6-84 嵐が去った後
一隻の船が大海原を進んでいた。護衛の船は無く、真っ赤に飾り立ててある豪奢な船は水平線の果てからでも目視できそうな程目につく。
海賊船などから見ればカモにしか映らない。砂糖に群がる蟻のように、遮蔽物の無い海域でもひょっこりと現れる海賊船だが、近づくにつれその船の異常性に気が付く。
龍の角のような雄々しき衝角に、エルドラドでは同量で黄金並みに価値ある火薬を大量に使用する大砲の穴が側面にずらりと並んでいる。何より、帆に描かれた紋章でこの船が誰の物かを悟る。
シュウ王国歓楽街の主にして、帝国の王族ジョゼフィーヌ・ヴィーランドの私有船だ。そのことを遅まきながらに理解した海賊は舵を切って船から離れようとする。中には理解できずに突っかかり、ものの数秒で海の藻屑となって消えた海賊船もある。
そんな強大な力を有するジョゼフィーヌは船の自室にて優雅なひと時を過ごしていた。高価であり華美な調度品に囲まれ、革張りの椅子に腰かけたジョゼフィーヌは視線を下に落としていた。手には草臥れた本が握られており、色あせたページをめくっていた。
内容は男女間の恋愛を歌った詩だ。ジョゼフィーヌの瞳が文字を追い駆け、時折脇に置かれたティーカップに指が伸びる。薄紅色のした液体に口をつけ、傍らに控えていた従者に向けて微笑みかける。
それだけで従者には十分だった。レイ達と行動を共にしていた時には一切見せなかった緩み切った表情を浮かべていた。
静かな時間が流れて行く。つい数日前、アクアウルプスで起きていた騒動が嘘のようである。だけど、この船の一室にはレイが壊した壁の傷跡がそのまま残っているから、それが嘘では無かったという証拠になる。
何より、もう一つ。
アクアウルプスで起きた事件が嘘でも幻でも無かった証拠がジョゼフィーヌの手元にはあった。
ティーカップの傍にはこの飾り立てられた部屋の中でも異色の存在が置かれていた。それは折り畳まれた羊皮紙だ。二つ折りにされた手のひらサイズの羊皮紙は、元の紙色が分からないぐらい黒ずんでいて、異臭すら放っていた。
だけど、ジョゼフィーヌはそれを捨てようとはせず、従者にも触れるなと厳命していた。
気にはなるが、触れるなと命じられた以上、従者は触らずに目で追いかけていた。すると、おかしなことに気が付いた。
二つ折りにされた羊皮紙がひとりでに開き始めたのだ。風も、誰も触れていないのに本が開くかのように羊皮紙が動く。
従者の驚きにジョゼフィーヌは顔を上げ、羊皮紙が開こうとしているのに気がつき、そっと指で上から押さえつけた。そして、従者に向かって下がるように命じた。
従者は一礼すると素早い動作で部屋から出た。扉が閉まったのを確認して、ジョゼフィーヌは自分が一人になったと確認した。
いや、正確な意味で言えば、室内にはもう一人、潜んでいるのだ。つまり二人きりなのだ。
押さえつけていた指で羊皮紙を開くと、隠れていた一人が声を上げた。
「あっは。手間をかけてすまない、ジョゼフィーヌ」
「謝るつもりがあるなら、勝手に開こうとしないでくれるかしら? エレオノール」
声は羊皮紙から響く。二つ折りに畳まれた羊皮紙には不思議な絵が描かれていた。手前に鉄格子が並び、その奥には目元を火傷で覆われた少女が蹲っているのだ。細い手足には不似合いの枷が嵌り、逃げ出さないように鎖が壁に繋がっている。
身動き一つ取れない少女は退屈だと文句をつけた。
「なにしろ、ここじゃ本の一つを読むのもままならない。同居人も、看守も居らず、話し相手にも欠く始末だ。あんまりにも退屈で、退屈で。知っているかい? 退屈は魂を腐らすともいうじゃないか」
「何を言っているの? 貴女も私も、魂なんてもう腐っているでしょ」
「む。それもそうかもしれないな」
ジョゼフィーヌの切り返しにエレオノールは苦笑を浮かべた。だが、彼女は表情を改めると手枷を持ち上げ、自分をここに閉じ込めている張本人に問いかける。
「それで? そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかい、ぼくの姉妹。どうしてぼくの魂をここに閉じ込めたんだい?」
