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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第7章 熱砂の国
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7-16 悪魔の巣 『中編』

 文字通り、降って湧いて現れたキュクロプスを前にして、レイの判断は遅れた。戦うという選択肢は最初から存在しない。相手は超級モンスター。対するこちらは魔法という強力な武器を失ったメンバーのみ。だからこそ、一目散に退避を叫ぶべきだった。


 しかし、先手は一つ目の巨人に取られてしまう。


 連戦による思考能力の低下があったのは否めないが、それは致命的な遅れといえた。巨人の持つ、建造物の柱の如き太さを持つ三叉の槍が頭上から降り下ろされる。


 レイは咄嗟に、自分の持つ精神力を全て腕に回して強化して、天から落ちてくる一撃を迎え撃った。


 ―――衝撃。


 コウエンが槍を受け止めた瞬間、両腕を伝わって、全身で稲妻のような衝撃を味わった。攻撃を受け止めたというのに、思わず意識を喪失しそうな程のインパクトだ。


 超級モンスター、キュクロプス。かつて、スタンピードの時に出現したというのはこれの亜種で等級も一つ上の超弩級だが、なるほど超級モンスターに分類されることはあると頭の片隅で考える。


 巨人と少年の鍔迫り合いは拮抗し、それどころか、少年の上げた気迫と共に三叉の槍が弾かれる。思わず、ラシードたちから感嘆の声が漏れた。これまでの戦いぶりから、レイ達がそれなりの場数を踏んだ冒険者だという事を彼らは理解していた。ラシードですら、レイの奮闘ぶりに一目を置くようになっていた。それでも、超級モンスターの一撃を受け止めたというのは衝撃的な光景だった。もしかすると、この巨人にすら勝利してしまうのではないかと期待した。


 しかし、攻撃を弾くので限界だった。槍を弾き飛ばした衝撃で、体の至る所が悲鳴を上げていた。だけど、上体を逸らした事で、キュクロプスに隙が出来た。そこをレイは逃さず叫んだ。


「レティ、シアラ! ダリーシャス達を連れて、この場を離脱! 全速力!」


 返事は無い。


 なぜなら、キュクロプスが出現した瞬間から、少女達はレイが出すであろう命令を予期して動いていたのだ。駱駝たちの尻を蹴とばし、キュイが駆けだした後を二人に先導されたダリーシャスたちが続いた。巨人の足元を通り、全速力で駆けだした仲間達を確認すると、レイは残った二人に命令を出す。


「リザ、エトネ。悪いけど、ここに残って、アイツを足止めするのを手伝ってくれないか」


「了解です」「うん、わかった」


 精神力切れ寸前のレイの傍に寄りそうようにリザ達は並ぶ。レイは先程開けたばかりのポーションを取り出して、胃の中へと流し込んだ。


 元々の精神力が少ないのが幸いして、少量で全回復に至るのは皮肉な話だ。まだ瓶の中には液体が残っている。


「それで、どうやってあれを足止めするのですか?」


 リザがもっともな質問を発した。何しろ相手は十メートルを超える巨人。モンスターの弱点と言われる、胸、首、頭などの部位はそれこそ空を飛ばなければ届かない距離だ。


 レイはポーションをサイドポーチに押し込むと、キュクロプスの足を指差した。


「狙うは足だ。足首でも、膝でもとにかく足を潰そう。そうすれば追って来れない」


「なるほど。文字通り、足止めという訳ですか。でしたら、行きます!」


 納得したリザが即座に駆けだした。僅かに遅れてエトネが走り出し、リザのアシストとばかりにクロスボウから矢を放った。エトネのクロスボウは彼女の父親から譲り受けた品だ。父親が冒険者をしていたころからの愛用の品らしく、随分と草臥れていたが、キュクロプスの足首にボルトが突き刺さった。攻撃が通じるのを確認すると、エトネは慣れた手つきでボルトを次々と放つ。


 巨体の分、痛覚が鈍いのかと懸念したが、キュクロプスは足元に連続して叩き込まれるボルトを無視できなかったようだ。一つ目がぎょろりと足元を向く。どうやら、自分の背後を駆け抜けたレティ達の存在に気が付いていない。


