7-14 砂に潜む
帝国の南方大陸進出。
それは事がデゼルト国のお家騒動で済まない可能性である。
降って湧いたように現れた、大陸を揺るがしかねない火種を知ったレイ達の行動は迅速だった。天幕を出た直後には、オアシスを飛び出し、北へと向かって出発した。最初は驚き戸惑っていたリザ達だが、状況を知ると一転して表情を引き締めた。
一刻も早く、アフサル・オードヴァーンと合流し、事の真相を明らかにしなければ、オードヴァーン家が帝国と内通した裏切り者として糾弾されてしまう。そうなれば、王位継承なんて夢のまた夢だ。
それこそ、デゼルト国全体を敵に回す事態となってしまう。
予想もしていない方向へと話が転がっていくことに焦りを感じたダリーシャスに引っ張られるように、一行のスピードは加速していく。どうにか砂漠の暑さに慣れたシアラが再びダウンしてしまうような強行軍が二日続いた時、厄介な来訪者を招くことになる。
「おにいちゃん。ヘンなのがついてくるよ」
昼食をとりながら、エトネがレイの裾を引っ張ったのがきっかけだった。どういう事かとエトネに尋ねると、少女は自慢の鼻と耳を揺らした。
「うんっとね。あさから、うしろから、だれかがついてくるの。おんなじきょりを、おんなじそくどで、ずっと」
思わず、レイは後ろを向こうとした首を止めた。エトネの言葉通りなら、自分たちを追跡している何者かが存在し、それは今も監視している最中なのだろう。下手な行動をとると、追跡者に感づかれてしまう。
エトネの感知能力はずば抜けている。彼女が何者かに追跡されているというなら、それは確実である。疑う余地もない。問題は、その追跡者が何人で、どの勢力で、何を目的として尾行しているのか。
これが、単なる盗賊の類で、砂漠を通過する隊商を狙う類の賊なら、襲ってくるまで待ってから、相手するという対策でも問題は無いはずだ。だけど、相手がワシャフ・プラティスの部下なら、話は違ってくる。
「追跡している人の人数とか分かるかな?」
「ふたり。どっちもラクダといっしょみたい」
駱駝の体臭は特徴的らしく、エトネの優れた鼻は遠くの駱駝の臭いすら嗅ぎ分けていた。
追跡が二人という事は、偵察の類かとレイは考える。盗賊なのか、それともワシャフの部下なのかは置いといて、考えられるケースは二つ。たまたまこの辺りを偵察していた者達が、レイ達を見つけて追跡したのか、それともレイ達がこの場に居るという情報を知って網を張っていたか。後者なら、情報が洩れていることになる。
ともかく、追跡者が二人しかいないという事は、どこかに纏まった数の本隊が居るはずだ。
「見極める必要がありそうだな……ラシード君、ちょっといいかな」
同じように昼食を食べていたラシードを呼び、レイはエトネから追跡者が居るという事を伝えた。話を聞いた当初、ラシードは信じられないという視線を返した。
なにしろ、エトネが感知した敵の距離は遠く、それこそ魔法か技能でないと知覚できない距離だ。それを鼻と耳だけで捉えたというのが出鱈目な話である。だけど、ダリーシャスがエトネならあり得ると援護射撃をしてくれたおかげで、一応納得してくれた。
「それで、どうするんですか。この地形で、この距離ですと向こうから丸見えです。近づけば遠ざかりますよ。かといって、放置しておくには危ないですが」
「うん。だから、考えたんだけどさ」
そう言って、レイは思いついた作戦を告げた。ラシードは驚き、呆れつつも、作戦の有用性を認め、許可を出してくれた。
「おい。やっと動き出すようだぞ」
レイ達一行を単眼鏡で視認できる最大距離から監視していた男が隣の男に声を掛けた。
単眼鏡の中では、複数人の人影が手早く身支度をして出発の準備を終えていた。残念ながら、向うに気づかれないように距離を取っているため、人影は文字通りの人の影でしか分からず、誰が最優先目標であるダリーシャス・オードヴァーンなのか分からなかった。単眼鏡から分かる情報は相手の人数だけだ。
「こちらも休憩は終わりだな。それで、本隊からの指示はまだか?」
連絡用の魔道具に反応は無い。つまり、命令の変更はないという事になる。
「まだのようだ。このまま、距離を保って追跡するぞ」
