閑話:受付嬢の艱難Ⅳ
そもそも、ヴァイオレットインプが兵器を手にしたのは偶然と必然の結果だった。
元をたどれば、彼らもまたあるモンスターに襲われ、追いまわされ、仲間を殺されてしまった。そのモンスターはベヒモス。兵器を見つけた冒険者たちに襲いかかったモンスターだ。
モンスターの亜種とは、ギルドが調査、分類したモンスターと姿形、色、特徴が大きく逸脱した個体の事を指す。一つしか頭の無い大蛇に二つの頭が存在したり、燃えるような赤い鱗の火蜥蜴が目も覚めるような青に染まっていたり、地を走る四足歩行の獣に翼があったり。そういった、目撃例の少ないモンスターを亜種と呼ぶ。
もっとも、姿形や色や特徴が違うだけの亜種は、目撃例が少ないだけの新種という場合もある。時間が経つにつれ、ギルドに目撃情報や討伐報告が上がってくれば、亜種から新種として登録される。
それとは別の意味で亜種と呼ばれるモンスターが居る。それはモンスターの在り方から逸脱した存在だ。
モンスターは生まれながらにして、ある命令を受け取り従っている。人を殺せ。数を増やせ。種を残せ。地上を目指せ。それは彼らにしてみれば、背くことなどあり得ない至上の命令だ。
ところが、極僅かな事例だが、人に調教されることで従うモンスターが居る。人を殺す不倶戴天の怪物が、人に従うという矛盾した行動をとった個体は亜種と呼ばれるようになる。
つまり、通常ならあり得ない行動をとるモンスターの事も亜種と呼ぶのだ。
そういう意味で言えば、ベヒモスは紛れもなく亜種だった。迷宮内で他のモンスター、ヴァイオレットインプの群れを襲ったのだから。
これが地上なら当たり前の光景だ。地上では魔力の濃い、薄いがはっきりと別れているため、生き残りを賭けたモンスター同士の生存競争が日夜繰り広げられている。だけど迷宮で起きるとなると話が違う。迷宮に居るモンスターは迷宮から魔力を吸い上げる事で生きながらえる。そのため、モンスター同士で縄張り争いをする必要はないのだ。
それなのにベヒモスは他のモンスターを襲った。
本来ならボスの間か、あるいは下層などにしか出現しない大型モンスター。そして迷宮内でモンスターを襲うという異常性。この二つを併せ持ったベヒモスは亜種と呼ばれるのに相応しかった。
どうして、ベヒモスの亜種が誕生したのかは誰にもわからない。迷宮は時折、そんな不条理を生み出す。静かな水面を乱すかのように巨石を投げ入れるのだ。人の目に付かない場所で、ベヒモスの亜種とヴァイオレットインプの群れの戦いは始まってしまった。
上級モンスターと中級モンスターの対決は語るまでもない。
いくらヴァイオレットインプが数で上回っていても、不意打ち気味にベヒモスの突進を受けた時点で敗北は決まっていた。彼らの持つ三叉の槍は岩盤を削り出したかのような分厚い皮膚に弾かれ、魔法を詠唱する暇も無かった。
兵器を見つけた冒険者たちと似たように弾き飛ばされ、踏みつぶされ、くず肉の塊となって地面を汚していく。阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
ただし、冒険者と一点だけ違う点があった。それはヴァイオレットインプのリーダーは生き残った事だ。彼は―――モンスターに性別があるかは不明だが―――ベヒモスの突進を浴びたが、間に仲間の死体があったため衝撃が幾らか緩和された。それでも威力は凄まじく、壁に激しく叩きつけられた際におうとつが顔に突き刺さり、抉られた跡が出来た。
それでも幸いなことに一命は取り止め、体は動き、声が出せた。
モンスター同士にしか通じない言葉で、顔に傷を持った個体は撤退を叫んだ。虐殺の嵐の中でどれだけの数が正確に聞き取れたかは不明だが、まだ気力と体力が持つ者は声に反応して逃げ出した。
