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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-5 謝罪と詫びと詭弁 改訂版

※港町の下りを一部変更。

 通された執務室、その最奥にある机にて仕事をしていたと思しき男は、ピラミッドで眠るミイラ男のような出で立ちだった。


 偉そうにふんぞり返るミイラ男は頭のてっぺんから足元まで全身至る所に包帯が巻いてある。左腕は首に巻いてある布に吊るされ、唯一自由な右手で印章を押している。その右手も、ぐるぐると巻いてある包帯と添え木で膨らみ、固定されている。


 顔も当然のように包帯が巻かれており、隙間から覗く双眸だけがレイ達を捉えて離さなかった。レイは恐る恐る尋ねた。


「えっと……もしかしてスヴェン殿下……であってますか?」


「おうよ。いかにも、俺はスヴェン・ヴィーランド。お前さんとはアマツマラでやりあって以来だな。息災そうで……とはいかねえようだな、互いにな」


 スヴェンはレイと同じように困惑しているダリーシャスをちらりと見た後、首を動かしてカンネを見ようとする。だけど、包帯で固定されているのか中途半端な角度になる。


「賭けは俺の勝ちだな、カンネ」


「はて? 何か賭けなんかしましたか?」


「あ、ズルいぞ。この姿でも俺が誰か分かるかどうかって賭けしただろ! レイは見ての通り一発で分かったぞ」


「相変わらずの間抜けぶりですね。執務室の主のように振る舞っていれば、大抵の人間は貴方をスヴェンと見破りますよ」


 実の所、レイがこのミイラ男をスヴェンだと見破れたのは彼の背後の壁に飾られている大剣レムナントのお蔭だ。あれが無ければ、とてもミイラ男がスヴェンだという発想は無かった。


 カンネに促されてレイとダリーシャスは執務室の中央付近に置かれたソファに座る。重厚そうな足の低い机の向こう側には何故か椅子は無かった。


「まさかとは思いますが、僕らを騙すためだけにそのような格好をしているんですか」


 思わず尋ねてしまうと、スヴェンが笑って否定した。


「違う、違う。これはれっきとした怪我だ。もうかれこれ……二月になるのか」


 二月前と言われてレイの脳裏にあの決闘が蘇る。その場にもいたらしいダリーシャスが、


「レイ。其方の負わした怪我は中々深いようだな。御覧の有様だ」


 と、茶化す。


「いやいや! アンタも見てたから知ってるでしょ。僕は手も足も出なくて一方的に負けたって事を!?」


 突然始まった決闘だからなんて言い訳はしないが、それでも心の準備もしないまま一方的に仕掛けられ、死ぬ寸前だったのは覚えている。


 まだ《生死ノ境》を保持していたころの話だ。


 ゆっくりと迫りくるレムナントを乱入者が止めてくれなかった確実に死んでいただろう。


(そういえば、あの時の人物は一体何者だったんだろうか。碌にお礼も言えずにアマツマラを出たからな)


 決闘の事を思い出していたら、スヴェンを乗せた車いすをカンネが押して、第二王子をレイ達の対面に置く。正面の空間にソファが無いのはこれが理由だった。


「この傷は親父殿に付けられてな。包帯の下は殴られ、蹴られて痣だらけの全治半年。しかも、ヒーラーに癒してもらうなときつく言われてね。ばれたらもう一月分、きっちりと延長させてやると脅されてしまった」


 ケラケラと笑うが、とても笑っていられるような状況には見えなかった。机に隠れていたから分からなかったが、両足も折れているのか石膏で固められており、自力で歩けないようだ。つい一月半前の自分よりも酷い状況のように思えた。


「兄上経由で其方との決闘を知られてしまってな。いつもなら俺が無茶した時、兄上が間に入ってくれるんだが、今回ばかりは兄上もお怒りになられて……正直父上よりも怖かったぞ、あれは」


