7-18 白銀の背中
ずしん、と。遠くで破砕音と衝撃が発生した。レイが振り返ると、そこにはひしゃげた三叉の槍が大地に転がっていた。左右には大地を削り取った槍が二本あり、龍刀の一撃を浴びた一本と合わせれば四本の槍が朽ちていた。
そこまでは理解できた。問題は、どうして最後の槍が自分たちを貫かず、遥か後方まで弾かれたかという事だった。
その答えは直ぐに判明した。
「いやー。何だか凄い事になってるね。遠くからでも見えたよ、君たちの出した炎。アルビノ砂漠で、炎なんて珍しいから、様子を見に来たよ。あれ、戦技? それとも魔道具かな?」
明るい声である。これが単なる迷宮とかで声を掛けられたならそれほど驚かない。しかし、ここは悪魔の巣。超級モンスターや超弩級モンスターが住んでいる危険な土地なのだ。
そんな場所で明るい声というのは、余りにもそぐわない。というよりも、自分たち以外に人が居るとすらレイは想定していなかった。
振り返った青年の出で立ちも、普通では無かった。
一目見て、匠が技量を尽くしたと分からせる白銀の鎧に、光の加減か白みがかった金髪が顔に掛かる。まるで絵本の中から飛び出した王子のような端正な顔立ちなのに、人を圧倒する威圧感を放っていた。
ふと、その瞳と視線が交錯したレイは呆気にとられた。
自分は、この男を知っている。
同時に、男の表情も驚きの混じったものへと変化したのだ。
「あれ? 君は……もしかして」
「貴方は……あの時の」
しかし、言葉は続かなかった。地響きが轟くと、空から三体のキュクロプスが襲来したのだ。どこにその巨体を隠していたのか謎だが、奇襲を掛けられてしまう。素手ではあるが、相手は超級モンスター。囲まれたことにリザは焦りを浮かべた。戦技を二発放ったことで、リザの精神力は枯渇寸前。もっとも、戦技を放てたとしても、キュクロプスにどこまでダメージを与えられるかは不明だ。
「レイ様、どうしますか。やぶれかぶれで吶喊しますか」
レイは手元の龍刀に目をむけた。
既に龍刀は役目を終えたとばかりに炎が消えていた。もう一度、魂の交換をするべきかと考え込むレイに対して、白銀の背中が大丈夫だと告げた。
「ここは僕に任せてくれないかな。どうやら、あのキュクロプスたちは、僕が撃ち漏らした獲物。なにより君には借りがあるからね」
そういうなり、レイの返事を待たずに男は駆けだした。背中に背負った大剣を抜き放つと、驚くことに超級モンスターであるキュクロプスたちがたじろいだのだ。
あからさまに、後ずさりをしたキュクロプスに対して、男は一気に距離を詰めた。巨人は逃げる暇もなく、男に足元まで辿り着かれた。その時になってようやく覚悟を決めたのか戦いを挑んだ。真っ直ぐ弓を引くように引き絞った拳が、男に向かって垂直に放たれた。それはちょっとした大きさの隕石のような一撃だ。
キュクロプスの槍を弾いた経験のあるレイは、あの時の一撃がキュクロプスにとっての軽いさや当てのような一撃だったのだと理解できた。
そんな強烈な拳に対して驚くことに、男は避けようとしなかった。それどころか、刃を立てると隕石のように落ちて来たキュクロプスの拳に突きたてたのだ。
大剣は巨人の拳に食い込んだ。痛みで声を上げたキュクロプスだが、チャンスとばかりに空いた手で男を薙ぎ払おうとする。ところが、男は更に驚きの行動に出た。
突き刺したままの大剣を始点にして、男は大地を蹴り上げ、なんとキュクロプスの腕を駆け上がったのだ。もちろん大剣は突き刺さったままだ。
