6-42 真夜中のアクアウルプスⅡ
曲がり角を迎える度に、呼吸を止めないといけない。自分の荒い息が吸血鬼もどきを引き寄せるんじゃないかと錯覚してしまう。レイはキュイ達よりも先に曲がり角から顔を覗かせた。
煌々と輝く街灯の下、吸血鬼もどきの集団が道を塞ぐように徘徊している。幸い、まだレイ達の方には気が付いていない様子だ。
「此処もダメか。迂回する道は他には無いのか」
「もう無いわよ。……あと少しで軍船なのに」
爪を噛むシアラは苦渋を滲ませた表情で決断した。
「こうなったら、正面突破するしかないわ、主様」
レイ達は宿屋から離れ、通りを三つほど離れた停泊中の軍船へと向かっていた。吸血鬼もどきのダリーシャス達を預かってもらうためだ。
しかし、そこに行くまでの道にはどれも吸血鬼もどきの集団が徘徊していた。道を塞ぐようにその場に立っていたり、流れる川を眺めたり、壁にぶつかってはまたぶつかるという意味のない行動を行っていた。
だが、自分たちに気が付けば、すぐさま反応して、俊敏な獣のように襲いかかる事をレイ達は良く知っていた。油断できない相手だ。
「……また、横になって動かない人が居ますね」
ダリーシャスを背負ったリザが道の中央で倒れている人影に気づいた。レイとシアラもそちらへと視線を向けた。
吸血鬼もどきの集団に紛れるように、横になって倒れている人たちとこれまでにも何人か遭遇した。中には、誰も居ない道端に倒れて放置されたようになっている人もいた。
慌てて駆け寄り、回復薬を飲ませても起き上がる気配はなく、浅い呼吸を繰り返す口元には牙が生え、瞼を無理やり開ければ充血した瞳が光を失ってこちらを見つめた。
どうやら、吸血鬼もどきになっても、起き上がれる場合と起き上がれない場合の二種類に分かれるようだ。その境が何なのかは不明だが、今の所起き上がる人の割合の方が多いように思えた。
(魂の変質とやらに失敗する確率があるなら、普通成功する方の確率が少ないもんだろ。……いや、でも牙も生えているし、目も充血している。吸血鬼もどきにはなっているという事はやっぱり成功しているのであって、倒れて動けないのは別の理由か……だめだな。仮説を立てようにも情報が少なすぎる)
今はダリーシャス達を安全な場所に預けるのを優先するべく、レイは思考を振り払った。
「リザ、シアラ、それにキュイ。軍船までもう目と鼻の先だ。ここは無理やりにでも突破する。……でも、彼らはおかしくなりかけているとはいえ、人間だ。生きた人でもあるはずなんだ。だからできるだけ、深手を与えないで無力化してくれ」
レイの言葉に二人と一匹は頷いた。そして、レイ達はタイミングを見計らい、曲がり角から一気に跳び出した。
レイはダガーを振るい、雷撃を生み出した。自分の間合いは理解している。反応して近づく敵を優先的に狙う。
シアラは魔法を放つ。能力は、相手を無力化し、なおかつ拘束できる氷系統の呪文。レイの雷撃よりも射程が長い事から、自分たちに気が付かずにぼんやりとしている吸血鬼もどきを優先的に狙う。
リザはとにかく周りの状況を確認した。放置された障害物の影や、明かりの届かない闇の中。そこに敵がいると仮定して、背負ったダリーシャスを落とさないように注意しながら走る。
キュイは気負う三人とは違い、暢気に通りを進む。吸血鬼もどきは動物や、自分と同類の吸血鬼もどきに反応しない。彼らはキュイが真横を通り過ぎても、それを無視してレイ達を狙う。
長さにして二十メートル足らずの直線。幅は五メートルも無いだろう。一度姿を現せば、付近に居る吸血鬼もどき達は我先にと飛びかかる。
ダガーを振るうたびに雷撃の牙が吸血鬼もどきを撃ち落し、杖から放たれる氷の息吹が四肢を絡めとり、成人男性を背負っている少女は木の葉のように軽やかな動きで躱していく。
