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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第7章 熱砂の国
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7-4 眠れない夜 『前編』

 南方大陸はこちら側にある五大陸の中でも屈指の面積を誇るが、一つだけ、人類が定住しにくい場所が存在する。それは大陸の中心よりやや北に位置する砂漠地帯である。


 名をアルビノ砂漠という。


 何百年もの長い年月が経ようとも変わることなく、どこまでも続くのではないかというほど広く雄大な砂丘と、昼は人を焼き殺すのではないかという暑い日差し、夜は肌に突き刺す寒さという激しい寒暖差。何より、砂漠中央部にある、現在確認されている深層まである迷宮の一つ、アルビノ迷宮から這いずり出るモンスターたちによって、非常に住み難い環境となっている。ギルドの管理下に置かれていない迷宮は頻繁にスタンピードを起こし、地下からモンスターが地上を目指して這い出すのだ。もっとも、砂漠地帯はモンスターの食料になりそうな水や植物、人はほとんどおらず、砂漠の外に出る前に力尽きるため、砂漠に入らなければ危険は少ない。


 とはいえ、アルビノ砂漠は人が全くいない場所でもないとラシードは説明した。


「アルビノ砂漠は一年を通じて雨がほとんど降らない事もあり、全域がすな砂漠さばくと化しています。そのため、隣接、いえ侵食されている国々は国土の拡張を諦め、放置してきました。そこを付け入るように、難民や国を追われた犯罪者などがオアシスに集まり小さな居住区をいくつも作っています」


「とはいえ、無事なオアシスがあるのは砂漠の外周部だけだがな。内に向かって進めば、そこはモンスターの領域だ」


「その通りです。ですから、僕らは安全圏とモンスターの領域、その狭間を縫うように進むのです。そうすれば、ワシャフの目をすり抜け、北西に向かう事が出来ます」


 少年の指がアルビノ砂漠の上を、弧を描くように走り、旗の突き刺さった港で止まった。


 ラシードは自信に満ちた表情で話を纏めた。


 確かに彼の言う通り、街道が押さえられ、海路も使えない現状だと、アルビノ砂漠を突き切るのが最良のように思える。だけど、地元の人間であるダリーシャスは難しそうに顔をしかめた。


「幾つか質問がある。まず、アルビノ砂漠は各国との条約で個人の往来を全面的に禁止しているはずだ。どのような用向きを装って行くのだ」


 複数の国に跨っている砂漠という事は、他国への侵入が容易であるという事になる。そのため、砂漠に入る時には第三者機関としてギルドに旅の目的、人数、旅順、日程を記した申請書を提出しなくてはいけないのだ。


「その点はご安心を。僕らはオアシスを周回する商人の振りをして砂漠を進みます」


「待て待て。どこの商会の名を語るのか知らんが、下手な偽装をすればギルドから国に連絡が行くぞ。いや、叔父上の事だ。すでにギルドに間者を入れているかもしれん。不審な点があれば、即座に報告されてしまう」


「そこも大丈夫です。父上が、もしもの時に備えて真っ当な商会を買い上げて眠らせていたのを使いました。由緒正しいとは申せませんが、後ろめたい点が全くない商会ゆえ、不審な点はございません」


 少年が力強く自分の胸を叩いた。それだけ、自信があるという事だろう。ダリーシャスもナキの当主の事を信頼しているのか、納得した。


「む。……そうか。ならば、砂漠を進む人員と荷物。そして、日程の方はどうなっている」


「そちらの方は、やはり隊商の形を成す必要がありますので、ダリーシャス様が商会の若旦那。そして僕を含めた数名が下働き。そしてそれを守る為に戦士が数名つくことになっています。もちろん、ダリーシャス様を除いた全員が御身を守る盾となります。水を始めとした食料、物資の類は砂漠入口の街で確保する予定です。もちろん、駱駝も数頭購入する予定です。……それで、王子。そちらの護衛の方々は今後、どうなさるおつもりなのですか?」


