6-6 迷宮殺し
レイは頭の中でスヴェンの申し出を検討した。彼の申し出はどれも好条件と言えた。特に、オウリョウでの滞在に屋敷を使わせてくれることと、トトスの港から軍船でデゼルト国まで運んでくれること。この二つは逆立ちしても欲しい『安全』だ。
それに何より、一国の王子が頭を下げているのだ。それを断る事は彼の面子を著しく傷つける事になる。最初からレイに断わると言う選択肢はなく、一種の恫喝とも言えた。
数秒間、レイは沈黙すると頭を下げた。
「ご厚意に甘えさせてもらう事にします」
「そうか、そうか。なら、決まりだな」
自由な右手で車いすの肘を叩くと、スヴェンは話を次の話題へと進めた。
「それで船が出るまでの間に済ませておきたい用事はあるのか」
スヴェンの質問にレイは迷うことなく答える。
「幾つかありますが最初に済ませておきたいのはステータスの更新と……僕のプレートを再発行してもらう事です」
「なんだ。無くしたのか」
頷くと、スヴェンは自由に動く指を動かしてカンネを呼び寄せた。耳を近づけたハーフリングに二言三言告げると、レイに向かって言う。
「レイ。俺はこの通り、動くこともままならない。そこで、街の案内をカンネに任せようと思う。支払いも、こやつに申し付ければ万事上手く行く」
「それは……正直助かりますけど、宜しいのですか。だって、王子の方が」
助けを必要としているでしょうとは言えなかったが、書類仕事をするにしても今の王子が一人でこなすのは難しいはず。すると、スヴェンはダリーシャスの方を向いた。
「問題なかろう。ダリーシャスに手伝ってもらうからな」
「……はて。先輩。俺の耳が腐ってなければ、いましがた、俺の名前が聞こえたように思えるのですが」
嫌な予感から引きつった笑みを浮かべるダリーシャスに対して、スヴェンは包帯の下で笑みを浮かべた。
「大丈夫だ、安心しろ。お前の耳は正常だ。お前、ここに残って書類仕事を手伝え」
「はぁ!? 何で俺が手伝わなければならないのだ!?」
心底嫌そうに言う後輩に先輩は冷徹に返した。
「お前。まさかと思うが街中をブラブラできる身だと考えているのか」
「……むぅ」
「この街は軍事機密が多い分、シュウ王国の中でも厳重に身元や手荷物を始めとした積荷の確認をしているが、それでも忍び込もうとする者は後を絶たない。すでに貴様に対するデゼルト国からの刺客が罠を張っているかもしれん。それなのに街を出歩くというのか」
「……むぐぐ」
スヴェンの正論にダリーシャスは返す言葉を無くし、への字に結んだ唇を震わす。
「俺の預かる街で余計なもめ事は起こしてほしくない。大人しく、ここで時間を潰していろ」
「……分かりました」
諦めたように肩を落とすダリーシャスが合図だったのか、カンネが扉の方へと向かう。レイは慌てて立ち上がるとスヴェンに向けて頭を下げた。
「それじゃ、カンネさんをお借りします。ダリーシャス。あとで迎えに来るから待ってなよ」
「土産を頼むぞ。酒に……つまみも頼む」
ダリーシャスの気落ちした声を背に、レイは扉から廊下へと出て行く。外の兵士たちが廊下から扉を閉めたのを確認すると、ダリーシャスは起き上がった。
先程までの気落ちした様子が嘘のように、冷徹すら感じされるほど冷たい表情を浮かべていた。佇まいも、僅かばかりに敵意に近い物があり、警戒心を強めている。
まるでこれから戦が起きるかのように。
「それで、殿下。俺に何の用なんですか」
「何の用とは、何の事だ」
「恍けないでください。あれだけあからさまにレイを追いだして、俺と二人きりになろうとするのは何かしらの狙いがあっての事でしょう」
一見すると、スヴェンの説明は間違っていない。ダリーシャスを狙う刺客がこの大都市に潜りこんでいる可能性は高く、下手に人ごみの多い場所で襲撃を受ければ、周りに被害が及ぶのはありえる。
ダリーシャスは爆弾のような存在なのだ。既に導火線に火はつき、いつ爆発してもおかしくない危険な存在。
それをむやみに街中に放つのはリスクが高い。
だからといって、その爆弾を南領のトップである執政官の執務室に置いておくのも危険だ。それも中に護衛も見張りも付けず、二人きりになっているのは危機感が足りないといえた。
