6-2 旅の再開 『後編』
レイとレティが村の玄関へといくと、そこには人だかりに囲まれて、一台の馬車が止まっていた。人だかりを掻き分けて馬車へといくと、そこに待ち構えていた少女に睨まれた。
「遅いわよ、主様! もう、荷物の積み込みは終わってるわよ」
眦を吊り上げ、腰に手を当てて怒る少女は、レイとの身長差から見上げる形となる。紫がかった黒髪は波打つように広がり、少女の怒りに合わせて動いているかのように揺れる。
「ごめん、シアラ。遅くなった」
謝るレイを数秒見つめたシアラは何かを察したかのようにため息を吐いた。視線はそのままに、レイを呼びに行ったレティに尋ねた。
「ねえ、レティ。主様は確か、体がちゃんと動くかどうか確かめる程度に、ディモンド様と軽く手合わせして来るって言ってたわよね。決して! 本気にはならないからって。そう言っていたわよね」
そうだよ、と返したレティにシアラは重ねて尋ねた。
「実際の所、本気で手合わせしてなかったかしら?」
レイは必死にレティにアイコンタクトを送る。黙っていてくれとメッセージを込めたそれを受け取ったレティは、
「本気でやってたよ」
あっさりと主を売り飛ばした。
「あ、こら。レティの裏切者! 薄情者!」
白状したレティはレイから逃れるように、馬車の影に隠れるように消えてしまった。残されたレイは金色黒色の視線から逃れられないでいた。
数秒が、数時間にも感じられるような痛い沈黙の後、レイはしぶしぶ認めた。
「……はい。軽く手合わせする程度で終わらせると言いました」
「ああ、良かったわ。ワタシの記憶力が衰えているかと思ったわ。……本気でやったのは主様だけのようね」
遅れてやって来たディモンドとレイを見比べて、どちらがより消耗しているか見定めたシアラはじろりとレイを睨む。
「ねえ。一応、ヒーラーたちの診断では大丈夫って言われてるけど、ほんの十日前までは松葉杖なしだと歩けなかった事、忘れてない?」
「忘れていません。……でも」
「でも?」
シアラの金色の瞳が凍てつく様な視線を放つと、レイは押し黙ってしまう。これは一種の技能攻撃じゃないのかと頭の片隅で思ってしまうほどきつい視線だ。
しばらくレイを睨みあげたシアラは、再度大きなため息を吐いた。まるで肺の中の空気を全て吐き出すような長いため息の後、静かに尋ねた。
「それで。自分としてはどうなの? もう、問題なさそうなの?」
「……ああ。大丈夫だよ。戦闘も参加できる。ですよね、ディモンドさん」
「だの。あいだげ動つもっけるんだば、もう旅ばしても問題ねはずだ。だはんで、そっちのかわいいわらし。そったらさ心配すらごどはねぞ」
ディモンドに指摘されると、シアラは耳を赤くしてそっぽを向いた。もごもごと、誰が心配なんかと呟くのを見て、レイは今更ながらにシアラが自分の体を心配してくれていたんだと理解した。
「心配かけて、ごめん。もう、本当に大丈夫だから」
「……なら、良いわよ」
そっぽを向いたままのシアラだが、口元には薄い笑みが浮かんでいた。すると、止まっていた馬車の後部が開き、幌の隙間からリザが降りて来た。
レイの姿を見て、次いでシアラとディモンドの様子を見た彼女は何が起きたのか直ぐに察した。ため息を吐くと、レイに向けて短く告げた。
「体がどこまで使えるように戻ったのか確認するのは正しいですが、それで無理をして大怪我をしては元も子もないですよ、ご主人様」
「……返す言葉がありません」
「まあ、お小言はシアラが済ませたようですし、御無事な所を見ると完調したようですね。おめでとうございます」
目出度い事なのかどうか内心首を捻ってしまうが、リザの祝辞を受け取るとレイは周囲を見回した。シアトラ村の玄関には多くの村人が集まっている。村人の中には村長やイヴァン、ステルマとその家族たちもいた。
村人以外にも、《オルゴウス》のメンバーや、アマツマラから派兵された兵士。そして、何の騒ぎだと不思議がり、野次馬として集まった商人たちだ。
だけど、レイが探している人物はその中に居なかった。レイはリザとシアラに尋ねた。
「ねえ、ダリーシャスはどこに居るんだ。もう、馬車に乗っているのか?」
二人はレイの質問に頬を引きつらせると顔を見合わせた。そして、代表するようにリザが重い口を開いた。
「その……ダリーシャス様は……離れた所にある井戸の傍で……休んでいます」
「休むって、どういうこと。これから出発するって言うのに」
レイが病気か何かなのかと重ねて尋ねると、リザは曖昧な笑みを浮かべていた。代わりにシアラが短く告げた。
「単なる二日酔いで死んでるのよ」
「……二日酔いって……ああ、昨日のか」
シアラの言葉から、レイは昨晩の宴会を思い出した。数日前、レイの足が旅に耐えられると診断された時、村長に村を離れる事を告げた。