拳から前腕、肘、二の腕と一本の線がキュクロプスに描かれていく。大剣の切れ味は凄まじく、キュクロプスの腕は腹を裂かれたウナギのようにべろんとめくれた。これにはキュクロプスも耐えきれないとばかりに叫ぶ。腕を出鱈目に振り回し、男を弾き飛ばそうとした。
しかし、すでに遅い。肩まで辿り着いた男は仕上げとばかりに大剣を横に振るった。それは独楽のような動きで巨人の首を一刀で断ち切った。
「まず、一体」
男は踵を返し首から落ちようとしていた巨人の頭を蹴った。それはレイたちを取り囲む一体へと砲弾のように迫った。
咄嗟にキュクロプスは同胞の頭を叩き落すか、受け止めるかで迷ったそぶりをした。モンスターにも仲間を思う理性のようなものがあるのかとレイは奇妙な関心を抱いてしまった。
結局、キュクロプスは同胞の頭を両手で受け止めた。だけど、結果論で言えばそれは間違いだった。
自分の顔面めがけて来た頭を両手で防いだ時点で、視界と両手を塞いでしまったのだ。
死角となった頭の影から、男が大剣を振りかぶり投げたのを、キュクロプスは知る由もない。矢のように放たれた大剣はキュクロプス二体分の頭蓋を貫通せしめた。
あっという間に二体のキュクロプスが死んだ。それは奇襲を仕掛けた最後の一体にとっても衝撃的な出来事なのだろう。
だけど、同時にチャンスといえた。
なぜなら悪鬼のように暴れた男は武器を失ったのだ。それどころか、今は落下中。男の技量なら着地は難なく成功するだろうが、それでも刹那の間、身動きが取れなくなるはずだ。
そうなると有利なのはキュクロプスの方だ。
三体目のキュクロプスは俄然やる気を出して、一気に動き出した。足元に転がっているレイとリザには見向きもせず、男の落下地点目がけて攻撃を加えようとする。
ところがだ。
落下以外選択の無い男が首なしキュクロプスの死体を蹴って方向を変えたのだ。自分に向かって迫ってくる三体目のキュクロプスに素手で飛びかかった。
あり得ないと、この場に居る全員が驚愕する。いくら男が尋常ならざる手練れであっても、所詮は一般的な人間サイズ。背丈だけでも六倍以上違うキュクロプス相手に素手で挑もうとは誰も考えない。
仮に素手で挑む無謀なものが居るとしたら、それは魔法や技能、あるいは戦技によるサポートがあっての行動だ。しかし、アルビノ砂漠では魔法は使えない。そして男は技能も戦技も発動したようには見えなかった。
文字通り、徒手空拳で挑む男。
レイは一瞬の後に男が為すすべなく倒されるのを想像して目を伏せた。代わりに入ってくるのは鈍い、水の詰まった革袋を叩くような音だった。
恐る恐る顔を上げると、そこには男の拳が、キュクロプスの目を潰しているシーンが飛び込んできた。そのままキュクロプスの後頭部まで駆け上がると、渾身の一撃を持って蹴りを加えた。その威力は凄まじく、巨人の体が衝撃で吹き飛び、地面へと倒すほどだった。
そこには槍が生み出した大地の壁があった。
キュクロプスはめくれた大地に向かって、無防備な首を差し出すように倒れた。それはあたかも刃の上に飛び込むようで、乾いた大地にモンスターの血が染み込んだ。
遂に三体のキュクロプスが物言わぬ骸と化した。あとは遠くから槍を投げていたキュクロプス、ただ一体だ。
地面にやっと戻ってきた男が振り向くと、遠くに居たキュクロプスは恥も外聞も捨てて背中を向けていた。
逃亡である。
その選択肢は間違っていない。三体を瞬時に倒した怪物を相手に、丸腰のキュクロプスではどうあがいても勝ち目は無かった。逃亡こそ、正しい判断だ。
だけど、正しいのと生存できるかどうかは全くの別物である。
男は辺りを見回して、近場にあった巨大な槍を担いだ。キュクロプスが振り回す槍だ。人の背丈を軽く超え、それこそ柱のような太さのそれを、男は軽々と扱う。