「了解だ。……しかし、このまま補給無しで、何日追跡できる物やら」
手持ちの水と携帯食料の少なさに男は不安を感じていた。補給できたのは二日前で、その時も十分な物資を確保できたとはいえなかった。そもそも彼らはジャマル・グセイノフを追跡してアルビノ砂漠まで辿り着いた追跡部隊の一員である。広大な砂漠で追いかけっこをする愚策を嫌った指揮官は、ジャマルの逃亡した方角と、目標が置かれている状況から北に逃げると踏んで網を張っていた。司令部を中心として東西に偵察兵を配置して、北に向かう隊列を追いかけ回していた。結果として、ジャマルを捕える事は出来ず、時間が経つにつれて兵士たちの疲労が溜まり、物資が不足しだし、不満が蓄積し始めていた。
いつ、その不満に火がついてもおかしくない状況だったが、指揮官としては手ぶらでは帰る事は出来ない。自らの立場と、下からの突き上げに苦慮していた指揮官にとって、ダリーシャス・オードヴァーンの情報は、天から降りし恵雨に等しかった。
ろくに情報源の精査もせず、指揮官はダリーシャス一行が居ると予測されるポイントを重点に偵察兵を配置。その努力が実ったのか、こうして偵察兵二名が怪しい隊商を見つけ追跡しているのだった。
「愚痴は後回しだ。奴らが出発するぞ」
男たちは騎乗していた駱駝の手綱を取ると、ゆっくりと進み始めた。視線の先にはレイ達が北に向けて進んでいる。男たちは何の違和感を持たないまま、その足跡を追いかける。
一般的な隊商の移動速度を超えるレイ達の速度に合わせる以上、二人の移動も足早となり、深く考える余裕は無かった。
だから、彼らは無警戒に、レイ達が先程まで昼食を取っていた場所を素通りしてしまう。
―――二人が通り過ぎた直後、砂の中から飛び出した金髪の戦士に気がつかなかった。
絡みつく砂を、纏ったマントごと払うと、ぎらつく太陽に真新しい鎧が光り輝いた。エレオノールとの船上での激突時、捨て身の技を繰り出したことによってリザの武器も防具も砕け散った。ついでのように中身の肉体も砕け散っていたので、それは仕方のない出来事である。そのため、リザはアクアウルプスにおいて真新しい装備一式を整えていた。
そのお披露目がこんな形かと苦笑してしまう。まだ、前方を行く二人はリザに気が付いた様子は無かった。
今まで振るっていた物よりも鋭い切れ味を持つロングソードを抜き放つと、少女は柔らかな足場も関係なく、高く跳躍した。砂丘に差す黒い影で、尾行者たちは自分たちの後ろに回った敵の存在に気が付いた。
しかし、遅い。
リザは着地のすれ違いざまに二頭の駱駝の手綱を切り落とすと、返す刀で駱駝の上に居る男たちを引きずり落とした。哀れにも、突然の奇襲に浮足立った男たちは剣を抜く暇もなく、砂丘へと落ちた。一人はみっともなく、それこそ背中から落ちて砂丘を滑ったが、もう一人は腹ばいの姿勢で落ちたからか、醜態を晒すのだけは回避できた。
「き、貴様、どうしてここに、いや、人数は足りていたはずだ!? 欠けは無かったのに!」
単眼鏡を覗いた時、全員がこの場を立ち去っていたのを確認したはずだと男は混乱した頭で思い出す。駱駝の周囲を固める者達と、ニチョウの背に乗る者とその周りの者達。人の人相まで分からないからこそ、人の数は数え間違えないように気をつけていたはずだ。全員が出発していたのを男は確認していた。
しかし、現実は違う。リザは男たちが通過するまで砂の中で潜み、背後から奇襲をした。そして立ち上がろうとした男の顔面に膝蹴りを加えていた。男は為す術もなく、意識を手放すことになった。
続けて、リザは砂丘を滑り落ちた男の方へと向かった。男は、中腹辺りでどうにか止まっていたが、頭から砂を被り身動きが取れなくなっていた。逆さまの姿勢でどうにか抜け出そうとする男の胸を足で踏み、リザはむき出しの首に刃を突きつけた。
いくら砂で埋まっているからと言っても、刃の冷たさぐらいは理解できる。
「妙な真似をしなければ、命ばかりは取りません。降参してくれますね」
答えは一つしかなかった。
レイ達が人数を誤魔化した方法は、至ってシンプルである。
