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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-73 地下空間

「海上都市に地下?」


 クトゥスの言葉にレイは首を傾げる。地下とは地面の下のことを指すが、ここは外洋のど真ん中だ。地面、というよりも海底は遥か海の下になる。


「助かろうと適当な事を言うつもりなのか。海の上にある都市のどこに地下があるんだよ」


「物を知らないな、甘ちゃん冒険者。アクアウルプスの歴史を知らないのか」


 馬鹿にしたかのような言い方にレイはムッとしつつ、前に聞いた話を思い出した。


「群島の浅瀬に杭を打ち込んで、その上に都市を作っていたんだろ。その位―――」


「―――甘いな。その先がこの話に絡んでくるんだ。知らないなら黙って聞きな」


 クトゥスは偉そうにアクアウルプスの歴史を掻い摘んで説明しだした。


「この都はお前さんの言う通り、浅瀬や干潟に杭を打ち込んで、それを足場として都市を切り開いたが、それは初めの数十年だけだ。人が集まり、物が集まれば加速度的に都市は拡張されていく。だけど、浅瀬には限界があった。初めは杭を長くしてどうにか対処できたが、どうにもできなくなった。そこで別の技術を使う必要が出てきたんだ」


 住人達は頭を悩まし、一つの可能性に賭ける事にした。それが海上都市アクアウルプスに置いて一つの名産とも呼ばれる魔法技術だった。魔法使い主導の元、アクアウルプスは更なる、そして抜本的改築が行われた。そして、いまの形になったのだとクトゥスは説明した。


「その技術ってのが地下空間って事なのか」


「ああ、都市の地下は空洞となっていて、そこに空気よりも軽い気体を生成して浮かしているそうだ。空の瓶が沈まないのと理屈は同じだな」


 クトゥスの説明でレイには一つ思い当る物があった。地球でも使われている技術、メガフロート。空気よりも軽い水素ガスなどを使用して海面に浮くブロックを連結させて一枚の巨大な足場を作り出す施設だ。人工浮島とも呼ばれている。


 海上都市アクアウルプスの正体は巨大な浮島ということになる。


 日本でも実用化されているが、多くは住居ではなく、別の目的で使用されている。都市一つとそこに住む住人たち全てを支えるとなればどれほど巨大な地下空間になっているのか想像もつかない。


「地下の空間は都市を支える気体以外にも、各地域から排出される汚水などの配管もあるし、逆に生活用水や昇降機を動かすための配管などが縦横無尽に走り回っている。周りが海水しかない分、浄水に精製する装置も各所に合って、はっきり言って広大で迷路のような場所だ。俺達のような日陰者が集まるには打ってつけの場所だった」


「過去形な言い方だな。其方らに何があった」


「目標であるお前がアクアウルプスを訪れるのは分かり切っていた事。俺達は一月以上も前からこの地に潜伏して、この都市のどこに居ても実行できるようにいくつも暗殺計画を練っていた」


 全て無駄になったがな、とクトゥスは吐き捨てた。


 一月前から準備をしていたという事にレイはうんざりする。トトスの港でも、彼らの仲間は手ぐすねを引いて待っていたし、レイの知らない所で彼らは暗殺計画を実行していたかもしれない。


 事実、レイ達がシアトラ村に居た時からマークされていたのだが、そのことを彼は知らない。


「ところが二週間ほど前からこちらが隠れ家としていた地下空間に出入りする奇妙な少女が居た。火傷を布で隠した少女だ。おそらく、お前らのいうエレオノールとかだろう」


 エレオノールの登場にレイの顔つきが険しくなった。


「俺自身は目撃していなかったが、仲間の報告では頻繁に出入りしているようだった。向うが地下で何をしていたのかは知らんが、あんな場所に隠れるように出入りしていたんだ。どうせろくでもない目的だ」


「自分達を棚に上げて何を言っておるんだ」


 ダリーシャスの嫌味をスルーしてクトゥスは話を続けた。


「こちらとしては正体や目的がばれてしまうのを恐れた。なにしろ、俺達はこの街で市井に溶け込みつつ、暗殺の刃を研いでいたのだ。正体がばれてしまえば努力が無駄になる。そこで、地下から手を引くことにした」


「エレオノール、その少女を殺そうとはしなかったのか」


「金にならん仕事はしない。それに、下手に殺せばそれだけで騒ぎになる。人一人消えたぐらいで捜索隊が組まれることは少ないが、それでも失踪者が出たことで市民の目が厳しくなる。そうなるのは此方として具合がよくない。それで俺達は隠れ家を別に用意してそこを会合に使っていた」