 場の視線が《ミクリヤ》へと集まった。多くの視線は歓迎する、好意的なものだったが、ただ一人、違う種類の視線を向けている人物が居た。


 ラシードだ。


 ナリンザを思わせる琥珀色の瞳が牙を剥くように細くなるのを見て、レイは戸惑った。戸惑うレイを余所に少年は小さな体を折り畳んで頭を下げる。


「レイ殿。これまでの王子の護衛。オードヴァーン家家臣の者を代表して、礼を。……感謝の言葉だけでは言い足りません。事が治まった時は、必ずやその働きに見合った報酬を支払うと約束します」


 慇懃な言葉と態度だが、少年から放たれる感情は間違いなく嫌悪に近かった。


「ですが! ここから先は、我らオードヴァーン家家臣一同、一丸となって王子をお守りします。……今の時期、他国人、それも魔人種やエルフは非常に目立ちます。護衛の任はこれまでとして頂きたく存じます」


 きっぱりと。


 拒絶の言葉をぶつけられた。思わずレイは言葉を失った。伏せていた頭が上がり、隠れていた琥珀色の瞳にはっきりとした敵意を汲み解いた。


 そう、ラシード・ナキはレイに敵意を抱いていた。


 自らが主と崇める存在であるオードヴァーン家。その一人であるダリーシャスとまるで対等であるかのように振る舞い、気安く名前を呼ぶレイ。それを咎めることなく、応じているダリーシャス。その二人の関係が、まるで自分の姉と王子の間にあった固い絆と似ていたのだ。それがたまらく不愉快だった。


 ここに居ない姉の居場所を奪ったかのような錯覚に陥ったのだ。


 いくら大人びた少年といえど、そこはまだ子供だ。嫉妬心が抑えきれなくなり、周りの大人たちが困惑するのも承知でここから出て行けと言ってしまった。


 ラシードはぐっと背筋を伸ばしてレイが何て言うのかを待った。


 黒髪の一部が白色化した少年は困った風に頭をかき、そして考えを纏めたかのように頷いてから口を開いた。


「ごめん。それは出来ないんだ。僕はダリーシャスを首都まで連れていくって決めたんだ」


「それはそちらの勝手でしょう。こちらとしては―――」


「―――それがナリンザさんに命を救われた僕の、責任の返し方なんだ。だから、こればかりは譲れないし、譲る事は出来ない」


 急に出て来た姉の名前にラシードは動揺する。


「な……なんで、姉上の名前がここで出てくるんですか!?」


 動揺を誤魔化そうとするあまり声が大きくなってしまう。だけど、レイは唇を噛みしめ、言葉に詰まった様子だった。そして、唇の端から血が出ているのにも気づかない様子で、


「それは……僕が……彼女を―――」


「―――こやつは死んだナリンザの役目を引き継いだのだ」


 と、ダリーシャスが強引に割り込んで言う。その真実にラシードの体がぶるりと震えた。


 姉の死。


 それはこの場にナリンザが居ない時から頭の片隅で考えていた可能性だった。しかし、それが可能性から現実へと変化するとなれば話は別だ。少年の心は大きな鉈で振り抜かれたかのように、真っ二つになった。


「……やっぱり、姉上は……死んだのですか」


「ああ。……これが遺髪と灰の一部、そしてあやつが身に付けていた装身具だ。遺体は死した土地で灰にした。だが、こやつも眠るなら故郷の土だと思い、旅の邪魔にならないだけの量を持ってきた」


 ダリーシャスが腰から提げていた革袋からナリンザの遺品を机の上に丁寧な手つきで置く。だけど、ラシードは衝撃から立ち直れていないのか、頷くだけで視線を向けようとはしない。少年の反応に気が付いた大人たちが、その遺品を受け取り、謝辞を述べた。


「ナリンザの死後、レイを始めとした《ミクリヤ》の者達に俺は守られ旅を続け、この故郷の土を踏めたのだ。そして、こやつとは約束をしたのだ。俺を首都まで連れていくと。ゆえに、こやつらも今回の砂漠縦断にも付き合ってもらう」


 力強い声があばら屋を揺らした。ダリーシャスの言葉の裏にはレイ達への信頼があった。それが余計にラシードを惨めにさせた。しかし、何時までも呆然と立ちすくむ暇はなかった。