まず、追跡者たちが魔法でこちらを監視していないのは、アルビノ砂漠という場所柄、当然の帰結だ。だとすると、技能か単眼鏡辺りで視認しているのだろうとレイは推理した。
もし、技能で監視をしているなら、使用回数が制限されているはず。おいそれと使えないはずだ。そして、単眼鏡で監視しているのなら、使用性能の限界ではないかとレイは推測した。
つまり、人の顔をはっきりと見ている可能性は低いのではないかと考えたのだ。そこで、シアラがキュイの背にしがみ付いていたのを利用した。予備のマントと毛布を使い、遠目では誰かがキュイの背中にしがみ付いているように見せかけたのだ。本物のシアラにはリザのふりをして自分で歩いてもらう。こうすることで、はた目には全員が揃って歩き出したように見せかけたのだ。
「……ふふふ。つまり、ワタシが疲労困憊になって倒れたのが功を奏したという訳ね。褒めても良くってよ、主様」
熱に浮かされたシアラの戯言を無視して、レイ達はリザが捕まえた男たちの装備を漁った。数日分の食料に、砂漠の地図。多岐に渡る道具たちの中から、連絡用の魔道具が発見された。
「こんな珍しい魔道具を使って偵察するやつなんて、限られていますね。……彼らはワシャフ・プラティスの手の者に違いありません」
ラシードの言葉に全員が同意した。となれば、次の問題は二つ。彼らが偶然レイ達を見つけたのかどうか。そして追撃部隊の本隊が何処に居るかだ。
「どうする? こういった場合、拷問でもして情報を手に入れるのかい?」
猿ぐつわをされ、拘束されている二人は拷問という単語に体を震わした。しかし、驚くことにラシードは首を横に振った。
「彼らが正直に話してくれる保証も、吐いた情報が正しいかどうかの裏付ける術もありません。やるだけ時間の無駄でしょうね」
敵方から情報を手に入れるというのは、非常に難しい行為なのだ。相手が本当の事を話しているのか、それとも虚偽の事を話しているのか、その真偽を確かめるために別の情報源を必要とする。疑い出すときりがなく、信じきるには余りにも危い。それゆえ、余裕がなければ無理に情報を引き出さないという選択肢もありえた。
拷問をしないという事に、あからさまにほっとした偵察兵たちだが、次の瞬間に放たれた言葉に愕然とする。
「ですから、砂に埋めましょうか」
数分後。レイ達が汗を流しながら掘った穴に二人は埋められた。鎧などの装備品は外され、ほとんど裸同然の姿で、首の高さまで埋められた上に、ご丁寧に腕は縛られていた。これでは地力で脱出できまい。猿ぐつわを取り外されると途端、罵詈雑言の嵐が飛び出すも、ラシードは涼しげな顔で受け止めた。
「……喋る元気があるのは宜しいですが、いいんですか? この暑さで、それだけ喋れば、あっという間に干からびますよ」
男たちの口が凍り付いたように閉じると、ラシードは満足そうに頷いた。そして、二人に囁きかける。
「これから僕たちは出発します。一応、貴方達の見える方角に向けて移動しますが、三十分もすれば見えなくなるでしょう。そうなれば、どうなるか、砂漠の民なら分かるはずです」
首から下が砂に埋まり、その上両手を縛られた男たちはどれだけもがいても脱出できそうになかった。それどころか、動けば動くほど汗は流れ、砂は男たちを縛る鎖となった。
「連絡用の魔道具も手に入ったことですし、追撃部隊の本隊を上手く欺いて情報を収集することにします。ですから、貴方たちに用はありません」
暗に、男たちがどうなろうとも知らず、興味ないとラシードは突きつけた。男たちの顔が見るのも哀れになるくらい引きつり始めた。
「ですが、僕らもそこまで無慈悲でありません。どちらか片方だけ助けてあげても良いですよ。……正直になんでも答えると約束してくれるなら、そこから出してあげましょう」
途端に、男たちの視線がぶつかり合った。互いに互いをけん制するような視線だ。しかし、ラシードは容赦なく宣告する。
「話したくないのなら、それでも構いません。取り合えず、貴方たちの声が聞こえたら、引き返してあげますから……いつでも呼んで下さいね」
聞こえたら、戻ってきますよと言い、ラシードたちは男たちの視界の先へと向けて進みだした。残された男たちは焦りを覚えていた。
