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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-80 地の底から

 レイは通路を一人で歩いていた。周りには誰も居ない。道標は転々と続く血痕で、龍刀が纏わせる炎を松明代わりにして、エレオノールの足跡を追いかけた。思ったよりも早く移動しているようで、まだ背中すら見えてこない。


 結局、レイはエレオノールに追いつくことが出来ないまま通路を渡り切り、奇妙な部屋に辿り着いた。そこは吹き抜けになっているのか、天井が見えないほど高く、遠い。微かに風が吹いてくることから、どこかで地上に繋がっているようだ。


 部屋の中央には円形の柵が天から降りていた。そこの一部分がもぎ取られている。どうやら元は扉だったのをエレオノールが強引にこじ開けたのだろう。


 近づくと、柵のそばにエルドラド共通言語で昇降機だと書かれたプレートが張り付けてあった。下には使い方が記されている。どうやら円形の柵は転落防止の柵のようだ。


 中に入ると、柵の中心に上昇と下降のボタンが付いたパネルを発見したレイは、上を睨んだ。いま、昇降機は下にある。ということは、エレオノールはこれを使っていないのではないかと考えたのだ。


 しかし、その考えは違うとすぐに否定された。


 上、つまり地上に繋がる柵のあちこちに糸が巻き付いた跡と、どろりとした血痕が垂れているのを発見した。どうやら、エレオノールは糸を使って上によじ登ったようだ。


 昇降機に手をつけなかったのは、自分を呼び寄せる為だろう。窮屈な地下で戦うのではなく、広々とした地上で、決着をつけようと誘っているのだ。その気持ちは、おかしい話だがレイにもある。全力を持って、正面切って、相手を屈服させたいという暗い欲求があるのを否定はできない。


 だから、罠かもしれないと思いつつも昇降機の上昇ボタンを押した。


 がこんと軽い振動が足元から響き、円形の床板が上へとレイを押し上げる。その速度は早くも遅くもない。何度か上昇のボタンを押すも早くなる気配は無かった。


 早くエレオノールの所に行きたいレイにしてみれば、遅すぎるほどだ。だからといって、エレオノールのように地上へと自力で上がる手段も体力もない。どうするべきかと悩んでいると、昇降機の上昇速度が上がった。これならそれほど時間もかからずに地上に出る事が出来そうだと胸をなで下ろした。


(だったら、少しだけ休める時間が出来たと考えるべきか)


 振動を続ける床にレイは腰を下ろした。途端に戦闘時の疲労が襲い掛かった。四肢が鉛のように重く、気を抜けば眠ってしまいそうだ。だけど、眠る訳にはいかない。レイは眠気を追い払うように瞼を擦った。


 ―――足を止めれば、思い出すのは、オルタナの最期の瞬間だった。


 まるでコマ送りの映像のように鮮明に焼き付いている。巨大な熱線が人の体を側面から溶かしていくのを。あっという間の光景だった。辛うじて引いたオルタナの腕だけが、手元に残った。


(……オルタナ。……絶対に、《トライ&エラー》を使って戻ってみせる。アンタを助けてやる)


 そう固く誓うレイだが、問題はその方法だ。『使用不可』に陥った《トライ&エラー》をどうやって元に戻せるのか。


 レイにはその手段は欠片も思いつかなかった。


 前回、自殺して戻ったのはファルナを助けるためだ。あの時はまだ自殺によるペナルティがあるとは知らずにバジリスクの亜種と戦う羽目になった。そして、戦闘が終わり、日付が変わる直前にゲオルギウスの襲撃を受けた。


 自殺して戻った朝の時点から、ファルナ救出を経て、ゲオルギウス襲撃までの間のどこでペナルティが消えたのかは確認できていない。仮に時間経過でペナルティが切れるとしたら、長く見積もっても十五時間前後。今回の場合は午後二時半過ぎ。仮に時間経過がペナルティの解除方法だとしても、解除できるのは翌朝の五時だ。間に合わない。


