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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-71 爆弾発言

 ヌギドの一族にとって、これがラストチャンスだった。太陽が西の水平線に触れる間際。世界が暮れなずむ。甲板は黄金色に輝いていた。


 目標を見失って以降、彼らは網を張って待っていた。いずれ、軍船に戻るだろうと予期して。そして、辛抱強く待った結果、港に戻ってきた軍船にダリーシャスは乗り込んだ。天の助けのように、荷物の積み込み作業が始まり、それに紛れれば容易く侵入できる。


 若頭と呼ばれた男は、数人の配下を連れて最後の勝負に出た。


 残ったのは僅かな手勢のみ。それをこの都から脱出させる事すら、男にはできなかった。


 暗殺者一族として残ったのは、未達成の仕事、ただ一つ。それを完遂させ、せめて成功の報告を依頼主に届ける事で、この身の誉れとしようと考えていた。


 行き交う男たちの流れに潜み、目論見通り軍船へ侵入を果たす。中身の入っていない木箱を抱えていれば、不審がる者はいない。適当な場所に木箱を置き、次の荷物を取りに行くふりをして目標を探す。


 鷹の目のように鋭く絞られた瞳は、後部デッキに居る、ダリーシャス・オードヴァーンを見つけた。涼しげな顔立ちに憂いを宿らせた青年は日に背を向け、地図を睨んでいる。作業の邪魔になると考え一人離れた場所に立ち、護衛も付けていない。


 好機だ。


 これ以上ないほどの好機だ。


 同じ手口で侵入した部下に、目線で合図を送る。それだけで意思の疎通が図れる。ゆっくりと、不自然な動作にならないように広がり、退路を断ちつつダリーシャスに近づいた。


 本来の依頼では事故死に見せかけた暗殺だったが、この状況下でそれに拘るのは難しい。


 一撃必殺。


 即時離脱。


 荒っぽいやり方になってしまうが、それで依頼人には納得してもらうしかない。最低限の評価どころか、悪評も立つかもしれないが、失敗したという無能者の烙印だけは避けねばならない。


 ヌギドの一族の若頭、クトゥス・ヌギドは懐に隠したナイフに手を伸ばし―――背後からの斬撃を躱した。


 一瞬の判断だった。


 背中に向けて振り下ろされる刃の気配に対して考える前に回避行動をとった。体を捻りながら倒れこみ、後ろ回りの要領で体を起き上がらせると、自分がつい先程まで居た場所に紅蓮に煌めく刃を振り下ろした少年がいた。


 気色ばんだ様子で、クトゥスを睨む。


「ダリーシャスを狙った暗殺者か。……こんな時にまでやって来るのかよ」


 問いかけの声にクトゥスは驚く。なぜなら聞き覚えのある声だったのだ。半日ほど前、アクアウルプスが地獄に叩き込まれた直後、うす暗い路地にて怪物達に囲まれた時。


 炎を放つ魔道具を振るった少年の声にひどく似ていた。いや、おそらく本人なのだろう。


 突然の異常事態に動揺し、顔をはっきりと確認していなかったのが悔やまれる。こうして夕日に照らされた少年の特徴的な姿に報告に上がっていたダリーシャスの護衛と酷似しているのに気が付いた。


「……情けない話だ。暗殺者が目標の護衛に助けられたとはな。格好がつかん」


「その声……もしかして、あの時の」


「覚えているか、甘ちゃん冒険者」


 少年が頷くと、彼の背後が俄かに騒がしくなった。武器を抜いたレイに反応して荷運びをしていた者は逃げ出し、船員たちが武器を構えて殺気を滾らす。当たり前だ。ここは海軍の船。船員は全員訓練された海兵だ。


 ナイフを抜き放ち、構えると侵入した部下も同じように武器を構えた。侵入した数は僅か五人。全員が、隠し持てるサイズの武器しか持っておらず、まともな斬り合いは出来ない。


