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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-68 船上の戦い 『前編』

 船員たちのいない甲板にてリザは踊る。エレオノールが繰り出す鋼の如き糸を、軽やかなステップを刻み、躱していく姿はまさに踊ると形容するにふさわしかった。彼女が歩を進める度に目と鼻の先を糸が通過していく。それでもリザの歩みは止まらず、エレオノールとの距離が縮む。


 夜に戦闘した時とは大違いだった。あの時、リザの目には微かにしか捉えられなかった糸は、夏の強い日差しの下では目に鮮やかに映る。銀色の線が煌めいた瞬間、リザは体を傾ける。


「良い反応じゃないか。大したもんだよ」


「貴女に褒めて頂いても、まったく嬉しくありません」


 飄々とするエレオノールに対して、リザは淡々としていた。心を穏やかに、あっという間に距離を縮めロングソードを振り下ろした。エレオノールは魔法で防御せず、糸を編み込んで作った即席の盾で一撃を防いだ。柔らかそうな見た目とは裏腹に編み込まれた糸は鋼鉄のように頑丈で、刃を弾く。


 そして動きを止めたリザに対して、風の槍が迫る。無詠唱魔法の使い手であるエレオノールが仕込んでいた魔法だ。


 後ろに下がる事で槍から距離を取ろうとする。だが、一歩、二歩と下がった所でリザの足が止まった。同時に足元から冷気を感じて体が温度を保とうと震えた。


 今の季節は夏。雲一つない快晴、夏の日差しを浴びた甲板で身震いするほどの冷気。あり得ない事だが、エレオノールの足元から伸びた薄氷がリザの足を掴んで離そうとしない。風の槍を発動したのと同時に、リザを拘束するべく発動した氷結魔法だ。


 身動きの取れなくなったリザに向けて、風の槍が迫る。


「《超短文ショートカット低級ロー形状変化シャープチェンジ》!」


 リザの新式魔法が発動した。手にしたロングソードが光と共に形状を変えて、巨大な大剣となった。少女の体格で振るのがやっとの大剣を、彼女は横に薙いだ。まるで巨大な団扇で風を起こすように。


 重量を増した鉄塊のような剣が風の槍を叩き潰した。そして、リザは振り切った剣の形を再度変えた。


 今度は刀身が細く、そして長くなる。それこそ、軍船の後端まで届きそうなほどに長い剣を、一気に横に振るった。距離を縮める必要もない。その場を動かなくても、伸びた刃がエレオノールを襲う。


「おっと、危ないなぁ」


 言葉とは裏腹に余裕ぶった態度を崩さないエレオノールは、迫る刃を躱すべく上に飛んだ。何かしらの飛空魔法を使用しているのか、そのまま青い空に向かって浮かぼうとする。伸びた刃は彼女の足元を通り過ぎた。だけど、その刃に向かって影が迫る。


 影は軽やかに、体重を感じさせない動きで長細い刀身を足場にして宙に浮かぶエレオノールに迫る。彼女の高さを優に超えた位置から、腰を捻り、回し蹴りを放った。


 頭の上から落ちてくる右足をエレオノールは細い腕で止めた。糸を出す暇もない。宙を舞うエレオノールは甲板に叩きつけられるのだけは糸を操る事で回避したが、続けざまに影が降ってくるのは避けられなかった。


 影の正体は男装の麗人、従者だった。


 従者はどこからか取り出したのか、両の手にナックルダスターを装着していた。親指を除く四本の指が穴に収まり、指を衝撃から守る。原始的な攻防一体の武器だ。


 右拳のアッパースイングがエレオノールの腹部を打つ。エレオノールは糸を腹部に巻いて、衝撃を受け止めようとするも、その威力の高さに顔を歪めた。


 そのまま、従者の上段蹴りが痛みに呻くエレオノールのこめかみを襲う。周囲の情報収集に割り振った糸からそれを察知したエレオノールはどうにか身を捩り躱そうとする。


 だけど、その逃げ道を塞ぐようにリザがロングソードを振りかざした。白刃が少女を襲う。


 エレオノールは咄嗟に糸を船の欄干を通してから自分に巻きつけ、思いっきり引っ張った。少女の体は見えない手に掴まれたかのように甲板を滑った。燕尾服を着込んだ女たちの攻撃を辛くも避けたのだ。


