6-7 オウリョウ散策Ⅰ
好奇の視線を振り切るように雑踏へと飛び出したレイは後ろを振り返る。流石に冒険者たちもそこまで暇ではないのか、追ってくるようなことは無かったが、代わりに人ごみに飛び込んだことで周囲からは奇異の視線を浴びてしまうが。
ともかくギルドから脱出したレイだったが、遅れてやってきたシアラがからかうような笑みを向けているのに気付き、苦虫を潰したかのように口元を引きつらせる。
「……なんだよ」
「んふふふ。何だか、凄い二つ名がついてたわね。『迷宮殺し』って」
「止してくれよ。そんな御大層な名前で呼ばれたら、背中がむず痒くて仕方ない」
比喩表現なのだが、本気にしたエトネが手を伸ばして背中をかこうとする。やんわりと止めると、レイは全員が揃っているか確認する。カンネを除く全員が新しく刻まれたプレートを手に持っていた。
既にレイはステータス画面から各自のステータスを知っていたが、確認の意味を込めて全員のプレートを集めた。
アマツマラを出発してから一月半近く経っていたこともあり、プレートの内容は随分と変化していた。目を引くのは等級だろう。
レイがD級に上がり、リザとレティがそれぞれE級に。そしてシアラとエトネがF級となっている。おそらく、未探索の迷宮を探索したことと、深層から生還したことが評価されたのだろう。レベルはともかくとして、等級だけはいっぱしの中級冒険者だ。
併せて、《ミクリヤ》の等級もE級に昇格していた。
シアトラ村での戦闘によってレベルも全員上がっている。レイが負傷している間も、リザ達は迷宮に潜っていたこともあり、順調にレベルアップしていた。一番上昇しているのはやはりエトネだった。アマツマラを出発した時の13から一月半掛けて倍近い25へと上がっている。
それでもまだ《ミクリヤ》内ではレベルが一番低いのは仕方ないといえば仕方ない。次いでレティが27に。シアラが41に。そしてリザが53へと上がっている。
能力値も彼女たちの特性に合わせた分野が良く伸びており、迷宮に潜っていた日々が積み重なった結果となって刻まれていた。その事が我が事のように嬉しかった。
一方で、自分の能力値を見たレイはため息しか出なかった。
《トライ&エラー・グレートディバイド》の代償は認識の喪失以外にも存在する。そのうちの一つが能力値の減少だ。レイは魔王との激闘によって払った代償を再び目の当たりにしていた。
彼の能力値は、全ての項目に置いて減少していた。
特に酷いのがMPとMAGの項目である。前者は精神力の総量。そして後者は魔法の威力に関係する。
どちらも、減少前の数値がそれほど高いとは言えなかったが、それでも多少なりともあった。精神力は戦技を二発放っても気絶しないだけはあったし、MAGも1では無かった。それが今では目を覆いたくなる始末。
(コイツは不味いな。MAGはともかくとしても精神力がこれしかないと、戦技は一回の戦闘で一発。二発目を放てたとしても威力は減るし、そのまま気絶コースだ)
自分のプレートを握りしめたまま、レイは内心で頭を抱えていた。それだけ状況は悪化している。
魔法を覚えていないレイにとって戦技は戦闘の流れを変えられる武器の一つだ。不利な状況も、倒しがたい強敵にも通じる牙。それの運用が著しく制限されてしまった。その上、遠距離系の攻撃手段が少ないレイは、どこかで魔法を入手しようとも考えていた。
エルドラドの魔法体系は大まかに分けて二つ。
新式魔法と旧式魔法だ。
新式魔法は魔法言語を自らに刻む事で詠唱を短縮し、安定した運用を可能としている。本人のMAGに関係なく、威力は常に一定となるのも特徴だ。反面、初級や低級の威力は低くなり、燃費が良いとされる新式魔法であっても中級や上級魔法はそれなりの精神力を要求する。それでも、精神力もMAGも少ないレイにとって魔法を使える現実的な手段だった。それも、この精神力だと諦めることになりそうだった。
もう一方の魔法体系である旧式魔法は最初から論外だ。旧式魔法は新式に比べて精神力の消費量が多く、魔法の詠唱や魔法の可否に別の要素が絡んでくる。それに威力は本人のMAGが左右する。1では覚えた所で意味がないのだ。
「魔法はまたお預けか」
自分の下した選択とはいえ、失った物の大きさに自嘲めいた笑みが浮かんでしまう。
そんなレイの斜め後ろからプレートを覗き見る青い瞳に、少年は気づかなかった。素早く金色黒色の瞳とアイコンタクトを交わし、二人の少女たちはこめかみに青筋を浮かべていた。