 敵は護衛を含めても二十人以上はいる。その数はますます増えて行くだろう。


 いずれ弓を持ちだす海兵も来るはずだ。そうなれば確実に死ぬ。


 だけど、その前。


 いまならまだ間に合うはずだ。


 背後にてチャクラムを構えるダリーシャスとの距離は僅か数歩。一息で行ける距離だ。幸運にも、誰も間にはいない。五人全員で飛びかかれば一人は確実に目的を果たせる。


 クトゥスは視線に全てを込めて部下に送ると、残りの四人は頷いた。


 これでいい。此処で死んだとしても、任務さえ達成できればそれでいい。後は本国にいる仲間に託せばいい。


 クトゥスの胸中は達成感で満たされていた。数秒後には死ぬかも、いや間違いなく死ぬだろうというのに、穏やかだった。


 そして、男たちは合図をするまでもなく、一斉に踵を返した。


 ―――直後、レイの技能スキルが発動する。


「《留めよ、我が身に憎悪の視線を》!」


 返した踵が、更に返る。ぐるりと視界が一周し、レイの方に男たちの体は向いてしまう。《心ノ誘導》による目標の強制変更。それに抗えず、男たちはレイに飛びかかる。


 レイはまず、クトゥスを倒すことにした。距離が一番近かった敵に向かい、一歩踏み出しナイフめがけて龍刀を振り下ろした。


 目立たずに持ち込めるという理由から用意したナイフは頼りなく、それゆえ一撃で根本から切断できた。折れたナイフが甲板に突き刺さるのを他所に、レイは返す刀でクトゥスの喉を峰で打ちつけた。


 そして痛みで崩れるクトゥスを尻目に、左右から迫る四人をそれぞれ一撃で打ち倒していく。武器を壊し、急所を峰で攻撃し、無力化していく。あっという間に、五人の暗殺者が甲板に蹲る。


 レイはすぐさまダリーシャスの元に駆け寄った。五人を殺さなかったのは、ダリーシャスの安全を確保したかったからだ。暗殺者が、この五人で終わりとは限らない。もしかしたら、これが陽動で、本命が別に居るかもしれない。


「ごめん、ダリーシャス。貴方を一人にしちゃった。リザの事で動揺していたなんて、いい訳だ。無事だよな。どこか、怪我とかしてないか」


「あ……ああ、問題ない。それより、レイ。其奴らを」


 何か言いたそうにするダリーシャスに背中を向けて、レイはクトゥスに向き直った。


「話は後だ。すいません! 誰でも良いんで、こいつらを縛り上げるの、手伝ってください」


 呼びかけに海兵たちは縄を用意して倒れた五人に近づこうとする。だけど、それを見計らったかのようにクトゥスが起き上がり、近づいてきた海兵の剣を鞘から抜き取った。


 海兵を突き飛ばし、剣を振るう。


「ぢがづぐなぁ!」


 声が割れ、吐いたつばに血が混じる。喉を潰されて直ぐにこれだけ動けるのは、彼が凡庸じゃない証だろう。海兵たちが遠ざかるのを確認するとクトゥスはレイの、ダリーシャスの方を向いた。


 その眼は刃のように鋭く、射抜くようにダリーシャスを睨む。強靭な意思は例え首を切り落としても、首だけでダリーシャスを殺そうとするのではないかなんていう、荒唐無稽な想像が浮かんでしまう。


 レイは静かに思う。この男は命ある限りダリーシャスを狙うと。


(暗殺者とかって、どいつもこいつも似たような奴なのかよ)


 返した刃を戻して、クトゥスに向けた。クトゥスもまた剣を構えた。その構えは暗殺者らしくなく、堂に入ったものだった。


 二人が無言のうち睨みあい、動きだそうとした瞬間。


「ちょっと待って、其方ら! しばし、待て!!」


 二人の間に割り込んだのは、よりにもよって暗殺の目標であるダリーシャスその人だった。自分に背を向けて両腕を広げた男に、レイは困惑する。


「そこを退いてくれ、ダリーシャス。アイツは、貴方を殺そうと」


「それは分かっている。だが、一つ確かめたいことがあるんだ。おい、其方! 其方の雇い主は叔父上で間違いないんだな」


 問いかけにクトゥスは無言を貫く。何処の世界に易々と依頼人の名前を出す愚か者が居る物か。だけど、ダリーシャスは返事を待たずに続けた。


「叔父上の伝手で雇われているなら、おそらくそなたはヌギドの一族なのだろう。違うか!?」


 その質問にクトゥスは動揺を隠すのに必死になった。自分たちの名前は本国でもそれほど通っている物では無い。それなのに諸国を旅する外交官であるダリーシャスが知っていることに驚き、この男が周りの評価よりも優秀だと認識を改める必要があった。