羊皮紙に閉じ込められたエレオノールは肉体を持っていない、むき出しの魂そのものだ。彼女の肉体はアクアウルプスにてレイとの最終戦に負け死亡し、その後灰となって消えた。
本来の輪廻転生から逸脱した自分たちに死体は残らない。ジョゼフィーヌが死んでも同じ結果になる。だけど、その後がおかしいのだ。
彼女たちは死後、魂が御霊に行かず、数年の空白期間を経て生まれようとする肉体に這入りこむ事で、転生先の肉体を奪う。死ぬ直前に余裕があれば、何年後の誰の子供という風に絞る事が出来るのだが、前回といい今回といい、エレオノールにはその余裕が無かった。
何より、彼女たちには時間が無かった。あと五年後に彼女たちは一つの目的の為に結集しなくてはならない。即座に転生できたとしても集結する時は最大で五歳だ。選ぶ時間もなく、手当たり次第に転生する必要があった。
ジョゼフィーヌのように名家の出でもなく、カタリナのように強靭な種族でも無い、ただの子供に転生すれば、慕うおとうさまの力にはなれないかもしれないが、おとうさまの元に集まるという目的の為なら致し方ないと割り切って考えていた。
ところが、ジョゼフィーヌの横やりによってエレオノールは魂を羊皮紙の中に押し込められてしまったのだ。原因は地下空間で受け取った書状だ。
中身を見ずに懐にしまっていたのが失敗だった。レイの一撃を浴びて、希望を持ち逃げして死んだのを境に記憶は途切れ、気が付けばこの羊皮紙の檻に閉じ込められていたのだ。
それも魂の形はエレオノールのままで、目は見えず、何故か四肢を拘束されているのだ。流石のエレオノールも目覚めた時は驚き、困惑し、外に出ようともがいた。
だけど、それが直ぐに不可能だと分かった。この羊皮紙は素材からして超級モンスターの皮膚を使われ、込められた術式も複雑だ。下手にいじくれば、魂が砕けるかもしれない。
「アクアウルプスを出たら話をすると言っていたじゃないか。忘れたとは言わせないよ。もう、出発したんだろ? だったら、話してもらおうじゃないか」
羊皮紙が閉じられていても、外の話声などは伝わってくる。そこからエレオノールは船がアクアウルプスを離れたのだと知った。
観念したかのように短いため息を吐いたジョゼフィーヌは、
「全てはおとうさまの指示よ」
と、端的に告げた。エレオノールの表情に驚愕と困惑が混ざり合った奇妙な感情が浮かび上がった。ジョゼフィーヌは順を追って話を始めた。
「数か月ぐらい前かしら。おとうさまからの指示で、この羊皮紙が五枚、私の所に送られたの。そして付随してあった紙にはこの羊皮紙の使い道が説明されていたわ。この羊皮紙はゲフュングニス。御覧の通り、死者の魂を閉じ込める効果があるわ」
説明するまでもないわねと呟いたジョゼフィーヌはおとうさまからの指示を続けた。
「おとうさまは、この五枚を私達姉妹に持つように命じたわ。姉妹の内、誰かが死に、その者が死ぬ直前に身に付けていれば魂はゲフュングニスの中に納められ、近くに居る姉妹の誰かに向かって飛んでくるようになっているわ」
「……分からないな。おとうさまはいったい何をお考えなんだ」
「止めなさい。おとうさまのお考えを読もうとするなんて、それこそ不敬よ」
エレオノールを窘めたジョゼフィーヌは話を本筋に戻した。
「おとうさまの指示では、来るべき時が来るまで回収できた魂を保持してよとの事よ。それと必要なのは一人で、残りは捨てても構わないそうよ」
言いながら引き出しから取り出したのはエレオノールが閉じ込められている羊皮紙と同じ種類の羊皮紙だ。ジョゼフィーヌは空っぽの檻を確認すると羊皮紙を手でちぎった。重厚な黒檀の机に裂けた羊皮紙が落ちようとするが、宙を舞う内に朽ち果て消えてしまった。
「という訳で、貴女には来るべき時までそこに居て貰うわよ。魂だけの状態だから水も食料もなしに過ごせるでしょ」
「簡単に言ってくれるね。再三言うように、ここは退屈なんだ。せめて話し相手になってくれないかな」
「嫌よ。これでも私、忙しいんだから」
嘘だとエレオノールは叫びたかった。ジョゼフィーヌが出港してから執務をしている様子は無かった。日がな一日本を読み、茶を飲み、菓子を食べ、酒に酔い、日が落ちれば従者と肌を重ね、逢瀬を愉しんでいた。