元々、この村に長居する予定は無かったのが、これほど長くなるとは思っていなかった。さらにこの村には大変世話になった。
村に滞在している間、食事や寝る所の手配、更には足が動かないレイの世話なども村ぐるみでやってもらっていた。それもタダで。村長は村の為に戦ってくれた報酬としては安いぐらいだと言って金を受け取ろうとはしていなかった。その上、子供たちを助けに行った分の報酬を支払ったほどだ。
レイ達の旅立ちを惜しんだ村長は、しかし引き留めるような事はせずその代りに宴会を開いてくれた。その席で、浴びるように酒を飲んでいたのが、ディモンドとダリーシャスだ。レイが床に就くまでの間、二人は飲み比べを傍に居る者に手当たり次第に挑んでいた。
村人や兵士の中にはそれに巻き込まれたせいなのか、顔を青ざめふらついている人がちらほら。
ダリーシャスも似たような物なのだろう。
そこへ行くと、流石A級冒険者。昨日の酒の影響を微塵も感じさせない戦いぶりだった。……もしかすると、酒が残っていてなお、あれだけの戦闘ができたのかもしれない。
恐ろしい想像に背筋を震わせていると、人垣が割れ、そこから何かを引きずる少女が姿を見せた。緑と灰色が入り混じる髪が揺れ、萌黄色の瞳がレイを見つけるとパッと輝いた。手に持っていた物を離すと、小さな悲鳴が聞こえたが少女は足を止めない。
そのまま駆け込んでくる少女をレイは受け止めた。
レティよりも幼い子はレイを見上げると、
「おにいちゃん。からだはだいじょぶだった? どこもいたくない?」
と、心配そうに尋ねた。腰の付け根辺りから伸びている尾が彼女の心境に合せてなのか垂れ下がった。心の底から心配しているのだと他人から見ても分かるほどだ。
それだけにレイは若干の冷汗を浮かべつつ少女に答える。
「あ、ああ。大丈夫だったよ。もう、問題ないから。……それでさ、エトネ。途中で落としたあれは何だい?」
あれと言われて振り向いたエトネは、自分が先程まで引きずっていた物を落としていたことにようやく気付く。レイもリザもシアラも無言で落とし物を見つめた。
落し物はそれなりの大きさだ。まるで人のような形をしており、人のように衣服を着込み、人のようにうめき声を上げる。……というか、あれは人だ。
ダリーシャス・オードヴァーン。デゼルト国の王子、その人が倒れていた。体をくの字に折り曲げ、顔を青ざめ、手は頭を押さえつけている。時折上がるうめき声に意味は無く、自分の中の痛みと折り合いがつかないようだ。
「あれはね、よっぱらいだよ」
エトネの純真無垢な、それゆえに痛烈なまでの毒にレイは呆気にとられた。この村での滞在で一番影響を受けたのはエトネだろう。迷宮に潜る最中、年上の冒険者と触れ合い、帰って来れば同年代の子供たちと遊びまわる。山育ちの上、親以外と接したことのない少女にとってそれらは大きな経験となった。よく喋るようになったし、たまにだが無自覚な毒を吐く様になった。
「いやいや。一応、あんなのでも王子で僕らの依頼人でもあるんだけど……って、君も依頼人か」
護衛対象にあのような扱いをしていいのかどうか悩むレイを置いて、リザがダリーシャスの傍に駆け寄ると、そのまま肩に担いで馬車の中に放り込んでしまう。まさに荷物のような扱いだった。抗議の声が幌の隙間から流れてくるが、リザが素早く隙間を閉じた。
「それで、ご主人様。指示のあった物は一通り積み込みましたが……あれをあんなに手に入れてどうなさるおつもりなんですか。他の場所で売るのでしょうか」
リザが馬車の片隅に置いた箱について心配そうにする。他の樽や箱と違い、頑丈そうな鉄の小箱が馬車には積まれていた。
「一応、自分たちで使う用だ。水や食料はどれだけ積んだ?」
「オウリョウまでの分は確保しました。それとこれを」
リザが渡したのは、レイがアマツマラで購入した羊皮紙の裏紙だ。そこには手製の地図が書かれている。
「村長から餞別です。村からオウリョウまでの旅程で、使えそうな野営地の候補や、動物たちの生息している場所。それに飲み水や果物などの地点を大まかに書いてもらいました」
「それは助かるな。ありがとうございます!」
村長はレイの言葉に鷹揚に頷いた。彼もまた、宴会の出席者の一人だ。シアラが先頭に回ると、車止めを外した。それを受けて、膝を折っていたキュイが立ち上がる。この一月半、特にすることも無く惰眠を貪っていた鳥に日が当たる時が来た。
「キュイッ!」
ばさりと羽を広げ雄々しく鳴いた。
「バカ鳥もよしと。あとは……レティ、どこに居る?」
「こっちだよ、ご主人さま」
馬車の影へと消えたレティを探して歩くレイに声が掛かると、またしても人垣が割れて少女が何かを引きずって現れた。ただし、正確に言うならば引きずるのではなく連れて来たが正確か。