 クトゥスは、話はこれで終わりだと言わんばかりに口を真一文字に結んだ。


 レイは考える。果たしてクトゥスの話が嘘なのか本当なのかを。


 仮に嘘を吐くとしたら、その理由は幾つか思いつく。一番考えられるのは虚言を弄してこの場を生き残ろうとするため。あるいは、エレオノールと繋がっていてこちらの動きをかく乱するための工作。その場合は目の前の男がエレオノールと繋がっているか、目撃した部下がエレオノールと繋がっているかもしれない。


 だけど、これが本当なら。本当にエレオノールが地下空間に出入りしていた場合、それは何の目的があっての行動なのか。緊急時の避難場所を作ろうとしていたのか、もしくは本物の工房を作っていたのか、地下に何かしらの工作をしていたのか。


 魔術的な知識のないレイには答えが出なかった。シアラの方を見たが、海兵の後ろに居る彼女は考え込んでいる様子だった。


(それにあのエレオノールが、自分を目撃した存在を始末していないのも不思議な話だ)


 エレオノールと戦い痛感したのは、盲目なのに周囲の状況を事細かに察知する情報収集能力だ。レイには想像できないが、何らかの方法で周囲の状況や、遠くの情報を手に入れている節がある。桟橋から打ち上げたコウエンの炎を感じ取ったのがその例だ。


 そんなエレオノールが地下空間に出入りしていた暗殺者たちの存在に気が付かなかったとは思えない。仮に、《アニマ・フォール》に関係した何かをしていたのなら目撃者を消しているはずだ。


 いや、そんな理由が無くてもエレオノールなら気まぐれで殺していたかもしれない。そんな彼女がどうして暗殺者を見逃していたのかがレイには分からなかった。


(どうする。この情報を信じるべきか。それとも無視するか)


 西の水平線に沈む太陽を睨みつつ、レイは焦る。もう夜はすぐそこまで来ている。全ての感染者を捕獲、隔離したという話は聞いていない。これから先の探索は感染者と戦いながらとなる。魂の変質が終わるまで残り時間が少ない中、更に状況が悪くなるのだ。


「従者さん! ガシャクラに連絡して、地下に誰か送り込んだかどうか聞いてください」


「了解です。少々お待ちださい《伝声(ボイスコール)》ガシャクラ。……繋がりましたか」


 従者はここに居ないガシャクラと二言三言言葉を交わすと、レイに向かって首を横に振った。彼らも地下という発想が無かったようだ。続けてレイはオルタナと連絡を取ろうとする。


『どうした、レイ? そっちで何かあったのか』


 シアラと行動していたオルタナは軍船には寄らず、《アニマ・フォール》を飴と感染者の両方から調べている魔術師たちの所に進展状況を聞きに別行動を取っていた。彼にエレオノールが地下空間を出入りしていた可能性を告げた。


『地下か! ……その可能性もあったか!』


 オルタナの喧しい声が耳元で爆発する。顔をしかめるも、その情報は向こうには伝わらず、オルタナは堰を切ったように話を続けた。


『地下空間はガスや排水以外にも魔法陣が仕込まれているんだ。有事の際、例えば他国の海軍に攻められたり、あるいは大津波が街を直撃した場合に備えて発動する魔法陣が街の足元に広がっている』


「ちょっと待ってくれ。それとエレオノールの事はどういう関係が」


『大ありだ! 《アニマ・フォール》という魂の変質を促す魔法が、飴に仕込んだ程度で発動する訳が無かったんだ。だから、飴から調べても何の解決策も見いだせなかったのか。二代目『魔導師』は街に元からある魔法陣に細工をしやがったんだ! 《アニマ・フォール》の発動した条件。それは変質しやすい子供と、飴と、そして街を覆う魔法陣だ。だから鐘を鳴らしたんだ。おい、そっちの方の棚に地下の魔法陣がらみの資料があったよな。引っ張り出せ』


 謎が解けていく興奮からかオルタナの言葉に熱がこもっていく。魔法使いとして敵の策略を見抜いたのがよほど嬉しいのか、彼は一気にまくし立てた。その姿はいっそ大げさすぎた。


『芯層にある鐘は幾つか役割がある。連続して鳴らせば、津波の警報。四回鳴らせば防波堤にコレラに感染した船が近づいたとか、意味が違う。あの時になったのは八回。あれは魔法陣が起動したことをしめす合図なんだ。ああ、くっそ! ここ最近、鳴った所を見ていないからと言って、忘れるか普通!?』


「落ち着いてくれないかオルタナ。それで、エレオノールが地下に居たという可能性は」


『十分考えられる。というか、確実に居たはずだ。仮に魔法陣に細工を仕込んでいなくても、魂の変質を促す《アニマ・フォール》が元からある魔法陣と競合する可能性もある。それを調査していたという理由も考えられるよな。よし、そっちに並べろ!』