つまり、何かしらの狙いがあるからだとダリーシャスは踏んでいた。一拍を開けた後、スヴェンは口を開いた。
「……いや。特にないぞ」
「……はぁ?」
思わず、肩の力が抜け、顎が落ちそうになるのをダリーシャスは堪えた。全身に漂わせていた緊張が抜けていき、白けた空気が流れる。
「見ての通り、自力で車いすも動かせない体なのだぞ。人手が必要なのは本当だ。それに、お前の刺客がいくらか血迷っていてもここに直接来るような馬鹿では無いだろ。そんな馬鹿を雇っているようなら……むしろここで潰した方がいいくらいだ」
淡々と言葉を重ねる姿に、ダリーシャスは戦慄する。この男、本気で自分を小間使い代わりに使う気だ、と。
思い返せば、学術都市の大学時代。同じ師の元で学んでいた時も、顎で良くこき使われていた。やれ、宴会を開く場所を作れ、遊女を呼べ、酒が足りないなど昼も夜も無く呼び出されていた。この暴君とその仲間たちに振り回された同士たちは元気にしているのだろうかとダリーシャスは現実逃避をしてしまう。
「ほれ。書類が溜まっているんだ。悪いが全部片付けるまでは、俺も貴様もここから出る事は叶わない。なぜなら、外の兵士は俺をここに閉じ込めておくためにカンネが用意した見張りなんだからな」
「いやだぁぁぁ!!」
ダリーシャスの絶叫が役場の外まで響き渡る。
役場の裏手に馬車と馬を止めたリザ達の耳にダリーシャスの悲鳴がかすかに聞こえた。何事かと顔を見合わせたが、ダリーシャスの事だからそこまで問題ではないだろうと考える。
それを裏付けるかのようにレイとカンネが何事も無かったように姿を見せた。
「お帰りなさいませ、ご主人様。それにカンネ様」
馬車の前で待っていたリザが頭を下げると、馬車の中で待機していたレティたちも降りて主を出迎える。そこにダリーシャスの姿が無い事に気が付くとレイに尋ねた。
「ねえ、ご主人さま。ダリーシャス様はどうしたの?」
「あの人は執務室でお留守番だよ。下手に街中をうろついて刺客に襲われたら大変だろ」
それに納得したのかレティたちは意識からダリーシャスをいったん追い出した。その代りにカンネの方を見た。どうして補佐官がココに居るのだろうか、と。
その疑問に本人が答えた。
「主の命により、街の案内を仰せつかりました。屋敷に向かうまでの間、御同行させて頂きます」
「……主様、屋敷ってどういうことなの」
シアラの質問にレイは全員に対してスヴェン王子との謁見での一部始終を説明した。彼が自分との決闘によってテオドール王の懲罰を受け、詫びをしたいと申し出た事。この街での滞在期間中の費用を出す事と、安全な場所として自分の屋敷を提供する事。それにデゼルト国までの足として軍船を用意してくれることになったと。
三つの申し出の内、二つまでは全員がもろ手を上げて喜んだが、ただ一つ。スヴェン王子の屋敷に泊まる事にだけリザとシアラが反応した。
「……あの王子の元に留まるのですか」
「……この子らを連れて?」
頬を引きつらせて、レティとエトネを見る二人。幼女らは何の事だか分からず首をかしげていた。
彼女たちの心配している理由は、王子の性癖にある。
スヴェン王子はロリコンである。
レイに決闘を吹っ掛けた理由も、レイがレティを戦奴隷としているからという無茶苦茶な理由だった。後から、あの決闘に裏があり、決闘を吹っ掛ける事が目的だったと判明したが、それでもこんなことを口に出来るぐらいの変態なのは変わらない。
今更ながらに彼の病的な変態性を認識し、レイは顔を青ざめた。レティたちを遠ざけて緊急の話し合いが開かれる。
「ど……どうしようか。今からでも断りを入れようか」
「いえ。一度申し出を受け取りながら断われば、王子の顔に泥を塗ってしまいます。その方が余計に不興を買ってしまいます」
「とにかく、滞在中はあの子らから目を離さないようにしましょう」
シアラの結論に全員が固く結束した。それを眺めていたカンネが苦笑いを浮かべつつ口を開く。
「それで、レイ殿。まずはギルドの方に向かうので宜しいですね」
「あ、はい。そうですね。ギルドはここから遠いのですか」
「いえ、向かいの建物です。ほら、あそこ」