 レイは目を瞑り、ステータス画面を呼び出して確認した。相変わらず、《トライ&エラー》には大きなバッテンが付いたままだった。血のように赤いバツ印が、人を苛立たせる。こんなことになるなら、聖域でクロノスに合った時にもっと聞いておくべきだったと後悔する。


(でも、特殊ユニーク技能スキルのペナルティの解除方法がただの時間経過というのも引っかかるよな)


 時間経過という事は、自殺したらその後は危ない事をせずに引きこもっていれば、また《トライ&エラー》が使えるという事だ。だけど、それはこの持ち主を追い詰める技能スキルらしくは無い。そもそも、条件の中で真夜中を起点にしている《トライ&エラー》なら、解除されるのは次の真夜中とかの方がまだ筋は通る。


 しかし、それはゲオルギウスに殺されて、ファルナ救出後に戻されたことで否定されている。あれが真夜中を過ぎていたら、真夜中に戻ってきたはずだ。つまり、時間経過はペナルティ解除の条件である可能性は薄いとレイは結論付けた。


 時間経過でなければ、何かしらの行動が偶然解除の条件を満たしたのではないかと記憶を掘り返してみるが、これだと確信に到る行動は思いつかなかった。


「なあ、コウエン。お前の中にある赤龍の知識に、ペナルティに関する知識は無いのかよ」


 どれだけ考えても光明を見いだせず、レイはコウエンに頼る事にした。鞘から少しだけ刀身を抜くと、波紋に紅蓮の瞳が映った。


『なんじゃい。影法師にあれだけの啖呵を切っておいてもう妾に泣きつくのか。情けないのう、其方は』


「一人より二人。二人より三人集まればいい知恵も出るさ。三人寄れば文殊の知恵ってね」


『船頭多くして船山に上るともいうがな。まあよい。答えは否じゃ。赤龍の記憶に『招かれた者』が持つ特殊ユニーク技能スキルについての知識はある。例えば、ある者は無限に近い生命力を有し、それを精神力に変換していたとか、仲間の数に比例して阿呆のような幸運を手に入れるとかじゃな。じゃが、其奴らにペナルティなるものがあったとは聞かん』


 初耳の内容にレイの興味が移りそうになるが、いまは横道にそれている暇はない。役に立たないコウエンにため息を吐いてレイは自分の記憶の探索に舞い戻った。


 悩む間も昇降機はレイを地上へと運んでいく。いつの間にか、下が見えない高さまで上がっていた。かと言って上もまだ終わりが見えない。


(この上は確か……芯層だったよな)


 レイはこれまでの進み方から自分の居る場所の大よその位置を割り出す。内層と芯層の地下を遮断していた壁をこえ、中心部へと進むうちにエレオノールに追いついた。


 そのエレオノールが更に奥へと進み、この昇降機のある場所から地上へと脱出したのだ。


 この地下空間に出入りしていたエレオノールなら、この上が何なのかは知っているはずだ。そして、レイもおぼろげだが予測はついていた。


 エレオノールを追いかける内に、彼女の考え方ややり口が何となくだが理解できるようになった。彼女は様式美に拘る癖がある。


 レイの前でレティを殺したのも、彼女なりの様式美に則って行った。いわば演劇めいたやり口を好むのだ。


 そんな彼女が最後の場所を指定するなら、あそこしかないはずだ。


(《トライ&エラー》の事で悩むのもいいけど、エレオノールを倒す事も考えないとな)


 レイの組み立てた予定では、エレオノールを倒して《アニマ・フォール》の本当の治療方法を聞きだし、《トライ&エラー》の『使用不可』を解除するという流れだ。残り時間は一時間を切っている。この短い時間でこの二つの難題を片付けないといけない。


 そのためにはまず、エレオノールを倒さなくてはならない。


 レイは作戦を組み立てるために持っている道具や武器を床に並べた。紅蓮の輝きを発する大太刀、龍刀コウエン。シアラの血を吸いこんで充電が完了しているバジリスクの魔短刀。オルタナが提供してくれたソーマと呼ばれる回復薬が四本。そして籠められていた魔力が霧散した赤の指輪だ。


