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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-9 オウリョウ散策Ⅲ

 タオ老子の店を出た後、レイ達は近所にある衣料店を訪れていた。夏という季節に加えて、南方大陸は今いる東方大陸よりも気温が高いとダリーシャスは言っていた。そのため、今着ている衣服とは別に薄手の生地の衣服を求めて訪れたのだ。女性陣主導で買い物が進められていく中、レイは早々に自分の分の衣服を選び籠に入れて、彼女たちから距離を取りながらぼんやりと考え事をしていた。


 手に持っているのは赤色の指輪だ。タオから受け取った時に袋へと戻さずに隠し持っていた。


 赤く輝く指輪を眺めながら思考の海へと潜っていく。


(魔法式を刻む事で魔法が使えるようになる指輪か。僕としては願っても無い武器だな)


 精神力とMAGが減少したレイにとって、指輪たちはある意味福音とも言えた。だが、いくつか問題点もあり、それがレイの頭を悩ましていた。


 具体的に言えば、どんな魔法を誰に持たせるかだ。


 現在、《ミクリヤ》で魔法を使えるのはレイを除く全員だ。攻撃魔法を多数覚えているシアラや、回復と盾の魔法を使うレティの後衛組たちは言うに及ばず。前線組の剣士のリザだって剣の大きさを変える《形状変化シャープチェンジ》を。そして、リザよりも更に近距離で戦うエトネは精霊を召喚することが出来る。


 この状況で指輪を装備するべきなのは魔法を一つも使えない自分なのだが、ここで問題がある。


 果たして自分にはどんな魔法が必要なのだろうか。


 広範囲を一度に焼き尽くせる業火。


 時だけが溶かす事のできる氷塊。


 荒ぶる神を降ろしたかのような暴風。。


 響きだけならどれも魅力的なのだが、自分の戦闘スタイルとかみ合うとは思えなかった。そもそも狙いが付けられない魔法なんて、味方を巻き込む爆弾と同じだ。危険すぎて使う気にならない。


(だとしたらやっぱり攻撃魔法は諦めて、回復魔法とかに絞るべきかな)


 シアトラ村での転移魔法陣によって、仲間と分断された時、一番困ったのは回復手段の乏しさだった。レティと離れた状況で、重傷を受けてしまえばそれはそのまま死に繋がると肌で感じた。この先、レティが精神力切れで魔法が唱えられない状況もあり得る。その時用に切り札として回復魔法を用意しているのは便利かもしれない。


 それ以外にも補助系の魔法で仲間をサポートできる。


「ねえ、ねえ。ご主人さま。こっち来て頂戴!」


 思考の海にどっぷりと浸かっていたレイを引っ張ったのはレティだ。彼女はレイに空いた手を取ると、返事を待たずに誘導しだす。指輪をポケットに仕舞ったレイは逆らわずについていく事にした。


 店の中央には試着室が用意されており、そこにリザやシアラ、それにカンネが集まっていた。


 しかし、エトネの姿は無かった。


「エトネは、そこの試着室の中か?」


 返事は試着室のカーテンが開く音で返ってきた。リザが開けた試着室の中にいたのはやはりエトネだった。


 いつもの戦闘や旅路で汚れても良い格好では無く、サマードレス風の爽やかな色合いの洋服だった。着慣れないのか、もじもじと俯いていた。


「どう? 似合ってるよね」


 肘で脇腹を押すレティに促されて、レイは率直に答えた。


「うん。良く似合っている。可愛いよ、エトネ」


 その一言にエトネは顔を上げて花が綻ぶような笑顔を見せた。つられてリザ達の頬が緩んだ。レイがその反応を不思議に思っていると、レティが小声で状況を説明した。


「ありがとうね。エトネったら、こんなきれいなおようふくエトネにはにあわないって言って頑なになっていてね。ご主人さまから言われれば納得すると思ったの」


 今回、スポンサーという名の金蔓スヴェンが居る為、普段着として使えそうな夏服の他に一着だけオシャレな洋服を買っても良いと全員に伝えていた。しかし、山暮らしの長いエトネにしてみると、オシャレな洋服を自分なんかが着ていいのかと考えてしまい、購入に踏み切れないでいたのだ。だが、レイの一言でその棘は抜けた。