唸りを上げて振り回される三叉の槍は、回転速度が最高潮に達した瞬間、男の手を離れた。
「忘れ物だ、受け取れ!」
あたかもブーメランのように回転しながら逃げたキュクロプスへと迫り、巨人の体は二つに千切れたのだ。
男は四体目のキュクロプスが死んだのを見届けると、自分が投げた大剣を回収するべく歩き出した
「な……な……何なんですか、あの方は」
リザがレイの背中にしがみ付きながら、恐れを含んだ吐息を零す。強い存在に対して敬意を払い、それこそ憧れを抱くリザですら、白銀の鎧に身を包んだ男に恐れを抱いていた。それは人知を超えた怪物に対する恐怖だ。
それだけ、男の戦いは苛烈で、凄惨で、暴力的だった。
とてもじゃないが、男に付けられた二つ名の響きとそぐわない。
投げた大剣を回収した男に向かってレイは口を開く。
「『聖騎士』ローラン……殿で合っていますよね」
「ああ、そうだとも。君は、ネーデで会ったレイ殿だったよね」
「殿は止してください。そんな大層な人間じゃありません」
「そうか。ならばレイ君、と。僕の事も、呼びすてで構わないよ」
つい先程の虐殺なんて無かったかのように青年―――ローランはレイに向かって笑いかけた。
「ローランというと、もしかしてS級冒険者の!?」
小声で囁くリザにレイは頷いた。
「最強の冒険者じゃありませんか。そんな方がどうして、こんな所に。そ、それにどうしてこの方はレイ様の事をご存じなのですか?」
その疑問は当然である。何しろ相手は最強の冒険者。こちらは駆け出しの冒険者だ。
『聖騎士』ローランについて、レイはそれほど多くを知らない。
彼女の言う通り、彼が世界で数人しかいない最高峰の冒険者であること。その二つ名が『聖騎士』と呼ばれている事。
そして、彼がネーデの迷宮、その最深部にて傷を癒していたゲオルギウスと刃を交わし、心臓を抉ったという事だけだ。
「ネーデで少しだけ話したことがあってね。でも、まさか僕の事を覚えていたとは思いませんでした」
「忘れるものか。こちらの不手際でゲオルギウスを地上に解き放ってしまったのだ。そのままだったら、どれだけの死者が出たか見当もつかない。それをくいとめてくれた君の事は片時も忘れたことは無いさ」
朗らかな笑みと共にずいと手が差し伸べられた。意図を測り兼ねたレイだったが、ローランが無理やりレイの手を取る事で、握手がしたかったのだと気が付いた。
「あの時は、本当にありがとう。君のお蔭で、ネーデは勿論の事、僕らも助けてもらったようなものだ。こうして、再び出会え、そして君を助ける事が出来た。そのことを神に感謝したい」
深々と頭を垂れて感謝を繰り返すローラン。自分はその神のせいでこの世界に来たのだがとレイは苦い表情を浮かべるしかなかった。
「……それで、どうして君がここに? 言っては何だが、ここはまだ君のような駆け出し冒険者が来るような場所じゃない。至急、この場を立ち去る事を勧める」
ローランの心配は正しい。レイとしても、この危険地帯を一刻も早く抜け出したいのだが、まずは仲間と合流する必要があった。
「主様! リザ! そっちは大丈夫なの!?」
大地が捲れ上がった拍子に出来た壁の向こうからシアラの声が投げかけられた。レイはその声に返事をする。
「こっちはもう大丈夫だ。そっちは誰か負傷したか!?」
「いいえ! こっちもみんな無事よ。いまからそっちに合流するから、ちょっと待ってて」
全員無事と聞き、レイは胸をなで下ろした。しかし、合流するというが、大地の壁はちょっとした城壁の高さを誇り、長さもそれに比肩している。どうやって合流しようかと悩むレイにローランが声を掛けた。