三々五々になって走り回った結果、彼らは襲撃された階層よりも下の階層へと逃げ切る事に成功した。
ギリギリで生き延びたスカーフェイスの周りに居たのは十体のヴァイオレットインプだけだった。元はその三倍は居た群れだった。残りはベヒモスに殺されたのだろう。
生き延びられたことに胸をなで下ろす暇は無かった。なぜならベヒモスが地鳴りと共に階段を降りてくる音が聞こえたのだ。執念深い追跡者はヴァイオレットインプを生かしておくつもりは無かった。
ここにヴァイオレットインプとベヒモスの逃走劇が幕を開けた。
スカーフェイスは優秀なリーダーだった。ベヒモスの行動を先読みし、時には敵の眼前に囮として現れたり、他のモンスターの群れを囮に使ったりすることで十人の仲間を一人も欠けさせる事なく生かし続けた。
それでもベヒモスはヴァイオレットインプの追跡を諦めず、彼らの体力も底を突こうとしていた。どうしようもない袋小路に追いやられた正にその時、スカーフェイスたちはある集団を見つけた。
それは木箱を大事そうに運搬している冒険者の集団だった。そこでスカーフェイスは思いついた。ベヒモスをこいつらになすりつけよう、と。
その作戦は果たして上手くいった。
自らが囮になる事でベヒモスを冒険者の前に誘導して、自分は物陰から状況を観察する。仮に冒険者がベヒモスを倒せればよし。倒せなくても自分達が逃げる時間を稼げればよし。どちらに転んでも、問題は無かった。
スカーフェイスの狙い通り、冒険者とベヒモスは接触し戦闘が始まった。不意打ち気味な接触だったからか、まず一人が吹き飛ばされた。ベヒモスの巨大な角を正面から浴びた上に、天井近くまで吹き飛ばされて地面へと落下した。遠くからでも、堕ちた男の手足がおかしな方向にねじ曲がっているのが分かる。あれは即死だろう。
どうやら死んだばかりの男がこの集団のリーダーだったらしく、生き残った者達はどうすればいいのか判断に迷い、浮足立ってしまった。
これはダメだとスカーフェイスは見切りをつけた。これ以上、ここに残っていても得る物は無い。見つかる前に仲間と合流するべきと考えて移動しようとした。
すると、冒険者の方に動きがあった。一人がベヒモスの注意を引き、残りが運んでいた木箱の中身を開けたのだ。そこから取り出した先端に細長い筒が付いている奇妙な物体を前にして怒鳴り合っていた。
スカーフェイスに人の言葉は理解できなかったが、この時の彼らは魔法工学の兵器を使用する危険性や、使い方や魔石の投入口の事で言い争いをしていた。
内容を理解できなくても、謎の物体が彼らの希望だとはスカーフェイスもおぼろげに理解した。足を止め、何が起きるか期待しながら待っていた。
冒険者たちが取り出した魔石が長細い筒の根元についている四角い箱を組み合わせた何かに投入される。彼らは口やかましく叫びながら箱の上についている円錐形の何かを覗きこみ、筒の先端をベヒモスへと向けた。
そして、箱の下の方についている出っ張りを―――引いた。
カチッ、と。鈍く固い音が隠れているスカーフェイスの耳にまで届いた。冒険者は焦りを滲ませながら、何度も何度も出っ張りを引くも、何の変化も起きなかった。
失敗だとスカーフェイスが思うよりも前に、冒険者たちは悲鳴と罵声と怒声を響かせた。一人でベヒモスを引きつけていた冒険者が一目散に逃げ出したのだ。おそらく背後の失敗を悟り、パニックに陥ったのだろう。仲間を振り返ることなく、通路の闇へと消えて行った。
ベヒモスはそちらを追わなかった。遠くの一人よりも、近くの複数だ。短くも太い脚が地面を蹴り上げた。
悲鳴は長くは続かなかった。心が折れた冒険者たちはあっという間に駆逐されてしまい、骸と化した。無造作に転がった屍を前にして、ベヒモスは屍を食べる訳でもなく、足や角で弄んでいた。
周りに注意を払っていない今なら逃げられると考えたスカーフェイスはゆっくりと動き出した。しかし、その足が数歩もしない内に止まった。
