閑話:受付嬢の艱難Ⅴ
カバナの街は蜂の巣を突いたような騒ぎだった。廃墟から鼠が濁流のように飛び出すが如く、市民が家財道具を持って脱出していく。行く当てや、安全なんて保障されていないが、それでも都市に残ろうとする人は皆無だった。
それもそのはずだ。ギルドの発表で『機械乙女』襲来の可能性が浮上したのだ。冒険者たちがベヒモスの亜種に対して兵器を使用した時刻から推定ではあるが一日半は経過している。通例なら、あと一日か、二日で街に『機械乙女』がやって来るのだ。
避難した市民の数はまだ半分。残りの半分を安全な場所にまで連れていくのに、少なくとも一日は掛かる。何しろ、城壁の外はモンスターのテリトリーもある危険地帯。無計画に外に出せば市民の命が無駄に消えて行く。
しかし、それ以上に『機械乙女』の方が恐ろしかった。
『機械乙女』の最後の目撃例は二年前。東方大陸の小国が、他国に攻められた際に防衛策として使用した兵器を破壊に降り立ったのが最後の目撃だ。
兵器破壊の為に五千人が詰めていた砦は地図から消え、今も破壊の余波を残したクレーターが存在している。大地を円形に抉り、中心部は残火が燻る地獄の一端を地表に持って来たかのような姿だ。
『機械乙女』が迷宮に存在する兵器を壊す為に、蓋のように乗っている街ごと破壊するのか、あるいは迷宮だけを破壊するのかは不明だ。だけど、どちらに転んでも、この街は甚大な被害を受けてしまう。
怒号が飛び交うギルドにて、ギルド長は神に祈る。声は届かなくても、届けるという意思は伝わると信じて。
「神よ。天より見守って下さる13神よ。どうか、この地に災厄の種が蒔かれないように、お慈悲を」
「あの冒険者が言っていた筒状の形をした兵器ってのは、多分顔に傷があるヴァイオレットインプが持っている黒いやつだと思う。それと他の個体は冒険者の装備品をかっぱらっているから」
迷宮上層部十七階。ボスの間へと続く階段がある広間は長方形の形をしている。短い辺の中央付近にそれぞれ、下へと続く階段と、隣の広間へと移動する通路がある。
それ以外の出入り口は存在しない。そして、ファルナたちが陣取っているのは隣の広間へと行く通路の前だ。
つまり、ヴァイオレットインプたちが隣の広間へ行くにはファルナ達を倒す必要があるのだ。
「そいつが群れのボスなのでしょうか?」
「多分ね。それとちょっとやり合ったけど、やっぱり『科学者』の作った兵器はとんでもないよ。アタシの《炎ノ双翼》を受け止めても傷一つ付かなかったよ」
ファルナの使う双剣は連星と呼ばれる、一級品の武器だ。その双剣に炎を纏わせる攻撃は、ファルナにとって渾身の一撃だけにショックを受けた様に肩を落とす。
「物理的な破壊はやっぱり駄目なんですね。乱戦のどさくさで破壊、なんて都合よくは行きませんか」
「世の中はそんなもんデス」
トリシャの慰めにアイナはため息を吐く。兵器に使われている金属は非情に固く、生半可な一撃で傷一つ負わない。兵器を壊すには、兵器を持ってこなければいけないなんて笑えない話があるぐらいだ。
兵器の破壊とは分解して、中に収められている基盤を破壊する事である。そのためにはヴァイオレットインプを倒して奪う必要がある。
「ヴァイオレットインプの数は六か、七。それ以上いるかどうかは不明だよ」
「俺達が下の広間を覗いた時に居た数もそれぐらいです」
斥候役を務めた少年たちがファルナの目撃した情報を補強する。
数の上ではファルナらの方が有利だが、それはそのまま戦力の差にはならない。相手には一撃で戦局どころか勝敗すらもぎ取れる力技がある。
ファルナは自分たちの戦力と、相手の戦力を比較したうえで、一番強い駒を投入することにした。
つまり。
「カーティス。アンタに傷ありのヴァイオレットインプ。群れのボスにして兵器を持っている奴の相手をしてもらうわ」
「まあ、妥当な判断だな」
「倒せそうなら倒してもいいけど、無理そうなら時間稼ぎを。正直、アタシらの中で時間稼ぎが出来そうなのはアンタぐらいしかいないわ。頼りにしているから」
カーティスは拳を鳴らしながら不敵に笑った。次に、ファルナはメンバーで魔法や弓に長けた者たちを呼び寄せる。