どうにか無傷のまま通りを突破したレイ達は遂に船着き場へと辿り着いた。あと少しで目的地という事と、後ろから追いかけてくる吸血鬼もどき達の事もあり、焦りから船着き場へと飛び出して―――二つの意味で絶望した。
一つは船着き場周辺の吸血鬼もどきの数だ。これまでの静けさが嘘のように、船着き場周辺は吸血鬼もどきの群れで溢れていた。少なく見積もっても百は居る。その分、倒れて動けない人の数も多いが、それを吸血鬼もどきにカウントする必要はない。
もう一つは、
「……そんな、嘘でしょ。軍船がないなんて」
シアラが呆然と呟いた。
そう、レイ達を乗せてアクアウルプスまで連れて来た軍船パトリオタは影も形も無かったのだ。
船着き場に着くまで、この可能性をレイは全く考えていなかった。レイ達を船から降ろしてまで、軍船を守ろうとした船長だ。異常事態を察知して、まず船を沖合に逃がしていても不思議では無かった。
星灯りしかない漆黒の海に、船らしき影はちらほらと見えているが、それのどれがパトリオタなのかは分からないし、分かった所で如何することもできない。
流石のキュイにも海を渡る力はない。そんなのがあればトトスの港でレティの《盾》を足場として使う必要はなかった。
同様に、レティが吸血鬼もどきの為、足場を作ってもらって海を渡る事は出来ない。
後ろには雷撃や氷を躱して生き残り、襲い掛かる意欲を見せる吸血鬼もどき。
前にはこちらに気が付いていないとはいえ、百近い吸血鬼もどきの群れ。
前門も後門も吸血鬼もどきによって塞がれてしまった。
「キュイ。リザとシアラを乗せて、この場を離脱できないか」
「ちょっと主様!?」
レイの問いかけにシアラは抗議しようとするが、先にキュイが難しそうに首を振った。さしものニチョウでも重量オーバーという事だろうか。
じりじりと距離を詰めてくる吸血鬼もどき達。理性が回復したというよりも、動物的な直感で警戒している様子だ。
(魔法とかを見て、それが危ない物だと学習したのか。こいつは厄介だな。不死に近い生物が、学習する術を持っていたら、際限なく成長できちまうじゃないか)
いまは動物的な動き方や本能で行動している吸血鬼もどきだが、彼らに時間と経験を与えてしまえば、いずれ手の付けられない怪物となってしまうかもしれない。
後ずさりしながら距離を取るレイ達。船着き場に居る吸血鬼もどきの群れに気づかれないようにするために、逃げ場は一つしかなかった。
軍船が停泊していた桟橋へと退避する。三方は海で、唯一の陸地に接する方向は、行く手を塞ぐように吸血鬼もどきが集まってきている。
レイはせめてもの抵抗としてダガーを抜き、雷撃を走らせる。
そんな時だった。
視界の片隅に、何かを視たのは。
最初、それをレイは人魂かと思った。赤い、丸い塊が海面すれすれを何度も行ったり来たりを繰り返していた。
ぎょっとしてそちらを振り返ると、こちらに向けて手を振る男の姿が海の上にあった。
海軍の制服に身を包んだ男はガイウスだ。軍船の船長がボートに乗って、ランタンを片手に振りかざしていた。傍には屈強な船員たちが数人控えていた。
「こっちだ! お前ら、船を寄せろ!」
船長が小声で指示を出すと、ボートが桟橋の方へと近寄って来る。すると、新たな人間の存在に気づいたのか、歩みの遅かった吸血鬼もどきが興奮したような唸り声を上げた。
我先にとばかりに飛びかかろうとする吸血鬼もどき達を制するように、レイは空いた手でコウエンを抜き放つ。
「コウエン。炎の壁!」