 巨人はレイに向けて放とうとした一撃を足元へと駆け寄ろうとするリザへと切り替えた。槍がしなり、先程の強烈な一撃がリザを襲い、大地が揺れ、噴煙が上がった。


「グギャアアアア!!」


 ところが、上がった悲鳴はキュクロプスの口からだ。三叉の槍が自分へと降り注ぐよりも前に、リザは相手の足元へと滑りこんで一撃を与えたのだ。


 返す刀で二撃目を与える。その剣裁きは風のように早く、何より鋭い。たまらず、キュクロプスが足を踏み鳴らして、リザを踏み潰そうとするが、すでにそこにはリザは居ない。入れ替わるように近づいたエトネが、キュクロプスの足裏にクロスボウの狙いをつけた。


 再び、巨人の悲鳴が悪魔の巣に響く。


「よし! 攻撃が通じるぞ!」


 レイが手ごたえを感じて拳を握った。同じ超級モンスターであるレッサーデーモンと比べれば、キュクロプスの一撃は遥かに重い。だけど、それ以外の部分。攻撃速度や多様性、それに防御などは一段も二段も劣る。


 レッサーデーモンにしても、キュクロプスにしても攻撃を掠っただけでも致命傷という点は同じだ。だけど、攻撃自体に反応するのも難しいレッサーデーモンと比べれば、キュクロプスの攻撃は遅く、まだ対処できる。


 レイはコウエンに対して精神力を注ぎ込み、一つの技へと昇華する。いまだ、地団駄を踏むキュクロプスの足首を狙うのは難しいが、一カ所だけなら、届くはずだ。


「エトネ! 腰!」


 短い、指示というには余りにも省略された内容。しかし、エトネは自分に向かってくるレイと、放たれようとする戦技の種類。そして、敵の行動から意味を察した。


 少女は両足に精神力を回すと、レイとタイミングを揃えて飛んだ。そして、自分に向かって、体当たりのような勢いで飛び込んでくるレイに対して、足裏を合わせた。


 幼女の視界はひっくり返り、天地が逆さまになる。類まれなる身体能力を持つ、狼人ヴォルフ族ならではの機敏さだ。


 エトネは足裏を合わせた少年をさらなる高みに向けて打ち出した。


「いって、おにいちゃん!」


 ミサイルのように中空で加速したレイは、地団駄を続けるキュクロプスの動きの少ない腰へと到達した。そして、振りかざした刀が腰に突き刺さり、戦技が発動する。


「《崩剣》!」


 ずるり、と。刃がくい込んだ箇所から戦技の効果が発動する。傷つけられた部位の崩壊。それは刃が傷口を広げるほど、深く、広く、回復不能のダメージを相手に与える。レイは腰から太腿、膝、腿へと落下しながら刃で切り裂いてく。龍刀の切れ味の前では、キュクロプスの皮膚は濡れた紙のように脆かった。


「ギィイイイイイイアアアアア!」


 キュクロプスから三度、絶叫の入り混じった悲鳴が発せられた。地面に着地したレイは大急ぎで距離を取った。何しろ、右足を側面から切り裂かれたキュクロプスは痛みに身もだえしているのだ。


 体を横たわらせ、崩壊が広がっていく足を押さえつけようと手で押さえるが、それでも収まらない激痛に身もだえして、体を出鱈目に振り回す。まるで子供が駄々をこねているような姿だが、キュクロプスがすれば、それは局所的な竜巻となる。風が吹き荒れ、被害は比較にならない。


 十メートルの巨人が腕やら足やらを振り回しているのだ。唸りを上げて振り回される腕に、足は地面を叩きつける度にひび割れを生み出す。下手に傍に居れば、あっという間にミンチと成り果てただろう。


「さすがに、止めを刺すのは無理かな」


「そう……ですね。少々、勿体なく思いますが。折角、超級モンスターを打ち倒せる機会なのですが、諦めるとしましょう」


 残念そうに呟くリザだが、彼女も暴れるキュクロプスの脅威を認めて諦めた。レイの《崩剣》は回復不能の一撃。止めを刺さなくても、キュクロプスは二度と立てない。エトネは最初から興味が無かったのか、