 ふと、レティがレイを見上げて尋ねた。


「所でさ、さっきは何をぼんやりと考えていたの?」


 姉とは違う翠色の瞳が不思議そうに輝く。レイは下がった能力値パラメータの部分を隠して、指輪にどんな魔法を刻むか悩んでいたことを打ち明けた。


「そうですね。ご主人様が使う事を前提に考えるなら、近接距離で効果を発揮する魔法など如何ですか」


「それよりも防御よ、防御! 一人で戦いたがる主様には、ちゃんとした防御の手段が欲しいわ!」


「そうだよね。いつも、いつも一人で突っ走っちゃうんだもの。防御も大切だし、回復も心配。『自動オート回復ヒール』とかどうかな。戦いながら回復できるよ」


 三者三様の意見が出るが、どれもしっくりとこない。それにレイにはもう一つ考えがあった。試着室の中で普段着に着替えたエトネが大切に折り畳んだサマードレスを受け取りながら口を開く。


「エトネに指輪を使ってもらう、ていうのも考えているんだけど、どうかな」


 急に名前を呼ばれたエトネは瞬きを繰り返して周りの様子を確認する。リザ達から賛成の声は出ないが反対の声も出ない。彼女らは主の言葉を待っていた。


「エトネには精霊の『憑依』があるけど、基本的には火力不足だ。クロスボウとかもあるけど、いざとなった時の切り札はあって困らないと思う」


「……そうね。おちびはリザや主様よりも敵の懐に飛び込むから、むしろ狙いを付けられない指輪の恩恵を十分に受けれるわね。だって、目の前の敵に向けて放てば勝手に当たるもの」


 シアラの言う通りだ。相手との距離が近ければ狙いを付ける必要が無いのだ。


 また、レイはエトネ以外にもリザやレティが指輪を持つメリットを語る。エトネほど接近することは無いが、それでも近距離主体のリザなら正確な照準ができない魔法でも当てる可能性はあるし、範囲攻撃魔法なら後衛のレティでもモンスターを倒せる。仮に、彼女が単独で行動する状況に陥った時の自衛手段にもなる。


 洋服をそっちのけで指輪の運用を相談するレイ達を止めたのはカンネの咳払いだった。


「ゴホッン! ……失礼。喉の調子が悪くて」


 バレバレの嘘だが、この場合はそれで良かった。店の中央で相談する冒険者の一団は悪目立ちしていた。現実に引き戻されたレイ達にカンネはアドバイスを送る。


「指輪の事ですが、部外者ではありますが、一つご忠告を。オウリョウで魔法式を刻むのよりはお勧めしかねます」


「え? それってどういう事なんですか?」


 レイの問いかけに答えようとしたカンネだが、店内の様子を伺って言葉を区切る事にした。


「一度、会計を済ませてからにしましょうか。話は店の外で」






 人数分の夏服を購入したレイ達は次の店に行く道すがら、カンネの話に耳を傾ける。


「魔法式を刻む事のできる人材は貴重な上、大抵が専門分野を決めてそれだけに特化しております。攻撃魔法一つとっても、火、水、氷、風、土、木、光と幾つもの系統に分かれ、そこら更に単発式、追尾式、範囲式と分かれていきます。さらに言えば、低級魔法専門、上級魔法専門と威力別に分かれていきます」


 先導するカンネの語りは歯切れよく、スラスラと耳に入っていく。何となくだが、先生向きの人物だとレイは思う。


「オウリョウは魔法工学の研究所があるお蔭で、他の街よりも多くの術師を抱えていますが、やはり学術都市やアクアウルプスには及びません」


 ―――アクアウルプス?


