6-75 地下に潜む邪悪
魔法で出来た障壁を発見したというガシャクラからの連絡を受けたレイ達は急いで指定された場所へと向かう。そこは内層と芯層の境目だった。先に到着していたガシャクラとその一派が待ち構えていた。さほど広くない空間に二十人以上の人間が集まると、ただでさえ息苦しい地下空間の酸素が減ったように感じた。
「遅いぞ、小僧」
前方を見つめたまま振り返りもせずに言うガシャクラ。その視線の先には壁がそびえ立っていた。全面が黒く、一見するとただの壁のように見える。
「これが……魔法の障壁なのか。僕には普通の壁のように見えるけど」
「愚か者。ならば、これを見てみろ」
ガシャクラは言うなり、無造作に黒い壁に触れた。すると、傷一つない壁に波紋が立ちそれ以上の侵入を拒む。今度はナイフを取り出して、一閃。鋭い斬撃によって壁に傷をつけるも、その傷はあっという間に塞がってしまう。
「生きた物を通さず、命無き物の攻撃は通すが直ぐに修復する。魔法でも、技能でも戦技でも破壊しきるのは不可能だ」
「だったら、迂回路を探そう」
提案はすぐさま却下された。ガシャクラ曰く、芯層に続く全ての通路に同じ障壁が展開されていて、侵入を阻んでいるそうだ。
状況的に考えて、これを張ったのはエレオノールだろう。ガシャクラたちが手に入れた地図にもオルタナが手に入れた魔法陣の資料も、こんな障壁は無かった。あまりにもあからさまな妨害工作だが、逆に言えばそれだけ追い詰められているという事なのかもしれない。
「それじゃ、何か方法はないのかよ。こんなに雁首揃えて、待っているだけか」
あと少しでエレオノールを捕まえられるかもしれないと思い、レイは焦る気持ちを抑えられなかった。それなのに、黒い壁の前で立ち往生している黒装束たちに苛立ちを向けた。
「策ならある。そのためにフジワラに来てもらったのだ。フジワラ、壁のすり抜けを頼めるか」
「回数に関しては大丈夫ですが、魔法の障壁は越える事が出来ません」
申し訳なさそうに言うフジワラに頭領は首を振って、両脇にそびえる鉄の壁を叩いた。
「お前にすり抜けて貰うのはこっちだ」
ガシャクラの意図を理解したフジワラは頷くと《大地ノ海》を発動させ、左右を阻む壁に吸い込まれるように消えた。しかし、数秒もしない内に戻ってきてしまう。
「申し訳ありません、頭領。この黒い壁は、壁の内側にも展開しており、すり抜けるのは不可能かと」
「そうか……だとすれば下からも似たような状況か」
ガシャクラが考え込む間、レイはするりと黒装束たちの間を抜けた。そしてガシャクラがしたように黒い壁の表面を撫でる。確かに滑らかな表面に波紋は立つが、それ以上の侵入を拒んでいる。
自分の戦技《砕拳》は対象に触れなければ効果を発動しない。この状態で黒い壁が壊れるかどうかは賭けといえた。
だから、もう一つの戦技を発動させる。
コウエンを抜き放ち、刃に精神力を纏わせ、一つの技に昇華する。そして、刃を黒い壁に突きさした。手で触れた時とは違い、黒い壁はぬるりと刃を呑み込んだ。
「《崩剣》!」
切り口から崩し、修復不能の傷を与える戦技。その技は黒い壁に通じた。レイの与えた一文字の傷から壁がパラパラと崩れていく。崩壊は止まらず、あっという間に人が通り抜ける大きさの穴が出来た。
「これで行けるな」
レイの言葉にガシャクラは反応を示さなかったが、部下たちに指示を出し先行させた。レイもシアラ達と共にその後を続いていく。
「どうやら……壁が突破……された……かな」
地下の空間にエレオノールの掠れた声が響く。元からハスキーな声だったが、今では弱々しさが前面に出ている。まるで命の燈火が消えそうなようほど、か細い。
エレオノールはどこからか持ち込んだのか、大きな円形のクッションに身を投げ出していた。傍にはこれまたどこから持ち込んだのかクマの人形なんてものも置いてあった。
