6-14 過去の因縁
「それで? ワタシたちをつけまわしていた不審者は一体全体どこのどいつなのかしら」
口火を切ったのはシアラだった。眉を吊り上げ、腕組みをした少女はどこか不機嫌そうな様子を見せる。自分の居ない所で一戦交えたことを怒っているのか、足を細かく揺らす。リザも同様に気が立っているのか、室内に入るなりにカーテンを引いて窓を塞ぎ、いつでも動けるようにと剣の柄に手を添えた状態でレイを見つめた。
あの後。尾行者が口封じのために殺されたあと、遅れてやって来たカンネに事後処理を頼み、レイ達は屋敷に戻らされた。何しろ、所属不明の敵と交戦したのだ。見学はそこで打ち切りとなった。
突然の事態にカンネは動じる事も無く、死体の処理とスヴェンとダリーシャスの安否確認と報告、それにレイ達の帰路の安全を確保していた。結果として、新たに襲撃されることも無く、レイ達は屋敷へと戻って来れた。
その道中、レイは一言も発しなかった。顔を曇らせ、研究所から合流したリザ達の前でも魂が抜けたようにしており、心配した少女らに声を掛けられても鈍い反応しか示さない。
レイの態度に業を煮やしたシアラが、屋敷に着くなり主の首根っこを捕まえて、手近にあった食堂に引きずり込み、カンネに頼んで人払いをしたのがつい先程の事だ。
椅子に座らされたレイはリザ達とカンネを間にしてようやく重たい口を開く。
「僕たちを尾行していたのは頭領の部下だった。……おそらく、口封じのために矢を放ったのも同じ奴だろう」
「……はぁ、頭領? それって誰の事よ。リザ、アンタ何か知って……いるようね。その顔は」
首を傾げたシアラが隣のリザに振り向くと、少女は白い肌を青ざめて唇を噛みしめる。何か、耐えがたい苦痛を味わっているかのような形相に、シアラは何かしらの事情があると判断した。
その判断は正に正しかった。
あの時、あの夜を知っているのはリザとレティだけだ。
そして、リザ以上に劇的な反応を示していたのはレティだった。彼女は顔を青ざめるどころか、紙のように白くさせると、自らの体を両手で抱き締める。その様子にエトネとカンネが素早く駆け寄り大丈夫かと尋ねていた。
「……大丈夫、だよ。……ご主人さま。本当に頭領の……あの時の人たちなの?」
「ああ。使っている武器や、自決用の薬。それに僕の事を知っていた事からすると、可能性は限りなく高い」
「レイ殿。申し訳ありませんが、その頭領なるものとどのような諍いがあったのか、ご説明頂きたいのですが」
カンネが尋ねると、レイはウージアで起きた出来事を話し始める。
「僕らがスタンピードに巻き込まれる前。ウージアと言う街に立ち寄った時にレティが誘拐される事件がありました」
「レティおねいちゃんが?」
エトネが驚いてレティを振り返ると、少女は当時を思い出したのか肩を震わせていた。無理も無い話だ。彼女は誘拐された上に、暴行を受けたのだ。好んで思い出したい過去ではないはず。
リザもまた、妹の誘拐劇を思い出して眉間の間に深い谷のような皺を生み出した。
「……レイ殿。話の続きを。それもできる限り詳しくお願いします」
二人の様子から血腥い事件だと感じ取ったカンネは、トラウマを抉る事だと承知しつつも自らの主の安全のためにも先を促す。
「ええ。……アマツマラを目指していた僕らは、ウージアに立ち寄り、そこで一泊するために宿を取りました。真夜中まであと少しの頃に、突如襲撃を受けました。敵は全身を黒い装束で固め、トンファーと黒いナイフで武装していました」
「まっくろなナイフ。あの人もつかってた」
先程の戦闘を思い出したエトネが声に出した。レイは頷くと、話を続ける。
「当時、僕らは『紅蓮の旅団』と共に行動しており、彼らの協力を得て誘拐されたレティを追いかけ、倉庫のある地区で彼女を見つけました。……そこで、敵の親玉と思われる頭領と戦闘。彼に対し勝利して、撃退に成功しました」
一瞬、脳裏に浮かんだのは、殺しておくべきだったのではないかという後悔だ。
あの時。レティを取り囲み暴力を振るっていた集団に抱いた殺意。
その感情をぶつけるように剣を振るった自分は戦意を失った頭領を殺そうとした。
リザが止めていなければ、確実に殺していた。
あそこで殺していれば、過去の因縁を断ち切っていれば、後になってからレティの心を抉るような事にはならなかったはずだ。