 初めて聞く単語にレイは首を傾げるが、リザとレティは知っているのか声を上げて頷いた。意外な事に、博識なシアラもこの単語を知らないのか不思議そうに二人を見つめていた。


「ねえ、リザ。アクアウルプスって何なのよ」


「シアラさんは御存じありませんか。東方大陸から見て南西。南方大陸から見て北東。中央大陸から見て南東に位置する都市を」


 頭の中でぼんやりとしたエルドラドの地図を描く。この世界は五つの大陸が存在している。初めて降り立ったネーデは中央大陸に位置し、そこから東に旅し海を越えて東方大陸の西を治めているシュウ王国に辿りついた。そこから、南へと旅をしてまたしても海を越えて今度は南方大陸のデゼルト国に上陸するのが今後の旅の計画だ。


 つまり、彼女の口にした位置は海になるはずだ。都市は存在しないはず。


 だが、シアラは何か思い当たったのか納得したような声を出した。


「ああ。あの海の上にある都市をアクアウルプスって呼ぶのね」


「う……海の上に都市?」


 思わず声が出てしまう。素っ頓狂な声を上げたレイは気持ちを整理するために口を開いた。


「えっと、確認したいんだけどさ。僕らはオウリョウを出てトトスの港町に着いたら、そこで船に乗ってデゼルト国を目指すんだよね」


 動揺するレイとは反対にカンネは落ち着いていた。


「はい。その通りです」


「つまり、トトスから南方大陸の間は海で……そこに都があるって言うのかい?」


「ありますよ」


「……それって、水上都市ってことですか」


「正確に言えば、水上国家となります。三大陸に囲まれた海の中心に水の都、アクアウルプスが存在しています」


 レイの知識で水上都市で思い当たるのは、イタリアはヴェネツィア。運河が街の至る所をはしり、ゴンドラが行きかう暑い日差しが降り注ぐ街だ。


 テレビ越しでしか見たことは無いが、異国情緒あふれる街だと記憶している。


 それでも、ヴェネツィアがイタリア本土からさほど離れていない、湾の中にある群島の干潟に丸太を打ち込んで拡張した街だということぐらい聞いたことはある。


(流石異世界。海のど真ん中に都市があるなんて。スケールのデカい話だ)


 感心を通り越して、呆れそうになるレイに対してカンネが解説を続ける。


「元々、人間戦役の終わりに各地で起きた戦争の難民たちが逃げ込んだ島がそこにはあったそうです。国が滅び地位を無くした貴族。田畑を焼かれた農民。家族を殺された者。人種も、身分も様々。ただ一つ、彼らに共通していたのは故郷を追われ、逃げて来た事です。それゆえ、彼らは同じように逃げて来た同胞たちを受け入れざるを得なかった。自分たちだけが生き残る事を善しとは出来なかったのです」


 さして広くも無い島々が連なっている、それだけの場所に人々が殺到したのだ。食料を生み出す畑も、飲み水の確保も苦労したはずだ。


 それでも彼らは救いを求めてやって来たものを拒まず、受け入れ、そこを安住の地にしようとしたのだ。


「島にある木を伐採し、浅瀬に杭を打ち込み足場を作り、拡張していきます。次第に広がっていく領域に最初に目を付けたのは商人でした」


 人間戦役の時にも海を利用した貿易は行われていた。むしろ、商人にしてみれば戦争中は物資の消費が激しくなり、値段を幾ら吊り上げても買ってくれる入れ食い状態。積極的に商売し、戦火を激しくさせる。


 だけど、問題が無かったわけじゃない。どこもかしこも戦火を上げている時代、彼らが一番欲したのは安心して錨を下ろせる港だった。


 戦火から逃げ出した者達が足場を広げていく場所は、砂漠に現れるオアシスのような貴重な存在だった。商人たちはこぞって、島を訪れ船を休め、再び大海原に繰り出していくようになる。その代価として、島の人たちが欲する物資を提供していく。


 次第に島の存在が広まっていき、渡り鳥のような商人たちは羽を休める宿り木へと殺到し、島は商人たちの集う場所へとなる。彼らは自分たちの宿り木を大きくするために、島の人々と協力して開墾を行う事になる。


