6-8 オウリョウ散策Ⅱ
「基盤というと、魔法工学の道具に使われるあの基盤の事ですか」
レイが知らない単語に首をかしげていると、カンネが助け舟を出した。ハーフリングの口出しに頷いた老婆はそのまま、食い入るように指輪を見つめる。
ルーペの中の目が大きくなって血走り、それを下から見上げたエトネはびっくりしてレティの後ろに隠れてしまう。
「そうさ。『科学者』ノーザンが生み出した魔法工学。人体に刻む事で発動する新式魔法に着目した天才は無機物に魔法言語を刻めないかと考えた。魔法言語を物に刻む事で魔石から吸い上げた魔力を変換し、魔法を発動させる技術。その心臓部に使われているのを基盤と呼ぶのさ」
老婆は一度指輪を置くと、壁に沿って直立する本棚から、一冊の分厚い本を取り出した。付箋や手書きの資料などが挟まり元の厚さ以上に膨らんだ本を捲る手さばきに迷いはなかった。
老婆は目的のページに辿りつくと、皺くちゃな指で文字を追った。
「基盤……ミスリル銀を特別な手順で錬金した金属の板。魔法言語を無機物に刻むと口で言えば簡単だけど、刻む事で人間の代わりに詠唱できる物質はこれだけだった。魔法工学の産物、その全ての心臓部にこの金属が使われてるのさ」
「それじゃ、これも魔法工学の道具の一つと言う訳ですか。……まさか、それとも、魔法工学の兵器……なのですか」
リザの質問に室内の温度が下がる。彼女の口にした質問は恐ろしい質問だった。
魔法工学の兵器。
『科学者』が生み出した、大地をも削り、天候すら変え、海を割く恐るべき破壊力を持った兵器はある理由から封印が施されている。自分の知識欲と傲慢さから、世界を滅ぼしかねない兵器を生み出した自分を恥じたノーザンによって生み出された、対魔法工学兵器が存在するからだ。
魔法工学の兵器が発する固有の振動を探知すれば、それを殲滅するために何処からともなく現れる怪物。
その忌み名は『機械乙女』。
世界救済を託された『招かれた者』が生み出した、世界を滅ぼす『七帝』が一体だ。かつてスタンピードによって首都に甚大な被害が出た時でも、テオドール王は所有する兵器の使用をギリギリまで迷い、使用した直後に廃棄命令を出していた。
それほどまでに『機械乙女』を恐れていたのだ。
赤龍すら超える怪物を呼び寄せる笛なのかと思い、レイのみならずカンネもまた指輪から一歩後ずさる。
しかし、老婆が面倒だといわんばかりに手を振った。
「早合点しなさんな。この指輪は指輪の形をした基盤って事なだけだし、そもそもこれは魔法工学の兵器どころか、魔法工学の道具ですらない代物さ」
不可思議な物言いにシアラが質問する。
「魔法工学の心臓部である基盤なのに、魔法工学じゃないって、何かの謎々かしら。どういう意味なの、お婆さん」
「ふん。魔人種にお婆さんと呼ばれると背中がこそばゆくなって仕方ないわい。……これは推測じゃが、魔法工学を超えようとした何者かの試作品……いや、失敗作といえるのか。そういう類じゃよ、この指輪は」
失敗作と言われても、レイには何が何だか分からなかった。老婆は顎に手を当てると、一つずつ説明を始めた。
「まず、前提条件をはっきりさせよう。魔法工学の産物は、兵器も含めてすべて動力源として魔石を必要とする。これは魔法工学が誕生してから変わらない絶対の法則じゃ」
老婆は明朗とした語り口で、魔法工学の歴史から紐解いていく。
元々、魔法工学が生まれた経緯にはギルドと魔石が関係していた。当時、出来たばかりのギルドは慢性的な資金難に陥っていた。設立当初は冒険王の築いた財産と、彼を信頼した各地の王家や貴族たちがスポンサーとして援助していたのだが、時が経つにつれ冒険王の威光に陰りが出て来た。代替わりした当主たちも先代ほどの援助をしようとはしなくなる。
モンスターの討伐依頼や、外皮を始めとした素材の回収。それに護衛依頼などの報酬から仲介料を取る事でどうにか運営していた。
そんな折に、ギルドに身を寄せていた『科学者』はギルドに持ち込まれる魔石の使い道は無いかと模索しているうちに、魔法工学の理論を完成させたのだ。
生活を豊かにしてくれる道具の誕生に、人々は殺到し、道具が普及するにつれ価値が高騰する鉱石が出てくる。
魔石だ。
便利で生活を豊かにする道具を動かすために大量の魔石が必要となり、それを確保していたのはギルドだった。高まった需要に応えるように、魔石を各地の商会に売る事となり、独立採算でやっていける組織となり、他所からの援助を受ける必要もなくなる。冒険者たちが国の理不尽な命令を拒否できる独立独歩の気風を勝ち取ったのだ。
「この指輪は、その魔石の、動力部分を排除し自前で魔力を生成してるんじゃよ。魔石を必要としなければ、それを魔法工学のとは呼ばん」