「アンタらが先手だよ。山なりの軌道で密集している相手を撃って。敵は逃げようとするから、階段付近に居るはず。狙いは大雑把で構わない。目的は相手の分散だから、とにかく数を撃ってほしい」
「撃ち終えたら、ここに戻りますか?」
「そうね。はぐれた敵がこっちに迷い込まないように、牽制をお願い。アタシらは無防備になっているから、アンタらが守ってくれないと死んじゃうわよ」
理解したかのように頷くと、遠距離班は配置に着いた。そして、ファルナはホラスを始めとした前衛役に指示を出す。
「ホラス、キャメル、カーメル。アンタらは兵器を持っていない他のヴァイオレットインプを。遠距離組の攻撃で分散した敵を、更に分散させて、遊軍であるトリシャが仕留めやすくして。トリシャは確実に浮いた敵を潰して行って。カーティスを除けば、一番攻撃力があるんだから」
ホラスを始めとした四人は気負うことなく、了解と返事をした。そして重たいハルバードを軽々と担ぐトリシャを中心として移動を開始した。
入口付近に残ったのは僅か三名だ。指揮を出したファルナに、アイナとルリジオンだ。
「それじゃ、アイナさん。アタシが合図を出したら、さっき頼んだ魔法を放って頂戴」
「分かりました。あまり得意な系統じゃありませんが、やってみます」
手に馴染んだ杖を構えた姿はとてもじゃないが受付嬢の温和な姿では無い。歴戦の冒険者そのもので、ファルナは頼もしくさえ思った。
そして、最後に残ったルリジオンに視線を合わす。迷宮という異端審問官には不似合いな場所に居ても、彼女は何ら変わることなく、そこに存在している。
「アタシとアイナさんの魔法が発動したら、この空間で自由に動けるのはアンタだけだよ。……本当に出来るんだよね」
「ええ。可能かと思います」
ルリジオンの表情に焦りも動揺も無い。淡々とした返事に若干の不安を感じつつも、ファルナは用意しておいた魔法陣に腰を下ろした。かつては、それを呼び出すのに五分は時間を欲していたが、いまでは二分で呼び出せるようになった。これも成長した証なのだろうとファルナは思う。
ヴァイオレットインプのリーダー。スカーフェイスは焦っていた。
敵を取り逃した事もそうだが、敵が待ち構えていたことに焦りを感じていた。
赤髪の冒険者、ファルナが目前に現れた瞬間、スカーフェイスの思考は真っ白になった。急な敵の遭遇に泡をくった。それなのに、ファルナの動きの見事さはどうだ。
落ち着いた動きで懐に飛び込んでくるなり的確に首を狙い、そして失敗した途端に鮮やかに退いた。岩が不規則に点在するこの広間でああも動けるのは地形を把握している証拠だ。
そして何より、敵は初手から武器―――狙撃銃の脅威を知っていた。銃口を向けた瞬間に身を躱したのが根拠だ。
スカーフェイスにとっては恐れていた事態だ。
これまでの戦闘でスカーフェイスが勝利できていたのは兵器の強さもあるが、それ以上に奇襲が出来ていたことに尽きる。冒険者もモンスターも無防備な所を遠距離から狙う事で倒していた。近づく敵は肉の盾が足止めし、その隙に排除する。
その方程式が崩されてしまった。
敵は自分たちを待ち構えていた。それもこの広間で。
巨大な岩が点在する広間で、背丈の倍近い狙撃銃の取り回しは難しい。スコープで覗いて敵を捕捉しようにも姿を隠す遮蔽物は沢山ある。
一度補足さえすれば光弾は目標が隠れていても追尾してくれる。逆に言えば捕捉しない限りは単に固いだけの代物だ。引き金は固く、動くことすらできない。
スカーフェイスは敵の出現に驚き、騒めく仲間達を一喝するとすぐさま今後の方針を考えた。そして撤退を命じた。
二つしかない出入り口の一つは、広間の反対側。敵はそこを陣取っているはずだ。しかし、自分たちが昇って来た階段ならすぐ後ろだ。それに階段は直線。下で陣取っていれば、階段を降りようとした瞬間から捕捉できる。
そう考えたスカーフェイスの思考は間違っていなかったが、一つだけ失念していた。
自分がそう考えるなら、相手も同じように考えるという可能性を。
ファルナから指令を受けた遠距離組が山なりの軌道で放った魔法や矢が、階段へと殺到するヴァイオレットインプたちの背中に降り注ぐ。