 他所から木を買い付け、職人を運び、食料と水を持ちより、防衛のために冒険者を雇う。


 日に日に島は大きくなっていき、いつしかそこは都と呼ばれるほどに大きくなった。


 水の都アクアウルプス。そこは難民と商人たちが作り上げた国だった。


「そのような歴史背景から街を治めている意思決定機関は全員商人なんですよ」


「王が治めるんじゃなくて、平民が収めているって事ですか。それで、どうしてその街の方が魔法式を刻むのが良いんですか」


「あのね。水の都は文字通り水、海に浮かぶ都。四方八方全部が海なの」


 レティが説明になっていない説明をすると、リザが妹のフォローを行う。


「つまり、四方が海なので、地形破壊や近隣への影響を気にせずに魔法を使い放題となります。初級、低級ならいざ知らず、中級以上になれば周囲の影響は大きいです。ですが基本的に海は無人。船の往来も、事前に申請が届けられるので無人の場所と時刻は逆算できます。力ある魔法使いは己が研鑽を発揮する絶好の場所を求めて都に集まり、それを聞きつけた前途ある未熟な魔法使いも追いかけてきました。水の都は魔法の分野に関していえば、学術都市をも超えていると言われています」


 魔法は理論だけでは認められない。実際に発動させて、それがきちんとした形にならなければ成功と言えないのは、魔短刀の特訓で散々思い知らされた。


 バジリスクのダガーの雷撃は、それほど威力も高くないから村の端で練習できたが、仮にコウエンの炎を練習する事になったら、もっと人気のない場所でやらなくてはいけない。下手に森の近くでやれば、大火事となってしまう。


 魔法使いたちが、人気のない場所を求める気持ちはよく分かった。


「それじゃ、ここで魔法式を刻むよりかは、水の都で刻んだ方がいいって訳なんだね」


「はい。水の都なら魔法式の種類も多くなり、多様な魔法を選択することが出来るでしょう。もっとも、船旅においてアクアウルプスに寄るのはどちらかといえば、寄り道となります。寄るのなら、レイ殿の依頼人と相談されるのが賢明かと。……っと、話をしている間に着きましたね」


 カンネが立ち止まった店を見て、レイ達は硬直した。


 レイが次の目的地として頼んだのはコートとブレイブサラマンダーの皮膚を使った手袋の制作だった。後者はともかくとしても、コートは必要なのかとダリーシャスに尋ねると、彼は真剣な顔で答えた。


「いくら南の国とはいえ、夜は冷える。特に砂漠を横断する場合の寒さを考えたら、夜を越すように外套は持っておくべきだ」


 そう力説された以上、フィーニスに奪われてしまったコートの代わりを購入するしかない。そこでカンネに仕立て屋をお願いしたのだが。


「ここ……ですか」


 震える声と共に見上げたのは綺麗な店構えに、上品な装いをした客たちが吸い込まれていく店はどう考えても上流階級向けの店だ。少なくとも冒険者向けの仕立て屋には見えない。


「はい。貴族御用達の仕立て屋ですが、冒険者たちの衣服も請け負います。さあ、入りましょう」


 しり込みするレイの手首を掴んでカンネは慣れたように店の中に入っていく。慌ててリザ達もあとを追った。


 店内はどこの城かとレイが思ってしまうほど、豪奢な家具等に囲まれていた。重厚そうな机の上に、皺ひとつない生地が並べられ、歪みの少ない姿見が至る所に置かれ、天井にはシャンデリアが掲げられている。