 だが、その質問をした意味が分からない。レイも同様なのかダリーシャスの首根っこを掴み後ろへと下がらせようとする。それに抵抗しながらダリーシャスは続けて、


「ヌギドの一族は目標を暗殺するのに、随分と手間暇をかけると聞く。それこそ、街一つを狩場として使えるように人員を送り込み、街のどこに居ても暗殺が出来るように仕込みをするとか。半年がかりである豪族を殺したとも聞くぞ」


 事実だ。ヌギドの一族は生まれてから死ぬまでを暗殺で生計を立てる。日常生活に暗殺を組み込んでいるといっても過言ではない。それゆえ、極端な閉鎖環境でもない限り、何処にでも潜りこむことができ、住人になりすます事が出来る。このアクアウルプスにも四十人にも上る仲間が二月も前から入り込んでいた。


「そんな其方らなら、盲目の少女について何か情報を握っているんじゃないか!?」


「……おいおい、ダリーシャス。何を聞いているんだ」


 ダリーシャスの目的がおぼろげに分かると、レイは思わず手の力を緩めてしまった。そこを見逃さずにダリーシャスはレイを振り切り、クトゥスに向けて告げた。


「その者の名はエレオノール。アクアウルプスで起きている災害を引き起こした黒幕だ。そして俺たちの仲間が危機に瀕している。一刻も早く、その者の行方を追いたいのだ。情報を知っているなら教えてくれないか」


 クトゥスは眩暈がした。この目標は暗殺者である自分に助けを請うているのだ。これまで命乞いをしてきた目標はいた。自分の命を助けてほしいという者もいれば、他者の命を乞うた者もいた。だが、仲間の危機を救うための情報を教えて欲しいと頼み込んできたのは初めてだった。


 そして、何より。


 その少女についてのがクトゥスにはあった。


「やげどのじょうじょのごどが」


 割れた喉から吐き出される声はひび割れ、耳障りが酷いが、それでも二人には聞き取れた。ダリーシャスが喜色に満ちた顔色で頷いた。


「そうだ! その者の事だ。何か知っているのだな。ならば、教えてくれないか」


「だいがば? ぞのじょうぼうにだいずるだいがば?」


「……其方らの命。この場から五人を見逃すというのは」


 ダリーシャスの申し出にクトゥスは首を振る。すでにここを死地と定め、その覚悟で乗り込んできたのだ。目的を果たすためなら死んでも構わないとさえ考えている。そんな人間に救いの手は要らない。


 クトゥスは親指を立てると、自らの首を掻き切る動作をして、ダリーシャスにつきつけた。


 彼が求める物はただ一つ、ダリーシャス・オードヴァーンの命だ。


「むぅ。流石にそれを渡すわけにはいかんな」


「当たり前だろ! そもそも、こいつがエレオノールの事を知っているってのが嘘かもしれない」


 レイが悩むダリーシャスの肩を強引に掴んだ。


「かもしれん。だが、嘘にしては火傷の事を知っているのは奇妙だとは思わんか」


「だったら、捕まえて拷問して吐かせればいいじゃないか」


「随分と物騒な事を言うな。女帝の影響か? ヌギドの一族は全員が誇り高い暗殺者集団だ。並大抵の拷問で口を割ることは無いし、死を選ぶかもしれんし、そもそも時間が足りん」


 良く知っているとクトゥスは思う。自分たちの歯は一本だけ抜かれて、代わりに仕込みが施されている。それは舌で押すだけで簡単に取れ、中には毒薬が詰まっている。敵の手に落ちるなら、仲間の手を煩わせることなく死ぬべし。それも一族の掟だ。