夜空の下でも紅蓮の輝きを放つ龍刀は、一筋の炎を放つ。それは桟橋と陸地の境辺りを撫でつけると、一気に炎の壁となって燃え上がった。吸血鬼もどき達は寸での所で炎の壁に飲まれることを避けて、炎を嫌がるように後ろへと下がった。
「船長。ご無事で何よりです!」
猛々しく燃える炎の壁に呆然とした船長はレイの呼びかけに若干遅れた。
「あ、ああ。……君たちの方は……無事とは言い難いようだな」
船長の目は縛られたダリーシャス達を捉えていた。
「陸に上がっていたうちの船員にも被害が出てしまい、このまま留まると危険だと判断して君たちの戻りを待たずに船を出してしまった。置いて行ってしまい、申し訳ない」
「いえ。その判断は間違っていません。それよりも、船に吸血……おかしくなった人はいますか」
「大丈夫だ。船を出発させてから、全船員を念入りに調べて、あのようになった者は一人も乗船していないのを確認した。それから、君たちが無事だろうと考えてこうして小舟で迎えに来たわけだ」
船長はキュイを見ながら言う。どうやら、キュイが飛び出したのを見て、レイ達が無事だと気が付いたらしい。
ボートを固定した船員たちがダリーシャスやレティやエトネをボートへ移していく。だけど、この小さなボートにこれだけの人数を乗せると、キュイの乗るスペースが無くなってしまう。
「すまないが、ニチョウにはここで待ってもらってから、もう一度ここに迎えに来させよう」
そう言う船長にレイは首を横に振った。
「船長。僕らは船に戻りません。このまま、この事件を引き起こした原因を探しに行きます」
「君たちだけでか? そんなの無茶だ!」
海軍に所属する人間として、ガイウスは顔色を変えて言う。都市国家とは言え、アクアウルプスは世界有数の巨大都市。その都市を僅か一時間足らずで壊滅状態まで追い込んだ黒幕を、年若いレイ達だけでどうにかできるとは思えなかった。
しかし、レイは譲るつもりはなかった。
「すいません。仲間がこんな目にあわされて、黙って指をくわえて眺めているなんて、僕にはできません。キッチリと、落とし前を着けさせて、この状態を治す方法を聞きだします」
「……そこまで言うんだ。なにか、心当たりがあっての事かい」
レイは船長に包み紙を見せ、異常を発生したのがレティとエトネが最初だった事と、その二人に共通するのが包み紙に入っていた飴だと説明した。
「ふむ。確かに、このサーカスは怪しく見えるな。……くそっ! こんな凪の状態じゃ無ければ、船を出して海路から運搬するという方法もあったのに」
悔しがって空を睨む船長。先程まで街の断末魔を運んでいた風はぴたりと止んでしまった。帆船は向かい風だろうが、追い風だろうが、風の強弱に関係なく船が動かせる。風が無ければ巨大なオールで漕ぐという事もできるが、船員の数が足りないためどうしようもない。まさかこれも黒幕の仕業かと思うほど、向うに都合がいい状況だ。
すると、炎の壁が弱まって来た事をリザが告げた。向う側が少しずつ見えて来た。
「……分かった。君たちの仲間は船で預からせてもらう。だから、君たちは無事に帰って来るんだよ!」
船長が叫ぶと、ダリーシャスを乗せた小舟はオールをこいで漆黒の海を渡る。レイはそれを最後まで見送る事はせずに、リザ達に向いた。
「さて。これでダリーシャスたちの安全は確保された。あとは、この状況を脱出して、アウローラサーカスまで行かないといけないんだけど……どうしたものか」
悠長に作戦会議をしている時間は無い。炎の壁はあと数分もあれば消え去り、吸血鬼もどきの群れが押し寄せてくるだろう。それも、炎の壁が呼び水となったのか、船着き場の吸血鬼もどき達がぞろぞろと群れを成してやってきていた。
「《アイスエイジ》を発動させる時間はありますか、シアラ」
「……ちょっと厳しいわね。リザの方はあの大技で薙ぎ払えないかしら?」