「自業自得です。しょうもない企てをする前に一言ぐらい相談しておくべきでしたね」


 紅茶を客人の前に置いたカンネがスヴェンの背後に回って直立不動の姿勢を取る。どうやら座るつもりは無い様だ。


 しかし、レイはそれどころじゃない。


 聞き逃せない言葉を聞いた。

「……企みってどういうことですか」


 レイの声に険が混じる。ダリーシャスが場のきなくささを感じいつでも動けるように重心を前に倒したのは、幾つもの修羅場を潜り抜けた経験則からだ。


「あの決闘には何かしらの……貴方の思惑が介在していたと考えて宜しんですね、スヴェン殿下」


 問い質されたスヴェンは少し困った素振りを見せつつも肯定する。


「おう。あの決闘には意味があった。それを説明するために今日はわざわざ来てもらったんだ。本来ならこちらから出向いて謝罪するべきなのだが、生憎とこの体だ。下手に動き回ると周りに迷惑を掛ける」


 そう前置きしてから彼はあの決闘に隠された真意を説明する。


 全てはシュウ王国の次期王位に関する策略の一つだった。現在、二人いる王子の内、王に相応しいのは兄である第一王子スクリロだとスヴェンは考えていた。王の重責を担うつもりは自分になく、さっさと兄が王位を継いで、気ままに冒険者稼業でもしたいと考えていた。


 ところが彼の思惑とは裏腹に、軍部とそして何より民衆からの人気は圧倒的にスヴェンの方が高いのだ。原因は日頃の知名度の高さもあるが、一番はスタンピードのせいだ。


 首都陥落寸前の状況で援軍を率いて防衛したスヴェンは一躍英雄として名を馳せてしまった。


 今回のスタンピードを受けてテオドールは近いうちに王位を譲るつもりだと周囲に漏らしており、それは当然のように長兄であるスクリロに受け継がれるはずだ。ところがここに来てスヴェンが年功序列というルールを無視してもおかしくない程の功績を上げてしまった。元から軍部はスクリロとそりが合わない事もあり、スヴェンを王に押す声が高まりつつある。


 そこで自分の名誉を落とし、なおかつ兄の名誉を上げる策をスヴェンは考えた。


 レイはその策に巻き込まれたのだった。


「つまり……僕を助けてくれたあの人がスクリロ王子という事なんですね」


「ああ。赤龍戦において冒険者として活躍したお前を助け、弟の蛮行を諫めた兄上は民衆に対して王族としての正しい振る舞いを印象付けた。スタンピードの最中に遅刻したという印象を上書きしたのだ。その上、俺はこの通り親父に叱責され追放された事で民衆からの人気は下がるという筋書きだ。……まあ、親父殿がここまでキレるとは想定外だったが」


 開いた口が塞がらなかった。どうやら、ダリーシャスによってデゼルト国のお家騒動に巻き込まれる前にシュウ王国のお家騒動に巻き込まれていたようだ。


「しかし、最後の一撃。兄上が間に合うとは分かっていたが本気で振るってしまった。其方の命を危険に晒したことは事実だ。許されよ」


 可動域が狭まった首を折り、スヴェンは謝罪の言葉を続ける。


「金で詫びをするといわれるかもしれんが、この状態の俺が其方にできる詫びはやはり金しかない。この街で滞在する間の費用は全て俺が自費で出そう。それに、滞在中の宿も屋敷を提供しようと思う」


「それは……そこまでしてもらう必要は」


 レイが断ろうとするが、スヴェンが先に言葉を重ねた。


「受け取っておけ。少なくとも、オウリョウに居る間は一番安全な場所だと自負しているぞ」


 そして、視線がレイからダリーシャスへと移る。


「さて。挨拶が遅くなって申し訳ない、ダリーシャス王子。このような姿で挨拶する無礼、許されよ」


「いえ、殿下。これは記録に残るような正式な会談ではありません。非公式な会談なれば、無礼講といきましょう」


 二人は穏やかに言葉を交わしつつも、目は笑っていなかった。隣に座っているレイが圧倒されそうになるほど、互いに冷たい刃を潜ませている。これは相手の言葉尻を捉える、もう一つの戦闘だ。


「そうでしたな。確か報告では……ダリ―・マルギス……偽名にしても随分と雑な物をお使いになられている」


「ふふ。重要なのはダリーシャス・オードヴァーンがシュウ王国に入国したという証を残さないようにすること。偽名などあまり意味はありません」


 不敵に笑う両者だったが、その笑い声は次第に大きくなり、爆発するような笑い声になった。


「はっはっはっ。ダリ―・マルギスだぁ? 随分とばかげた名前を使っているな!」


「馬鹿げたとは何ですか。それを言ったら、先輩こそ人の事は笑えませんぞ、その姿!」


「あ、お前。それは言っちゃいけないだろ。これでもかなりマシになったんだぞ。何しろ最初の一月はベッドの上から動けず、そんな状況でも書類仕事をしていたんだ。どう考えても鬼だぞ、この女は」


