7-3 アフサル・オードヴァーン
「その後、僕は父の言いつけ通りお屋敷に向かい、ファラハ様の死を使用人や家臣に伝えるだけ伝え、持てるだけの資料や金銀をかき集め、他の者と共に首都を脱出。オードヴァーン家の領地へと逃げ込みました」
デゼルト国は王家直轄地と十四氏族の領地、合わせて十五の領地に分かれている。王族は全員、首都で暮らすのが決まりだが、彼らを支持する氏族たちはそれぞれの領地に私兵を確保しており、有事の際には動かす事が出来る。ラシードたちはオードヴァーン家の領地に立て篭ろうとしたのだが、ワシャフの手は止まらなかった。
「領地に着いた次の日には、領地に向けてプラティス家の私兵が進軍を始めました。彼らは明確な開戦理由を告げることなく、一方的に村々を襲い、領地を我が物顔で進軍致しました」
ラシードやその仲間達は悔しさに顔を歪ませた。彼らはワシャフの非道を目の当たりにして、その光景が鮮明に残っているのだろう。
「こちらも応戦しようとしましたが、初動で遅れたのと、兵を率いる将が不足しておりました。初戦で敗走を喫し、方針を転換する事に致しました」
「方針の転換というと、一体どういう事なんだ」
「……領地からの撤退です。これ以上の正面衝突を繰り返しても徒に疲労するだけ。ならばいっその事、領地を明け渡し、代わりに各地に散る事で、国全土でワシャフ、そしてプラティス家への反抗を行おうと決めたのです」
数が物を言う正面切っての戦争から、巨大な象すら苦しめるゲリラ戦へと切り替えたのかとレイは感心する。勝ち目が薄い戦争に固執して数を減らして、壊滅に追い込まれるよりも、地下に潜ってでも勝利の可能性を残すというのは戦略的にも正しいはずだ。
その後、領地を離れ各地に潜伏するために分かれたラシードたちを、執念深く追いかけて来た部隊によって少なくない命が失われた。それでも動ける者はいつでも事を起こせるようにと準備をしているとラシードは言う。
その少年の細い、小さな肩は震えている。叱責を恐れているのではない。戦って死んだ仲間がいるというのに、彼は生き残った事を恥じていた。いまにも首を括りそうな程落ち込んでいる少年は、
「現在、オードヴァーン家の領地はプラティス家が支配しております。ですが、領民たちは無下に扱われず、略奪なども横行してはいないようです。……しかし、主家の判断を仰がずに、勝手に領地を離れたことは我らの失態です。如何様にも罰してくださいませ」
と、神妙な面持ちで告げた。同様の覚悟なのだろう。周りの大人たちも覚悟したかのように目をつぶる。ダリーシャスは彼らの顔を見つめ、厳かな口調で言う。
「……いや、其方らの方針を俺は支持しよう。そして、其方らは罰せられるようなことはしていない。むしろ、褒めるべきなのだ。大切な役目を果たしたのだからな」
「お……王子? それはどういう事なのでしょうか」
「分からんか? 其方らは討ち死にを良しとせず、生き延びたからだ。生き延びてくれたからこそ、父上が死んだという事。ワシャフ叔父上が謀反を起こした事。この二つが伝わったのだ。特にラシード。お前は議事堂で起きたことの生き証人である。その命、みだりに失うのではないぞ」
と、言って肩を強く叩いた。途端に少年の目に光が宿った。他の者も主家に褒められたことに顔を輝かせていた。
「それで、その後はどうなのだ。議事堂、いや首都は今どうなっているのだ」
「首都は東西の門、二つとも固く閉じられており、外部の侵入を拒絶しております。プラティスの息が掛かった商人や兵士たちぐらいしか通り抜ける事は出来ず、内部との情報は遮断されています」
「戒厳令が出ているとみて間違いないな。それで、叔父上は何らかの声明を発表したのではないか。例えば、父上に手を掛けた事についての正当性を主張したり、王を僭称したりとか」
すると、ラシードを始めとした臣下たちは戸惑いを見せた。その反応にレイ達が不思議そうにしていると、ラシードが代表するように口を開く。
「実は……奇妙な事に、ワシャフ・プラティスはファラハ様と他の王族を手に掛けた事を全土に知らしめましたが、その理由を説明していないのです。ですが、残った王族だけで神前投票を行い、自らが王になったとだけ一方的に宣言しているのです」