 そして、欄干に背中がぶつかるのも気にせずに魔法を発動した。


 リザ達目がけて雷が我先にと迫る。避けるのは不可能だと判断したリザは精神力を全身に行き渡らせて、防御を狙った。少しでもダメージを減らそうとしたのだ。


 だが、従者は違った。


 彼女は恐れもせず、躊躇いもせず、迫りくる雷に飛び込んだ。


 それも精神力で耐久を強化もせず、そのままの状態で。


 白い肌も、黒い髪も、全身余すことなく雷が蹂躙するというのに瞬きひとつせず、従者は雷の嵐を突っ切った。体から焦げた煙が立ち上るというのに、お構いなしだ。


 そのまま、欄干に背中を預けたエレオノールに向けて右足を高く上げた。振り上げた踵が断頭台のギロチンのようにエレオノールを襲う。


 砕けた欄干が四方へ飛び散る中、エレオノールの姿は無かった。彼女は糸を繰り、またしても躱していたのだ。


 だけど、そこをリザが追いすがった。狙い通り、防御に精神力を回したおかげでダメージは抑えられ、戦闘続行は可能だった。燕尾服が戦闘用という話は正しかった。雷の多くを、この服が吸収してくれた。もしかすると、今身に付けている防具よりも優れているのかもしれない。


 そのお蔭で、リザはエレオノールに向けてロングソードを振りかざした。


「しつこいな!」


 エレオノールは苛立ちを込めて魔法を発動しようとして手を上げ―――しかし、何故か手を降ろした。


 代わりに五指が激しく踊り、糸が斬撃のように繰り出された。リザはそれを一つ一つ切り落としたが、その隙にエレオノールは距離を取ってしまった。


 船の先頭に追い詰められたエレオノールから五メートルほど離れた地点でリザと従者も足を止めた。緊迫した空気が両者の間に漂う。


「なんて、重い一撃なんだい。さっき食べた茶菓子が戻ってきそうだよ」


 腹部を押さえたエレオノールが文句を言う。従者の戦闘スタイルは拳による格闘術だ。オルタナと似通ってはいるが、両者には大きな違いがある。


 オルタナは自分の非力さを知っており、それを肉体強化の魔法によって瞬間的かあるいは短期的に引き上げ、手数で攻める。


 一方で従者は魔人種という優れた能力値パラメータに任せた大砲のような一撃を無造作に放つ。先程の雷の嵐に対しても、正面から突っ込み、ダメージを物ともせずに直進していた、まさに重戦車のような獰猛ぶりだ。


 そして、彼女にはもう一つのがある。そして、それは使のだが、効果が出るまでに時間が掛かるようだ。


 どうするべきか悩むリザに対して、エレオノールが疑問を口にした。


「ところで、君たちは不思議に思わないのかい。僕の戦闘方法に」


「……無詠唱使いだというのは既に知っていますが」


「そっちじゃないよ。どうして、こうも連続して魔法が使えるかだよ。普通に考えても、おかしいだろ。この数分でぼくは三種類もの中級魔法を繰り出した。どれも詠唱が長く必要な旧式だ。さて、これはどういう事なんだろうね」