「それじゃ、こいつらには魔人種の血が使われているって事ですか」
魔人種の血は特殊だ。素材として武器や防具に混ぜる事で、武器に魔力を宿らせることが出来る。そうすれば、切れ味を鋭くし、耐久力を上げ、副次効果を付ける事が可能となる。
『人魔戦役』によって流れた青い血によって、大量に魔力を有した道具は作られ、そして各地に散らばった。この指輪もそうなのかと思ったが、シアラと老婆が同時に否定した。
「それは違うわ、主様」「そいつは違うようじゃ」
異口同音に告げた二人の視線は絡み合い、先に口を開いたのはシアラだった。
「もし、魔人種の血を使っているなら、ワタシにも感じ取れるはずよ。この指輪には同胞の血は一滴も使われていないわ」
「ワシの見立てでも同じじゃ。魔人種の血が使われているとな、こう、魂がぞわぞわと来るんじゃが、これから何も感じられん」
「だとしたら、この金属自体が魔力を有している金属ってことか」
レイの結論に老婆は皺まみれの額を爪でかく。まるで納得していない様子だ。
「奇妙な事じゃ。基盤に使われるミスリル銀自体に魔力は無いはず。もし、ミスリル銀に魔力があれば、外部から魔力を補給する必要はないじゃろ。この指輪の制作者が何者なのかは不明じゃが、おそらく、未知の技術か素材を使い、この指輪に魔力を宿らせておるのじゃろう。……それもかなりの量じゃ。どの指輪にも超級魔法一発分は溜まっておる。これを作ったやつは、魔法工学の兵器の一歩先を行く武器を生み出そうとしたのだろうな。あの『機械乙女』を目覚めさせない武器を」
「そ、そんなにですか!?」
驚くレイ。彼は傍にいた退屈そうにしているエトネに確認をとると、彼女は肯定するように頷いた。精神力や魔力の感知に長けたエルフの血が混じるエトネの感覚。信憑性は高い。
もっとも、彼女にしてみれば、自分の感覚が人よりも優れているとは思わず、自分の気づいていることに全員が気づいていると思っていた。
「この指輪の使い方としては……魔法式を刻む事で新式魔法を放つことができるぞ。先に言った通り、超級魔法も一発だが放つ事が出来る」
「……ここまで話を聞いていると、良い事づくめのように聞こえるのですが、この指輪のどこが失敗作なのでしょうか?」
リザの質問に老婆は指を三本立ててみせる。
「一つは指輪に刻める魔法は一つにつき、一種類までじゃ。まあ、大抵の基盤がそうなのじゃがな。複数の魔法式を刻めば、互いの存在に干渉して不発に終わる。もう一つはこの指輪に魔力の回復手段が存在しない事じゃ」
「え? それじゃ、単発式なの」
「なんとも言えんな。この指輪に、自動で魔力を回復……生成する機能が付いておれば、時間経過で回復するじゃろうが。少なくとも、魔石や魔人種の血のような外部の物を使って回復するという手段は使えん」
老婆自身、正確な判断が下せないのを苦々しく思っているのか、言葉の切れが悪かった。
確かに、老婆の口にしてきた欠点は欠点と言えた。
一つの指輪につき、一つの魔法しか使えない上、それが一度使ったら二度と使えない恐れがある単発の道具だとすれば長期的な運用は見込めない。しかし、それらは単なる欠点でしかない。
一種類の魔法しか使えない単発でしか使えない指輪がレイの元には五つある。このうちの二つぐらいなら指輪の調査のために使い潰しても問題はない。もし、老婆の言う通りに使用した魔力が回復しないなら、残った指輪を売って金に換えればそれで話は終わりだった。
どうしても、老婆の口にした失敗作と言う単語と指輪が繋がらず、レイは不思議に思っていた。
「それで、最後の一つは何なのかしら」
「魔法使いのお嬢ちゃんなら、もう気が付いているんじゃないのかい」
シアラは老婆に先程の意趣返しをされ少し不機嫌そうになりつつも、自分の推測を口にする。
「指輪に込めた式だけだと、魔法の細かい調整が効かない。……そんな所じゃない?」
老婆はシアラの言葉ににんまりと笑う。皺くちゃな頬が吊り上がり、むしろ不気味さを感じさせる。
「正解じゃ。人体に魔法式を刻むのと違い、物に魔法式を刻むというのは実に厄介でな。魔法式は旧式魔法の詠唱を文章化してあるのじゃが、細かい所まで補えていない。魔法式には欠点があるのじゃよ」
「欠点……ですか」
「さよう。例えば、冷蔵庫。物を冷やす魔法が組み込まれているが、魔法式に刻まれている内容は常に冷気の魔法を出す事のみ。物を冷やし過ぎても、温くしてもいかんから室内の温度が一定値を超えれば冷気を出す式の位置をずらしたり、逆に近づけたりする装置が別に必要じゃ。それに扉が開いている時は回路を切らなければ冷気が無尽蔵に外へと出てしまう」