予想外の展開にダリーシャスはしばし呆然となって、それからようやく言葉を発した。
「……何を言っているのだ。それでは筋が通らんだろう。人の親を勝手に殺しておいて、他の王族も殺しておいて、それで王を名乗れるなら誰も苦労はしないだろ!」
「しゅ、首都の内情が分からないため、各地に届いた文以上の情報は分かりかねます。民もあまりの声明に困惑するばかりで、これは真実なのかと騒いでおります」
ラシードの説明にダリーシャスやクトゥス、それにリザやシアラが唖然とした。
ダリーシャスの言う通り、これは筋が通らない。
「……訳が分からん。残った王族だけで神前投票をやったという、掟破りの所業を脇に置いたとしても、父上を誅した理由が不明では無いか」
「そうなのです。どれだけ調べても、ワシャフ側からファラハ様たちを討った理由が一切不明なのです」
普通に考えれば、それはあり得ない事である。古今東西、クーデターは実行前よりも、実行後の方が問題になる。
なにしろ、今ある政権を武力、軍事力を持って打倒し、空いた席に自分たちが座るのだ。どんな事情があっても、どんな言葉を使っても、そこに正当性は欠片も無い。だけど、正当性が無ければ民は付いて来ない。諸侯は付いて来ない。誰も付いて来ないのだ。
だから、クーデターをする側は必ず理由を用意する。自分たちが武力を持って政権を打倒するのに足る理由があったのだと周りに喧伝しなければならない。
それなのに、今回のワシャフ・プラティスはそこを欠いているのだ。これでは誰がワシャフを王と認めるのだろうか。
「誰も叔父上を王とは認めんだろう。仮に、プラティス家とプラティス家に繋がる者達が王として認めたとしても、民が認めん。非道を為して玉座に就いたものを民は王とは認めん」
ダリーシャスのボヤキに誰も答えを返せなかった。それだけワシャフ・プラティスの真意が不明なのだ。
「それに分からんのは其方の父が残した言葉だ。父上は売国奴では無い。……つまり、父上は売国奴として殺されたということなのか。だとしたら、そのことを理由に誅したとふれ回れば、それだけで正当性は出来るではないか。それなのに、そうしないとは。……駄目だ。まったく訳が分からん」
ダリーシャスは眉間にしわを作り、机に両手を置く。成人男性の体重を支えるには頼りない机が軋む音があばら小屋に響く。
そんな中、ふとレイは疑問を投げかけた。
「ちょっと待って。そんな曖昧な理由で王になったのを、他の人たちは黙って見ているのかい?」
「……護衛に話す事はありません」
「いや、ラシード。その辺りは俺も知りたい。いま、各地の反応はどうなっているのだ」
冷たく言い放ったラシードだがダリーシャスに問われ、すぐに態度を変えて答えた。
「どの領地も静観しております。様子を見ているというよりも、手出しできないのが正解でしょう。当時の議事堂には十四氏族の族長たちがいらしました。族長たちはそのままワシャフの手に落ち、今も人質として囚われております」
「だとしたら、迂闊に動けんか。……そうなると、爺様もか?」
「はい。オードヴァーンの族長、ルディル・オードヴァーン様も囚われの身。……生きていらっしゃるかどうか分かりません」
そいつは困ったと呟くダリーシャスの肩をレイは掴んだ。
「どうかしたのか、レイ?」
「ちょっと頭がこんがらがってきたんだけど、オードヴァーン家の当主ってのはアンタの父親なんだよな。それで族長ってのは……どういう事なんだ」
「なんだ、そのことか。詳しく説明していなかったな。話は簡単だ。十四氏族が一つオードヴァーン一族の族長は俺の父親、ファラハ・オードヴァーンの母親の弟にあたるルディル爺なんだ。だけど、爺は高齢で一族を率いる事は出来ない。ところが、一族には爺以外に男子が居なかったんだ。だから、例外的に王族である俺の父、ファラハを当主にして一族のまとめ役をしていた。王族は十四氏族の族長を兼ねる事は出来ないから、苦肉の策だな」
「じゃあ、そのあんたの父親が死んだのと、族長が不在という二つの要素が噛みあって、オードヴァーン家は最初の対応に遅れたのか」