 客層は外から眺めてた時と同じく、ほとんどが貴族や、大店の子弟など。冒険者はレイ達のみだ。


 揃いの燕尾服のような物を着込んだ、一際恰幅の言い従業員がカンネに近づくと、一礼した。


「これは補佐官殿。何か、御用ですかな」


「ええ。実はこちらの方に冒険者のコートを一つ。それと手袋を仕立てて欲しいのです」


 従業員が温和な目つきをレイ達に向けると、再び腰を折る。


「本日はようこそいらっしゃいました。私、この店を預かる者です。コートと手袋と伺いましたが、どちらも戦闘用の生地を使うので宜しいでしょうか?」


 店の主人の質問にレティが革鞄からブレイブサラマンダーの皮をレイに押し付ける様に渡した。彼の視線が興味深そうに動いた。


「ブレイブサラマンダーの真皮。……この面積ですと、使えるのは一人分ですが」


「それでお願いします。……日数はどのぐらいかかりますか。僕ら、四日後にはこの街を離れる予定なのですが」


 すると、そこで初めて主人の表情が崩れた。彼は胸にしまっていた手帳を捲ると、スケジュールを確認した。


「そうですか。……申し訳ありません。手袋の方は間に合うでしょうが、コートの方は四日で完成は難しいかと」


 すまなそうに言う主人に対してどう返事をするか迷うレイにカンネが口を開いた。


「でしたら、コートの方は既製品を詰めてもらうのは如何でしょうか。それだったならば、四日で完成するのではないですか?」


 言ってから確認をとると、主人は表情を明るくして大きく頷いた。問題はない様だ。


「でしたら、それでお願いします」


「畏まりました。それではまず、冒険者殿の手形を取る所から始めさせて頂きます」


 レイから皮を受け取ると、主人は仕立ての職人に事情を説明した。寡黙そうな男は何度か頷くと、作業に入った。レイの両手の手形を取り、完成品に対する注文を尋ねた。レイは手甲を嵌めているため、その下に着込める薄手の物をと頼んだ。


「品質もよいブレイブサラマンダーの真皮ですから、薄手でも十分な炎熱耐性装備となるでしょう。……何か他にご要望は」


「ありません、お任せでお願いします」


「承りました。それで、次はコートでの方でしたな。こちらにおいでくださいませ」


 流石は高級店。いつの間にか、レイの体格に近いコートを展示品から見繕うと、レイが試着しやすいようにと並べている。数人がかりで鎧を外されると、レイは着せ替え人形となる。


「まずは紺の丈の長いのを……悪くはありませんが、これよりも緑の方も。最近の流行りはこげ茶の丈の短いのとかは如何でしょうか」


 マシンガンさながらのトークを受けている中、並べられているコートの中からエトネがある物を見つけた。


 それは黒一色の、重たい色のしたコートだった。まるで夜のような暗い色は並べられているコートの中でも異彩を放つ。


「エトネは、これがいいと思うのか」


 聞き返すと、エトネの萌黄色の瞳がレイの頭へと伸びた。一部が白くなっている黒髪へと。


「これいじょう。いろをなくさないように。まっくろがいいなぁ、っておもったの」


「エトネ……すいません。これの試着は良いですか?」


 勿論ですと返され、レイは黒のコートを着こむ。まるで軍服じみた機能的なコートは幾つもの留め具やベルトが着けられている。


 だけど、思ったよりも着心地は悪くなく、生地も作りもしっかりとしている。少し長い丈も邪魔にはならない。


「うん。これに決めた」


「お似合いかと存じます。では、少しばかり動かないでください」


 主人の言葉に今度は服の職人がやって来た。黒のコートの隙間や型崩れを直し、しかし生地が突っ張らないように微調整を繰り返して針で止めていく。レイの体型に限りなく近づけるとコートを脱がせた。


「これで以上ですな。四日後の出発と聞いておりますが、出発の日はお忙しいでしょうから、三日後には完成させます。何でしたら、お届けに上がりますが、どうなさりますか」


「でしたら、届けてください。彼らは王子の屋敷に逗留しております」


「畏まりました」


 細かいやり取りを済ませたカンネは会計をすませる。やはり高級店らしく、切られた領収書のケタにレイは目が飛び出そうになった。これでも冒険者用という事もあり、いくらか安くなってはいるそうだが。


 その後、レイ達は幾つかの商店を回る事に。鍛冶師の所を訪れ、武器と防具一式の修繕を依頼し、回復薬を扱う店で数種類の回復薬を購入し、レティ用の薬草学に必要な道具と本や素材を購入した。ついでに、ダリーシャスの要望だった酒とつまみを購入した。