「それでいいな、ラシード」


「……それが王子のお望みとあらば」


 そしてラシードはレイの方に再び頭を下げた。


「レイ殿。先の非礼をお詫びします。そして、《ミクリヤ》の方々。改めて、ダリーシャス王子護衛の任……お願いいたします」


 最後の一言はまさに血を吐くような思いで少年は告げた。自分の中でドロドロとした感情を抑え込み、少年は主と、そして全体の事を考えて己を律した。


 凄いなとレイは素直に思う。


 まだ幼く、小さな背中だというのに、ラシードは責任を背負える存在だった。それはどこかナリンザを思い出させる。だから、レイは素直な気持ちで言う。


「こちらこそ、よろしくお願いします。……僕にナリンザさんの代わりが出来るなんて思わないけど、それでも最後まで共に戦うと誓うから」


 それがラシードにとって余計な言葉であると承知で、それでも言いたかった。この年下の、しかし尊敬できる少年の手伝いがしたいと思ったのだ。


 やはり、レイの想像通り、ラシードは微かに表情を歪めた。少年の感情を害したのは間違いない。だけど、それは僅かな時間だった。


「……それでは、明朝。朝が明ける前にアルビノ砂漠へと出発しましょう。砂漠の入り口であるカストロの街まで三日。そこから砂漠を北上して二週間もすれば、アフサル王子の待つ港へと辿り着くでしょう」


「異論はない。些事は其方に一任する」


「承知いたしました。それでは、今晩体を休める場所にご案内いたします。……何分、追っ手が居るかもしれないため、街の宿という訳にはいきませんですが、ご容赦ください」


 そう言って、机に散らばった地図や報告書を掴むと、ランプの明かりを吹き消したのだ。






 ラシードが用意していた場所は上陸した海岸から遠く離れた洞窟だった。海に向かって洞穴が伸びており、先へ先へと進むと地上に続く穴があるというトンネルの構造になっている。


「このような場所しか用意できずに申し訳ありません」


 謝るラシードに対して、ダリーシャスは気にしたふうもなく仕方ないと割り切っていた。王子の割に野宿を嫌がらないのはダリーシャスの美点の一つだ。


 洞窟の中は冷たく湿った地面で、ほとんど斜面だった。ラシードが用意した毛布を地面にしき、その上に各々が寝転ぶ形となった。旅の間に愛用している毛布にくるまって寝転んだ王子様は早々にいびきをかき始めた。周りを信頼しているのか、それとも神経が図太いのか。どちらかといえば後者だなとレイは思う。


 洞窟はキュイとアスタルテが入っても問題なく広い空間で、座り込んでうたた寝をし始めたデブ鳥の体をベッドにしてレティとエトネが眠り始めた。シアラとリザはラシードの部下たちから砂漠の情報や注意点、盗賊の類や、どんなモンスターが出現しやすいのかを聞いていた。


 つまり、《ミクリヤ》の中で暇を持て余しているのはレイだった。


 アクアウルプスを出て、いや、遡ればシュウ王国アマツマラを出発する時から、南方大陸は一つの目的地だった。この世の知が集まると言われている、学術都市に向けて。そしてエトネを故郷に連れて帰るためにも、南方大陸を目指して出発したのが遠い過去のように思えてしまう。


 それだけ、色々な事が起きたのだ。ダリーシャスとナリンザの奇妙な二人組と出会い。シアトラ村地下の迷宮、その最深部にて『魔王』フィーニスと邂逅。新たな力の獲得とナリンザの死。オウリョウではスヴェン王子やかつての仇敵ガシャクラの影と遭遇。旅の道連れとして精霊ハヅミが加わった。そして、アクアウルプスで女帝ジョゼフィーヌやオルタナ、そしてエレオノールという謎の存在と激突した。


 自作の手帳であるミクリヤレポートには二人の名前と特徴などを細かく記してある。死んだエレオノールはともかくとしても、ジョゼフィーヌやオルタナとはどこかで会うかもしれない。