おとうさまから保管を任された自分をその辺に放置し放蕩三昧だったのを、エレオノールは身動きの取れない状況で逐一見せつけられていたのだ。
すると、ジョゼフィーヌが嫌らしい笑みを浮かべた。
「それに。貴女には宿題を与えたはずでしょ」
宿題と聞きいぶしがるエレオノールにジョゼフィーヌは告げた。
「貴女が仕込んだはずの《アニマ・フォール・リジェネ》。それがどうして作動してしまったのかという宿題よ」
そのことか、とエレオノールは納得した。
《アニマ・フォール・リジェネ》。アクアウルプスの地下に広がる数種類の巨大魔法陣の隅間に押し込んだ、有事の際の保険だ。
有事とは、自分が《アニマ・フォール》に感染した場合の状況だ。飴による一次感染は起こらなくても、感染者に噛まれて二次、三次感染してしまう確率は零ではない。噛まれれば十秒足らずで感染者の仲間入りをしてしまうほど、発症速度も速い。
だから、《アニマ・フォール・リジェネ》は詠唱無しで、彼女が脳内で発動と叫ぶだけで発動するように魔法陣を構築していた。レイとの最終戦直前、瀕死の体を治す為に自分から感染した時にはこんな状況になるなんて想像もしていなかったと驚いた。
その《アニマ・フォール・リジェネ》には自分の死をトリガーとした起動式を組み込んでいない。死を、敗北を認めて潔く全てを諦めるなんて行儀のよい真似をする気はエレオノールには無かった。むしろ、自分の死で永久に《アニマ・フォール・リジェネ》の存在が失われると、ほくそ笑んで死んだのだ。
ところが、起きて早々ジョゼフィーヌからアクアウルプスの状況を聞かされ、愕然としてしまった。
自分の死んだ直後に《アニマ・フォール・リジェネ》が勝手に発動し、感染者が一人残らず全て治療されてしまったのだ。ゲフュングニスの中でエレオノールは何が起きたのか検証して、一つの答えに辿り着いていた。
「ぼくは失敗していない。それは確かだ。……だから、これは誰かに魔法陣を改変されたということさ」
苦々しい口調でエレオノールは続ける。
「ぼくに抜かりは無かった。魔法陣は巧妙に隠蔽でき、解除も改編も不可能。並みの魔法使いなら触れた瞬間に精神力が根こそぎ奪われるという罠までつけて防衛も完璧さ」
「随分と念入りに仕込んでいたのね」
「そう。万全を期すために、ぼくは全力を費やしたが……その全力を容易く超えた存在が居たという事なんだ」
エレオノールの言葉にジョゼフィーヌの顔色が変わった。彼女は自分の姉妹の実力や性格を知り尽くしていた。エレオノールが万全といったからには魔法陣に関して万全の態勢だったのだろう。それなのに、誰かに改変されたのだと彼女は言う。
「貴女、まさか」
「そのまさかさ。卑しくもおとうさまと同列の扱いを受ける大罪人『七帝』。その中に居るじゃないか。ぼくらの天敵ともいうべき存在が」
「……ええ、居たわね。無神時代が始まるよりも遥か前から生きながらえ、全ての魔法使いの祖とも呼ばれ。……そして、一週目のエルドラドの生存者」
「そうだ。ぼくらと同じ、世界が終わる瞬間を見届けた神殺しを誓う狂人が、あの都に居たという事さ」
二人の間に重苦しい沈黙が降り立つ。ジョゼフィーヌはたおやかな胸を押し上げて腕組みをし、エレオノールは忌々しそうに爪を噛んだ。
「アイツは七帝の中でもずば抜けて神への憎しみが強い。そして、ぼくらの正体を知っている。神々の目を掻い潜ってきたぼくらの事を知っている数少ない存在だ。それがアクアウルプスに居て、そしておそらくレイの味方か、あるいは近い立場に居ると言うのが厄介だ」
エレオノールはジョゼフィーヌに対して再度の確認をとった。
「彼は本当に『招かれた者』なのかい?」
この質問が何度目になるのか、エレオノールは馬鹿らしくて数える気にもならなかった。
「それは本人に確認をとったわ。どの神に招かれたのかまでは分からなかったけど、いまのところ判明している神々を除けば、残っているのはクロノスぐらいね」
「時を司る神か。……おとうさまの降臨を前にして、ぼくらの存在が神に伝わる可能性が浮上するとは、厄介だ」