「飛翔穿の事ですか。足場がどの程度の固さなのか不明ですが、流石に陥没して海に落ちるような……なんですか、シアラ。その顔は」
「……いや、この状況下で聞くことじゃないだろうけど、ひとこと言わせて。……その名前はなに?」
「自分で考えて作った名前ですが、それがなにか」
薄い胸を張り、若干誇らしげな顔を浮かべているリザに、シアラは喉まで出かかった言葉を引っ込めた。そして、黙っているレイに振り返る。
「主様。何か、良い案は無いかしら?」
すると、自分の掌を見つめていたレイは、顔を上げてあるよ、と返した。
「本当なの」「流石です、ご主人様」
懐疑的なシアラと対称的に、リザは満足そうな表情をした。そんな二人にレイは指示を出す。
「キュイに乗って、一刻も早くアウローラサーカスに向かってほしい。あんなに大々的に飴を配っていたんだ。僕ら以外にも、飴と吸血鬼もどきの関係に誰かが気が付いてもおかしくない。サーカスの中に黒幕が居るなら、今頃逃げる準備をしているかもしれない」
「それは、あり得るわね。ワタシなら安全な場所を用意して、そこに退避しているわよ」
「うん。だから、二人に先行してもらって、様子を伺ってほしいんだ。でも、僕が行くまでは無茶な行動はしないでほしい」
「了解いたしましたが……ご主人様はどうやってサーカスまで来るのですか?」
キュイの体格なら、リザ達を乗せても吸血鬼もどきを蹴散らしながら進むことはできる。しかし、ニチョウは男に触れられるのを極度に嫌う。リザ達がキュイで先行すれば、レイは一人取り残されてしまう。
「僕は後から行くよ。一人なら、小回りが利く分移動も楽だし、ちょっと試しておきたいこともあるんだ」
「はぁ? それって説明になってないじゃない! まさか、この大群を一人で相手する気なの!?」
シアラは激昂し、リザの青い瞳が不安げに揺れた。何か、重要な覚悟を抱いているレイの横顔は悲壮さに満ちており、咄嗟に、手を伸ばした。掴んでいないと、闇へと落ちていきそうなほど、今のレイは危うい。
しかし。
「キュイ! 二人を連れて今すぐ行け!」
「キュイイイ!!」
男の言う事なんて聞かないはずのニチョウが、勇ましく鳴いた。リザとシアラを嘴で啄むと、器用に背中に放り投げて、四本足で地面を蹴り上げた。伸ばした手は届かず、キュイは二人を乗せて炎の壁を跨ぎ、吸血鬼もどきの海を掻き分ける。
二人が懸命に振り返るものの、レイの姿は吸血鬼もどきの群れに阻まれて見えなかった。
「キュイ、止まりなさい。止まりなさいよ!」
シアラが、羽を千切って、喉をからして叫ぶ。
「ご主人様。ご主人様!」
リザは懸命に主を呼ぶが、それにレイが応えることは無かった。二人を乗せた一匹は真夜中のアクアウルプスを爆走する。人間に反応する吸血鬼もどきを物ともせずに、駆け抜けた。
「……行ってくれたか。ここから先は、ちと刺激が強いよな」
ニチョウの足音が遠ざかっていくのを確認すると、レイは前方を睨む。炎の壁は今にも消えそうなほど弱まっていた。それでも吸血鬼もどき達は炎の壁を超えようとはせず、遠巻きで見つめるだけだ。
炎に弱いのか、熱に弱いのか、あるいは別の理由があるのか。次に役立つかもしれない情報を記憶しつつ、レイはコウエンを桟橋に突き刺した。そしてそのまま防具を脱ぎ始めた。炎鉄の手甲も、ニコラス作の加護付きの胸当ても、脚甲も。全て外した少年はコウエンに喋りかける。
「そう言えば、珍しく言うこと聞いてくれたな。助かったけど、急にどうしたんだよ、従順になって。正直気持ち悪いぞ」
『あな、悲しや。主の為にと折角力を貸してやった忠義者にそのような冷淡な言葉。この身の熱すら奪われ凍え死んでしまいそうじゃ』
