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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-25 トトスの港町Ⅱ

「という訳で、街に着いたら速攻で襲撃されることになっているから」


「……説明の省略にも程があると思いますが」


「そもそも説明にすらなっていないわよ」


 リザとシアラの呆れかえった視線からレイは顔を背けた。トトスの港町から離れた野営地。馬を二時間も走らせれば着く地点でレイ達は朝を迎えた。


 幾つも並ぶテントから騎士が這いずり、朝食の支度と始めている中、レイとリザとシアラは少し離れた場所で集まっていた。


 まだ眠っているダリーシャスと朝食作りを手伝うレティとエトネはこの場に居ない。彼女たちには後で話を伝えるつもりだ。


 レイは手早く、前回港町に着いた時の事を二人に説明する。


 桟橋に着くなり街の各所で騒動が起きて騎士がそれを解決しに分散し、手薄になった所で群衆に向けて無差別の射撃。その結果、騎士と別れて船に乗る以外の選択肢を奪われ、そこでも攻撃を受ける。


 そして、止めの一撃と言わんばかりに仲間から孤立したレイをガシャクラ達に奇襲されて死んだことをちゃんと説明した。


 二人は話を聞いていくうちに、眉を顰めて唇を一文字に結ぶ。心の底から重たいため息をリザは吐き出した。


「……無茶苦茶ですね。私たち、いえご主人様一人を狙うのに街の無関係な人々を狙うなんて」


「まったくよ。形振り構わないといえば聞こえはいいのかもしれないけど、巻き込まれた側にしたらたまったもんじゃないわよ」


 シアラが不愉快そうに地面を蹴り上げた。


「でも、形振り構わないってことは逆に相手の底が見えたってものよ」


「どういう意味なんだ、シアラ」


 レイが尋ねるとシアラは指を振って説明しだす。


「民衆を狙い、混乱を引き起こして状況を掻き乱すなんてのはね、戦力が少ない方が取る常套手段。ガシャクラの部下はそれほど多くないはずよ。その証拠に、主様が屋敷で会った片腕を切り倒した敵。まだ傷も癒えていないだろうに前線に出てきたのは手が足りていない証拠よ」


「私も同意見です。付け加えると、相手はこれ以上の戦力増加が望めないのか、あるいは大陸を離れる事が出来ないのかもしれません。これだけ手間暇をかけてご主人様の命を狙うという事は、彼らにとってここが正念場ということなんでしょう」


 相手の本気が垣間見えただけに、懐事情が知れるということ。ガシャクラはトトスの港を決戦の地に選び、全戦力を投入してレイを殺そうとしたのだ。


 その執念には恐れ入るが、裏を返せばここを切り抜ければレイ達を追いかける事はできなくなるのだ。


「アイツらにとっての正念場が、僕らにとっても活路を見出す正念場でもある訳か。……それでさ、何か作戦は無いかな」


 助けを請う言葉にリザとシアラは特徴的な瞳を丸くして驚いた。


「あら、珍しい。いつもなら自分で作戦を決めたがるのに」


 シアラの言う通りだとリザも頷いた。だけど、レイは野営地を守るように囲む騎士達を指差し、


「今回はいつもと違うだろ。周りを騎士に囲まれて行動に制限が付けられている。それにアイツらは一般人を狙う。……僕の命を狙うのに無関係な人間を巻き込むなんて事、許しちゃおけない。……今回、向うが形振り構っていない以上、僕も形振り構っている余裕はないんだ」