「平たく言えば、その通りだな。そして厄介な事に、他の十四氏族の族長はそのまま領地の諸侯。そして一族の長だ。それを見捨てるという事は親殺し、主殺しとなってしまう。これでは誰も身動きできんな」
デゼルト国の十四氏族は、そのまま各地方の領主に当たる。その族長たちを人質に取られてしまえば、迂闊に手出しは出来ない。仮に、何処かの領地が先走って兵を出したとして、それで十四氏族の首が飛べば責任問題となる。
アクアウルプスを出発する前、ジェロニモ・フェスティオが自分の父親とも連絡が取れていないと説明していたのを思い出した。フェスティオ一族もまた十四氏族の一つ。つまり、彼の父親も議事堂で人質になっているのだ。
「本当に訳が分からん。俺と兄上の追放を餌に父上と取り巻き。そして族長たちを一遍に議事堂に集め、一方で私兵を議事堂に入れるという手際の良さ。それなのに、その後の展開のお粗末さ。このままだと、誰も納得せず、落としどころを見つけられないぞ」
「その通りです。諸侯も族長を人質に取られ、本来なら恭順するのが筋。ですが、ワシャフのやり口に正当性が無い、義が無いやり口に頭を垂れれば一族の恥。これを許せば領民に舐められてしまう。結局、十四氏族の中で元からワシャフに協力的な一族以外は静観しております」
ワシャフ・プラティスの事をレイは知らない。ただ、彼が置かれている状況だけなら理解できた。
クーデターを起こす前の彼は、おそらく追い詰められていたのだろう。
自分が王になれるかどうかの瀬戸際、神前投票での敗北を回避するためにダリーシャスに暗殺者を仕向けた、目的の為なら手段を選ばない人物。その成否はともかくとしても、手際と執念は凄まじい。何しろ、レイも含めた全員が、一度は暗殺者の手に掛かり死んでいるのだ。
こうして俯瞰で見れば、クーデターを起こした手際も悪くない。計画を立てる力と、それを完遂させる運を持ち合わせている人物だ。それなのに、クーデターを起こすに至る背景だけが見えてこない。
愚鈍な男ではないはずだ。無能な男ではないはずだ。
そんな男がこの展開を予期して、でっち上げの理由の一つぐらい用意できないはずがない。それをしなかったというのが、どうにも画竜点睛を欠く。
ダリーシャスも同意見なのか、口の中でブツブツと呟き始めた。
「叔父上が謀反……それだけ、追い詰められた? いや、それにしては手際が良すぎる。……父上に気取られぬようにしたのなら、もっと前から計画をしたはず。だけど、この気持ち悪さは……誰かが……いや、まさかな」
考えが煮詰まったのか、頭を振るダリーシャスにラシードが次の報告を始めた。
「いま、同志たちはデゼルト国の各地にて情報活動を行っております。その一環として、他国の協力者。オードヴァーン家と近しい方々へ連絡をしていたところ、一つの吉報が舞い込みました」
一度言葉を区切ると、ラシードは待ちきれないとばかりに早口で言う。
「朗報です、王子。いまから二日前に、アフサル王子が国に戻られ、ワシャフに対抗するべく軍を旗揚げいたしました」
喜色に染まるラシードとは反対にダリーシャスの顔が歪み、口が兄上がと作る。臣下たちは何も気が付かずに捲し立てる。
「劣勢の状況下でしたが、これで兄と弟。お二方でお父上たちの無念を晴らせましょう!」「なに、ワシャフが何のもの! プラティス家がなんのもの。軽く一ひねりです!」
臣下たちが喜ぶ中、ラシードが机に広げた地図を指差す。それはデゼルト国の全体地図である。
南方大陸の西北西に位置するデゼルト国は海に面しており、弓なりの形をしている。現在、レイ達が居るのはデゼルト国の南西に位置する漁村の端だ。
そして国の中心部に首都が君臨し、そこを挟んだ向こう側に旗が突き刺さっている。
「デゼルト国最北の港町。ここにアフサル王子が軍を編制しております。すでに諸侯に集結するように呼びかけられております」
「……相変わらずの手際の速さだ。帝国との調印は済ませて、戻ってすぐに軍を編制するとはな」
「ええ。流石でございます」
無邪気に喜ぶラシードだが、ダリーシャスの胸中を知るレイ達には、彼が皮肉を言っているのだと気が付いた。