周りには様々な薬草や、乾燥されたモンスターの死骸、大小さまざまな魔石に、加工済みの貴金属、どんな用途に使うのか分からない実験器具が散乱していた。
その隙間を埋めるように置かれた本や羊皮紙は全て盲人用に点字が打たれている。
ここはエレオノールの本当の工房だ。
ここで、彼女は《アニマ・フォール》の準備をしていた。飴の生成をするための機材ど材料も隅に置いてある。
アウローラサーカスの天幕傍にあった工房はダミーの工房だ。あれは、アクアウルプスが死の都となり、全てが終わった後に来るであろう調査団に対して真実を隠すための目くらましだ。
あそこにわざとらしく残した《アニマ》に関する資料もその一環だ。それらしい証拠や資料を適当に用意することで、追及の手が自分に届かないようにする。それらしいものさえあれば、後は勝手に見つけた者達がそれらしいシナリオを作り、勝手に納得する。
その材料置き場に過ぎない。
逆にこの場所はエレオノールにとってみれば本丸といえた。ここには《アニマ・フォール》に関する資料や実験記録などが山のように積まれている。言ってみれば、エレオノールの足跡といえた。
この体に転生して十四年。
始めは途方に暮れた。前回の肉体で得た技能である魔眼を今代の体でも使おうと欲をかき、転生先に持ち込んだのが失敗だった。転生先を選ぶ余裕が無かったというのもあったが、それでももう少しどうにか足掻くべきだった。
エレオノールが生まれた場所は中央大陸のとある寒村だった。魔王フィーニスと勇者ジグムントの最終決戦が行われ、大陸の中央が吹き飛んだ歴史があるせいか、人と違う存在に対する排他性が強く、エレオノールが生まれた村も御多分に漏れずそうだった。
人とは違う四角い光彩の目をした娘に対して、母親は六将軍の持つ、金色の瞳を連想したらしく娘の瞼を焼いて塞いだ。
流石に転生直後は生まれた赤子同然。抵抗することもできずに視力を失ってしまった。妻の蛮行を知った父は激怒しつつも、魔眼の事を知られ家族ごと村八分されるのを恐れて黙認した。娘の火傷は誤って出来た事故だと周りに触れ回った。
(度し難いほど馬鹿だったな、彼らは。目の見えない子供なんて、行きつく先は物乞いか、貧民窟の娼婦だぞ)
事実、エレオノールがその両足で立ち上がる頃になっても、言葉を話せるようになっても、家の仕事一つこなすことはできなかった。目が見えない少女に畑仕事なんて出来る訳が無かった。
そればかりか、目の見えないエレオノールは他者の世話を必要として、その分の仕事が増えてしまう。彼らは判断を悔いた。目を潰すのではなく、殺すべきだった、と。なまじそれなりの年月を生きてしまったせいで、殺す訳にもいかなくなった。
エレオノールの生まれた家には、彼女以外にも子供がいた為、彼らが家の仕事とエレオノールの世話を行っていたが、彼らにしても何かが出来る訳でもない姉妹に対して好感情を持つ訳もなく、疎み始めていた。
そんな中でエレオノールは家族に対する情は一切持たなかった。むしろ、彼らが自分と深く交流しようとしなかったのを幸運だと捉えていた。
(生まれて直ぐに闇の中に落とされたぼくが、空の青さや夕日の鮮やかさを知っていたらおかしいと思うだろう。それを悟られずに済んだのは僥倖僥倖)
家族から距離を置かれていた分、彼女は人知れず糸繰に没頭でき、闇に落ちて十年も経たない内に彼女は糸による支配を完成させた。
中央大陸のとある寒村は、一夜の内にエレオノールの支配下に落ち、そして消えた。
それからのエレオノールは糸を繰る事で様々な人物、情報を手に入れて来た。彼女の目的を果たす為に使えそうな物を探索する旅だった。
そんなある日、彼女はとある手紙を手に入れた。それはとある人物が、別の人物に渡そうとしていた手紙だ。そのメッセンジャーを興味半分で支配したことによって、手紙はエレオノールの手に渡ってしまう。