ぞわり、と。首筋に悪寒がはしったレイは周囲を見回すも二人の様子には気づかなかった。
辺りをキョロキョロと伺うレイに対してカンネが声を掛けた。
「それでは、レイ殿。次はどちらにご案内いたしましょうか」
「ああ、えっと、そうですね。……レティ、ちょっとこっちへ」
レイはカンネに答える前にレティを呼び寄せ、彼女が肩から提げている革鞄の口を開ける。その中には薬草や、油紙に包まれたモンスターの皮膚などが入っている。レイはそれらを掻き分けて、目当ての物を見つけ、取り出す。鞄から出てきたのは村で貰った端切れを縫い合わせた小袋だ。
カンネの視線が興味深そうに小袋へと吸い寄せられる。
「これの鑑定をお願いしたいのです」
言うと、レイは小袋の口を緩め、中に入れてあった指輪を取り出した。人の指ぐらいの直径をした、銀か何かで出来た指輪は全身が赤く輝いていた。宝石なども付いておらず、捻じれた意匠の指輪は細く、シンプルながらもどこか気品を漂わせている。
「ある迷宮のブレイブサラマンダーと戦った時に手に入れた指輪です。これと同じなのがあと四つあります。これの鑑定をしたいのですが、信用のおける鑑定士など御存じありませんか」
レイの質問に数秒考え込んだカンネは頷くと、自分の胸を叩いた。
「畏まりました。ぼったくりをせず、嘘を吐かず、全てを正直に話す信頼のおける鑑定士を紹介しましょう」
カンネの言葉は大げさではない。世の鑑定士の中にぼったくりをし、嘘を吐き、重要な情報を隠す者は居る。
鑑定士という生き物は自分の目利きだけを頼りに海千山千の世界を生き抜く強者。冒険者が命を削って手に入れて来た戦利品を安く買いたたき、高く売りつける。それが適正価格で行われるなら問題はないのだが、悪品を良品と言い売りつけ、良品を悪品と言い買い付ける悪徳鑑定士はどの街でもいる。そんな奴らからすると物を見る目の無い奴はただのカモとなってしまう。
信頼のおける鑑定士と繋がりを持っておくことは、上級冒険者の必須事項と言っても過言ではない。
オウリョウでそんな伝手の無かったレイとしてはカンネの言葉は頼もしかった。行きかう人ごみの半分しかない背が頼もしく感じられた。
すると、レイの袖をエトネが引っ張る。下を向くと、エトネはあらぬ方向を向いていた。
「おにいちゃん。あれ、なに?」
彼女が指したのは通りに机と椅子を出している酒場だ。未だ昼間だというのに、店先でエールを飲み干す冒険者たちが愉快そうに笑っていた。鎧など身に付けておらず、夏の暑い日差しに耐えかねたように屈強な肉体を外気に晒している。その内の一人の右手が鈍色に輝いていた。最初、レイは小手を嵌めているのだろうと思っていたが、注意してみると何かが違う。
指先から前腕の半ばまでは鈍色の手をしており、そこから上は玉のような汗をかく肌色の腕だ。
肌色と鈍色の境は円形の腕輪のような物が付いている。おかしいのはその鈍色の部分だった。
二の腕よりも細いのだ。屈強な冒険者の分厚い腕の厚みと比べて、鈍色の手は一回り小さい。
―――まさか、義手なのか。
レイは脳裏をよぎる可能性に困惑していた。
命を削る冒険者稼業、腕の一本や二本を無くしてしまうのはあり得ること。そんな彼らのために義手や義足が存在するのは不思議ではない。
レイを悩ましているのは、その義手と思しき手の滑らかさにあった。
鈍色の右手はまるで意志があるように動く。五指はエールが並々と入った木のグラスのツルを掴み、手首が重たいグラスを支えながら口元まで引き寄せ、喉に流し込まれて空になったグラスが机の上に置かれた。その一連の動作に淀みは無い。現代日本でもあそこまでの繊細な動きを可能とする義手は存在しないはずだ。
「義手……にしては動きが綺麗すぎるだろ」
「驚かれましたか。あれはこの街で研究、開発が進められている技術。魔義肢と呼ばれているものです」
先を歩いていたカンネが戻ってきて誇らしげに説明する。
「かつて、『科学者』が生み出した魔法工学製の義肢を分解。現代の技術で再現できる程度にまで構造を簡略化しています。人の意思を汲み取り、思った通りの動作を行える画期的な義肢ですよ」
「動力源は魔石ですか」
「いえ。装着者の精神力です。ですから、使えるのが冒険者や傭兵などの経験値を獲得し、精神力が上昇している者に限られてしまうのが難点ですね。ここオウリョウは、鍛冶の聖地アマツマラと違い、魔法工学の研究と開発を行う技術者の街です。かつて『科学者』であるノーザン・オルストラが生み出した天才的な……研究者の言葉を借りると、世代を幾つも飛ばした道具や武器を今の技術で再現できないかを研究しています」