冒険者から奪った鎧や防具のお蔭で致命傷は免れたが、インプの悲鳴が響き、彼らは散り散りになって逃げだした。
止まれと命じるも声を聞いている余裕はない。一匹か二匹は階段に逃げ込んだが、それ以外は岩の間へと走って安全な場所を探しに行ってしまった。
追いかけるべきかと考えるが、その隙をファルナは与えなかった。殺気を感じて振り返ったスカーフェイスの前に、岩を蹴り飛ばして一気に距離を詰めたカーティスの拳が迫っていた。
咄嗟に狙撃銃を盾のように掲げて拳を防ぐ。迷宮に鉄と鉄がぶつかるような音がした。しかし、片方は包帯を巻いた裸拳だ。金属音なんて起こるはずがない。だけど、続けて放たれた連撃にまたしても金属音が混じる。つまり、この拳は金属の如く固いのだという事に気が付いたスカーフェイスは背筋を震わせた。
階下の冒険者とはひと味もふた味も違う相手だとカーティスを認識し、距離を取ろうとする。だけど、カーティスは一度詰めた距離を離そうとはしない。
左から水平に振るわれた狙撃銃の銃口を掴むと、自分の蹴りの間合いへと引き寄せた。斜め下からの足刀をスカーフェイスは腕を盾にして防いだ。下手に距離を取られれば、兵器を使われるかもしれない。そのため、カーティスはスカーフェイスに対して距離を詰めていかなくてはいけない。
足刀を皮切りにカーティスの拳と脚を使った乱打が繰り広げられた。額、目、顎、首、頸椎、みぞおち、脇の下、手首、膝、腿、足首と的確に急所を狙うカーティスの手足は刃のように鋭い。
中級モンスターならあっという間に血達磨になって迷宮の染みになっていておかしくはない攻撃だ。
しかしスカーフェイスは驚異的な反射神経と身体能力でカーティスの攻撃を躱していく。クロスレンジからの目つぶしを下からの拳の突き上げでそらし、頸椎とみぞおちを同時に狙った蹴りを真っ正面から蹴り返す。逆に狙撃銃を斧か何かのように振り回す一撃はカーティスのこめかみを掠めた。続けざまにスカーフェイスの短い足が宙を回り踵落しが落ちる。カーティスは右足を後ろに下げ、半身の態勢で交わしざまに拳を放つも、スカーフェイスは驚異的な身体能力で体を捻ると安全地帯へと落ちた。
僅か一分という短い時間で交わされた拳打の応酬は百を超える。
自分の攻撃を捌きながらも、常に片手は狙撃銃を掴んで離さないスカーフェイスに対して、カーティスは自分たちの懸念が当たっていたと理解した。
懸念。それはモンスターのレベルアップだ。
人がモンスターを倒して、その魂を体に宿す事で成長してレベルが上がるのと同様に、モンスターも人を倒す事でレベルアップすることがある。それに、スカーフェイスはベヒモスを始めとしたモンスターも倒しているのだ。わずか半日の間にどれだけの数を倒したのか不明だが、単なる中級モンスターが上級の壁を飛び越え、超級の階段を昇り始めていた。
スカーフェイス自身はまだ実感が無いのか、それとも死なないように必死になっているからかその事に気が付いている様子は無い。しかし相対しているカーティスは繰り出される攻撃の中に、超級の片鱗を感じ取り冷や汗を流していた。兵器を抜きにしても、この敵は逃してはならない。
それでも超級モンスターとなったスカーフェイスを一人で足止めできているのは、カーティスの高い実力によるところがあった。
顔と顔がくっつきそうな程の至近距離で交わされる攻撃の応酬は余人を立ち入らせることのできない領域だった。
しかし、それも終わりを迎える。余人を立ち入らせない領域にホラスの声が飛び込んだ。
「カーティスの兄貴。時間だ!」
狼人族の耳がピクリと動き、カーティスは自分の役目が終わったのだと理解した。そして、スカーフェイスの胸に向けて回し蹴りを放つ。それを予期していたスカーフェイスは狙撃銃で攻撃を受け止めるも、あまりの衝撃に地面に背中から落ちてしまった。その隙にカーティスは岩陰へと走り出した。
背中を見せて走る敵にスカーフェイスが銃口を合わせ、スコープを覗くも、そこには男の背中は無かった。カーティスは足に精神力を纏わせ、僅か二歩で岩の影から影へと姿を隠した。