だが同時に、自分の中で別の気持ちが生まれる。自分が人を殺すという行為は―――。
『―――卑怯、だよな。それは』
どこからか、誰かの声がする。
『自分は無限に近い命を持っておきながら、他人の命を容赦なく奪うなんて、そんなのやっちゃいけないよな』
いや、誰かでは無い。
どこからか、では無い。
はっきりと分かる。これは自分の中に潜む奴の声だ。暗く、陰に篭る、耳の中に泥を詰めるような悍ましさのする声。
『誰だって、命は一つしかない。それが普通で当たり前の真実。世界の理さ。あのナリンザとかいう女もそうだったよな』
影法師の声だ。
『魔王』フィーニスとの戦い以降、最初から居なかったのではないかと思うほど、存在を感じられなかった奴が今になって自分の内から声を掛けて来た。
その事に心がざわつく。
『それなのに、お前は今日。またしても一人の、一つしかない命を失わせた。敵だからいいのかい? そいつは酷いなぁ。命は誰にだって一つしかないからこそ、価値があるのだろうに。無限に近い命を持つ事で、その辺りの事が希薄にしか感じられなくなったのか』
他の誰かが言えば、それなりの説得力のある言葉も、コイツが言うと台無しだ。
コイツは楽しんでいるのだ。自分の言葉でレイが傷つくところを、心から血を流すさまを見て笑う。
顔の無い顔で笑う。
影法師はレイが答えなくても、心の中に住まう以上、誰よりもレイの心の状態を理解できるから、一方的に容赦なく、的確にナイフを突き立てる。一刺し事に、一言事に傷から噴き出す血を浴びて悦に浸る。
『ああ、そう言えばお前はナリンザが初めてじゃなかったんだな』
脳裏にナリンザの死と重なって別の存在の死が重なる。夜雨に打たれて動かなくなる黒装束。自分が一方的に断った命を。
『確か、リンドウとか言ってたな。お前のせいで、紛れも無くお前が殺した男の名前は』
「主様、ねえ、主様ってば!」
レイはいつの間にか自分が揺すられている事に気が付いた。はっとなって顔を上げると少女の金色黒色の瞳が覗きこんでいた。いつの間にか、シアラがレイの傍にまで寄ってきていた。同じように、リザも不安そうに青色の瞳を向けていた。
「大丈夫なの? 急に押し黙ったと思ったら、声を掛けても返事しないんだから。本当に怪我とかしてないの?」
「大丈夫だよ。心配かけてゴメン。話は……どこまでしたっけ」
「頭領と呼ばれている男を撃退した所です。……それで、レイ殿。不明な点がいくつかあるのですが、質問しても宜しいですか」
カンネの言葉に、レイは頷いた。
「では。まず一つ目。どうして頭領と呼ばれた男はレティシアさんを誘拐したのか。二つ目に、なぜ今になってレイ殿達をつけ狙うのか。この二点について、何かお考えはありますか」
カンネの質問は的確に現状において、靄の掛かった不明瞭さを浮き彫りにする。レイは慎重に答えた。
「一つ目の質問ですが、レティを誘拐した理由は宝石でした」
「宝石ですか」
「はい。詳しい説明は省きますが、当時の僕らはある死んだ商人の持ち物に盗品の宝石がある事を知り、それをギルドに提出しました。頭領はその宝石の行方を知る為にレティを誘拐しました」
ここで彼女らの前の主、闇ギルドのクロトの事を出さなかったのは余計な方向に話が転ぶのを避けるためだった。クロトはシュウ王国内に盗品を持ち込み、更には非正規のルートで人身売買を行おうとしていた人物。そんな奴の護衛をしていた事を執政官補佐のカンネに知られて自分たちの心証を悪くされるのを避けたのだ。
カンネはレイの伏せた部分に触れずに納得したように頷いた。それが気が付いていないのか、ワザと見過ごしたのか不明だが、レイは畳みかけるように話す。
「二つ目の件ですが……これは正直僕にも分かりません。あれからそれなりの時間が経ち、どうして今になって僕を尾行してきたのか」
「今の私たちに用があるとしたら、やはりあの王子の事でしょう。ダリーシャス王子の件に彼らが関わっているという可能性はあり得ませんか」
「デゼルト国の神前投票に彼らが関係しているって事か。でも、それなら僕を尾行するより、王子の方を狙えばいいんじゃないか」
「もし、本当にその頭領がデゼルト国の指示を聞いているなら、ワタシたちをつけ狙ったのは護衛の排除が妥当な線……だけど、それは矛盾しているわ」