「ておいのけものは、いちばんこわい」


 と、割り切っていた。その言葉に後押しを受けて、レイはコウエンを鞘に納め、離脱したレティたちと合流するべく歩き出そうとした。


 ところが、そのレティたちが戻ってきたのだ。


「ご主人さまー!」


 キュイにしがみ付いて手を振る少女。レイは少々不思議に思いつつも手を振り返した。


「おーい。こっちは問題ないよ。キュクロプスは足止めでき―――」


「―――逃げて! こっちは駄目!!」


 レイの言葉を掻き消した少女の逼迫した叫びに、三人は臨戦態勢を取る。遅れて、響いてきた地鳴りに身を固くした。なぜなら、その音はつい先程まで対峙していたキュクロプスの足音と酷似していたのだ。


 だけど、地響きの音や揺れは先程と比較しても、遥かに大きく長い。それが何を指しているのか答えは直ぐに分かった。必死に逃げるレティたちを追いかけて、キュクロプスが四体、続けて現れたのだ。


「増援! 増援が待ち構えていたわ!」


 シアラがこれ以上ないほど分かりやすく、状況を説明してくれた。レイは走ってくるレティたちの顔を確認して、逃げ遅れが居ない事を確認した。


「全員、来た道を引き返せ! どこかで隠れるぞ!」


 即座の撤退に誰も異論は唱えなかった。それだけ戦力差が大きいのだ。キュクロプスを一体倒すのに、レイは戦技まで使い、エトネも精神力をいくらか消費した。


 そこだけを切り取るなら、四体が同時に掛かってきても戦えるのではないかと勘違いしてしまいそうだが、この場合、レティを始めとした戦闘能力が低い者を気にせずに戦えたというのが非常に大きい。


 流石にダリーシャスらを庇いながらの戦闘は難しいとレイは判断したのだ。


 迫りくるキュクロプスたちに対して、レイはコウエンを抜くと、一気に炎を放つ。いまの状況で放てる最大火力を持って道を塞ごうとする。


 仲間が自分の後方へと駆けだしたのを確認して、レイは道を塞ぐべく炎を放つ。あっという間に、道を塞ぐ壁が生み出された。もっとも、相手は超級モンスターである。この炎でどれだけ時間を稼げるかは不明だった。


「主様、急いで!」


「分かった、いま行く!」


 返事をすると、レイもこの場を撤退するべく、駆けだした。


 紅蓮の炎が壁となって塞ぐ向こう側。レティたちを追いかけて来たキュクロプスたちは足を止めた。それはレイの炎が厄介だという事もあるが、何より痛みで苦しむ仲間が居たからだ。


 増援に気が付いたキュクロプスは痛みで喘ぎながら、仲間に向けて手を伸ばした。それは救いを求めるような仕草だった。


 しかし、仲間が差し出したのは暖かい手ではなく、冷たい槍だった。三叉の槍が手負いのキュクロプスの胸を貫いた。ぱきん、と魔石が割れる感触が伝わる。途端に苦しみ、呻き、暴れていたキュクロプスは停止したかのように動きを止めた。


 音を立てて大地に投げ出された手。それは不甲斐ない姿をさらす仲間を処理した冷徹な判断なのか。癒せない傷を負った仲間への憐れみからの行動なのか。


 ―――否。


 これは合理的な思考からの行動だった。


 キュクロプスたちは死んだばかりの同胞の死体を掴むと、炎の壁に向けて放り投げたのだ。まるで、火事を消す為に空気を遮断するかのように、仲間の死体で火を覆った。


 それは刹那の間、確かに火の勢いを弱めた。その隙にキュクロプスは死体を踏み越えて渡る。四体が無事に超えた頃を見計らったように炎は勢いを取り戻し、仲間の死体を灰へと変えた。


 しかし、キュクロプスたちは振り返る事もなく、レイ達への追跡を開始した。






 レイ達は来た道を引き戻し、そびえ立つ砂岩の隙間へと逃げ込んでいた。普通のモンスターなら這入りこめる広さはあるが、キュクロプスの巨体なら引っ掛かり進めないだろうという判断だ。