 語気を強めた主に二人は頷いた。無関係の人が傷つくのは二人にも許容できることでは無い。余計な被害を出さずにガシャクラ達を撃退したいというレイの意見には同意だ。


 そうなると、頼りになるのは指揮官向きのシアラだ。彼女は髪を触りながら、


「主様。この中で前回の記憶が残っている主様だから聞いておきたいんだけど、ガシャクラと相対した時に何か感じなかった?」


「相対って言われても、背後に回られた時には内臓を潰されたから数秒ぐらいしかなかったし」


「直接顔を合わせた事だけじゃなくて、こう、作戦全体から感じた事とか、思ったことは無いの?」


 問いかけに腕組みをして考え込むレイは、目が覚めた時に抱いた何とも形容しがたい邪悪さを思い出した。


「……執念。そう、作戦全体から感じたのは執念だ。僕を何が何でも殺したい。それもできる事なら自分で殺したいって言う執念が感じられたよ」


 執念と答えたレイに対して、シアラは何か気付いたことがあるのかブツブツと執念を繰り返し呟いた。唐突に呟きはとまると顔を上げて、



「確認だけど、弓兵が三人なのは間違いないのよね」


「ああ。全員、建物の屋上や中から集まった群衆を狙っていた」


「場所は覚えているのよね」


 シアラの質問に頷くと、彼女は固く目をつぶる。レイもリザも彼女が黙って考え込む姿に水を差そうとはしなかった。


 それから数分後、金色黒色の瞳がゆっくりと開かれた。何か思いついたのか、きらりと光る瞳がレイを射抜く。


「策はあるわ。なるったけ市民に被害を出さず、その上で敵だけを潰すというのがね」


「本当かい」


「ええ。要は単純な話。相手にされた事を今度はこっちがすればいいのよ」


 自信ありげに、少女は片目を閉じてみせる。





 夏の暑い日差しが建物を焼きつける中、日陰に隠れて闇よりも暗い存在が身を潜ませていた。男は弓を持ち、いつでも放てるように構えていた。


 体の方もだが、心、つまり精神を落ち着かせる。普通の任務なら乱れるはずの無い精神。弓兵である男は過酷な特訓を経て、どんな標的を前にしても心を冷徹に、目標を射抜く様になった。


 しかし、今回は別だ。


 今回の相手は任務では無く私怨。私情の籠った敵討ちなのだ。頭領の腕を切り、同胞の命を奪った少年、レイへの復讐だ。


 それはトトスの各地に散らばる仲間達全員に共通した怒りだった。


 この汚名を雪がなくては、彼らは前に進めないと考えていた。レイにしてみれば逆恨みの上、はた迷惑でしかないが、それこそ彼らには知った事では無い。レイがのうのうと生きているだけで、血が沸騰し腸が煮えくり返るのだ。


 握りしめた弓を潰しかねない音がして、男は慌てて息を吐いた。三人しかいない弓兵。一人でも脱落したら仲間に迷惑が掛かる。


 トトスの港町に潜んでいるガシャクラの部下は全部で十八人。対する護衛の騎士は五十人を越し、単純な戦力比では圧倒的に向うの方が上だ。正面切っての戦闘では勝機は無い。街で騎士に囲まれているレイを討つのは非常に難しい。


 故に、彼らは搦め手を使う。策を弄し、非道を覚悟の上で行う。


(しかし、遅いな。そろそろ奴らが来る頃合いではないか)


 日の位置を確認して大よその時間を頭に描く。レイ達がオウリョウを出発してからの動向は護衛の騎士を警戒して正確にはおえていなかった。しかし、鳥などを使った追跡により、朝方には港に向かって野営地を出たという事は知っていた。ならばそろそろこの街に着いても良い頃ではないかと男は考えた。


 懐から通信用の魔道具を取り出し、そこに報せが来てないか確認する。街の入り口には見張りが配置されており、レイ達が近づけば報せが全員に届く。そうなれば作戦が段階的に始まる手はずだ。


 自分の役目は街の中が混乱して、騎士達が鎮静に向かった後、市民を狙う役目だ。


 男は身を乗り出して、有象無象がひしめき合う眼下の光景を眺めた。これから先、文字通り降りかかる悲劇を知らずに暢気そうだと笑った。


 ―――その時だった。異変が起きたのは。


 突然人混みが割れ、完全武装された騎士とニチョウに引かれた馬車が開いた隙間を捻じ込むように走っていくのだ。彼らはあっという間に桟橋の前で停止した。


 男は硬直した。身も頭もだ。


 ニチョウに引かれた馬車は間違いなく、報告に合ったレイの馬車だ。護衛の騎士が持つ旗はスヴェン麾下の騎士団の団旗だ。しかし、どうしてここに居る。見張りの報告はどうしたのだと思うよりも前に、男はある事に気が付いた。


