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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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閑話:受付嬢の艱難Ⅲ

 世界の何処か。人が住まない、足を踏み入れる事すら稀有な僻地に、それこそ隠すようにその施設はあった。何百年も前から、神々の目すら欺くかのように隠蔽された施設には居た。


 施設の中は一風変わっていた。金属の板が四方を囲み、血管のように張り巡らされたコード、数値とグラフが秒単位で切り替わるモニター、人の腕のように関節が動くアーム、加工されるのを待つオリハルコン、大小さまざま大きさの魔石が種類ごとに分類されている。エルドラドのどの都市にもこんな施設は存在しない。


 どの部屋にも埃なんて無く、かといって人のいるような気配もない静謐な空間。その奥まった一室には居た。分厚い金属の扉は侵入者を阻むためにあるのか、それとも中に眠る存在を外に出さないためのいわば封印の役割を担っているのかまでは分からない。


 施設の中で一際厳重なセキュリティが施された室内は、至ってシンプルな空間だ。部屋の中央に人を丸呑みする程の大きさい卵型の箱が設置されている。箱から触手のようにコードが伸びて壁を貫通して隣の部屋に繋がっている。右手側の壁は大部分がモニターとなっているが、いまは死んでいるかのように沈黙している。


 箱の上の方に窓が付いていた。その窓から中を覗きこむと淡い青色の液体で中が満たされている。


 そして、その中でが居た。


 まるで眠っているかのように瞼は閉じられ、銀髪が揺らめいている。生きているかどうかすら定かでは無く、はた目には棺桶に収められた死体のようでもあった。


 死者の眠りを妨げないように室内は一切の音がしない、無音の世界だった。


 しかし、突如として発生した音が静寂を打ち破った。


 金属同士を引っかいたかのような不快な音が部屋の中で反響すると、それまで暗かった室内に明かりがついた。天井自体が光り輝き、白亜の部屋を更に白く染める。


 同時に沈黙していたモニターが起動し始めた。壁に埋め込まれた巨大なモニターはエルドラドのとある地方を映し出し、あるモニターには細長いとある物体の映像と詳細なレポートが映し出していた。


 そして、青色の液体に沈んでいた少女の形をした怪物がゆっくりと眼を開けた。人と姿形を似せて作られた彼女は、水銀のような頭髪も、人形のような無垢な顔立ちも、宝石のように煌めく瞳も全て作り物だ。故に、瞳には今見えている光景に加えて別の情報が映し出されていた。


『魔法工学の兵器の波長を確認。マスターのラストオーダー受領。対象物に関する情報を取得。衛星とのリンクを開始。当該地域の地形情報をダウンロード……完了。起動シークエンスに移行。各部ユニットの状態……オールグリーン。疑似フェイク技能スキルの選択……完了。エネルギー充填中……現在7パーセント』


 瞬きしない瞳に映る数字は少しずつ増えて行く。無数のコードを辿ると、彼女を起動させる為に大量の魔石が投入されては魔力を抽出されて砕けて行く。


 これは戦支度なのだ。


機械乙女ドーター』。


 13人の招かれた者の一人、『科学者』ノーザン・オルストラが生み出した対魔法工学の兵器にして、世界を滅ぼす七帝において、『正体不明アンノウン』を除いた六体の中でと謳われた存在は動き出す時をじっと待っていた。






「……これは、考えていた中でも割と最悪な部類の結果だね」


 ファルナの呟きを受けて、カーティスが神妙な面持ちで頷き、アイナも不安そうに黒髪を指で弄る。他のメンバーも大なり小なり似たような反応を示した。しかし、ただ一人、不思議そうに首を傾げた少女が、


「どういうことでスカ?」


 と、場の緊張感に物おじせずに尋ねた。ファルナは肩から力が抜けるのを感じながら質問をしたトリシャへと振り向いた。


「アンタね……もうちょっとは自分で考えなよ」


 はてなが頭の上で踊るかのように首を捻るトリシャ。少々天然が入っている少女だが、場の空気を深刻にさせないという意味では十分に役立っている。どんな状況でも自然体でいられるという人材は意外と得難い。そういう意味ではトリシャの能天気さには随分と助けられてきたなとファルナは思いつつ、指を教師のように振るった。