 指輪は外してポケットに入れておいた。下手に嵌めていると、移動している最中に生命力を吸い取られて瀕死になってしまう恐れがあった。


「使い切れば、体力を削る呪いのアイテムだよな、これ」


『じゃが、使いこなせればこれ程頼りになる道具もないじゃろうに。それにあの取引は指輪がある事が前提。それを忘れるなよ』


 コウエンの言葉にレイは反論する。


「だからぶっつけ本番で危険な事はできないって言ってるだろ。それに瀕死のエレオノール相手にそこまでする必要は」


『戯け者! それは驕りじゃ。相手を高くも低くも見るな。驕った眼で見れば本当の姿を見失うぞ』


 鋭い喝に、レイは冷や水を浴びせられたように肩を震わした。訳知り顔でコウエンは説教を続ける。


『あの道化師が完全復活を遂げておったら、どうするつもりなんじゃ。敵を前にして、こんなはずはないと狼狽え、醜態を晒す羽目になるぞ』


「……ちょっと待てよ。流石に、あの状況から復活は無いだろ。瀕死に近い生命力を切り崩してまで超級魔法を二つ分用意して、まだそんな切り札を持っているか?」


『甘いの、レイ。『招かれた者』に関することは分からんでも、あの手合いの事ぐらい読めるわ。ああいう奴はな、諦めるという事を知らん。自分が間違っているとは疑わず、正しいと思う事を続けている限り、砂粒しかない可能性を引き寄せる事が出来るのじゃよ。そういう意味では、よく似ておるんじゃよ』


「似てるって、誰と誰がだ」


『あの道化師と、其方がじゃよ』


 思わず、レイは顔をしかめた。コウエンは愉快そうに笑い、しかし自分の説を曲げようとはしない。


『互いに自分のしている事をやり遂げようとする鋼鉄の如き意思を持ち、互いにどれだけ状況が過酷になっても諦めようとはせず、最後の瞬間まで足掻こうとする。ほれ、よく似ておるじゃろう』


「そんな訳あるかよ」


『不貞腐れるな。なら聞くが、其方があの道化師の立場なら、この局面で諦めるか? 全部を流れに任せ、運否天賦に掛けおるか?』


 コウエンの問いかけにレイは押し黙る。体はとうの昔に瀕死で、レイはまだしつこく追いかけてくる。普通に考えればあと一時間どこかで隠れていれば、それで勝利なのだ。ここは地下空間。いくらでも隠れる場所はある。


 それなのに、こんな風に道標を残しているのは死を受け入れたからでも、勝利を諦めたからでもない。生を目指し、勝利をもぎ取ろうと執念が滲み出ている。そんなエレオノールが何もせずに待ち構えて居るはずはない。


「じゃあ、エレオノールは完全復活を狙って地上に向かったって訳か」


『かもしれん。まあ、完全かどうかは知らんが、ともかく無策で地上を目指した訳じゃないと考えるのが自然じゃろう』


「でも、一体どうやってあんな状態から復活するんだよ」


 エレオノールの状態は、素人目に見ても、いや素人が見ても手遅れだと分かってしまうほど酷かった。全身がズタボロで、傷の無い部分がないほど肌は切り刻まれ、縫合の痕が痛々しく残り、滑稽なマリオネットのように自らの下半身を動かしていた。彼女自身、回復薬や魔法が効かないとまで言っていたではないか。


「まさか超級の回復呪文を使うとか、それを使う協力者が上で待機しているとか。いやでも、あれはに治療出来るような傷じゃ……いや、まさか……そんな」


 呟きながらレイの脳内で火花が散った。


 点と点が繋がる。


 自分の周りにも居たではないか。瀕死に追いやられ、回復魔法でも治せないほどになった者が。その少女はどうやって治療出来たのか。レイはそれをエレオノールに教えてしまったではないか。