 エレオノールの問いかけに、リザは彼女の狙いを理解した。


 これは時間稼ぎだ。


 腹部に負ったダメージを少しでも回復しようとするため、自分達にあえて手札を明かそうとして興味を引こうとしているのだ。


 見え透いた工作に付き合う理由は無い。


 それに、エレオノールの連続魔法に関する秘密は、すでにシアラが考察を終えていた。ここに来るまでの間に、その説明を受けていた。


 わざわざ、エレオノールから聞く必要はない。


 だけど、時間を稼ぎたいのはリザも一緒だった。


 だからあえてリザはエレオノールの話に付き合う事にした。


「確かに、貴方の詠唱速度は異常です。旧式は新式ほど単純に詠唱できません。精神を乱さずに、高い集中を持って詠唱しなければ魔法は発動しない。それなのに、近接戦闘をしながら旧式魔法を完成させている。異常といえば異常です」


「だろ。それはね―――」


「―――ですが、その答えは既に私の仲間が解明しています」


 ぴくり、と。エレオノールの顔から余裕が消えた。唇が真一文字に引き絞られ、険しさが滲み出ている。これまで余裕を崩さなかった少女の素が初めて出て来た。


「……おもしろいね。是非とも拝聴したい」


「分かりました。……仲間の推測は単純です。無詠唱魔法が口を使わず、頭の中で唱えるやり方。一つの思考につき一つしか放てない以上、答えは明白」


 リザは間をあけてから、エレオノールの反応を探るように告げた。


「思考の分割。それが貴女の高速魔法を支える秘密ですね」


 エレオノールはリザの言葉に薄く微笑みを浮かべ、


「ああ、素晴らしい。大正解だ」


 と返した。表情からでは彼女が動揺しているかどうかは定かではない。何より、従者が仕込んだのが発動している気配もない。


 リザは更に時間を稼ぐべく、口を開いた。


「仲間が言うには、貴女はそれぞれ独立した思考を破綻させる事なく保持している。その数は恐らく五か六。それら別々の思考が魔法の詠唱を独自に行っているんですね」


 例えるなら、普通の魔法使いは一つのクロスボウしか持つことが出来ない。どんな魔法を放つか決め、ボルトを装填するように魔法を唱える。だけど、エレオノールは同時に複数のクロスボウを保有し、いつでも好きな時にボルトを装填し、それを即座に引けるように構えているのだと《伝声ボイスコール》越しにシアラは説明した。


 レイから自殺をして戻ってきたことを告げられた直後、リザはシアラと連絡を取り合っていた。彼女に《トライ&エラー》が発動できなくなることを告げ、そして自分がこれからエレオノールと対峙することになるとも伝えた。


 そこで、シアラが推測ではあるがと前置きして、思考の分割について説明したのだ。


 ―――そして、それゆえにエレオノールが持つ弱点についても彼女は口にしていた。


 思考を分割したせいで起きる弊害。それを回避するための近接武器。シアラの推測にリザは賭けていた。


「凄いな、君の仲間は。数も正解だよ。ぼくは六つに分けた思考を並列に扱う事が出来る。一度に六つの魔法を詠唱することが可能なのさ」


「だから、こうも旧式魔法を連続で放てるわけですか」


 納得したように従者が呟いた。彼女は油断なくエレオノールの全身を睨むように見つめている。自分の施した仕掛けが不発なのかどうかを確かめるように。


 すると、エレオノールに異変が起きた。


 腹に当てていた手が頭部に移ったのだ。


「……なんだ、これは?」


 少女の驚いた声に焦りが滲む。頬を冷たい汗が落ちる中、エレオノールは叫んだ。


「この頭痛は、耳鳴りは、なんだ!? ぼくに何をしたんだ!」


「それに答える馬鹿が何処にいると思うのですか」


 言葉と共に従者が駆けだした。リザもそれに続く。エレオノールは気配から接近を悟り両手を前に出そうとして、しかし、口元を屈辱に歪ませた。


 彼女は糸を操ると、大きな鎌を編み出す。銀色に輝くそれの切っ先は、命を両断しうるほど鋭い。


 エレオノールは表情を歪ませながら、大鎌を振るう。リザと従者はその一撃を躱しながら、仕込んでいた物が発動したことを悟った。


「ぼくに、ぼくに、何をしたぁ!!」


 叫ぶエレオノール。その少女の首筋に、細い、それこそ突き刺さった事も気づかないかもしれないほど細い針があった。


 それは従者の袖口に仕込んだ暗器から放たれた毒針だ。


 従者の切り札。それは毒だ。


 ウージアの女帝の従者である彼女の職務はジョゼフィーヌのスケジュール管理から護衛、そして体調管理なども含まれている。一日中傍に付いており、敵の多い彼女を守る為に、従者はある分野に詳しくなる必要があった。