 オルタナは自分の考えを周囲に居ると思わしき魔法使いたちに報せ、喧々諤々の議論へと発展させて行く。もうレイの事は忘却の彼方へと消え去った。《伝声(ボイスコール)》を打ち切ると、ニヤニヤと笑うクトゥスを視界に入れてしまった。


「それで? 話の信憑性は得られたか?」


「……まあね。……アンタ、名前は」


「クトゥス・ヌギドだ。そっちは確か、レイで良いんだな」


「そうだ。それで、アンタはどこまで案内できるんだ。いや、そもそも広大な地下空間のどこでエレオノールを見かけたんだ」


「芯層の地下だ。もっとも、いまから芯層に向かうのは厳しいだろう。感染者が動き出すやもしれん。そこでここから一番近い地下への入り口に案内してやろう。あとは地下を進め。幸い、地下は入り組んでいるがどこかしらで繋がっている。どうにか行けるはずだぞ」


 無責任な言い方だが、考え方によってはその方が安全かもしれない。地上にはまだ感染者がうろついているかもしれない。そんな中を慎重に進むのと、感染者が居ない地下を進むのでは、後者の方が楽だ。


「お前らを入口まで連れていったら、この船に戻って来る。その時には、ダリーシャス王子。俺達に身柄を引き渡すと約束できるな」


「抵抗はしない。好きに連れていくがよい」


「……気味が悪いほどすんなり言いやがる。まあいい。それで、レイ。決めるのはお前だぞ」


 水を向けられたレイは考え込むように瞼を強く塞ぎ、決断を下した。


「分かった。契約成立だ。……従者さん、それに船長。こっちに来てください!」


 これ以上の戦闘行為はしないという証明なのか、クトゥスは剣を放り投げ仲間の意識を起こし始める。一触即発の雰囲気から解放された船員たちを掻き分けて呼ばれた二人が近づいてくる。レイは素早く指示を出した。


「従者さんはガシャクラ達に地下に先に行くように指示を。その際に探索に使えそうな地図や、道具一式を揃えた奴を僕らのほうに回すようにお願いします。それとオルタナにも連絡してください。これからの探索は地下で行うと」


 従者は頷くと《伝声(ボイスコール)》で連絡を取り始めた。次にレイは船長の方に向いた。


「もう、荷物の積み込みは終わりましたか?」


「何とかな。シュウ王国に引き返す事も、デゼルト国に向かう事も可能だぞ」


「分かりました。それじゃ、僕らが出発したら小舟を一隻港に残して、沖合に出てください。もし、僕らが戻らなかったら、感染した三人を連れてシュウ王国に戻ってください。アクアウルプスで何が起きたのか、その証拠としてテオドール陛下に届けてください」


 戻らないという可能性に船長はムッツリとした表情を浮かべた。しかし、レイの意思を尊重したのか何も言わずに頷いた。そして、レイは最後に残ったダリーシャスの肩を掴んだ。急に掴まれた上に引きずられる王子は目を白黒させる。


 船の後端に連れて来られたダリーシャスに顔を寄せた。クトゥスに声が届かないようにするためだ。


「アンタ、何考えてんだ。おめおめ暗殺者の手に落ちる馬鹿が何処にいるんだよ。ああ、ここに居たか!」


「そう、激昂するな。最善の策ではないが、次善の策だと自負しておるのだぞ」


「どこがだよ! ……ああ、もう。……馬鹿正直に向こうに身柄を渡さなくても、地下への入り口まで案内させたら殺すっていう方法もある。それで行くよ」


 一方的に言い放つとレイは話を打ち切ろうとしたが、ダリーシャスが逆にレイの肩を掴んだ。真剣な橙色の瞳がレイを覗きこんでいる。


「それは困る。あ奴には生きて戻ってきてほしいのだ」


 レイは思わず眉をひそめた。ダリーシャスが何を言っているのか分からなかったのだ。


「エレオノールの探索という意味では、地下という単語を引き出した時点で、あ奴は用済みだ。しかし、俺にとってみればその次が重要なのだ。今の所、叔父上に連絡が取れる唯一の手段がヌギドの一族だけだ。それを失うのは此方としては困るのだ」