「当たり前でしょうが。スタンピードが終わっても帰って来ず書類が溜まる一方。やっと帰って来たと思ったらこの有様なんですから。腕が動けて、頭が回るのならそれで十分です」


 二人の親しげな仲に驚かないカンネは平静を保っているが、レイは驚きのあまり口を開いたままだった。面識があるとは先ほど言っていたが、それにしては随分と砕けた様子。レイの驚きに気が付いたダリーシャスが説明する。


「俺とスヴェン殿下は同じころに学術都市の大学で学んでいた、いわば学友だ。入学した時期は殿下の方が先だったので、先輩と呼んでいたが、いまだにその癖が抜けないのだ」


「学術都市に大学があるんですか」


 レイの率直な言葉をスヴェンが肯定した。


「うむ。俺達が学んだところは王族や貴族の子弟が集まるようなところだが、一般に門を開いた学び舎もある。何しろあそこは様々な叡智が集まる知の都。優秀な学者なども排出されているぞ」


 懐かしそうに語るスヴェンにそれを聞くダリーシャス。二人はひとしきり過去の話をすると、スヴェンがダリーシャスの背後を見て尋ねた。そこに居るはずの誰かを見つめるかのように。


「時にダリーシャス。其方の従者はどうした。留学中も影のように傍に付いてた、あの者は?」


 じわり、と。


 それが誰を指しているのか分かったレイは心に刃が食い込んだような痛みを感じた。ここにいるはずの、ダリーシャスの傍にいるべき存在、ナリンザ。彼女はもう居ない。


「あの者は……御霊に昇った」


「……そうか。無礼な事を聞いたな。許されよ」


 首を横に振ったダリーシャスだが、あからさまに気落ちした表情を浮かべた。そして場の空気が沈痛になると、スヴェンが更に切り込んだ。


「失礼ついでに、少し込み入った話をさせてもらうぞ、ダリーシャス。其方の故国についてだ」


 視線が沈んでいた二人はその言葉に反応して顔を上げた。スヴェンは言葉を選ぶように慎重に語る。


「其方の祖父。現国王が倒れてからすでに三カ月半。国葬の報せも無い事を考えれば存命なのは間違いないだろう。それなのに其方の父らは合議制の会議を続けているようだ。これをどう見る」


 問われたダリーシャスはしばし黙り込んだあと、自らの国の内情を他国の王子に明かすという愚行を承知の上で語る。


「おそらくですが、祖父は軟禁されているのでしょう」


「軟禁!?」「やはりか」


 全く別々の反応を見せたレイとスヴェンにダリーシャスは説明を続ける。


 デゼルト国は力ある十四氏族の族長と王による会議で国が運営される。大抵の王は王になる過程で十四氏族のうち、いくつかの氏族を味方につけて王となる。その王が玉座に居る間、会議は王とその氏族らの思う通りに動くいわば独裁状態となる。


 ところが、王が倒れ公式の場に姿を見せ無くなれば、王の代わりに王族達が会議に出席することになる。会議から一番の権力を持っていた存在が消え、合議制の会議となるのだ。


 合議制の会議は次の王が神前投票で決まるまでは変わらない。


 問題は、その期間が長すぎるのだ。


「現王が倒れられた時、俺の元には多くの情報は入ってこなかった。いつ、どこで、どうして倒れられたのか、いまどのような状態なのかもわからず、一方的に神前投票の開催と帰国の命令が下された。仮に、現王の状態が思わしくないのなら、すでに死んでいるはずだが、そうなると国葬を開く必要がある。その知らせが無いと言う事は、生きているはず。では、生きているのならば、どうして公の場に出てこないのか」


 ダリ―シャスは指を二本立てて、可能性は二つと言う。


「実は、病床という知らせ自体が偽りで、最初から軟禁されている可能性。そして、本当に病床の身であったが、体は回復した。けれど、王族の誰かによって、あるいは全員の同意の元、軟禁されているかのどちらかだ」