「いや、そういうキャラじゃないだろ、お前」
からかいまじりの声にレイは冷静に返すと、コウエンはなんじゃつまらんと呟く。
『もう少し、雑談に興じようとはせんか、この戯け者。……なに、これでも最近の其方を認めているのじゃぞ』
コウエンの真実味を帯びた声色に、レイは驚きのあまり振り返った。刀身にコウエンの姿が浮かび上がった。濃いチョコレート色の肌をした幼女は紅蓮の瞳を愉快そうに細めた。
『あの船上で、其方が抱いた殺意。憎しみや、理不尽な暴力に対する反発心とは違う、いわば救うための殺意。其方の心から流れ込んできよった。あれは中々に心地よくてな。小指一本分くらいは妾の力を使う許可を与えよう』
最後はいつも通りに尊大なコウエンに、レイは思わず笑みを浮かべてしまう。しかし、それもここまでだ。
ついに炎の壁は消える。その寸前、レイはコウエンに尋ねた。
「コウエン。仮に、僕がこいつらに噛まれたとしたら、《トライ&エラー》で巻き戻せると思うか?」
『不可能じゃ』
間髪入れない即答にレイは驚かない。同じように考えていたのだ。
『人があのような姿に成り果てるのにあたって、死が必要不可欠なら其方の戦奴隷がアレになる時に其方は死んでいるはずだ』
コウエンの口にした根拠は、恐らく正しいのだろう。レイも同じ推測をしていた。
吸血鬼もどきになる際に死が必要なら、レティが吸血鬼もどきになる際、戦奴隷の契約によってレイも死んでいないとおかしいのだ。そこから考えられる一番高い可能性は、この吸血鬼もどきに至る過程で、人は死んでいないという事だ。
生きたまま、人じゃなくなっていくのだ。
(まあ、飴の場合は死が必要ないとかの可能性もあるけど……いや、飴だけ順序が違うってのもしっくりこないよな)
つまり、レイが噛まれた場合、レイはそのまま吸血鬼もどきの仲間入りする事になる。それも不死に近い存在だ。吸血鬼もどきの状態では《トライ&エラー》は発動しないかもしれない。
「だからさ、コウエン。僕がアイツらの仲間入りしたら、この桟橋ごと燃やし尽くしてくれ。影も残さず、念入りに。間違って、灰も残すなよ。もしかしたら、灰が集まって再生するかもしれないからな」
『ふむ。了承したぞ。……この場合は果たして死亡の判定は他殺になるのか、あるいは自殺になるのか。どうじゃ、賭けをせんか』
コウエンの軽口を無視したレイは腰にバジリスクのダガーを差したまま、両手を横に広げた。それはまるで、遮る炎の壁が無くなって迫りくる吸血鬼もどきの群れを迎え入れるかのような姿だ。
あっという間に、レイの体は数体の吸血鬼もどきに噛みつかれた。牙が肌に食い込み血を流す。
そのまま、一分、二分と時間が経過して行き―――異変が起きた。
いや、正確に言えば、異変が起きない異変が起きていた。
「雷電放流」
複数の吸血鬼もどきに噛まれたままのレイがポツリと呟くと、全身を紫電が何度も往復する。その度に吸血鬼もどきは雷を浴びて苦悶の声を上げる。遂には耐えかねたようにレイの体から剥がれ落ちて行く。
ぷすぷすと煙を上げたレイだが、彼は膝を着くようなことはせずにそのまま自分の体を触る。牙の開けた穴に指が触れ、赤く染めた。確かに吸血鬼もどきの牙はレイを貫いていた。
『何じゃい、つまらん。そもそも賭けが成立せんとは』
本心からつまらなそうに告げるコウエンにレイは心の底から苦渋に満ちた声を上げた。
「……答えろ、コウエン。どうして僕は……どうして吸血鬼もどきにならないんだ!?」
彼は自分の掌を見つめていた。そこには、いましがた出来たばかりの噛み傷とは違う、まだ血が滲む噛み傷がくっきりとついていた。
読んで下さって、ありがとうございます。