「まず、アタシらにとって避けるべき結末は何なんだい?」


 教師のような物言いにトリシャは背筋を伸ばして生徒のように答えた。


「えっと……封印が解けた兵器が見つからなくて、『機械乙女ドーター』がやってくることでスカ」


 正解とファルナは言い、更に口を開いた。


「じゃあ、兵器が見つからないという状況はどうして起きるのか。その理由を言ってごらん」


 むむむと唸り始めたトリシャは絞り出すかのように考えを口にする。


「……迷宮に飲み込まれたトカ……あとは……誰かが持って行った……トカ」


 いまいち歯切れが悪いのは自信の無さが現れた。だけど、ファルナは指を鳴らして、


「それだよ、トリシャ。いまここに無い兵器を一体誰が持ち去ったのか。それが分からないのが最悪の部類って事さ」


 正解に辿り着いたというのに、トリシャはまだ分からないのか頭を捻るためファルナは仕方ないなと説明を始める。


「見ての通り、ここに兵器は無い。仮にモンスター、ベヒモスが壊してくれたのならその部品が散らばっているはず。だけどそんな物も無いということは壊れたわけじゃない。それじゃ、迷宮に飲み込まれたかというと、冒険者の死体がまだ残っているからそれも無い」


「……あれ? それじゃ、兵器は」


「アンタの言った通り、誰かが持っていた可能性が一番高いって事さ。問題は、それが誰なのかってことよ」


 難しそうに眉間に皺を作り考え込むファルナに対して、今度は不思議そうにルリジオンは声を掛けた。


「待ってください。誰というのは、冒険者では無いのですか」


 魔法工学の兵器は災いを呼ぶ種だが、同時に莫大な大金を呼び寄せる可能性もある、扱いを間違えると危険だが、封を解かなければ基本的に安全という事もあり蒐集家は数多く存在し、大国は兵器の軍事利用を諦めておらず研究用として高く買い取っている事もある。ギルドも兵器の収集を行っている。ノーザン・オルストラがギルドの先達という事もあり、彼の遺志を引き継いで集めた兵器の破壊を行っているのだ。


 だから、偶然この広間を訪れて、むき出しになっている兵器を見つけた冒険者が持ち帰ったという発想はあながち間違っていない。ホラスなどはルリジオンの意見に同意を示すように頷いた。


 ところがルリジオンの意見に待ったを掛ける者が居た。


「うーん。それはどうかしら。冒険者がこの場に来たって可能性は微妙だと思うわ」


 いつの間にかベヒモスの傍にしゃがみ込んでいたアイナが口を開いた。死体となって横たわるモンスターを分厚いナイフを使って解体していく。骨や、筋張った筋肉を避けた熟練の手つきでナイフを振るっていくと、目当ての物を見つけたのか手を体内に突っ込み、ある物を取り出した。


 それはモンスターの血に塗れているが魔石だった。人の頭蓋の半分ほどの大きさで、傷一つない白に近い魔石だ。魔石の価値は色と重さと輝きで決まる。冒険者なら一目見て、アイナの取り出した魔石の価値を理解した。誰かの喉が鳴る音がした。


「もし冒険者がこの場に来たのなら、ベヒモスの体から魔石を取り出しているはず。こんな浅い階層では滅多にお目に掛かれない上級モンスターが死んでいるのです。魔石を取らなくても、使えそうな素材を回収するぐらい冒険者ならやって当然」


 元冒険者にしてギルドの受付嬢らしい着眼点だ。


「それは……兵器にばかり目が行ってしまい、他を後回しにしたのでは。魔石と兵器なら、圧倒的に兵器の方が高値で売買できます。魔石よりも兵器を取ったのでは」


「そうかもしれない。だけど、そうじゃない可能性もあるの。冒険者が持って行ったって前提で考えると危険よ」


「でしたら、一体誰が持って行ったというのですか?」


 問いかけに答えたのは押し黙ったままのカーティスだ。彼はポツリと、


「モンスターだ」


 と、だけ告げた。その答えを想像していなかった者達は一斉に驚きの声を上げた。


「時系列で考えれば、それもあり得る。まずこのパーティーは兵器を運搬しようと地上に向かっていた」


 カーティスは肉塊となった冒険者に悼む視線を送りつつ、彼らの身に何があったのかを振り返り始めた。


「その道中。ここ十三階でベヒモスの亜種と遭遇。遭遇した時点ですぐに逃げ出せれば、壊滅は免れたかもしれない。だけど、彼らは逃げるという選択肢を選べずにリーダーを失った。頭を失った事で混乱した彼らはあろうことか兵器の封を開けてしまい、魔石を投入した」