「彼方側に居るのは、君の仲間でいいのかな?」
「え、ええ。そうですけど」
「だったら、問題ない。向こう側の人たち! 少し壁から離れてくれよ!」
「え、いまの声は誰!?」
聞き覚えの無い声に戸惑うシアラ達の声が聞こえたが、ローランは気にする様子もなく、大剣に手を伸ばした。そして、鍔なりの音が一度響くと壁に切れ込みがはしり、あっという間に崩れ去ったのだ。
ちょっとした城壁並みの壁をいとも簡単に切断してみせたのだ。問題は、その斬撃をレイは視認できなかった。背後のリザに確認をとるが、彼女も捉えきる事が出来なかったようで、首を横に振った。
かつて、七帝の一角であるサファの斬撃をレイは視認できなかった。自分が死んでから、初めて切られたことを知覚したのだ。その時の斬撃とほとんど同じだった。
恐るべきはサファの獲物が日本刀という、抜刀に適した武器であるのに対して、ローランの武器が大剣という抜刀に不向きな武器という点だ。人よりも優れた背丈のローランが背中で担ぐ必要のある大剣だ。その重量は推して知るべし。それを神速で振り回すのがS級の証なのかとすら思ってしまう。
崩れた壁の向こうから、恐る恐ると渡ってきたシアラ達が、白銀の鎧に身を包むローランに警戒を送った。同時にローランが驚いたように呟いた。
「金色の瞳……だと」
途端、レイはある事を思い出した。
ネーデの迷宮。その最深部にてローランとゲオルギウスは刃を交わしたが、それは一対一の決闘では無い。ローランには仲間が居たのだ。そして、彼はその戦いで仲間を二人失っていた。
その仲間の犠牲があって、心臓を貫けたと語る青年は肩を震わせ、怒りに燃え、復讐を誓っていた。
ゲオルギウスと同じ金色の瞳を持つシアラは、ローランからすれば復讐の対象といえる。そこまで思考が飛んだ瞬間、レイは駆けだしていた。ローランの前に立ちふさがり、シアラを背中で庇った。
突然の行動にシアラは目を丸くした。
「ちょっと、主様。いったい、どういう事なの」
しかし、レイはそれどころでは無かった。眼前のローランが次の瞬間にどんな行動に出るのか分からなかったのだ。
「聞いてください、ローランさん! 彼女は、確かに魔人種だけど、六将軍じゃ、ありません!」
レイの説明と行動に誰もが口を挟めなかった。事情が分からないダリーシャスやラシード、そしてリザやレティですら息を止めて見守った。それだけ、ローランから放たれる威圧感は凄まじく、またレイの剣幕は誰の介入も許さなかった。
緊迫した空間。過ぎ去っていく一分すら、途方もない時間のように感じる。
そんな中、ぐう、と誰かの腹の音が鳴る。
この緊迫した空気で誰だと訝しむと、鳴らした本人が困った風に頬をかいた。
「いや、済まない。どうにも腹の虫が収まらなくてね。ちょっと肉でも獲ろうかと思って、一狩りしていたんだが。人型モンスターって美味しくないんだよな」
自分が倒したキュクロプスを勿体ないとばかりに見つめると、ローランはその飢えた視線を駱駝へと向けた。
「その駱駝は君たちのかい」
「そうですけど……あげませんよ!」
「失礼だな。そこまで困窮してない! そうじゃなくて、積んである物資。それを少し分けてくれないかという話だ」
無論、その分の代価も払うとローランは続けた。
「この近くに、僕が仲間と使用している拠点があるんだ。直に日も暮れるし、君たちだけじゃ、ここを脱出するのは難しいだろ。それに、腰を据えて話もしたい。だから、一緒に行かないかい」
その提案を断わる事はレイに出来ない選択だった。
読んで下さって、ありがとうございます。
『聖騎士』ローラン、第1章からの再登場。