手紙の送り主はあの六将軍第三席カタリナを名乗っていた。魔王の娘にして種族を裏切った最大の裏切者。偽名だとしても、そんな曰く付きの偽名を使うのかとエレオノールは逆に興味を持ち、この送り主にわび状を送った。
手紙を運んでいたメッセンジャーを支配してしまい、読んでしまった事を。そして、自分が貴女に興味があるという内容だ。返事は直ぐに返ってきた。カタリナは器が広いのか自分の不作法を許し、文通のみの交流ならしても良いといった。
それからしばらくの間、カタリナとエレオノールの文通は続いた。話題は常に変わり、その時々の興味のある内容を取りとめもなく書き、それを送るというたわいのない内容。
だが、エレオノールにしてみればそれが良かった。生まれた環境が悪かったせいで、しばらくの間、他者との普通の交流というものに飢えていたこともあり、カタリナという歴史に名を刻んだ存在との交流は刺激となっていた。
そんなある日、カタリナはある資料を見つけ、それに関する意見を聞きたいと送ってきた。その資料こそ、《アニマ》に関する資料だった。
エレオノールはそれを受け取った時、小躍りしてしまった。これなら、自分の目的と合致する。
これぞ天の配剤だと喜んだ。
(まあ、それもカタリナがぼくの姉妹だと知って納得したけどね。流石はぼくの姉妹。手紙一つで世界を揺るがす企てをするなんて、ぞくぞくするよ)
姉妹の掌で踊らされていたことに若干の悔しさはあるものの、逆に姉妹の手に余る《アニマ》を自分なりに完成させたことに優越感を持っていた。
いまはそれで十分だ。
魂の変質が終わるまで残り二時間を切った。
人の魂は人とは別の形に変わり、これで魂の総量が変動する。まだ数万という規模ではあるが、それをもっと増やせていけば世界崩壊を回避することも可能かもしれない。
(そうなれば、おとうさまがこの地に降り立てる。エルドラドを壊さずに、全てを終らしてくれるはず)
それだけが、彼女たちの目的だった。
至上の願いだった。
エレオノールはその願いを達成させるべく、動く。光が一切ない、純粋なまでの闇の中で指に絡みつく糸を操ると、実験器具などの間に倒れていた死体たちが動き出した。
それは太ったシルクハットの男だったり、鞭を持った女だったり、同じ顔をした双子だったり、極端なまでに痩せた男だった。
「もしもに備えて……君たちを……地下に運んでおいて……正解だったな。……侵入者の迎撃に……使えるかな」
呟くと、エレオノールは死体たちを操る。彼らは一糸乱れぬ動きで闇から闇へと消えて行った。そして、エレオノールはぎこちない動作で立ち上がった。
指は激しく動くのに、足はぎこちない。まるで天から垂れた糸で繋がるマリオネットのようにおぼつかない足取りだ。クッションから立ち上がるまでに数度転んでしまった。
闇の中を進む少女に光は必要ない。だけど、少女は火の魔法を詠唱した。そして、エレオノールは脇に置いていた樽の中身をぶちまけた。
中身は油だ。
一気に地下空間が刺激臭に包まれた。
大きな円形のクッションもクマの人形も、様々な薬草や乾燥されたモンスターの死骸、大小さまざまな魔石に、加工済みの貴金属、どんな用途に使うのか分からない実験器具に本や羊皮紙。
それら全てがどろりとした油に覆われる。
そして、エレオノールが生み出した炎がゆっくりと地面に落ちて、油に触れた途端、炎は触手のように広間の至る所に伸びて行く。閉鎖空間の限られた酸素を奪い、薪となる材料を食らい、炎は広がる。
エレオノールの足跡が炎に巻かれていく。糸を使わずとも、肌に炎の熱が当り、どうなっているのかを伝えてくる。
「あっは。立つ鳥跡を濁さず、ってね」
寂しげに笑うと、少女は足を引きずるように歩き始めた。彼女が歩いた場所には血の跡が点々と続き、それも炎は飲み込んでいた。