地形を知り尽くしているカーティスを追いかけるのは難しく、無暗に追いかけるのを危険と判断したスカーフェイスはその場で狙撃銃を構え周囲を警戒した。突然の撤退を不審に思ったのだ。
そして周囲をスコープで警戒している最中に気が付いた。自分の周りに居たはずの仲間の足音も息遣いも聞こえないのだ。
まさかと思った瞬間、スコープが岩陰からはみ出ているインプの手に気が付いた。その周りには血が流れている。どうやら自分が戦っている最中に周りの部下を潰されてしまった。
狙撃銃の使い方を学ぶ過程で、狙撃銃の弱点もスカーフェイスは理解していた。
武器の大きさゆえに取り回しが効かない点や、この広間のように障害物が多い場所は不向きだと言った点に加え、最大の弱点は近接戦闘だとスカーフェイスは考えていた。
五秒間、敵をスコープで覗くという欠点がある以上、敵は遠ければ遠い方が良い。かと言って全ての敵が自分から離れた場所で戦ってくれるなんて都合よくは行かない。そのための盾にして囮が潰されてしまったのだ。
スコープを覗きながらすり足で背後の階段へと向かう。下に逃げたはずの部下と合流して態勢を立て直そうとする。
だけど、ファルナは逃がすつもりは無かった。
「出でよ、《アマノメ》!」
「《アイスロック》!」
入口で詠唱のタイミングを揃えていたアイナとファルナが、それぞれが使える炎の精霊魔法と氷の中級旧式魔法を発動した。
卵のような形に羽をつけた精霊が放った炎と、氷山をくりぬいたかのような氷が激突して、広間を水蒸気が満たした。
まるで吹雪か砂嵐かのように視界が白濁の蒸気に塗りつぶされる。これではスコープを覗いても敵の姿なんて見えない。
―――つまり、敵を捕捉できなくなった。
兵器の使用条件である捕捉が封じられたことに気が付いたスカーフェイスはなりふり構わず階段のあった方向へと走り出した。白い闇に視界が塗りつぶされたため、点在する岩にぶつかったりするも、方角だけは間違わないようにする。
これだけの蒸気なら自分の姿も捕えられないと踏んでの逃亡だ。
しかし、スカーフェイスは知らなかった。
ファルナの仲間に一人、どれだけ深い闇の中でも音と匂いだけで相手を追跡できる達人が居たことを。そしてその達人が異端審問官であることを。彼は知らない。
エルドラドにおける異端審問官とは単なる神官では無い。平時は、他の神官と同じように13神に祈りを捧げ、信徒たちに神への信仰を訴えかけ、時には告解を聞いたりしている。しかしその一方で、暴力を持って異端を滅する、暴力機関としての側面がある。異端審問官全員が、何かしらの技術に秀でた上で、共通した基本的な技術を持つ。
一つは制圧術。異端の疑いをかけられた者を審議の場に引きずりだすために、彼らは対象を生かしたまま無力化する事が求められる。そのため、彼らはメイスを武器として好んで使う。刀剣類の類は対象を不用意に殺してしまう恐れがあるからだ。その点、打撃武器なら狙い所さえ間違えなければ死ぬことは少ない。ルリジオンのような二等異端審問官なら人を人の形を損なわせないまま手足を潰すやり方を習得している。
そしてもう一つは、暗殺術だ。
音もなく、影のように岩々の隙間を進むルリジオン。これは『遠視』や『透視』の技能を使って見ている訳ではない。耳と鼻がスカーフェイスへの道筋を浮かび上がらせているのだ。
彼女は静かにメイスの下半分を捩じると、杖の後端から刃が飛び出した。
異端審問官に敗北は許されない。例え格上の相手だろうと審議の場に連れ出すか、それが出来なければ殺す事が彼らの役目だ。
格上の相手を殺すのに合理的な手段は暗殺だ。寝ている時、食事をしている時、風呂をしている時、排泄をしている時。相手が油断している瞬間を狙い、彼らは異端を闇に葬り去っていた。
いまここにヴァイオレットインプが闇へと葬り去られる。
ぬるりとわき腹から侵入した刃が体内を進み、体の中央にあった魔石へと突き刺さったのだ。
スカーフェイスは白い闇の中で、自分が殺される側だった事を思い出した。