 どの店も、オウリョウの中で指折りの高級店だけに品ぞろえも対応も満足いくもの。逆に、レイが申し訳なく思うほどだった。


 食料などは出発する前に準備すればいいため、街に繰り出す用事が無くなる頃には日が沈み始めていた。


 レイ達は政所の前に戻ってきた。彼らの帰還に気づいたのかキュイとアスタルテが揃って鳴いた。


「待たせちゃったかな」「おるすばん。えらかったね」


 レティとエトネに撫でられ、キュイとアスタルテは嬉しそうに顔を寄せた。すると、背後で足音がし振り返るとそこにはやつれた顔のしたダリーシャスと屈強な男たちに車いすごと持ち上げられたスヴェンが居た。


「王子。それに……ダリーシャスだよな。どうしたんだ、こんなにやつれて」


 誰が見ても明らかなほど憔悴しきったダリーシャス。まるで数十年もの時間が経った老人のように足が震えていた。


「お……おお。レイ……か。俺はもう、ダメかもしれん」


「……いや。アンタら書類仕事してただけだろ。何でこんなにボロボロなんだよ」


「仕方ないだろ。このバカ後輩。ちょくちょく逃げようとするから、魔法で拘束したんだが、それでも逃げようとするからこいつらに羽交い締めにさせながら仕事をさせていたんだ」


 筋肉を誇張するようなポーズをとる筋肉達磨。ぴくぴくと動く肉を前にレイは絶句してしまう。


 というかだ。


「いま、さりげなく外交問題になりそうな発言があった様な気が「気のせいだ」……そうですね。気のせいです」


 レイはもう何も言えなかった。


 カンネが呼んだ箱馬車に車いすごと積み込まれたスヴェン。扉を閉めたカンネがレイ達に向けて。


「それでは屋敷の方へご案内いたします。この馬車が先導しますが、慣れぬ土地でしょう。私もそちらの馬車に乗っても宜しいでしょうか」


 申し出を素直に受け取ると、レイはダリーシャスを馬車に放り込むと、アスタルテに騎乗した。屋敷までの道すがら、ついでに乗馬の特訓をする。広い野原を走り回るのと、交通の流れが存在する車道は別物だが、だからこそ慣れておくべきだ。


 スヴェンの馬車とキュイの間に潜りこむと、男の尻を見たくないと言わんばかりにキュイが不機嫌そうに鳴いた。


 ―――その時だった。


 レイは歩道の方へ勢いよく振り向いた。馬の足を止め、今にも剣を抜いて飛びかかりかねない勢いだ。ファルシオンとダガーは預けたが、研ぎの必要のないコウエンはまだ腰に差したままだった。


「ご主人さま。どうかしたの、急に止まっちゃって」


 キュイを操るレティが御者台から声を掛けた。レイの様子に不安を感じて、腰に差してある杖へと手が伸びていた。馬車の中も俄かに殺気づき、ダリーシャスを守るようにリザとシアラが左右に立つ。


「……いや。なんか、勘違いしたようだ。誰かに見られていたように感じたんだけどね」


 口にしつつも、レイは歩道の方から誰かが自分を見ていたのを感じていた。まるで凍てつく刃のような視線は錯覚では無いはず。


 だけど、歩道に怪しい影は無く、こうやって足を止めても誰も襲って来ない所を見ると勘違いだと判断する。……もしくは、様子を伺っているだけなのか。


 レイは不安がるレティに再度なんでも無いと告げて、馬を歩かせ始めた。






 レイ達が居なくなった付近の建物の切れ間に、男が居た。それも一人二人では無い。複数人の男たちが陰に潜む様に集まっていた。


 どれも顔を隠すようにローブを頭から被っており、怪しすぎる格好だ。しかし、人通りの居ない路地に彼らを怪しむ者はおらず、仮に居たとしても彼らに注意を向けるのは賢明ではないとすぐに分かる。


 異様な雰囲気を漂わす、異装な集団は固まって言葉を交わす。


「黒髪の少年。報告されていた通りの容姿だ」


「同行するのは栗色の少女。やはり、奴らで間違いないだろう。だが、どうしてこの街に」


「理由など捨てておけ。問題はこの先、奴が何処に向かうかだ。何人か、後を付けさせるべきだ」


「うむ。俺は上にこのことを報告する。各自、連絡は怠るなよ」


 頷きあう男たちは一瞬の内に掻き消え、無人となった路地裏に不吉な風が流れた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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