 視線がゆっくりと動き、粉々に砕けた木箱の破片や、その周囲に散乱している魔石たちを追いかける。静かな語り口はルリジオンに此処で何が起きていたのかをはっきりとイメージさせる力があった。


 ベヒモスの恐怖を前にして唯一の希望に縋るように兵器の封を開けた冒険者たち。一人が囮として戦っている間に魔石を投入するも、彼らにはその兵器の使い方が分からなかった。


 唯一の希望が使い物にならないと分かった瞬間、彼らは途方もない絶望に襲われた事だろう。陣形を維持することもできず、一人逃げ出した男は、背後から聞こえる仲間の悲鳴を振り切って地上へと脱出した。置いてかれた仲間はここで骸となった。


「ここで二つの可能性が浮かび上がる。一つは兵器の使い方が判明した冒険者によってベヒモスが討ち取られたという可能性。。その場合、冒険者も死んでしまった。つまり、相打ちだ。だけど、それは無いはずだ」


 カーティスの根拠は死体の向きにあると説明した。冒険者の死体は三々五々に散らばっているが、どれも背中から攻撃を加えられたかのように抉れている。兵器を使い、立ち向かって死んだ死体では無いのだ。そして、それはベヒモスの死体にも言えた。


「ベヒモスの死体。この穴だらけの死体と向きを考えると、おそらくこちら側に居た誰かに殺されたと推測できる」


 人の何倍もあるベヒモスの巨体を、いくら死んだからと言って動かすのは容易くないし、仮に動かした跡があればアイナかカーティスの目は誤魔化せない。この二人の見立てでは、ベヒモスの死体は死後動いていないのははっきりしていた。


 つまり、ベヒモスは正面からの攻撃を浴びて死んだという事になる。だけど、ベヒモスの死体の正面には何もない。冒険者の死体もないのだ。


「つまり、冒険者が死んだ後に何者かが来て、ここからベヒモスを殺したことになる。これが冒険者の仕業だとしたら、そいつはベヒモスの死体から魔石を取らずに兵器だけを回収して何処かへ姿を消したことになる」


「それならそれでいいんだけどね。会話の通じる相手なら交渉が出来る。交渉が出来るなら、兵器を穏便に取り返すこともできるって訳だ。問題はこれをモンスターがやってしまった場合さ」


 ここに来て、ルリジオンもようやく納得がいった。そしてファルナが最悪の部類だと言ったのも頷けた。


 モンスターが人間の道具を使うという事例はままある。人型のモンスターには人とよく似た手があるため、冒険者からはぎ取ったクロスボウを使う種族も居る。兵器には魔石がすでに装填されていたことも含めれば、モンスターが偶然使ってしまった可能性もある。


 兵器を手に入れたモンスターを相手取って、奪い返さなくてはいけないのだ。あの魔法工学の兵器と、戦うという想定外の事態に一同は重苦しい重圧を感じていた。


「……まあ、どっちにしても問題なのは兵器を持ち去ったのが人間なのか、あるいはモンスターなのかじゃない。いま、兵器がどっちに向かったのかだよ」


 地上に向かっているのか、それとも地下に向かっているのか。その辺りが分からなければ追跡のしようがないのだ。


「班を二つに分けますか? 十二人に居ますから六人ずつで上と下にそれぞれ向かうのです」


「却下だね。相手はベヒモスを倒せる魔法工学の兵器。仲間の人数を減らしたら、余計に危険だよ。それに見つけた時に連絡を取る手段も無い」


「だとしたら、全員で探索するんですか、姉御」


「そいつは時間が掛かっちまうだろ。下はあと五階層だからまだ良いにしても、上は十二階層分あるんすよ」


「その上、今まで来た道を含めた全ての広間を探さなくちゃいけないんだ。どっちかに絞らなきゃ、間に合いませんよ」


「他の冒険者たちにもこの事を伝えないといけないっすヨネ」


 この判断がそのまま自分たちの命運を分けるだけに、冒険者たちの議論は白熱し、迷走もしていた。すると、話し合いをする集団から一人離れたルリジオンがベヒモスの方へと近づいた。そして、ベヒモスの死体が向いている方角。ベヒモス殺しの犯人が居たであろう方角へと四つん這いになって進み始めた。