「そうね。今までは『窓』に仕込みをしていたから表に姿を見せずに済んだけど、そうもいかなくなったわね。聖域で彼が神と直接会話したら、私達の存在が表舞台にでるかもしれない」
けどね、とジョゼフィーヌは続けた。
「そうなったら、それでいいじゃない」
「……どういう意味だい?」
「おとうさまの降臨は止められない。だったら、堂々と名乗り挙げましょう。私達の存在を世界に知らしめるのよ」
言って、ジョゼフィーヌは真っ赤に染まった唇を挑発的に吊り上げると、天井を見上げた。木目調の板のその上の、更に上。世界を覗き見ている神々に向かって、
「私達は『正体不明の娘』だと」
エルドラドを管理する上位の空間。あり得ないほどの星々が空を彩り、大理石を削ったかのような丸いテーブルが置かれた空間に複数の人影があった。皆、揃いのトーガを纏った、存在感のある者達だ。
彼らこそ、神々の遊技場エルドラドを管理している13神たちだ。その中の一人、時を司るクロノスが熱心に浮かび上がった『窓』を覗いていた。
この『窓』は神々がエルドラドの様子を確認する唯一の術だ。場所を指定して定点観測を行ったり、個人を指定すればその者の周りの様子や行動を逐一追いかける事が出来る。彼女が開いているのは、彼女が送り込んでしまった少年、御厨玲ことレイだ。
『窓』を覗きこむクロノスの横顔はどこか嬉しそうで、安堵に緩んでいた。気が緩んでも居たのだろう。斜め後ろに立った人物が声を掛けるまで、まったく気が付いていなかったのだ。
「どうかしたのか、クロノス」
「ひゃう!」
椅子から飛び上がらんばかりに驚いたクロノスは後ろを振り向いて、何だと言う。
「なんだ、兄さんじゃない。驚かせないでよ」
「なんだとは失礼な」
憤慨するのは、目元までを青い髪で覆う魂を司る神、サートゥルヌスだ。クロノスとは兄妹の間柄だ。彼は妹が開いた『窓』を覗きこんで、納得したように声を上げた。
「何を熱心に見ているのかと思えば、玲君か」
「兄さん、玲様ですよ」
注意する妹に兄は適当に返事をして『窓』を注視した。そこには15歳くらいの少年が穏やかな日常を過ごしている光景が広がっていた。海に浮かぶ都市ならではのレジャーに仲間と一緒に参加したり、名物料理に舌鼓を打ったり、海面に反射した宝石の如き星々を眺めていた、極々平和な光景だ。
「随分と楽しそうだな。ずっとこうなのか」
「はい、そうです。アクアウルプスに着いてから数日、何の争いにも巻き込まれず、平和に暮らしています。『魔王』と遭遇した際に、大量の死に戻りで因果があり得ないほど強固に重なってしまったから、それこそ連続して七帝の誰かに会うんじゃないかと、正直心配していたのですが。杞憂に終わりそうで良かったです」
クロノスははち切れんばかりの笑みを浮かべた。釣られて兄も口元を綻ばした。
彼らは知らない。この映像が全て偽りだと言う事を。自分たちが使っている『窓』が何百年も前に敵の手に落ち、『正体不明』に関する全てを神々の目に触れさせないように設定されていることを。そして、今のレイが何処で何をしているか、彼女は知らない。
金属の擦れる音でレイは目を覚ました。三方を鉄の壁で覆われ、残った正面は鉄柵で塞がれている。下には食事の受け渡し口が付いている、檻のような場所だ。
いや、ようなではなく、レイが居る場所は正に檻だった。
あの後。エレオノールとの一騎打ちに勝利し、どういう訳か《アニマ・フォール・リジェネ》が発動したことを見届けたレイは気を失い、気が付いたらこの檻の中で目を覚ました。
これにはいくつかの事情があった。
まず一つ目が、感染者の復活だ。水の都に降り注いだ季節外れの雪は、感染者を全て正常な状態に戻した。だけど、彼らには感染者になっていた時の記憶は無かった。自分たちが人に噛みつき、どんな傷を負っても直ぐに回復する化け物になっていたなんて覚えていなかった。
飴を食べた子供たちに関しては、それで問題なかった。だけど、その子供たちに噛まれた二次感染者、そして三次感染者は問題なしでは終わらなかった。
最後の光景は怪物に成り果てた我が子や、家族、友達、恋人、赤の他人が襲い掛かる場面だ。いくら周りが正常になったからといって記憶は消えないし、恐怖は消えない。