 護衛の騎士の数がのだ。報告では五十人程の一団のはずだが、男の前に居るのは僅か十人足らず。


 ざわり、と。腹の底を誰かに撫でられるような悪寒を感じ、男は弓を引き絞る。何かが起きていると察知し、行動を開始しようとしたのだ。


 しかし―――男の指は矢を離せなかった。


 突然、自分の指が弓ごと凍らされたのだった。これでは弓を使うことはできない。


「ぐぉお!?」


 次いで、肩に痛みが走った。男は身を翻す間に、自分が攻撃を受けたのだと理解した。だけど、わからない。自分は誰に攻撃を受けたのか。


 答えは視線の先に居た。五名ほどの騎士がいつの間にか建物の屋上に居たのだ。


「隊長の言った通りだ。弓兵が居たぞ!」


 その内の一人が魔法を放ったのだろうか。指を自分に向けていた。


 自分の隠形に自信があった男は混乱に陥る。少なくとも、矢を放つまでは確実に見つからないと踏んで、ここに居たのだ。それなのに、それを見越したような騎士の発言に作戦がばれていたのかと焦りを覚えた。


「だとしたら、まさか!」


 男が屋上から振り向くと、自分以外に隠れていた弓兵の場所からも戦闘の音が聞こえてくる。おそらく、他の弓兵も襲撃されているのだろう。


「まさか、見張りも陽動もか。だが、一体どういう事なんだ!?」


 混乱する男に応える者は誰も居なかった。






 船に乗る直前、レイは視線を上に向けた。角度が悪いのか、屋上での戦闘は見えないがおそらく上手く行ったのだろう。前回はこの時点で矢が放たれていたのだから。


 街の方も混乱は起きていない様子。騎士達の手際の良さにほっと胸をなで下ろした。


 レイ達がした事は簡単だ。


 ガシャクラたちの行動を削ったのだ。自分たちが選択肢を削られた前回の仕返しをした。朝の作戦会議の時、シアラはこう言った。


「ガシャクラが自分の手で主様を殺したがっていると言う事は、裏を返せば全体の指揮をとっていないって事になるわ。ううん。多分だけどこの敵に指揮を執る奴は居ないのかもしれない」


「待ってください、シアラ。指揮官無しで、このような手の込んだ作戦が可能になるの」


「この作戦は一見すると手が込んでいるけど、実際はそこまでじゃないわ。ガシャクラ達の作戦はいわばドミノ倒し。それぞれ個別の部隊が順番に事を起こしているだけなのよ。全体を把握して行動を指示する指揮官は必要ないのよ」


 一連の流れの全てに対応しようとするから、話が難しくなってしまうのだと、シアラは言う。個別の事象に分けて行けば対策は簡単だと続ける。


「逆算して考えてみましょう。ガシャクラと隻腕の男。こいつらを仮に『主様殺し』の担当とするわ」


 物騒な担当だなとレイは内心で思う。


「すると、隣接する船から射抜く兵士は状況の『攪乱部隊』」


「その前に一般人を狙った弓兵は護衛騎士を引きつける『囮部隊』でその前に起きた街中で騒動を起こしているのは『誘導部隊』と言う事か。……でも、こうやって個別に分けたとして、それが何になるのさ」


「慌てないでよ。重要なのは、どれがきっかけでこの流れが生み出されるかって話よ」


 シアラの言い回しにレイとリザは不思議がる。どれも何も、事象を時系列で並べれば、一番上に来るのは『誘導部隊』だろう。


 しかし、シアラは違うといった。


「ここには出ていない、もう一つの部隊があるのよ。それはいわば、この作戦における開始を告げる狼煙。これが上がれば、全部の部隊がドミノ倒しに行動を進める訳よ」


 だからそれが何なのかとレイが尋ねる前に、リザが答えにたどり着いた。


「そう言う事。……『見張り』ね」


「正解。敵の作戦の肝は、全部の部隊が立て続けに、なおかつ重複せず連鎖的に起こる事で、ワタシたちの選択肢を潰すところにあるの。それをするのに重要なのは、ワタシたちが街に入って桟橋に向かうのをいち早く、確実に知る事。だから、街の入り口。特にオウリョウからトトスに繋がる街道には敵の見張りが居るはずよ」