 法衣と両手が汚れるのも構わずに地面へと顔を近づける姿は犬のようだ。アイナがルリジオンの姿に気が付き声を掛けるも、ルリジオンは何の反応も示さなかった。


「ねえ。アイツ、何をやっているんだい?」


「……分かりませんが、真剣な表情です。ちょっと黙って見てみましょう」


 二人の少女らが見守る中、藍色の瞳は地面をつぶさに観察し、白魚のような指先は地面のおうとつを撫でる。その様は高価な美術品を鑑定するかのようで、張りつめた緊張が横顔から伺える。そして、何か納得したかのようにルリジオンは告げた。


「ここです。ここに居た何者かがベヒモスを倒したかと」


 確信めいた口調に全員が驚いた。そんな中、ルリジオンは誇るでもなく、淡々と解説を続けた。


「この場所に、人の足跡とは違う、人型モンスターの足跡が複数あります。大きさはそれほどではありません。戦闘に勝利し、興奮したのか転がった跡も」


 言われてファルナが目を皿のように開いて地面を見つめる。ランタンを近づけるも、ルリジオンの言う跡なんて全く分からない。


「本当にあるのかい。……その、足跡とかが」


「あります。はっきりと見えます」


 異端審問官であるルリジオンの特技は追跡術だ。人の僅かな痕跡や、匂いや行動パターンから対象を追跡する技術に特化している。恐るべきことに、これは技能スキルや魔法による力では無い。単なる技術に過ぎないのだ。


 その凄まじさを知っているアイナはルリジオンに尋ねた。


「その足跡はどこかに続いていない? それを追跡することはできないかしら」


「可能かと。少々、お待ちください」


 言うなり、ルリジオンは四つん這いの姿勢のまま進む。法衣は足元まで彼女を包んでいるのだが、四つん這いの姿勢の為に尻が持ち上がってしまう。進むたびに左右に揺れる姿に男性陣は吸い寄せられるように見つめ、女性陣の冷ややかな視線に項垂れた。


 そんな事が後方で起きているとは知らずにルリジオンは足跡を追跡していく。地下空間なのが幸いした。痕跡は他の動物や、風や雨と言った気象によって掻き消されてしまう。だけど、広間に残っていた足跡は道のようにルリジオンを導いた。


 ここまで続いていますと彼女が誘導したのは、地下へと続く階段だった。


「これで決まりだね。兵器を回収したのはモンスターだ。冒険者なら上を目指すはずさ」


 モンスターが兵器を扱うという想定外の事態に全員が緊張を高めた。かと言って引き返す訳にはいかない。『機械乙女ドーター』がいつ来るのか分からないのだ。地上の状況は地下には伝わらない。もしかすると、地上ではすでに『機械乙女ドーター』が降り立っている可能性もあるのだ。


「いいかい、アンタたち。確かに、この先は危険だよ。相手はベヒモスを倒している。この面子でもベヒモスを相手に正面から喧嘩は売れない。だけど、引くわけにもいかないんだよ! ここに居るアタシらが、一番兵器に近い。だから、アタシらがやるしかないんだ。……この街を救うんだよ!」


 力強い言葉に全員の覚悟が決まった。それを確認したファルナは何も言わず、ただ仲間に向けて背中を見せながら地下へと降りて行った。それは父であるオルドの背中と何処か似ていた。






 十三階よりも更に下。とある階層のとある広間。


 その広間には死体が幾つも転がっていた。多くの死体が冒険者の物で、一様に巨大な穴で肉が抉られたかのような傷が残っている。その穴にあったはずの防具も、衣服も、肉も、血も、臓器も、骨などはどこにもなかった。まるでその部分だけ別の次元に飛ばされたかのように綺麗さっぱりに消えていた。


 一方で別の死体も広間には倒れていた。人の背丈よりも低い、ヴァイオレットインプだ。こちらには穴の傷はついておらず、剣や槍、矢や魔法で死んだ跡が残されていた。


 そんな死体の原に立つ影が複数あった。どれもがヴァイオレットインプだったが、そのうちの一体だけが異様な雰囲気を放つ。


 顔には抉られた傷跡が存在し、蝙蝠のような羽は折れていた。そして、肩に担いでいるのは異様な長さと姿の道具だった。自らの背丈の倍はある筒状のそれを大切に扱う。


 それの正式名称をヴァイオレットインプは知らない。


 歩兵携行型狙撃銃N-7。


 ノーザン・オルストラが生み出した魔法工学の兵器の一つを手にしたモンスターは乱杭歯を打ち鳴らし、拳を高々と突き上げ、勝利の凱歌を上げた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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