 ここに来てレイはダリーシャスとの考え方の齟齬の原因に思い当たった。自分たちは見ている先が違うのだ。


 レイはエレオノールを見据えていて、ダリーシャスは神前投票を見据えている。


 そして、そのさらに向こう側。自分が王になるための限りなく細い道を真っ直ぐに見据えていた。


 だからこそ、ダリーシャスはレイにクトゥスを殺してほしくなかったのだ。


「……だけど、アイツが本当に生かして身柄を拘束するとは限らないだろ。もしかしたら、船から降ろした瞬間に殺すかもしれないじゃないか」


「それも一理ある。故に、ここは其方に頑張ってもらうつもりなんだ」


 何を頑張るのだと考えるレイに向かって、ダリーシャスはとんでもない事を告げた。


「俺も《アニマ・フォール》に感染するつもりだ」


「……はぁああ、もがっ!」


 きょとんとした顔が、一気に膨れ上がり、火山が爆発したかのような絶叫に変わる直前、ダリーシャスがレイの口を塞いだ。口を塞がれてもなお、レイはダリーシャスの正気を疑う行動に罵詈雑言の嵐をぶつけた。もっとも、全て外に出る前に防がれてしまっているのだが。


「落ち着け、落ち着け。俺とてちゃんと考えた上での発言だ。其方の言う通り、クトゥスが身柄を拘束すれば生かしておくという保証はない。いや、そもそも叔父上に連絡を取るというのも怪しい。俺が叔父上につくと知っているのはこの場の人間のみ。自分たち以外は全員外国人だ。つまり、俺を殺せば、その提案自体をなかったことに出来るのだ。それを防ぐために《アニマ・フォール》に感染しておく必要があるのだ」


 レイは視線だけで手を離せと告げた。ダリーシャスが騒がないかと尋ねると頷いて返した。


「……最初から、約束を守る気は無かったのかよ」


「別段、条件にこのままの状態で引き渡すとは明記していなかっただろ。この場で重要なのはヌギドの一族に恩と意思表示を与える事だ。一族の感染者を治療し、俺が叔父上につくと立場を表明する。本当の交渉はこの次だ」


 褐色の青年がくつくつと笑う。どうやら最初から、情報を引き出すのが目的だったようだ。向うがどんな条件を出しても、従うつもりは無かったのだ。その姿は焦げ茶色のキツネが笑ったかのようだ。ダリーシャスが外交官だったことを今更ながらに思い知る。おそらく、他の国との交渉事も、こんな風に場を掻き乱していたのだろうと容易に想像できた。


「そういう訳だ、レイ。さっさと行って、エレオノールを倒して来い。その間、リザ達と待っていてやるぞ」


 これから自分が怪物化すると十分理解しているはずなのに、ダリーシャスは恐れや動揺した様子をみせない。あくまで自然体のままだ。その態度にレイは違和感を覚えた。


「それでいいのかよ……僕らが失敗したらアンタは怪物になってしまうぞ。そこの所、分かっていっているのか」


 レイの言葉にダリーシャスはきょとんとした表情を浮かべ、そしてニヤリと笑った。


「なんだ、其方。失敗すると思っているのか」


「……アンタはどう思っているんだよ」


「思わんさ。其方はあの『魔王』から生きて帰って来たのだ。きっと、此度もどうにかするのだろう」


 それは違うとレイは言いたかった。その時は《トライ&エラー》があったと。特殊(ユニーク)技能(スキル)があったから勝てたのだと。


 だけど、ダリーシャスはレイに向かって力強く言う。


「其方ならやれるさ。俺を首都に連れてってくれるんだろ。約束を忘れるなよ、レイ」


 レイの勝利を疑わないダリーシャスはニヤリと笑う。逆にレイはため息を吐いて、そして同じようにニヤリと唇の端を吊り上げる。


「……そっちこそ、約束を忘れるなよ」


「約束? はて、何をしたか」


「上手い飯の事だよ。忘れないでくれよ」


「ああ、それと女の事だな。粒ぞろいを揃えて置こうぞ」


 レイとダリーシャスは笑い合うと、拳をぶつけあった。別れの言葉は無い。次にまた会えるという意思を込めて、拳を離した。


 ダリーシャスから離れたレイは準備を終えたシアラと、そして従者と合流した。


「これがエレオノールを捉える最後の可能性だ。ここから先は夜。感染者が動き出すかもしれない。陸地を探索するのは時間的にも人数的にも厳しい。だから、地下を徹底的に調べる」


 シアラは真剣な表情で頷いた。従者は何を考えているのか分からないが、それでも話を聞いている様子だ。


「魂の変質が終わるまであと六時間。何が何でもエレオノールを見つけよう。そして、《アニマ・フォール》の治療法を今度こそ聞きだす」


「分かったわ、主様」「了解です」


 二人は短く返答すると、ちょうど太陽が姿を消した。空には月が昇り始め、周囲に星の従者を連れていた。青い月がアクアウルプスを照らす中、どこからか不気味な唸り声が響いてくる。


「それじゃ、行くとしようか」


 レイの言葉に、シアラ、従者、そしてクトゥスが続き、船を降りた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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