定期連絡が途絶えれば、自分たちを探しに仲間が迎えに来るはず。しかし、それがいつになるかは不明だ。さらに言えば、奪われた魔道具は声を交わす種類ではない。定期連絡のやり方がばれてしまえば、ラシードたちに偽装される可能性があった。
そして何より、ラシードは言っていた。助けるのは片方だけだ、と。
つまり、隣に居る奴はすでに敵なのだ。
「話す、話す、話す! 何でも話すから、ここから出してくれ!」「貴様、プラティス家への忠誠を……俺の方が多くを知っている。なんだって話してやるから、助けてくれ!!」
自分だけでも助かろうと、彼らは喉が張り裂けんばかりに叫んだのだ。僅か五分も立たずに、偵察兵たちの心は折れてしまった。
ラシードの狙いは、精神的な敗北による自白だった。得てして、人はセンチメンタルな感情に流されやすい。ありていに言えば、自分に酔うのだ。酸鼻な拷問を行うと、敵愾心から情報を吐かなかったり、虚偽の情報を意図的に吐いたりする場合がある。逆に、肉体を傷つけずに、死だけを明確に感じさせると、途端に人は折れ、忠義も仲間への親愛もかなぐり捨ててしまう。そのことをラシードは熟知していた。
実に簡単でしたと事もなげに話すラシードにレイは冷汗を掻きつつ、助けを請う二人を砂丘から助け出すと、ラシードの部下たちがそれぞれの距離を離して別々の場所で尋問を開始した。
よほど恐ろしかったのか、何か嘘をつくようなそぶりも見せずに二人はベラベラと話し出した。そして、聞きだした情報を互いに確認し、食い違いが無い事を確認してからダリーシャスに報告した。
「なるほどな。俺達がオアシスに居て、北上するという密告があった、と。その情報を頼りに付近を捜索中に発見したという訳か」
ダリーシャスが上がった報告に耳を傾け、眉の間に皺を作った。レイも同様の仕草をする。
オアシスにてダリーシャスたちの存在を知ったのは一人しかいない。二人とも同じ人物の顔を思い出していた。
「なるほどね。……本当にあんたよりも性質が悪い人間だよ、あの王子様は」
ジャマル・グセイノフ。おそらく、彼が密告したのだろう。元々、偵察兵が所属していた追撃部隊はジャマルを追いかけていた一団だという。それがオードヴァーン家に連なる人間が見つかったという密告によって目標を切り替えたのだ。
「俺を売る事で、自分たちが安全に砂漠を抜けるための囮にしたという訳か。……まったく、やってくれるぞ」
「はいはい。愚痴るのはそこまでにして。今後、どうするのよ」
シアラが辛気臭くなりそうな空気を無理やり切り替える。確かに、いくら愚痴った所で状況は良くならないのだ。まずは眼前の脅威を取り除かなければならない。
ラシードが砂漠の地図を広げ、これから使う予定だった針路を指でなぞる。
「本来なら、オアシスを転々としながら北上する予定でした。ところが、彼らの本隊が、ちょうど僕らの進行方向を遮るように展開しています」
その数三百。百を超す駱駝を所有している一団だと彼らは説明した。
「厄介な事に、本隊は横に向かって伸びているという事。つまり、僕らが北を目指す限り、どこかで見つかるという事になります」
進行方向に対して、壁のように立ちはだかる部隊に顔をしかめた。
「強行突破は無理かな。横に長いって事は、厚みが薄くなるって事だし」
「出来なくはないでしょうが、その後が続きません。こちらの移動速度が向こうに負けてしまえば、すぐさま捕捉され追撃されてしまうでしょう」
「だとしたら、敵に見つからないほどの遠回りをするしかないね」
レイの言葉に、ラシードが苦渋を滲ませた声で応じる。
「……ええ、それしかない。それは分かっているのですが……しかし、これは……危険です」
「危険? それってどういう意味なんだい」
レイの質問に少年は答えるよりもまず、地図で示した。自分たちの居る場所から、北西に大きく迂回すると、地図の赤黒く塗りつぶされている一端とぶつかる事を。
まるで血のように赤黒く塗りつぶされた場所は、不吉な印象をレイに与えた。そして、その印象は間違っていない。
「アルビノ砂漠におけるもっとも危険な場所、悪魔の巣。ですが、ここを通過しなければ、北に抜ける方法はありません」
読んで下さって、ありがとうございます。