 全員が全員、体力を振り絞ったかのように肩で息をしており、汗を拭う余裕もなかった。そんな中でもレイは全員の無事を確認していた。駱駝を含めて、全員が無事だった。


「……それで、どこが安全だって? これで六回目の遭遇戦だぞ!」


 谷間たにあいにレイの詰問が響くのも無理もない。彼らが進んでいたルートは、悪魔の巣における外周の中でも、モンスターとの遭遇例が最も低い道だ。遭遇する可能性はあったが、それでも上級との散発的な遭遇だろうとラシードは説明していた。


 それが蓋を開けたらどうだ。六度の遭遇戦に加えて、超級モンスターが群れとなって襲ってきたのだ。ラシードに対して語気を荒げるのも仕方ない話である。


「それに関しては弁明もありません。……ですが、おかしいです。どうして、この辺りでこれだけの頻度でモンスターが出没しているのか。ありえないんです」


 ラシードたち、地元民にしてみればいささかおかしな状況なのだ。悪魔の巣の外周部は選ぶルートさえ間違えなければリスクは最低限に出来るはず。それなのに、こうも多くのモンスターと遭遇するのは彼らにも予想外だった。


「ダリーシャス様。御身を危うくさせてしまい、臣下一同を代表して謝罪いたします」


「いや、其方だけが悪いわけではない。俺とて、予想できなかった事態だ。頭を上げよ」


 頭を下げるラシードにこれ以上詰め寄るのはバツが悪いのか、レイは喉から出そうになった言葉を引っ込めた。代わりに考える。この状況からの生還を。


 断続的に響く足音は着々と近づいている。おそらく、キュクロプスたちは自分たちを探しているのだろうとレイは推測した。だとすると、この谷間を飛び出して、来た道を引き返すのは危険だ。見つかる恐れがある。


 かといって、ここでやり過ごしてしまうというのも難しい話だ。砂岩の隙間に出来た細長い道のような谷間。キュクロプスのような巨大なモンスターなら入っては来れないが、通常のサイズのモンスターなら容易く侵入できる。そうなれば、前後を塞がれる危険性があるのだ。


 だとしたら、選べる道は一つしかなかった。


 レイは来た道とは逆の方向を向いた。細長い谷間の道は、抜け道のように何処かへと繋がっていた。


 戻れないなら、進むしかない。


「いつまでもここにいても、らちが開かない。危険だけど、前進しよう」


 これから進む方を指差したレイに対して、ラシードが顔色を変えた。


「そちらの方角は、悪魔の巣の奥じゃないですか! より危険な方向に進むというのですか!?」


「危険なのは承知している。でも、このままここに居れば、余計に状況は悪化する……だから」


 早く脱出しようとつづけたレイの言葉は、鳴り響く地響きに遮られた。いつの間にか、谷間に影が差す。全員が見上げると、細長い空を覆うように、単眼の怪物が覗きこんでいた。


「見つかった! 全員、走れ!!」


 レイの言葉に全員が弾かれように動き出した。その判断の内容はともかくとして、即座に移動を選んだのは正解だった。


 細長い谷間。キュクロプスが入り込めなくても、巨人が持つ細長い三叉の槍はどうにか通る事が出来る。上体を仰け反らせて、手に持った槍を振り上げた巨人に対してレイはとっさの判断で攻撃を加えた。


「火矢!」


 残りかすに近い炎をかき集めて、どうにか炎を矢のように固めて打ち出した。槍を放とうしたキュクロプスの単眼に矢は突き刺さり、巨人が痛みに体を揺らす。それは手元を狂わせるのに十分な一撃だった。本来ならレイ達を押しつぶしていた槍の軌道は大きくずれた。


 誰もが振り返らなくても、頭の後ろを何かが削りながら迫ってきているのに気が付いていた。いまにも死神が襟首を掴もうとする。


「走れ、走れ、走れ!!」


 喉が枯れんばかりにレイは叫び、全員が背中を押されるように足を回転させ、遂に谷間を抜けた。振り返れば舞い上がった噴煙に谷間は満たされ、その中がどうなっているのか、響く落石音だけで想像するしかなかった。


「……どっちにしろ、これで退路は断たれたって訳だ。……進むしかないね」


「ええ……そうですね」


 認めたくない現実と向き合おうとラシードは頷いた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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