 レイはダリーシャスの言葉に沈黙する。ダリーシャスはふむと唸りながら名案を絞り出そうとしている。


 そして、何かを思いついたのか仕方ないと呟いた。


「俺の命をくれてやることはできん。だが、それでは依頼人に顔が立つまい。だから、折衷案を出してやろう」


「せっちゅうあん?」


「うむ。我、ダリーシャス・オードヴァーンは神前投票に置いて、父上では無く叔父上、ワフシャ・プラティスに投票すると誓おう」


「……はぁ!? 正気か、アンタ!」


 クトゥスの気持ちを代弁するかのようにレイが絶叫した。


 ダリーシャスは恥じる事の無いような笑みを浮かべて、


「ああ、本気だとも」


 と、返した。レイは呆気にとられ、しかし、すぐさま正気に戻りダリーシャスの胸倉を掴んだ。その表情は鬼気迫るもので、手にした龍刀で切りかからんばかりの勢いだった。


「冗談で言っているんだよな」


「其方、馬鹿か? このような事を冗談で言うと思うか」


「そうかよ。冗談なら、流してやれるんだが……本気なら始末が悪い」


 レイは一度怒りを鎮めようと呼吸を繰り返すが、その度に脳裏を過るのは託された思いだった。


「アンタ、王になるって目的はどうしたんだよ。神前投票で、叔父に入れれば、叔父が王になる。そしたら、生き残ったとしても、アンタに継承権は発生しないんだぞ!」


 神前投票に置いて、敗者は死ぬ。その敗者に投票した者も死ぬ。生き残るには勝者に票を投じるしかない。しかし、同時にその次に王になる資格を有するのは王になった者の子のみになる。つまり、ダリーシャスが資格を得るには自分の父親を王にする必要があるのだ。


「ナリンザさんの思いを、無駄にするのかよ!」


 ダリーシャスを王にするという願いを志半ばに散らした女性の名を叫ぶ。すると無抵抗だったダリーシャスが胸倉を掴むレイの手を掴んだ。


 万力のように締め上げる力はダリーシャスの思いの強さを表していた。


「無駄にしない。無駄にしてたまるか。こんな俺に仕えてきてくれた者の死に際の願い。果たせずに何が主だ。俺は王になると言ったはずだ、レイ」


「なら、どういうつもりなんだよ。叔父が王になれば」


「叔父上の子では無い俺に資格は無い。それは間違っていない。だがな、レイ。王になるには、何も神前投票だけではないのだぞ」


 ダリーシャスの声色が冷ややかに、氷のように冷たくなる。レイは思わず、顔を上げると、底冷えする輝きを放つ橙色の瞳にぶつかった。


「俺は玉座を力づくで簒奪する。どれだけの血が流れようとも、どれだけの悲劇を生むことになっても、屍で築き上げた玉座に着くつもりだ」


「……本気……なのか」


「だから言っておろう。冗談でこんなこと口にはせん。元から考えていた事だ。此度の神前投票で勝ったとしても、次の投票までに俺は死ぬだろう。地盤も後ろ盾も少ない俺と本国にて力を蓄えて来た兄上では勝ち目がない。だがな、仮に叔父上が勝利した場合。俺に敵意が向くと思うか」


 それは無いとレイは思う。ダリーシャスが次の神前投票までに死ぬかもしれないという可能性は、彼が次の王になるかもしれないという前提があるからだ。


 だけど、叔父が王になれば、ダリーシャスは生き延びても王になる資格は無い。誰の敵にもならない存在となるのだ。


「王族全てが、俺に無防備な背中を向ける。誰も注意を払わなくなる。だが、それでも俺の票で勝敗が分かれれば、叔父上は俺を無碍に扱えまい。それなりの役職を回す。いや、回させてみる。そこで力をつけ、俺は玉座を奪えるだけの力を整える」


 ダリーシャスは本気だ。本気でクーデターを起こそうとしている。レイは放心したかのように掴んでいた手を降ろした。すると、ダリーシャスはクトゥスの方に体を向けた。


「ヌギドの一族が困窮している状況は知っている。それで叔父上の庇護下に入ろうとしていることも知っている。俺が王になった暁には、その待遇を改善してやる」


 ダリーシャスは本気だ。本気で玉座を奪おうとしている。クトゥスは余りの展開に構えた剣を下げてしまう。


「だから、俺に付け! 俺たちに協力しろ!」


 ダリーシャスは清々しい笑みを浮かべた。自分の中にため込んでいた想いを全て吐き出したかのように。


 そして。


「返答はいかに?」


読んで下さって、ありがとうございます。

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