カンネの指先には、確かにGIRUDOと書かれた建物が鎮座していた。吸い込まれるように冒険者が扉を潜っていく。
レイは各自に貴重品を持たせると、キュイ達を置いてギルドへと向かっていく。
オウリョウのギルドは今まで訪れたギルドの中でも指折りに危険な匂いがした。楽しげに仲間と歓談する者や、ボードに貼りだされたクエストを取り合う者。換金した魔石の金額にケチを付ける者など、何処のギルドでもおなじみの光景なのに、冒険者から発せられる圧が他のギルドよりも濃かった。
感覚の鋭いエトネは見るからに圧倒されているのかレイの手にしがみ付いて離れようとしない。安心させるように手を握り返すと、カンネが口を開いた。
「この辺りは迷宮が無いのですが、南部に広がるメスケネスト平野のモンスターを刈るのを生業とした冒険者が多く訪れます。そのせいもあって、上級冒険者の巣窟ですね」
「あれ? でも、迷宮を出たモンスターって、強さは変わらないのに得られる経験値が低くなってうまみが少ないと聞きますが。それでも人気があるんですか」
迷宮を脱出したモンスターは、どこかの土地を根城にしてコロニーを築く。多くのモンスターは短命であり、短いスパンで代替わりを果たすのだが、代替わりしていくたびに魔石の力が弱まり、価値が低くなっていくのだ。その上、モンスターの持つ経験値も低くなる。それなのに、強さは変わらないため冒険者からするとうまみが少ない。
そして、ある時を境にモンスターは魔獣と呼ばれる危険な動物へと存在が変化する。
冒険者の多くが迷宮に潜るのは、そちらの方が、効率的に金と経験値を稼げるからだ。命を駆けた商売。同じリスクを払うなら、より高い報酬が手に入る方を選ぶ。
「はい。ですから、ここのギルドではモンスターの体から採れた素材や、肉などを他所よりも高値で購入しています。他にも高額の討伐クエストを街が発行しています。こうすることで、腕に自信があり、なおかつ金に飢えている冒険者が集まるようになります。その分、ガラは悪いですが」
確かにカンネの言う通り、ここの冒険者は上品とは言えなかった。先頭を歩くレイに対する視線は余りにもはっきりしていた。
侮蔑だ。
連れているのがすべて少女。本人も年の若い少年という見た目もあってか、彼らは無遠慮な視線を向けていた。
「何時からここはガキの集まる場所になったんだよ」「子供は砂場で遊んでなよ」「それともあれか? そいつのじゃ、満足できなくて俺達の太いのを使いたいのか!?」
視線だけでは飽き足らないのか、野次を飛ばす連中まで出て来た。リザがきつく睨んでも、彼らは動じることなく、卑下た笑いを放つ。
「あら、カンネ様ではありませんか。本日はどのような御用ですか?」
人ごみをすり抜けたハーフリングはいち早くカウンターに辿りつくと、顔見知りのギルド職員に用件を伝えた。
「此方の方たちのステータスの更新。それと、プレートの再発行をお願いします」
そして、一拍開けると彼女にとって背の高いカウンターを懸垂の要領で昇ると、職員に耳打ちした。
「殿下の客人です。くれぐれも粗相の無いように」
耳打ちされた職員は一瞬驚くも、直ぐに営業スマイルを浮かべてレイ達に応対する。
「いらっしゃいませ、冒険者様。ステータスの更新と、プレートの再発行ですね。御用件は以上でしょうか?」
「追加で、魔石の換金をお願いします」
レティが割り込むと、鞄から取り出した袋をカウンターの上に置いた。口紐を緩めると中にはブレイブサラマンダーの魔石を始めとした、シアトラ村で倒したモンスターの魔石がみっしりと詰まっていた。
魔石を恭しく受け取った職員は
「少々、お待ちください」
と、言うと換金所の職員に魔石の鑑定を頼み、戻ってくるとカウンターの下から水晶球と真新しいプレートを取り出した。彼女はぐるりとレイ達を見回して、
「それでは、プレートを無くした冒険者様はどなたですか?」
と、尋ねる。レイが一歩前に出て答えた。
「分かりました。それでは、この水晶玉の上に手を置いてください。行う事は最初にプレートを作った時のと同じです」
職員の説明にレイは記憶を遡ろうとして―――意識が途切れた。
(……またか。またなのか)