ダリーシャスは王になる為に、オードヴァーン家を切り捨てるつもりだった。
自らの持つ票を対抗馬であるワシャフ・プラティスに投じ、その見返りにワシャフ新国王庇護の元、高い地位に就き、そこで力をつけると王になるべくクーデターを起こすつもりだった。
そうしなければ、彼がこの先において王になれる可能性は限りなく低かった。それだけ、ダリーシャスの兄、アフサル・オードヴァーンは難敵だった。
―――現実はままならない。
起こそうとしたクーデターを叔父が起こし、対抗馬であるアフサルは先に討伐軍を旗揚げしてしまった。。これではダリーシャスが諸侯に呼びかけをして軍を興しても、二番手という印象は拭えない。これから先、どういう風になるのかは分からないが、相手が一歩先んじているのは間違いなかった。
「そしてアフサル様から王子に指示があります。此方をどうぞ」
ラシードが差し出した、封を押された羊皮紙を乱暴に開いたダリーシャスは一瞥するなり、レイにぞんざいに突きだした。読めという事なのだろう。レイは受け取ると、固い文章を自分なりに意訳して読み込んだ。
つらつらと書かれている内容を纏めると、
『よくぞ戻った、我が弟。疲れただろう? しかし、我らに休む暇はない。父上と弟の無念を晴らせるのは我らしかいない。いまは兄弟が一丸となって難事を解決する時である。ついては私の所までやってくるように。無論、大至急で』
という内容だ。
(ああ、こりゃ、性質が悪い)
レイは羊皮紙をダリーシャスに返しながらそう結論付けた。
一見すると、正しい事を捲し立てているが、要はダリーシャスに勝手な事をするな、自分に従えと命じているのだ。長兄である事、先に軍を興した事で主導権を取っていると暗に突きつけていた。
それを正論という名の綺麗な包装紙で包んでいるのだ。これでは反論の余地もない。ダリーシャスが警戒するだけの相手だ。
「ラシード。其方らはこの内容を知っているか?」
「はい。存じております。すでに、出立の用意は整えております。……その……ですね」
急に言葉を濁したのはこの中であからさまに部外者の男を気にしての行動だ。一同の視線が壁に背中を預けたクトゥスに集まる中、当の本人が口を開いた。
「どうやら、俺が居ると邪魔なようだな。首都や議事堂の情報が知れた以上、ここに用は無い。ならば、ダリーシャス・オードヴァーン。ここで別れるとしよう」
「ふむ。やはり、叔父上につくと決めたのか?」
問いかけにラシードたちが気色ばむ中、クトゥスはまさかという。
「泥船に乗り込む趣味は無い。……かといって、敗色濃厚の船に移る気もない。勝ちの目がある船が港に着くまで、いまは様子を窺うとしよう」
卑怯な言い回しをダリーシャスは不快に感じる事もなく、この男らしいと笑ってみせた。
「そうか。ならば、いずれまたな」
「その時があればな。ダリーシャス、そしてレイ。さらばだ」
そう言い残して、ヌギドの一族は音もなく、影も残さずに全員が小屋を後にした。
「追わなくても宜しいのですか?」
「構わん。だが、用心の為に今夜のねぐらは変えるぞ。あれが気を変えて我らの居場所を叔父上に伝えんとも限らん」
畏まりましたと臣下たちは言い、そしてダリーシャスは先程の話へと戻った。
「それで? 兄上が俺に来いと言っているのは分かったが、どうやって行くのだ? やはり、海路か。それとも陸路か」
「海路は駄目です。北の港以外、全ての港をワシャフは抑えています。元々、ダリーシャス様やアフサル様が帰国するのを阻むために抑えたのでしょう」
「だとしたら、やはり陸路か。しかし、陸路となると」
「陸路も普通の道は駄目です。街道という街道に関所を設け、ダリーシャス様のお顔も宮廷画家に描かせて配っております。僕らはともかくとしても王子は道中捕まる恐れがあります」
陸、海と駄目なら空かと期待するレイを裏切るようにラシードは言う。
「ですが、ご安心を。我らはここを通ります」
少年の幼い指がデゼルト国の南東部を指す。そこはデゼルト国のみならず、数カ国に渡って接する巨大な砂漠地帯だ。
地図にはエルドラド共通文字でアルビノと書かれていた。
読んでくださって、ありがとうございます。