「一難去ってまた一難だな!」
苛立ちながらレイは鞘で突く。迫る感染者を下がらせ、その隙にシアラに向かおうとした感染者のわき腹を蹴った。
黒い壁を超えたレイ達は幾つかの通路と広間を進んだ先で、感染者の集団と遭遇していた。
その数は五十。
どれも身なりは綺麗で、宝飾品などを身に纏っている。ガシャクラの説明では芯層の地下空間は避難用の施設にも使われており、有事の際には評議会や商会の会長やその家族が逃げ込む事が出来るそうだ。
感染者の集団と遭遇した場所は、短期間なら住める程度の居住性がある。彼らは逃げ込んだ人たちなのかもしれない。
だけど、いまは単なる障害物だ。レイ達は感染者を薙ぎ払いながら奥へ奥へと進んでいく。すると、黒装束のうちの一人が苦痛の声を上げた。
「ぐっ! と、頭領。モンスターだ!」
「なんだと!」
レイも驚きつつ、声のした方を振り返る。奥に繋がる通路から二頭のレッドパンサーが這い出してきた。ただ、奇妙な事にそのレッドパンサーは羽飾りや首飾りなどの装飾品を身に付けていた。
そのレッドパンサーに見覚えのあったレイとシアラは同時に叫んだ。
「「アウローラサーカスのモンスター!」」
猛獣使いならぬモンスター使いが使役していた二頭だ。それがなぜ、こんな場所に居るのか二人には分からなかったが、直ぐにその理由が判明した。
通路から姿を現したのはレッドパンサーだけでは無かった。小太りの男が、その見た目とは裏腹なスピードで地を走り、手にした仕込み杖から取り出したレイピアの如き細い剣でガシャクラを襲った。
義腕で受け止めた老人はシルクハットの男を睨んだ。
「貴様、何奴!?」
しかし、問いかけに返事は無い。それもそのはずだ。彼はすでに死んでいるのだから。
どろりと濁った白目を向けられ、ガシャクラは死体が動くという事実に背筋を凍らせる。
「そいつはアウローラサーカスの座長よ。でも、すでに死んでいて、エレオノールが操っているわ!」
この中で唯一、戦闘経験のあるシアラが警告を発すると雪崩れ込むようにアウローラサーカスの芸人たちも現れた。
「死体を操るか。外道の技だな」
ガシャクラが吐き捨てるように呟いた。痩せた腹から武器を吐き出す男を殴り飛ばしたオルタナが、
「ちょっと待て、姫さん。これをエレオノールが操っているって事は」
「そうよ。この先にエレオノールが居るってことよ!」
二人の言葉にレイと従者が動いた。感染者と死体とモンスターをすり抜け、合流した二人は背中合わせに作戦を決める。
「此処の足止めはガシャクラたちに任せましょう。私達は直ぐに追いかけるべきかと」
「同感です。僕とシアラ、それに貴女に……オルタナの四人で」
すると、その会話にガシャクラが割り込んだ。
「待て! フジワラ、来い!」
隻腕というハンデを持つフジワラは戦闘よりも回避を優先していた。それが呼ばれたことで、一目散に頭領の元へ駆けた。
切り結んでいた座長を突き飛ばすと、ガシャクラは懐に忍ばせていた書状をフジワラに渡した。
「小僧と一緒に行き、この書状を渡して来い。主より命じられた任務だ。見事果たして来い」
「身命を賭しましても、必ず」
重く受け止めたフジワラがレイ達の傍に来て同行すると告げた。これで五人だ。
「それじゃ……いまだ、走れ!」
レイの合図を受け、シアラ、オルタナ、従者、フジワラが奥へ続く通路へと走り出した。最後尾に着いたレイは通路に全員が飛び込んだのを確認してから、背後に向けて炎を撒いた。
それだけで感染者たちは追って来られなくなる。
そして、奥に繋がる道を。エレオノールに続く道を走り抜ける。
魂の変質が完了するまで、残り一時間と四十五分。
決戦は近い。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は二十一日月曜日頃を予定しております。