 言葉を区切ったシアラはここに居ない敵に向かって拳を突き上げた。


「そいつを潰す。その見張りが、敵にとって作戦開始の合図を担っているんだから、そいつさえ潰せれば、敵の作戦は瓦解するわ」


「ちょっと待ってくれ。見張り役を潰したぐらいで敵が作戦を開始できなくなるなんて事、あるのかよ」


 レイの抗議に答えたのはリザだった。


「普通ならあり得ません。見張り役は見張り役。そこが潰れれば、逆に敵からの攻撃があったと分かり、作戦を修正するだけです。……普通ならばですが」


「そう。普通なら全体を確認できる指揮官が居て、随時作戦を修正する。でも、少数戦力の上に指揮官が現場に出ているガシャクラたちにそれは居ない。誰にも修正はできないのよ」


 シアラの作戦は纏めるとこうだ。


 まず、街の入り口に張っているだろう『見張り役』を速やかに殲滅。その後、護衛の騎士達と共に街に入り、そこで騎士達を幾つかのグループに分散してそれぞれ、『誘導部隊』と『囮部隊』を潰してもらうのだ。


 もっとも位置の分かっている『囮部隊』と違い、『誘導部隊』はどこに居るのか分からないため、市民の警護が主な仕事になるだろうと彼女は言う。


 問題は二つ。


「敵の作戦に置いてかなめは『見張り役』よ。こいつらは戦闘に参加しない代わりに、容易に見つからない場所でワタシたちが街に入るのを見張っているはず。それをエトネが見つけられるかどうか」


 騎士の一団から離れてアスタルテで先行したエトネの優れた感覚を使い、見張り役の位置を探索するのが賭けだとシアラは語る。


 それこそ、レイの《トライ&エラー》で何度も繰り返す事で敵の位置をあぶりだす必要があるかもしれないと。


 ところが蓋を開けてみると、意外なほど簡単に『見張り役』の居場所は発見できた。エトネと共に先行して見張りを鎮圧したリザが合流すると、


「あっけないぐらい簡単に発見できました。おそらくですが、彼らは騎士の一団に守られたニチョウに固執するあまり、単騎で街に入る者達への警戒が疎かになっていたのではないでしょうか」


 と推測していた。


 もう一つの問題は護衛の隊長にシアラが立てた作戦通りに動いてもらうためにどうやって説得するかだった。まさか、《トライ&エラー》によって未来の出来事を体験してきましたなんて言える訳も無かった。


 朝食を終えたばかりの隊長を捕まえて、少し作戦があるのですがと切り出したレイはこう言った。


「いまから話す作戦に疑問を抱かず、信じて行動してくれませんか。……作戦の根拠を聞かれても答えることはできません」


 何とも無茶苦茶な言い方に、後ろに控えていたシアラは主の首根っこを捕まえて口を黙らせようとする。すると意外な返事が隊長からされた。


「分かりました。どうぞ、説明してください」


「……あの、僕の言っていることは理解できていますか」


「ええ。質問も疑問も抱かずに、貴方の言う事に従えと。そう言ったのでしょう」


 身も蓋も無い言い方だが、要はそうなのだ。レイが言葉を無くしていると、隊長が口を開いた。


「殿下から命じられたのは二つです。貴方がたが港を離れるまでの護衛。そして、その道中における指示を全て聞くことです。いま、この時だけは、貴方は私たち騎士達の主と言えます。どうぞ、何なりと御下命ください」


「その命令が……理屈に合わなくて、無茶苦茶に聞こえても従うんですか?」


「それが騎士です」


 お為ごかしでも、虚勢でもない。男の本気の答えにレイは頭を下げた。そして、シアラの立てた作戦を説明した。相手に指揮官が居ないと仮定し、街の各地に潜伏しているだろう『誘導部隊』と弓兵たちの『囮部隊』の排除を騎士達に任せたいと伝えた。


「分かりました。それでは人員の割り振りは此方で詰めさせてもらいます」


 護衛の隊長は先の言葉通り、疑問も質問も抱かず、平静を保ったままレイの立てた作戦を飲んでくれた。そして結果はこの通りだ。船に乗る段階なのに弓兵も、街中の悲鳴も聞こえてこない。