シアラの口にした矛盾の意味を測り兼ねたレイは首を捻る。だが、素早く意味を理解したカンネが答えを告げる。
「自分たちの存在を露呈させた事……ですね」
「そうよ。こういった場合、尾行者はとにかく自分たちの存在を気取られることだけを避けるべき。人が出入りする研究所とはいえ、あそこまで近づいてつけまわすなんて、発見された時の事を考えていない愚行よ。事実、ワタシたちは敵の存在を認識した」
仮に、頭領のグループがレイの死を望むならやりようは幾らでもあったはず。数に頼った奇襲や、事故死に見せかけた襲撃や、毒を用いた暗殺。それらの手段を成功させる為に重要な要素とは、自分たちの存在が相手に気づかれないことだ。
人ごみに紛れ、影に潜み、闇に溶け込むことで暗殺者は標的に対して有利に立つ。それなのに、頭領の部下はレイ達に自分たちの存在が露見する距離まで近づき、あまつさえ逃走を選んだのだ。これでは向こうが何をしたいのか、想像すらできない。
「アイツらは自分たちの利点を一つ潰してしまったのか。……それとも、それも含んだ計画の一種って可能性は無いかな」
しばし考え込んだシアラが力なく首を横に振る。
「それを言いだしたきりが無いわ。主様、相手の行動を読もうとするあまり、深読みしすぎて袋小路に行き詰ったら、それこそ相手の思うつぼよ。ここは相手の目的を知るよりもまず、この街をどうやって脱出するかを考えるべきよ。今回の尾行者の件で、ワタシたちに明確に敵対する勢力がすぐ近くまで来ているんだから」
「何も考えずにトトスへと向かえば、背後から攻撃を受けるかもしれない訳か」
「相手も、自分たちの存在が露見した以上、後先考えない強硬策を使うかもしれませんね」
シアラの意見にリザも同意を示した。
頭領がどのような経緯でレイを狙っているのかは不明だが、流石にシュウ王国第二王子の屋敷まで押し入ることは無いはず。だが、街を一歩でも出れば、頭領等も襲ってくるはずだ。
一同が考え込んで静まるのを見計らったように、食堂の扉が開いた。室内に入って来たのは車いすに揺られるスヴェンと、それを押すダリーシャスだ。包帯男と化したスヴェンが開口一番、力強く言う。
「オウリョウを出た後の事は、俺に任せてはくれんか」
スヴェンの登場に驚いたのはカンネだった。
「王子。いつの間に政所を御発ちになられたのですか」
「其方からの報せが来て直ぐにな。レイ、そして他の者も無事か?」
スヴェンの問いかけに全員が頷くと、車いすの後ろに居たダリーシャスがほっと胸をなで下ろした。
「それは何よりだ。……レイ。港までの道中、こちらで護衛を用意しようと思う。俺の子飼いの騎士団だ。腕前は保証するし、全員の身元はハッキリしている。これなら無事にトトスまで着くはずだ」
「……それは正直助かりますが、どうして急にそのような事を。ダリーシャスの事情はご存知ですよね。彼の帰国に他国の王族が関与すれば後々面倒な事になる、という事は」
デゼルト国の次期王を決める神前投票。これに他国の干渉があれば投票の公平性を失いかねない。トトスの港から出発する軍船にダリーシャスが乗船すると言うのもギリギリのラインだ。王子が迷惑を掛けた詫びとしてレイに軍船を貸し、その船にどのような人物が共に乗るのかまでは知らないという詭弁を弄してどうにか外交問題をすり抜けられるのだ。
そんなギリギリの綱渡りをしておきながら、この上に騎士団の派遣まですれば、今度こそ言い逃れは出来ない。ダリーシャスがスヴェンに対して尋ねる。
「レイの言う通りだ、先輩。殿下のご厚意には感謝したいが、いくらなんでも騎士団まで動かしたのを本国に知られるたら、いささか不味い事になる」
「いや。事は其方らが思っている以上にややこしい方向へと傾いているのだ。其方らが頭領と呼ぶ男。俺はその者を知っておるのだ」
「なんですって!?」
思わずレイが大声で叫ぶが、リザ達も同様の反応を示した。カンネですら信じられないと言わんばかりに目を見開いた。スヴェンが包帯の下で苦々しく顔を歪め、口から腐臭を吐き出すかのように言葉を放つ。
「……その頭領と言う男の主は。……シュウ王国の王族に連なる者の配下なのだ。……正直、俺は身内と呼びたくないが、俺の身内に当たる者でな。仮に……頭領の手の者にダリーシャスを殺されれば、両国間に亀裂を生み、場合によっては戦となるやもしれん」
読んで下さって、ありがとうございます。