 古来から権力者を多く殺した武器。


 毒殺だ。


 普通の人よりも頑強な体をしていた従者はその体にありとあらゆる毒を試していき、その効果や発症時の特徴、命に対する危険性、更には独自の解毒薬を研究していた。


 また、毒殺に対する警戒から研究に励むうちに、彼女は毒に詳しくなり、自らが毒を自在に操る存在となっていた。袖口に仕込んだ暗器は腕を振るだけで毒針を発射する。


 空中に浮かんだエレオノールに向けて、蹴りを放つ前に針は放たれていた。


 その毒針の効果は、五感の暴走を促す毒だ。適量使えば、人の五感を上昇させ、感知能力を引き上げる薬となるが、従者は当たり前のように適量を超えた分量を使う。毒針の一刺しで、急激な発熱に伴い、頭痛に耳鳴り、皮膚の感覚に間違った信号がはしり、脳が誤認する。


 流石に立てなくなるような状態には追い込めないが、それでもまともな思考なんてできず、ましてや無詠唱魔法を放とうとする余裕はない。


 糸を鎌のように編み込んで攻撃しているのもその証拠のはずだ。


 リザがロングソードで大鎌を受け止めると、従者がエレオノールの刺客に回り込んで大砲のような拳を振るう。エレオノールはどうにか躱そうとするが、その度に闇色のドレスが破け、肉が飛び散った。回復する余裕はなく、リザと従者はエレオノールの逃がすまいと連続して攻撃を仕掛けた。


 だけど。


 エレオノールは叫ぶ。


「ぼくを舐めるな。これぐらいで、なんだ」


 言葉と共に彼女は魔法を発動した。エレオノールの頭上から風の刃が放たれ、接近する二人を襲おうとする。だけど、焦りからか狙いが曖昧だった。


 二人は簡単に避けると、すぐさまエレオノールに迫る。大鎌を振るい二人を遠ざけようとするも、それすら躱され、更に肉薄されてしまう。


 エレオノールは大鎌の柄でリザの剣を受け止めるも、従者の足刀を肩に受けて、吹き飛んだ。


 ところが、それを待っていたかのように、吹き飛ばされたエレオノールは大鎌で甲板を叩くと反動を利用して宙に浮かんだ。


「これは、いささか君たちを舐めていたようだ」


 声に疲弊が混じっている。闇色のドレスは所々が破け、その下の素肌は従者の攻撃を受けどす黒く濁っていたり、肉が弾けている。それにどれほどの頭痛が少女を襲っているのか分からないが、喋るのも億劫そうだ。


「これ以上、だらだらと続けるのも難しい。……認めよう、これはある種の敗北宣言だ」


「随分と潔いですね。それなら、《アニマ・フォール》の治療方法を教えてくれませんか」


「あっはっは。勘違いしないでくれ。ぼくの未熟さを認めた敗北宣言であって、まだ負けたわけじゃない」


 なぜならと続けたエレオノールの前面に、黒い球体が浮かぶ。それを見て、リザの全身に冷汗が浮かんだ。あれを間近で見るのは二度目だ。


「これでケリをつけるからさ。これなら、狙いをつける必要もない。今度は逃がさない。船ごと飲み込んで潰してやる」


 超級旧式魔法《ディメンション》。光を逃さないブラックホールのような引力を持った黒球を前にして、リザは


読んで下さって、ありがとうございます。

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