(これは隊長が鍛えられた騎士って事もあるけど、スヴェンが彼らの主として信頼されているからこその結果なんだろうな)


 隊長が信じたのはレイでは無い。彼らが信じて命を賭けているのはスヴェン・ヴィーランドと言う男なのだ。彼が命じたから、説明不足の怪しいレイの作戦にも自分たちの命を賭けられるのだ。


「まさか、ここまで上手く行くとは思わなかったわよ」


 先に甲板に上がっていたシアラが陸の方を見ながら呟いた。レイも甲板に上がると同意する。


「ああ。正直あと二回か三回はやり直しを覚悟していたよ。君の作戦と騎士達の強さがガシャクラたちの執念を上回ったんだろうね」


 すると、シアラが意外な事を言い出した。


「ううん。執念を上回ったんじゃない。執念が足を引っ張ったのよ。彼らのね」


 彼女の言葉に首を傾げたレイはどういう意味だと尋ねた。


「主様の話から推測するに、ガシャクラは自分の手で主様を殺したいがあまりに視野が狭くなっているのよ。それも全員が。だから臨機応変に動くことが出来ないの」


 あれを見なさい、とシアラは言う。彼女が指したのは桟橋に集まっていた残りの騎士達が、全員隣接する船に突撃するところだ。その船にはこちらの甲板上を掻き乱す『攪乱部隊』が居る。レイを孤立させるための部隊だ。彼らは姿を見せると、背後から襲撃してきた騎士達と交戦しつつ、こちらを射かけてくる。


 もっとも背後の騎士を相手にしつつの弓。はっきり言って狙いも威力も酷い。船長は矢を無視して出港を急げと命じた。


「こんな状況でも、彼らは自分たちの役割を果たそうと固執しているのよ。……見ていて哀れになるぐらいにね。だから、ちょっと行って終わらせて来るわ。……それまで死なないでね」


 レティを伴ったシアラは隣接する船の方へと歩み寄り、魔法で敵だけを的確に狙っていく。入れ替わりにリザとエトネがレイの傍を通る。二人に挟まれたダリーシャスが有無を言わさないように首根っこを掴まれていた。


「それではご主人様。私とエトネはダリーシャス様を」


「頼む。……もしかしたら、敵が狙いを変えて君たちを襲うかもしれない。注意してくれよ」


「了解いたしました。……御武運を」


 ダリーシャスを船室に引っ張るリザとエトネを見送ると、レイは左舷側に移動し、矢や魔法から身をかわすようにふるまう。


 ―――まるで浮いた駒のようにふるまう。


 無防備な背中を晒すレイ。その足元から二つの人影が浮かび上がった。まるで船の甲板から生えたかのような人影の内、片方は肩口から腕が無かった。


 隻腕の男が懐から刃物を取り出すと、背中を向けたレイを強襲し―――失敗した。男の全身を突然電流が奔ったのだ。


「ぬおおお!」


 苦悶の声を上げた男の足元に、いつの間にか蛇が絡みついていた。その蛇は全身を紫に染め上げ、静電気を纏っている。


「《雷蛇招来》。背後に備えて置いておいたんだよ」


 背後から聞こえた悲鳴に反応して、レイは後ろを振り返った。雷で出来た蛇の攻撃に顔を歪めた隻腕の男を見下ろし、そして、視線を上に向けた。


 もう一人の黒装束の男は他の奴らとは違い、顔を覆う布を外していた。夏の日差しに照らされ、男の顔に浮かぶ皺と、左目を潰した傷口がハッキリと見える。


「前に言ったよな。次に僕らの前に現れたら、どうなるか。忘れたのか、爺さん」


 自分の中の感情を抑えきれないように言葉が震える。二度と会うまいと思っていた顔を前にして感情が高ぶっていた。それは目の前の老人も同じなのだろう。ぐにゃりと老人の顔が崩れ、傷口が引き攣った。


「覚えているとも小僧。顔の傷と、無くした腕。そして流浪の地にて死んだ同胞の魂が忘れさせてはくれなかったからな!」


 ガシャクラの義手が固く握られ、硬質な音を響かせた。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は五日月曜日頃を予定しております。

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