「人ならその辺りを頭の中で組み立てる事で修正が効く。だけど、物は自分で修正をすることができないから、修正するための装置が必要になるのよ」
老婆とシアラが二人がかりで説明するが、レティにはピンと来なかった様だ。彼女は不満そうに口を尖らせた。
「結局の所、この指輪の欠点てなんなの?」
少女の質問に二人は揃って答えた。
「「魔法の照準がつけられない」」
―――それは欠陥品だ。
魔法は新式にしろ旧式にしろ、戦闘の流れを変えられるだけの力がある。それだけに、味方に魔法の流れ弾が当たったりしたらと想像するだけで背筋が凍り付く。
「少なくとも、単発系の魔法。ワタシで言えば《アイスバレット》のように自動で敵を追いかけられない魔法なら、敵に対して大よその勘で放つことになるわ。大体あの辺に敵が来るだろうな、って予測で放つことにね。まあでも、超近距離魔法や範囲型魔法ならそこまで気にしなくてもいいかもしれないわ」
「うむ。幸い、超級魔法まで放つ事の出来る指輪じゃから、大概の魔法は刻めるじゃろうな。それに、見た所、これは呪われておらん。問題なく使えるぞ。納得したか?」
「はい。ありがとうございます」
頭を下げたレイに対して、老婆はしばし黙ったあと切り出した。
「……ここまでは鑑定士としての意見で、ここからは商売人としての意見じゃが、これを買い取ろうとするもの好きはそうはおらんじゃろうな」
「それは、これが仲間に危険を及ぼす武器だからですか?」
レイの質問に老婆は首を横に振って否定した。
「値段が付けられんのじゃ。指輪に備わっている機能は間違いなく真正じゃ。未知の技術が使われていることも間違いないことから、研究資料としての価値も高い。それだけに、この指輪の価値は計り知れなく、買い取ろうとしても金がいくらあっても足りん。かといって、お主らを騙して二束三文で買いたたいたとしても、それを他の同業人や冒険者に知られれば、自分の悪行を宣伝するようなもの。……まあ、物の価値の分からん三流や、儲けに走る闇ギルドなら買うかもしれんがな」
そう纏めると、老婆はルーペを仕舞いトレイを中身事レイに押し付けた。
「面白い物を見せて貰った礼じゃ。鑑定料は負けておいてやる。ワシの考えでは自分で使うのが一番じゃが、それでも売りたいのなら一筆書いてやろうか?」
「……いえ。自分たちで使って試してみる事にします。どうせ試行錯誤する事には慣れていますから」
「む。……それでこそ、冒険者だな。余計なお節介じゃったな。年をとると、どうも若いのに説教臭くなってしまうのう。その上、長話に付き合わせてスマンな。そっちの子も、退屈しただろう」
難しい話に飽きていた欠伸を浮かべるエトネに対して、老婆はカウンターのトレイに置いてある包装用紙に包まれた小さなものを差し出した。続けて、それをレティにも渡す。二人が包装用紙を取り外すと、白色の飴が出て来た。日本で見るような丸いのではなく、どこかガラスを割ったかのような歪な形だ。
「婆特製の飴じゃ。ゆっくり舐めな」
「ありがとございます、お婆さん」「……ありがとございます、おばーさん」
二人は老婆に礼を言い、飴を口に入れると頬を緩めて喜んだ。そんな二人を優しそうに見下ろす老婆にレイは頭を下げた。
「ありがとうございます。それにしても、魔法工学に詳しいんですね。それってやっぱり鑑定士の基本的な知識なんですか?」
何気ない質問だったが、老婆の反応は少し違っていた。目をまん丸に開けるとぽかんと口を開けていた。慌ててカンネが口を挟んだ。
「申し訳ありません、レイ殿! 紹介がまだでした。こちらの方はタオ老子。シュウ王国きっての魔法工学の権威にして、この街にある魔法工学研究開発機関の相談役を務めている方です。今は現役を退かれて、ここで鑑定士をなさっていますが……その知識に曇りは無く、いまでも研究所から相談を受けている人物です」
額に汗を流して紹介するカンネにレイは開いた口が塞がらなかった。
「それじゃ、詳しくて当たり前じゃないですか。……失礼な口を聞いて申し訳ありません。タオ老子」
頭を下げたレイに対して、タオはからからと笑う。
「よいよい。知らなかったのじゃろう。ならば仕方なし。それで補佐官殿。見学なら儂が所長に口を聞いておこう。そうじゃのう……明日ならワシ自ら案内できるが、それで良いかのう」
カンネは視線だけでレイに問いかけてくる。レイはその視線に対して問題ないと頷いた。
「それでは明日の午前で如何でしょうか?」
「ワシは構わん」
「よろしくお願いします、カンネさん。タオ老子」
頭を下げたレイに続いてリザ達も頭を下げ、全員は揃ってタオの店を出た。
読んで下さって、ありがとうございます。