「……もし、エレオノールがそのために地上に行ったとしたら。……説明はつくな。そして、完全復活を遂げていてもおかしくはない」


 重苦しいため息と共に最悪の可能性をレイは受け入れた。普通に考えても、思いついても実行しない手だ。だけど、エレオノールならする。そして自分が同じ立場ならする。


 なるほどコウエンの言う通りかもしれない。エレオノールと自分はどこかに通った部分がある。それゆえに、同族嫌悪なのか彼女に親しみは湧かない。


「だとしたら、やっぱり指輪の力は必要だけど。……いまから嵌めても充電しきれないよな」


 赤色の指輪が再度魔法を放てるようになるには数時間は嵌め続けないといけない。またしてもタイムリミットが壁となって阻む。どうして自分はこうも厄介な状況に陥るのだと頭を悩ませた。遡れば、フュージョンスライムから始まり、バジリスクやバジリスク亜種、ゲオルギウス、赤龍、サファ、フィーニス、そしてエレオノールだ。


 特にバジリスク亜種との戦いはいま思い出しても良く勝てたと思う。《トライ&エラー》が使えない初戦闘。普通のバジリスクとは戦ったが、相手は一回りも二回りも強化された双頭のバジリスク。レベルも格上で、味方はファルナ一人。死んでいてもおかしくはなかった。


 そこまで考えて、レイはある事に気が付いた。口はあんぐりと開き、言葉にならない言葉を発した。


「……あ。……ああ。……あああ!!」


『ひゃう! き、急になんじゃ。びっくりしたわ』


 コウエンの驚き声という中々レアな場面を見逃した事に気が付かずにレイは興奮した様子で捲し立てた。


「分かったんだよ。自殺のペナルティを解く方法が! 強敵の撃破だ! 自分よりも強い相手を倒して、それで『使用不可』が消えるんだよ!」


 ファルナ救出の時、自殺したレイは死に戻りの際に聞いたような気がしていた。


 これは罰だと。


 自殺という罪を犯したお前に対する罰だと。


 だとしたら、それを贖うのはどうするべきなのか。何を持って罰は許されるのか。


 それこそが《トライ&エラー》無しで強敵を倒すという事ではないのか。レイはそう考えたのだ。その条件なら《トライ&エラー》らしい条件でもある。


 まだ確証に至っていない推測だが、ようやく見つかった可能性に喜ぶレイに対して、コウエンはポツリと、


『なんのことはない。話が巡り巡って、道化師を倒すことに戻っておるじゃないか』


 と、呟く。すると、レイはがっくりと肩を落とした。


「結局、そうなるんだよな。……やっぱり、指輪を発動させる必要があるよな」


 レイは改めて赤の指輪を嵌める。途端に、自分の体から暖かい何かが吸い取られる感覚を襲った。生命力が指輪に奪われているのだ。しかし、時間は足りない。


「あの時みたいに強制的に発動させるか」


 レイの言うあの時とは、出島での戦闘だ。《全力全開オールバースト》を使いきった直後に放たれた《ディメンション》を如何にかするべく、祈るように《全力全開オールバースト》を発動させた。


 結果、魔法は発動したが、レイの生命力を根こそぎ持っていかれた。余計にピンチになったが逆に言えば、この指輪は生命力を急速に奪い、それを魔力に即座に変換するという機能を持っているという事になる。シアラもそれを利用してミヅハノメを召喚した。


「失った生命力はコイツで補填すれば何とかなるかな」


 床に置かれたソーマをポーチに入れ直しながらレイは呟く。オルタナが用意してくれたポーションの一つで、回復力の一点に関して言えば、他の追随を許さないと道中でシアラは説明していた。しかし、同時に厄介な欠点もあり、それが原因で廃れてしまったとも言っていた。


 それが四本もあるのだ。


「魔法を四回使えるとしたら、それで四分は戦えるって事に……いや、待てよ」


 瞬間、レイはある方法を思いついた。それは思いついたとしても試そうとは思わない策である。しかし、エレオノールと同様にレイは迷うことなく、それを作戦に組み込んだ。


 勝利するために、するのだ。


読んで下さって、ありがとうございます。


土日も更新します。

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