世界の何処か。人が住まない、足を踏み入れる事すら稀有な僻地に、それこそ隠すようにその施設はあった。何百年も前から、神々の目すら欺くかのように隠蔽された施設に人の影があった。
否。
それは人の形をした何かだ。
卵型の箱は蓋が開き、中に入っていた人形は冷たい床へと足を踏み出した。
宝石のように煌めく瞳に青い液体が雫となって落ちる白銀の髪、白すぎる肌には黒子や染みは一切なく、作りものめいた顔立ちをしたそれは、年の頃が十七か十八の少女のようでもあった。
だけど、生まれてからその何十倍もの時間は経過している。それなのに歩く姿は滑らかで、淀みない。
培養液から出たばかりの体に熱風が当てられ、人工皮膚が乾く。均整の取れたプロポーションを遮る衣服は一切なく、もっともそれを見せびらかす相手も居ない。
彼女は自分を閉じ込めている門の前に立ち、網膜認証と声帯認証をクリアした。
重々しい音を立てながら開く扉。無人の廊下に明かりがついていく。
少女は迷いない足取りで歩き、ある扉の前で立ち止まった。傍の壁に付いたボタンを押すと、扉は勝手にスライドした。中は複数のロッカーと姿見が置かれた小さな部屋だった。ロッカーの一つを開けると、中に収められていた制服を取り出した。
何の装飾も施されていない下着を身に付け、ガーターベルトと白いタイツを着込む。足元は小ぶりの黒のストラップシューズを用意する。
次に取り出したのは濃い紺色のワンピース。足元まで届くロングスカートの袖と首元だけは白い。ボタンを締めて、姿見を見ながら皺や乱れを整える。
そしてこれまた丈が床まで着きそうなエプロンを前から掛け、後ろで止める。過度な装飾なんて無い、控えめなフリルだけがあしらったシンプルなロングエプロン。結び目が縦になっていないのかを姿見で確認する。
最後に取り出したのは小物類を収めた箱だ。少女は宝箱を開けるかのようにゆっくりと丁寧に蓋を取った。小箱に入っていたのは白いカチューシャと赤いブローチが付いているスカーフ。少女はそれを愛おしそうに眺め、そして頭と首元に装着した。
姿見の前で、お辞儀をし、どの角度から見られても乱れも緩みも無い事を確認すると少女は衣装室を出た。
無人、無音の施設にストラップシューズの足音が響く。
少女は次の目的地である扉の前に立ち、複雑なセキュリティを解除した。重々しい音を立てて開く扉を睨み、一礼して中に入った。
室内は厳粛な空気に包まれた場所だった。他の部屋とは違い、黒を基調とした室内には、厳重に封をされた箱が祭壇の上に複数置かれていた。そのうちの一つ。長方形の箱に少女は近づき、箱の表面に手を当てた。
すると、箱の表面を光がはしり、次の瞬間には箱の表面が液体となって溶けた。そして、中から一本の竹ぼうきのようなものが姿を現した。
彼女の背丈よりも少しだけ低い、柄が付いた竹ぼうきを少女は手に取り、そしてぶるりと振り回した。
途端。
厳粛な空気を打ち払うかのような豪風が吹き荒れた。竹ぼうきの先端が生み出した乱気流は風の刃となって室内を駆け巡った。黒い室内はあっという間に傷だらけになり、そして自動的に塞がっていく。
これこそは機械乙女専用装備広域破壊型兵器Z-2。
兵器の威力に問題が無い事を確認すると、少女は竹ぼうきを手に取って扉を出て―――そこで静止した。
彼女の眼球にとあるメッセージが浮かんでいたのだ。
『兵器の波長消失。先のオーダーを破棄。ミッション中止』
「ミッション中止、受領しました」
ここで初めて、少女は喋った。それは人の声のようでいて、作り物めいた歪さが残る声だった。そして続けて、
「補充されたエネルギーは通常業務に換算して百四十二時間分。前回の起動ログを確認。……施設内の保守点検を開始します」
と、言うなり竹ぼうきの形をした兵器を壁に立てかけ、兵器が仕舞ってあった備品室の扉へと近寄った。
「扉から異音を確認。修繕を開始します」
こうして、『機械乙女』と呼ばれる対魔法工学の兵器にしてメイド型機械人形は生成されたエネルギーが切れるまでの六日弱を施設の保守点検と掃除に費やし、眠りについたのだった。
「どうにか終わったわー」
「……ですね」
「お疲れ様です。冒険者とはかくも大変とは知りませんでした」