『科学者』ノーザン・オルストラ。
レイはその二つ名も、名前も聞き覚えが無かったが、その人物について彼女の知らない事を知っていた。魔法工学を生み出した者は間違いなく世界救済を託された13人の『招かれた者』の一人だと。
(『冒険王』エイリークに、『エルフの英雄』イーフェに続いて三人目か。……いや、『魔王』フィーニスも含めれば四人か)
これで名前が判明した『招かれた者』は自分も含めれば五人となった。
その中で、『科学者』については気になる事があった。彼の生み出した魔法工学の道具はどれも自分の居た時代の道具に似通っていた。魔石をくべると光輝く街灯や、冷気を吐き出す冷蔵庫など現代日本の家電と同じ造形だった。
おそらく自分と似通った現代技術のある世界から来た人物だろうとレイは考えていた。そんな人物の技術を追いかけているなら、何かしらの情報を手に入れているかもしれない。
「見学とかはできませんかね。少し興味が湧いてきたのですが」
カンネにダメもとで尋ねると、彼女は二つ返事で了承した。
「可能だと思われます。流石に本日中は難しいですが、日を改めるということなら。……それでよろしいでしょうか?」
「こちらとしては問題ありませんが、そんなに簡単に言っても大丈夫なんですか」
余りにもあっさりと受け入れられたことで逆にレイの方が動揺してしまう。カンネは再度問題ないと言わんばかりに頷いた。
「魔法工学の研究所は国営。形式的にはスヴェン王子の管轄です。ですから、王子の客人の見学を断ることはないです」
喜ぶべきなのは、権力を持った人間を味方に出来たことだろうか。それとも、あんな変態に権力が集中していることを悲しむべきなのだろうか。
世の仕組みに首を傾げているレイだったが、カンネが再び歩き出すと慌てて後を追いかける。下手に距離を開ければ彼女の姿は人に埋もれて視えなくなってしまう。
それからしばらくして、ようやくカンネの足が止まった。どうやら目的地に着いた様子だった。
「着きました。ここの鑑定士なら満足のいく結果となるはずです」
レンガ造りの建物を見上げたカンネは太鼓判を押した。外から見た限りでは中の様子は分からないが、掲げられている看板には虫眼鏡のマークがついている。おそらく鑑定士を表しているのだろう。
躊躇することなく店に入るカンネの後をレイ達は追いかける。
店の中は足の踏み場もないほど、物で溢れかえっていた。錆びた剣に、穴の開いた鎧。実用的とは思えない宝石塗れの盾に、人が持ち上げるには不向きなほど大きな斧。血で赤く染まった首飾りに、水晶の髑髏など、怪しげな品物が山のように積み上がっている。
鑑定士の構える店という事は、場合によっては冒険者の持ち込んだ品物を販売するから古物商を兼ねているのは分からなくはないが、これでは怪しげな雑貨屋にしか見えない。
「何て言うか、随分とまあ汚い店ね。鑑定士らしいといえば、らしい店だけど」
シアラが呆れたように足で踏んだブローチを拾い上げて山の上に置くと、店の奥から声が掛かった。
「珍しく客が来たと思えば、アンタかい。補佐官殿。いらっしゃい」
皺くちゃの老婆がカウンターの奥で暇そうに胡坐をかいていた。積み上げられた品物の上で器用にバランスを取っている。
「お久しぶりです、老子。お元気でしたか」
「ふん。人間、八十も生きてれば元気な所なんてどこも無いよ。嫌味を言いに来たのかい」
随分と刺々しい態度に面食らうレイだが、カンネは慣れているのかスルーすると、レイに向けて視線を向けた。その視線を追いかけて老子と呼ばれた老婆がレイを睨む。
「こちらの方が迷宮で見つけた指輪の鑑定をお願いしたいのですが、宜しいですか」
「なんだ、本当に客だったのかい。どれ、小僧。指輪とやらをこの台の上に置きな」
老婆が差し出した銀のトレイの上に五色の指輪を置いた。赤、青、黄、緑、そして黒の五色の指輪は、色は違うがどれもデザインは同じだった。
懐からルーペを取り出した老婆が指輪を一つ摘まむと、あらゆる角度から調べ上げる。それこそ目が触れそうなほど近づけて調べた老婆は、指輪を大事そうにトレイの上に戻すと、レイを睨んだ。
「驚いたね。……こいつは指輪の形をした基盤だね」
「キバン……ですか」
オウム返しに尋ねるレイに、老婆は肯定するように頷いた。
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