まるで見えない壁に弾かれるように、レイの意識はある事を思い出そうとするたびに遮られてしまう。
ネーデの街のギルド。
レイにとって初めて訪れたギルドだ。間取りや、ベッドの感触。屋上で感じた風や、ファルナを失って咽び泣くオルドの絶叫。そしてゲオルギウスを待ったあの日の夜空。
そう言った事は思い出すことはできる。
だけど、ある一点。
ある一点を思い出そうとするたびにレイの記憶は、意識は弾かれてしまう。
■■■を思い出そうとして―――意識が途切れてしまう。
これが《トライ&エラー・グレートディバイド》を使った代償だ。レイの親しい人物の中から一人を選び、奪う。レイは奪われた人の名前も、顔も、匂いも、声も、思い出も、何一つ思い出せないでいた。
コウエンに言わせると記憶の欠落では無く、認識の欠如。知覚できないのではないかと彼女は推測していた。
レイの記憶を読み取れる彼女が、宙に書いた火文字もレイの目には黒い靄がかかって見えた。おそらく、顔を見ても、声を聞いても、肌が触れても、レイには理解できないのだろう。
それが進化した《トライ&エラー》が要求した代償だった。
このことをリザ達にはまだ打ち明けていなかった。
親しい人物を認識できなくなるという事は、彼女たちも間違いなくその中に含まれている。いつか、彼女らを見る事も話す事もできなくなると告げるのは、レイに出来なかった。
「どうかしたの、おにいちゃん?」
エトネが心配そうに見上げたのをレイは何でもないと返すので精一杯だった。
右手はエトネを掴んだまま、レイは左手を水晶球に乗せた。すると、水晶球の中は光に溢れ、一筋の光がプレートを焼く。
十秒ほど続いた光は急速に収まり、後には文字が刻まれたプレートが残った。職員が熱を発しているプレートを持ち上げ、刻まれた情報を読み上げる。
「《ミクリヤ》所属のレイ様……ミ、《ミクリヤ》のレイ!?」
突如、職員は大きな声を発した。それはギルドの建物を揺らし響き渡ると、建物内は水を打ったかのように静かになった。
誰もがぽかんとした表情でレイを見つめていた。
「おい。いま、《ミクリヤ》のレイって言ったか」「ああ、そう聞こえたよな」「黒髪に白髪。そういや、酒場で聞いた容姿と同じじゃねえか」「若いとは聞いていたけど、本当にガキじゃんか」「《ミクリヤ》のレイって、あの『赤龍落し』に参加した一人だっけ」「馬鹿。あれは《紅蓮の旅団》の新鋭ファルナだろ。レイは……ほら、最近話題のシアトラ村とかの迷宮の」「ああ! 『迷宮殺し』の事か!」
レイは思わずカウンターに自分の額を叩きつけてしまう。
(な、なんだよ『赤龍落し』に『迷宮殺し』って!?)
実は、レイの与り知らない所でレイに関する噂話が広まっていたのだ。スタンピードが発生してから二カ月半。シュウ王国は一連の事態を各国への事情説明として報告書を提出した。同時に、重税や復興で疲れ切った民衆への癒しとして吟遊詩人にスタンピードを題材とした英雄譚をいくつも作らせたのだ。A級冒険者のオルドの檄。赤龍の登場。テオドールの出陣。スヴェンの援軍。どれもこれも話には事足りる題材。
なかでも、『赤龍討伐』の辺りは一番の見どころとなっている。団長であるオルドの一人娘にして、新鋭と謳われる若き女戦士ファルナが地下に集まった冒険者と共に赤龍を引きずり下ろす『赤龍落し』の下りは人気が高い。
その中でレイの名前はちらりと出ていたのだ。
加えて一月半前のシアトラ村の事件。迷宮が消えるという珍しい出来事とそこから帰って来た冒険者の名前は、村を訪れた商人たちの口から広まっていき、レイの名前は村の近隣で有名となっていた。
ギルドに詰めていた冒険者たちはレイの事を値踏みするように見る。
自分の噂話が広まっているとは露とも知らなかったレイは、先程までの下に見ていた嫌な視線が、むず痒い物に変わっていくのに耐えなければならなかった。
主の気持ちを察したリザ達は大急ぎで自分たちのプレートを差し出し、ステータスの更新を終え、換金の済んだガルドを受け取ると逃げるようにギルドを飛び出したのだった。
レイは新しい称号を手に入れた。
読んで下さって、ありがとうございます。