レティが手綱を引っ張るのは、一頭の白馬だった。しなやかな筋肉に、輝く様な毛並みは馬の良し悪しを知らないレイでも名馬だと分からせる。
これはナリンザの馬だ。彼女が駆り、世界を共に回った愛馬だそうだ。主なき馬をこの村に置いていくのをダリーシャスは良しとできず、出来るならば故郷の土を踏ませてやりたいと頼んできた。
別の理由からも馬を必要としていたレイとしては、断る道理はなかった。男嫌いのキュイと違い、ナリンザの馬、アスタルテはレイの伸ばした手に鼻を寄せた。
一しきり馬を撫でたレイはリザに視線を送る。すると、彼女は慣れたように馬の傍に立つと軽やかに跨る。アスタルテは驚きもせず、リザを己が背に乗せた。
迷宮から帰ってきては、リザとアスタルテは幾度も遠乗りをしていた。出発する日に備えて信頼関係を結んでいた。
手綱を軽く引く動作に従って、馬は馬車の周りを歩く。その姿にぶれは無く、互いを信じているかのようだった。少しだけ、キュイが不満そうに同僚を睨んでいたが、アスタルテは素知らぬ顔をする。
「これで準備完了だな」
馬車の中で倒れているダリーシャスを除いて、四人の少女たちに確認をとる。彼女らは既に旅支度を整えている。すると、村人の中から何人かが馬車の周りに集まって来る。それぞれ、村で過ごしている最中に親しくなった方たちだ。
ある者は作ったお菓子をレティに渡し、ある者はリザとシアラに無事を祈る言葉を送り、ある子はエトネに別れを告げている。レイの方に歩いてきたのは村長とステルマだった。
「村の者を代表して礼を。……随分と世話になったのう」
「それはこっちの台詞ですよ。僕らもお世話になりました」
骨ばった皺くちゃの手を握りしめながら互いに言葉をかけあう。そして、次いでレイの体を折らんばかりに抱き締めたのはステルマだった。
「お前さんにはいくら礼を言っても言い足りねえ。お前がいなりゃ、おれは娘を失った上に息子も失っていたかもしんねえんだ。本当にありがとうな」
そして、ステルマは幌の隙間からこちらを眺めていたダリーシャスにも目を赤くさせながら言う。
「貴方様にも、礼を言いたい。アンタのような身分の高いお人がオラたちのような平民の為に迷宮に潜ってくれたなんて、信じらんねえよ」
「気にするな。……それよりも、俺の身分を誰にも言うなよ」
シアトラ村でダリーシャスが王子だと知っているのはステルマただ一人だ。胸を張って大丈夫だというが少しばかり心配でもある。
「別れば惜しむのは分からが、こいだばいづまでたってもレイ達が出発できんだろ」
ディモンドが声を掛けてくれなければ、出発は遅くなっていたかもしれない。アスタルテに跨っているリザを除いて全員が馬車に乗りこむ。最後に乗り込んだレイが幌の隙間からディモンドに向けて礼を言う。
「ディモンドさん。それに《オルゴウス》の皆さん。本当にお世話になりました。僕の治療だけじゃなく、迷宮に潜っている間の皆の面倒を見て貰って、助かりました」
「いいってごどし。お互い様だ。けんど中、気ば付けろし」
「はい。……それじゃ、また、どこかで」
レイが言うのに合わせて、シアラが手綱を引くとキュイが歩き出した。初めは遅く、次第に速度を上げて村を駆けていく。子供たちが追いつこうと横を走るも次第に距離が開いていく。
誰もかれもが手を振りながら、離れていく馬車を見送った。
村を離れて、西を目指す一台の馬車。それを見送る存在は村の中だけでは無かった。
村を一望できる丘の上から、双眼鏡で馬車を追いかける存在が居た。風にたなびく髪の色は金で、その髪の間からは長い耳が伸びていた。
豊満とも入れる体は成熟した色気を兼ね備えていた。そんな女性は馬車を見つめながら呟いた。
「やっと出発したわね、あの子たち。まったく、酒瓶十本に釣られて、慣れない護衛なんか務めるんじゃないわよね。まさか、一月半も影から見守る事になるなんて」
女性の足元には空になった瓶が転がっていた。そして、その間を埋めるように、別の物も転がっている。みな、フードを深くかぶり、顔を隠している怪しげな風体の男たちだ。血は流れていないが、どの者の体の関節がおかしな方向へと捻じ曲げられている。それでも生きているのか、うめき声を上げていた。
「さて、そんな貴方達に朗報よ。私の役目は坊やたちが村にいる間の護衛で、村を出たならもう管轄外。貴方達が追いかけても、私は止めないわよ」
そこで言葉を区切ると、『双姫』と呼ばれた怪物は妖しく笑う。
「……でも、みんな足腰立たなくなっているみたいね。まあ、幸運に思いなさいよ。私のようないい女を相手できたんだから、ね」
読んで下さって、ありがとうございます。
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