 かつての旅を思い出すと、その時味わった恐怖や高揚感が湧きおこり、神経を高ぶらせていた。元々、敵に首都を押さえられた敵地という認識で上陸したこともあってか、レイは寝付けないでいた。


 それゆえ、暇を持て余しており、傍に置いていた龍刀へと手を伸ばした。


 エレオノールとの戦いでファルシオンを失ったレイは代わりの剣を用意しなかった。メインの武器を変えたのは、龍刀を使いこなすための一環だった。これまでは抜くと勝手に漏れ出す熱に掌が耐えられず、満足に振る事も出来なかった。しかし、ブレイブサラマンダーの手袋を手に入れた事で、どうにか初期状態の龍刀を振る事が出来るようになった。


 そのため、アクアウルプスを出発する前に装備を整えた際に新しい武器を手に入れなかった、


 そんな龍刀の様子がおかしいのだ。正確に言えば、龍刀の中に宿るコウエンの様子がおかしいのだ。


(おい。おい、コウエン。ちょっと話があるから、出て来いよ)


 心の裡で龍刀に宿る存在、コウエンを呼びかけるのだが反応は無かった。


 褐色の肌をした露出の激しい幼女は時を選ばずにレイに話しかけていたのだが、アクアウルプスでの戦いが終わってから話しかけてくることがめっきりと減ったのだ。レイが話しかけても、碌に返事をしない。


 心ここにあらずといった具合だ。


 いまも砂漠地帯について話をしようとするレイの呼びかけに応じる気配はない。かと言って、コウエンが死んだという訳でもない。刀を抜けば、炎は揺らめき、コウエンの存在をレイは感じていた。


「どうかされたのですか?」


 不意に、横合いから掛けられた声に反応した。振り返れば、そこにラシードが居た。湯気が立ち上るマグカップを二つ持つ彼は、一つをレイに向かって差し出した。


「お茶です。疲労回復に効果がありますよ」


 マグカップの中には独特の臭気を漂わせる茶が入っていたが、レイは断らずに一気に飲み干した。喉を焼く様な熱に耐えて、胃に茶が落ちる。色や匂いの割に味はミントのような清涼感のあるもので、意外とおいしかった。


「くせになる味でしょう? もう一杯、いかがですか」


「うん。頂きます」


 少年は少し離れた場所にあるやかんを掴むと、注ぎ口をからのカップに向けた。二杯目を貰ったレイは、今度は味わって飲んでいるとラシードが隣に座った。


 思い詰めた少年の横顔に、レイは緊張した。彼はあからさまに何かを聞きたそうに、しきりに体を揺らしていた。そこで、レイは年長者として助け舟を出した。


「君は……ここで休んでいても大丈夫なのかい」


 口に出してから、言い方を間違えたとレイは恥じる。これではこんな所に居ていいのかと言っているようなものではないか、と。だけど、ラシードは気にした風もなく、


「問題ありません。年長者に任せておけば、大体のところは大丈夫です。オードヴァーン家の家臣において筆頭はナキ家。その頭領であった父の息子である僕が生き残った者達の代表みたいなことをしてますが、実際はどこに向かって進めばいいのか示すだけの、いわば羅針盤のような存在ですから。方角を示せば、あとは周りが船を動かすんです」


 と、寂しそうに言う。考えてみれば、いくら礼儀正しく、そつがないとはいえラシードはまだ幼い。その両手で、全てを指揮できるとは思えない。また、年齢が幼い事で、侮られてしまう部分もあるのかもしれない。


 それを一番自覚しているのは、他ならぬラシードなのだろう。


「本当なら、姉上か、もしくはアフサル王子に付き従っている兄上がナキ家の、ひいてはオードヴァーン家に従う者達を纏め、率いるべきなのです。僕ではとてもじゃありませんが、そんな事は出来ません」


 レイはどう返せばいいのか迷っていると、ラシードも言葉が続かないのか黙ってしまう。


 沈黙が何分も続く中、ついにラシードが切り出した。


「……姉上。ナリンザ・ナキはどんな風に死んだのか。教えてください」


読んでくださって、ありがとうございます。

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