後に『怪物の行進』と呼ばれるこの事件は、《アニマ・フォール》の性質上、騒動の最中での死傷者数は驚くほど少なかったが、感染者が元に戻った後の混乱で一気に増えてしまった。
そこでどうにか行政府機能を取り戻した評議会は兵士の派兵を決断し、混乱を武力的に鎮圧。同時に危険人物の確保、収容を行ったのだ。それは混乱した冒険者や魔法使い、そして芯層中央部にて街のシンボルとして聳えていた塔の破壊跡近くで倒れていたレイも含まれていた。
辺りは瓦礫の山となり、巨大なモンスターが暴れたかのような爪跡を残していた。その場に唯一倒れていたレイは、他の収容者とは別に個室が与えられていた。
待遇だけならVIPだ。
その後の待遇もVIP扱いといえた。
拘束されてしまった二つ目の理由は、逃げ出していた評議会のメンバーからの連絡だ。
都市機能を如何にか取り戻したアクアウルプスは周囲の海域や国に向けてメッセージを送った。感染者が元に戻り、危機は治まったと。
そして、生き延びていた評議会のメンバーを乗せた船は港にとんぼ返りすると、今回の騒動における情報のすり合わせが始まった。主に、感染してしまった評議会のメンバーに対して、日中に起きた出来事の説明だ。
その中にはシアラへ行った裁判が含まれ、当然のように話の流れが主のレイにも向けられてしまった。デゼルト国の王子や、シュウ王国の王、そしてあの女帝からも信を受けた白髪交じりの冒険者。その特徴的な頭髪は別件で報告が評議会に上がっていたのだ。
芯層の破壊された地区で倒れている冒険者に注目が集まるのは自然な成り行きだった。
こうしてレイは、ただの不審人物から、かなり怪しい要注意人物へとランクアップを果たし、目が覚めた後は連日連夜、睡眠時間を削ってまで審判官による聞き取り調査が行われることになった。
嘘を見破る審判官は、同じ内容を手を変え、品を変え、言葉の言い回しを細かく変え、意味の捉え方を複雑にしてありとあらゆる方法でレイの正体に迫ろうとした。はっきり言って評議会はレイが犯人ではないかと疑い、審判官を派遣していた。
だけど何日も費やしても、レイが犯人だという確証は出ず、むしろ犯人と戦っていた存在だと判明していく。並行して、シュウ王国の国王と第二王子から抗議の文書まで届くようになったのだ。
結局、評議会はレイが犯人だという説を取り下げ、釈放することになった。
それはエレオノールとの戦闘が終わってから四日後の事だった。
「以上の事から、貴方を釈放することになりました。ここまでは宜しいですか?」
取り調べを繰り返し行った小部屋に通されたレイは、そこで審判官から釈放の説明を聞かされていたが、視線は下に固定されていた。彼の胸中は後悔で満たされていた。
その理由は一つしかない。超級魔法から自分を庇ったオルタナを助けられなかったからだ。《トライ&エラー》は復活して、死に戻れるはずだったのに目まぐるしく変わる状況に流されてしまい意識を手放してしまった。
起きた直後に、全てが手遅れだと分かりレイは自己嫌悪に陥った。
結局、仲間が助かればそれだけで緊張の糸が緩むような弱い奴なのだと卑下した。それに加えて、外の状況が分からないのが精神的に苦しめられた。従者の《伝声》は使えず、リザ達と連絡する手段は無くなった。彼女たちがガシャクラやクトゥスらと戦闘に陥っていないかと気が気では無かった。
反応の鈍いレイに対して、審判官は言葉を続ける。
「これから貴方の私物を引き渡すのですが、その前にどうしても面会したいと仰る方が居ます」
「……僕に?」
顔を上げたレイに審判官は頷くと、立ち上がり杖を頼りに扉へと近づいた。そして、開けると外で待っていた人物を中に引き入れた。
取調室に入ってきたのは茹だるような暑い季節に長いコートを着込み、中折れ帽子を被った西部劇のガンマンのような青年だった。幅広い肩幅に、コートを持ち上げる分厚い胸板、節くれだった拳。引き締まった鋼鉄のような肉体から、彼が魔法使いだとは判断できないだろう。
その男―――オルタナは帽子をとって唇を片方吊り上げてレイに笑いかけた。
「よう、レイ。元気にしていたか?」
帽子を取った拍子にくすんだ金髪が揺れた。
読んで下さって、ありがとうございます。