彼はどうしても気になったのだ。冒険者の手から滑り落ちた、闇を抽出したかのような黒い謎の物体。
気が付けば足は謎の物体へと進んでいて、手は落ちた物を拾い上げていた。
ずっしりと重く、冷たいそれは近づいて見ても何のために使うのかさっぱりわからなかった。何処もかしこも滑々としており、なおかつ固い。辛うじて動くのが魔石を投入した部分と、出っ張りだけだった。スカーフェイスの節くれだった指で触るも、固い感触が返ってきた。
ふと、嫌な予感に顔を上げればそこにはベヒモスの強烈な視線とぶつかった。いつの間にか、冒険者の屍に飽きていて顔を上げていた
不味いと思った瞬間には手遅れだった。四本足は地を鳴らし、一目散にベヒモスは迫って来る。回避は不可能だ。
スカーフェイスは死ぬと理解しつつも、一縷の望みを掛けて腰だめに武器を構えた。ベヒモスが突撃するまでの数秒間、姿勢はそのままで引き金を引いた。
途端、筒の先端から光弾が発射された。緑色のそれはベヒモスの体を貫き、広間の壁に激突した。光弾が通り過ぎると、ベヒモスの体はくりぬかれたかのように、ぽっかりと穴が開いていた。向こう側が見えるほどの穴だ。
互いに驚いた。
驚きつつもスカーフェイスは引き金を何度も絞った。その度に筒から光弾が発射され、ベヒモスの体は削られていった。あっという間の出来事だ。僅か十数秒足らずで、ベヒモスの亜種は冒険者と共に屍を晒すことになった。
歩兵携行型狙撃銃N-7は三つのコンセプトを元に開発された兵器だ。
ノーザンが自身の知る狙撃銃を原型として、『追尾』と『貫通』と『連射』に特化させた。ベヒモスの厚い外皮を砂糖菓子の如く削る光弾の貫通力に、装填要らずの連射性。そして、最大の特徴は銃身の上に付いているスコープにある。
もっとも、このスコープのせいで冒険者たちはN-7を使う事が出来ずに死に、スカーフェイスは生き延びる事が出来た。
ベヒモスを倒したスカーフェイスは意気揚々と仲間の元に戻り、ベヒモスの死を伝えた。これで彼らは元の階層に戻れると喜んだ。
ところが、スカーフェイスは別の事を考えていた。
自分が手に入れたこの武器の性能を知りたい、試したい、使いこなしたい。
その欲求は強く、仲間は抵抗しつつも従わざるを得なかった。
冒険者の生き残りが地上に辿り着き、ファルナを始めとした冒険者たちが地下へと降りてくるまでの間、スカーフェイスは兵器の使い方を独学で学び、特徴を覚え、弱点を理解した。
狙撃の的になる生物はその辺りにはいくらでもいた。
彼は手当たり次第にモンスターを殺し、魔石を奪って燃料として兵器の中に投入していた。我欲に突き動かされた彼の熟練度は、わずか半日でスナイパーライフルを使いこなすレベルに到達した。
そして、彼は仕上げとばかりに恐ろしい事を考えた。
彼は冒険者を襲うと仲間に打ち明けた。場所はガレスの迷宮上層部のボスの間。そのひとつ前にあるセーフティーゾーンだ。
モンスターが湧かない事と、ボスの順番待ちをしている冒険者たちが集まる、いわばモンスターにとっての殺し間。無茶だと仲間は言うが、スカーフェイスは話を聞かなかった。
彼は兵器を片手に、無理やり仲間達を従わせて、地下へと降りた。
そして、ぬるま湯につかっていた冒険者たちを―――殺したのだ。
流石に一方的な虐殺とはいかなかった。十一体居たヴァイオレットインプの群れは七体にまで減った。もっとも減った数の数倍の冒険者が死んだ。恐るべきは魔法工学の兵器か、それとスカーフェイスの技量か。
スカーフェイスは理解した。ベヒモスが自分たちを殺したのは、この感覚を味わうためだった、と。
弱者を嬲る強者の陶酔は、スカーフェイスには劇薬のように効果があった。冒険者たちの骸の上で拳を突き上げた瞬間、ヴァイオレットインプの亜種が誕生したのだった。