ファルナの疲れ切った声にアイナが同調し、ルリジオンが労う。場所はかび臭い地下から、すでにカバナのギルドへと移動していた。顔に傷があったヴァイオレットインプを殺して、取り戻した兵器の基盤を破壊してから半日以上が経過していた。
兵器が破壊できてめでたしめでたしで幕は下りない。彼女たちにはまだやる事が残っていたのだ。兵器の破壊に成功したことをギルドに報告し、同じように迷宮内を探索している冒険者たちにも通達し、セーフティーゾーンで無残に殺された冒険者の遺品や遺髪を回収し、逃げたヴァイオレットインプをきっちりと撃破してとやる事が山積みにあった。
それらを一つずつこなしていく最中もモンスターは容赦なく襲いかかってきて、それらを倒しながらようやく地上に戻って来れた。カーティスを一人で地上に派遣させたので、兵器破壊の報せは最初に済ませていたこともあり、街は避難から戻って来る人で行き交っていた。
くたくたに疲れた体を引きずり、ギルドまで報告に戻ったファルナたちは、ギルド長のねぎらいの言葉や報奨金を受け取るも宿屋へ戻る気力は無かった。ホラスに魔石の換金を頼むと、三人は長椅子に腰かけ足を投げ出した。
「つーか。兵器破壊っていう大役を果たしたアタシらが最後まで迷宮に残っているっていうのが間違っている気がするんだけど」
「仕方ないですよ。私達が居た場所はほぼ上層部の最下層。他の所を探索していた人たちに情報を伝えるのに、一番適していたんですもの」
「優秀なのも考えものですね」
「……だね」
ファルナはがっくりと肩を落とした。そして、ちらりと隣に座る二人を見つめた。水蒸気を使った目くらましは、兵器を使っていたモンスターがレベルアップをしていた場合を想定しての作戦だった。どんな敵も、死角からの攻撃には無防備になる。問題は目くらましを作るための方法と、視界が悪い状況で誰が兵器を持ったモンスターを倒すかだ。
悩むファルナに対して、二人は躊躇うことなく手を上げた。慣れない氷系統の魔法を詠唱し、慣れないモンスター相手の暗殺を引き受けた二人。結果論ではあるが、この二人の協力が得られなかったら、こんなに上手く事は運ばなかったかもしれない。カーティスに言わせると、インプのボスは超級に届きそうな程強化されていたという。カーティスが手こずる相手だったら、仲間に負傷者やあるいは死者を出したかもしれない。
ファルナにとって『紅蓮の旅団』は家族だ。そして、家族を助けてくれた人に、壁を作るのはファルナの流儀には合わない。
「ねえ、アイナにルリジオン」
敬称を外した呼びかけに二人は驚きつつも返事をした。するとファルナは照れくさそうに、しかしはっきりと告げる。
「聖都までまだ先は長いけど、これからも宜しくね。……それと、さん付けとか殿とかは止めない? アタシも、呼び捨てにしたいしさ」
「……ええ。こちらこそよろしくね、ファルナ」
「よろしくお願いします……ファルナ」
少女達は顔を見合わせ、そして気恥ずかしそうに笑った。体は頭の天辺から爪先まで疲労に使っているというのに、心は少しだけ軽くなった様に感じていた。
そんな風に笑い合っている少女たちの耳に大きな声が届いた。何事かと視線を向けると、換金を済ませたホラスが壁の張り紙を見て驚きの声を上げていた。
「何やっているんだい、アイツは。人様の前でまったく」
文句を言うファルナをアイナが宥めていると、当の本人が走り寄ってきた。
「ちょっとホラス。人様の迷惑になるような真似はみっとも―――」
「―――レイの奴が……二つ名を貰いやがった」
ホラスが目をまん丸くしたまま、ポツリと呟くと、三人の少女は三者三様の反応を示した。
アイナは黒目をこれでもかと開き、口を丸くした。
ファルナは形の良い眉毛を吊り上げ、視線を鋭くして睨みつける。
ルリジオンは紺の髪を揺らし、不思議そうに首を傾けた。
「「……はぁぁぁあああ!?」」
驚きの声を上げたホラス以上の絶叫がギルドを揺らす中、ルリジオンは呟いた。
「ですから、レイとは誰の事なんですか?」
読んで下さって、ありがとうございます。
次回からは十三人の『招かれた者』の一人が主人公の閑話となります。