「前者は何となく分かるけど、後者はどういう事なんですか」


 前者ならば、話は簡単だ。現王を軟禁し、病気を理由に王位から引きずり下ろして自分が玉座につこうとする勢力の仕業だ。古今東西、玉座を取り合う時によくある話だ。


 しかし、後者だと意味が分からなかった。なぜ、回復した現王を拘束する必要があるのか。


「現王が復帰すれば、神前投票がお流れとなってしまう。それでは不味いのだろうな。父上も、叔父上も自分の勢力を拡大させる為に相当な手間暇をかけているはず。それを全て水に流せと言われても、はいそうですかと頷けるわけがない。あの二人は玉座を求めて、崖から飛び降りた身。いまさら時を遡り、崖の縁に戻る事は出来まい」


「……神前投票を行うために、現王を軟禁している訳ですか」


「うむ。それが父上なのか、あるいは叔父上なのかは分からん。あるいは本当に国王は回復しないでいるのかもしれんが……それで殿下。急にこのような話題を出してどうされたのですか?」


 ダリーシャスの橙色の瞳が鋭くスヴェンを睨む。


「もし、今回の神前投票にシュウ王国が絡むというのなら、申し訳ないが私はこの街を直ぐにでも離れましょう」


 言葉の通りに席を立とうとする。


「待て、待て、待て! これは親父の指示だ!」


「親父というと……テオドール陛下の。それは一体?」


「いいから席に戻れ。……親父はな、随分と其方を気にしているのだ、レイ」


「ええ? 僕をですか」


 スヴェンがああ、と肯定すると言葉を続けた。


「其方にちょっかいを出した後も、其方の向かった先で起きた迷宮絡みの騒動を聞いて兵を派遣したり冒険者を派遣するようにギルド長に働きかけたり。その上、村でダリーシャスと共に居ると聞き、こっそりとA級冒険者に護衛をやらせたと聞く。それほど、其方の無事を気にしていたのだ」


「A級冒険者。それってディモンドさんの事?」


 しかし、ディモンドは日夜迷宮に潜っていたこともありレイの傍を離れていた。とてもじゃないが護衛の取る行動では無い。するとスヴェンは意外な名前を告げた。


「『双姫』ロテュス殿だ。あの方に遠くから其方らの護衛をさせていたそうだぞ」


「ロテュスさんが!?」


 レイの脳裏に美しいエルフの戦士が蘇る。単独で行動する冒険者のロテュスが自分のために護衛をしていたのかと驚いた。同意するように頷いたスヴェンに対して、カンネが懐から一枚の手紙を取り出し渡した。


「ああ。それで親父からの伝言でな。……レイ。其方が望むならダリーシャス王子の護衛をこちらで用意しよう。其方は好きに旅をしてよいのだぞ。……だそうだ。お前の無事を案じての申し出だな」


 突然の申し出にレイは―――戸惑わなかった。居住まいを正し、頭を下げる。


「陛下の温情、ありがたく頂戴します。ですが、これは僕が引き継いだ役目です。この人を首都まで連れていくと決めました。だから、僕らにやり通させてください」


 その姿を見たスヴェンは頷くと、テオドールからの手紙を破り捨てた。


「そうか。だが、少しばかりは俺にも手伝わせろ。其方は船の手配を如何した?」


「いえ、まだ決めてませんが」


「ならばちょうどいい。海軍は俺の担当ではないがこれでも自由に動かせる船が一隻ある。あと一週間もすればトトスに寄港する。オウリョウからトトスまでは馬車を使えば二日もかからんから、この街で四、五日ほど過ごして、出立すればちょうど時期が合う。それを使え」


「待ってくれ。殿下の……いえ、シュウ王国の軍船に乗って帰国したと知られるのは不味いのですが」


 神前投票はデゼルト国の未来を左右する重要な儀式。そこに他国の思惑を介入させるのは危ないと判断したダリーシャスが口を挟む。


「ふむ。何処がまずいのだ。俺はシュウ王国に向かう知人のレイのために船を用意するのだ。レイが誰を同行させるのか。それはこちらの与り知らぬ事。例え、デゼルト国側から要人を乗せたといわれても知らぬ存ぜぬを貫き通すぞ」


 堂々とした物言いに、ダリーシャスもレイも言葉を無くした。しばらくしてから、レイが呆れたように、


「それって、無茶苦茶な詭弁ですね」


 と、言うと、スヴェンは包帯の隙間からウィンクしてみせた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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