冒険者を殺したことでヴァイオレットインプたちは二つの物を手に入れた。一つは冒険者たちが使っていた武器や防具だ。サイズが合わないのや、兵器の攻撃で砕けて使い物にならないのもあるが、スカーフェイスを含めた七体は鎧や防具を身に付け、腰には剣や弓を提げていた。まるで一端の冒険者気取りだ。
もう一つは冒険者たちが換金目的で集めていた魔石だ。狙撃銃の燃料を補充できたスカーフェイスはここには用は無いとばかりに階段を昇り、上層十七階へと戻ってきた。
そこは天井から落下したかのように背丈を超える岩がごろごろと転がっている視界の悪い場所だ。ここをたまり場にしていたモンスターは既に死んでいる。次のが出現するまではまだ時間がある。
それゆえか、スカーフェイスは狙撃銃を構えることなく、適当に保持して移動していた。頭の中ではこのままこの迷宮の王として君臨する自分を夢見ていた。
―――瞬間、真紅の刃が眼前を通過して、首を狙おうとしてた。
咄嗟に持っていた物で応戦する。狙撃銃は炎の刃を受け止め、弾き返した。その勢いのまま、スカーフェイスは銃口を炎の剣を振るうファルナの方に向け、引き金を絞る。
しかし、待っていたのは固い音と感触だ。
この狙撃銃の弱点は敵と遭遇しても即座に撃てない事だ。銃身の上にあるスコープで対象を五秒間捉えてからでないと光弾は発射されない。その代り、一度補足した対象が遮蔽物に隠れたとしても光弾は追尾するし、一度に複数の目標を狙い撃つことが出来る。狙撃銃でありながら集団を相手取る事も出来るのだ。
スカーフェイスはこの機能を利用して、セーフティーゾーンに居た冒険者を狙った。随伴していた仲間を囮として走らせ、近寄ってきた冒険者をスコープで捉えるという作業を繰り返し、最後は引き金に指を掛けた。銃口から放たれた光弾は分裂して、冒険者を撃ち抜いた。残念ながら、それを躱して生き残った数人に周りを固めていたヴァイオレットインプを殺されてしまったが、彼らは元からそれが役目。捕捉するまでの時間稼ぎが出来ればそれで十分だった。
だけど、今は全てが裏目に出ていた。仲間は後方で狙撃銃は奇襲した冒険者を捕捉しきれていない。固い音が何度も続き、スカーフェイスはどう行動するべきか分からなくなった。頭の中が真っ白になり、体は強張った。炎を上げて燃え上がる双剣を前にして、死に怯えた。ところがファルナは即座に離脱を選択した。兵器の存在を確認し、筒の先端が自分を向いていると判断した時点で距離を取り、点在する岩を利用して、仲間達の合流へと走った。
広間の反対側では、アイナ達が臨戦態勢で構えていた。
ファルナたちがこの広間に居たのは、偶然ではない。ルリジオンの追跡術でスカーフェイスの、兵器を持ったモンスターの行方はすぐさま分かった。その上、残された手掛かりから、兵器を手に入れたモンスターの心理状況まで理解した。
他のモンスターを相手に兵器の使い方を学び、魔石が燃料として必要だと知り、自分の手に入れた力を誇示するための幼稚な思考回路。彼女らは、セーフティーゾーンにモンスターが向かったと結論付けた。
ファルナ班の斥候がボスの間に続くセーフティーゾーンの惨状を確認して報告したのは十数分前だ。冒険者の遺体から装備品を剥いでいる最中のスカーフェイス達を知り、ファルナたちはここで待ち伏せすることに決めた。
「ごめん、しくった!」
ファルナが詫びるも、誰も責めはしなかった。何しろ相手は魔法工学の兵器を持ったモンスター。慎重に慎重を重ねてもまだ足りない。
奇襲で決着が付くとは誰も考えていなかった。
かくして、カバナの迷宮上層部十七階にてファルナ率いる冒険者と受付嬢と異端審問官という混合集団とスカーフェイス率いるヴァイオレットインプの群れとの戦いが始まった。
読んで下さって、ありがとうございます。




