分が僅かに描かれているに過ぎない。そこから、中心部までは単に赤く塗りつぶされている。これは、超級モンスターだらけの中心部に行ってまで地図を作ろうとする者が居ないため、空白地帯となっていたのだ。


 いま、レイ達はその空白地帯の中心部に足を踏み入れたのだ。


 悪魔の巣の中心部はこれまで同じ、砂岩地帯だったが、起伏に富んだ地形だった。前方にはアリの巣のように至る所に穴の開いた巨大な岩山がそびえ立ち、辺りは隕石が落ちたかのようにクレーターが幾つもできていた。


 まるで、この場所で激しい戦闘があって元の地形が大きく乱れ、それが長い年月をかけて風化したかのような姿だった。


「あの奥にある巨大な岩山。そこの根元に迷宮への入り口があるから、危ないから近づかないでくれよ。特に小さなお嬢さんたちは気をつけるように。じゃないと、怖いモンスターが襲ってくるかもしれないからね」


「はーい」「うん」


「おや? 随分と場慣れした感じだね。やはり、小さくても冒険者は冒険者か」


 期待したリアクションでは無かったことに肩を落としつつも、ローランは次いで拠点の場所を示した。岩山から十分距離を取った荒れ果てた場所に、複数のテントが並んで張ってある。中心にはたき火が燃えており、やかんを温めている。火の番をしているのか、ごろりと寝そべっていた人物が足音に気が付いて顔を上げた。


 若い少年だった。魔法使いが好んで纏う防刃仕様のローブを羽織り、鳶色の瞳は眠たげだ。もしかすると、寝起きなのかもしれない。悪魔の巣の中心部。それも迷宮の入り口前という最も危険な場所でよく寝ていられるなとローランを除く全員が戦慄する。


「おおう。やっと帰ってきたか、ローラン。それで? 食料は何か持ってきたのか?」


 自信満々に頷くローランはレイ達を指差した。正確には、水や食料の詰まった荷物を運ぶ駱駝たちを。


 少年は身を起こすと半開きの眼でレイ達をじっと見つめ、大きなため息を吐いた。


「ローラン、ローラン。儂は何といった?」


「腹が減ってるなら、食えそうなモンスターを取って来い……だっけ」


「その通り。それでお前さんには、彼らがモンスターのように見えるのか?」


「あっはっはっは。おかしなことを聞くな。いよいよ耄碌したか、若作り爺」


 再度少年はため息を吐くと、ローランを無視してレイ達を視線で撫でる。


「誰が、この集団の頭目かな?」


 一同の視線はダリーシャスへと集まるのだが、当の本人が拒否し、レイを突きだした。しょうがないからとレイは少年と向き合った。


 正対すると、少年が自分と同い年か、少し上ぐらいかと見当が付いた。背丈は自分よりも小さく、小柄な体格だ。とてもじゃないが、S級冒険者のパーティーメンバーとは思えなかった。


「どうも、うちの馬鹿が迷惑を掛けたようで。本当にすまないな」


「いえ。こちらこそ、危ない所を助けてもらった上に、安全な場所まで案内してもらって。お礼を言うのは此方です。……噂だと、悪魔の巣中心部は超級や超弩級モンスターが根城にしていると聞いたのですが。ここは静かですね」


 荒んだ光景は悪魔の巣という名前に相応しいのだが、ラシードの話ではここが一番モンスターが生息している場所だったはず。それなのに、見渡す限り、どこにもモンスターの影は無かった。すると、少年は手を振ってレイの言葉を否定した。


「いやいや。噂は間違っておらんよ。儂らが来るまでは、噂通り、超級や超弩級がひしめく危険地帯だったぞ。特にここは酷い有様だったわ」


「そう……なんですか。でも、モンスターの影なんて」


「うん。いまは無い。なぜなら、儂らが悉く駆逐したからな」


 あっさりと。


 超級、超弩級モンスターを駆逐したという少年にレイ達は唖然とした。ごく自然な口調からは嘘ではないとレイは実感した。


 その上で、少年は衝撃的な内容を口にした。


「しばらくはこの地を取り戻そうとする気概の在るモンスターも居たんだが、それも何度か撃退していると、あやつら諦めおったわ。この場所から遠ざかろうとして、どんどん悪魔の巣の外側へと逃げていきおった。すると、腹をすかせたこやつが逃げ出した奴らを追いかけるから、ますます遠くへ行きおったよ」


「本当に厄介だよ。アイツら、僕を見るなり逃げて行くから、捕まえるのも一苦労だよ。君らが戦ったキュクロプスも、ここを取り戻そうとして挑んできたけど、負けて逃げ出した奴らだよ」


「まあ、その結果、ここしばらくはこの辺りでモンスターは見かけんようになったし、随分と静かに過ごせたがの」


 二人の言葉にレイ達は知りたくない真実を知ってしまった。


 散々、レイ達を悩ましていた悪魔の巣における法則の乱れ。それは悪魔の巣において権勢を誇っていた超級や超弩級モンスターらが、それを上回る怪物達にテリトリーを奪われ、新天地を求めて外へ外へ逃げ出したのが原因だった。彼らは上級モンスターたちのテリトリーを奪い、テリトリーを奪われた上級モンスターは自分たちの新天地を求める。


 その結果、モンスターの出没が少ないはずのルートにさえ、上級モンスターがわんさかと出て来て、更には超級モンスターであるキュクロプスが姿を現した。


 つまり、全ての原因は彼らである。


読んで下さって、ありがとうございます。

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