5-27 シアトラの迷宮 ボス戦 『前編』
※ タイトルを変更しましたが、内容に変更はないです。
熱い。
ボスの広間へと足を踏み入れたレイ達を待ち受けていたのは、うだるような熱気だった。空気自体が熱を孕み、逃げ場の無い密閉空間で暴れまわっている。
ただでさえ、湿気がちなシアトラの迷宮。汗が流れ落ち、体力を奪っていく。長居すれば、正常な判断すらできなくなっていくだろう。
「こんなに、熱いもんなの、ボスの広間って」
シアラが額を流れる汗を手で拭った。女性としては慎みに欠ける行為だが誰も気にした様子は無い。ダリーシャスの半裸が羨ましく思いつつも、レイはシアラに言う。
「さあね。少なくとも、ネーデの迷宮はこんなに熱くなかったよ。それに、こんな場所じゃなかった」
レイの記憶にあるネーデの迷宮、バジリスクが待ち構えていたボスの広間は静かで威圧的な空間だった。ヒカリゴケが至る所に生えており、足元を淡く照らすも、暗闇の方が空間を占めており、見えない程高い天井まで石柱が竹林のように伸びていた。
一方で、シアトラの迷宮。そのボスの広間は様子が違っていた。天井は低く、広間は平坦では無く、すり鉢状になっている。なだらかな坂道を下へ下へと進む一行。青い鉱石は天井に疎らにしか埋まっておらず、光源としてナリンザの出した光球が二つ、纏わりつくように足元を照らしている。闇に向かって歩いているような気分だった。地の底は見えず、横にも広いボスの間に他の生物の気配はしない。
「ボスの姿も見えません。まさか、居ないという事は」
「それは無いはずです。ボスが生成されるまでは、この広間は開きませんし、私達の前にここを訪れた者が居るとは思い難いです。そして……どうやら、お出ましの様です」
ナリンザの言葉に全員が身構えた。すり鉢状の広間。その一番深い底の部分で盛り上がっている影を。あれは地形では無い。まだ遠く、シルエットしか判別できないが、呼吸しているように上下している。
「レイ。戦闘中の指示は全てお前に任せる。ナリンザ、お前もレイの指示に従え」
「仰せのままに、我が主」
ダリーシャスの命令を受けたナリンザは双頭の槍を手に構えた。リザもロングソードを抜き放ち、レティやシアラは懐に挿してあった杖を引き抜く。エトネは両腕を軽く回し、戦闘準備を完了させる。
レイはコウエンとファルシオンのどちらを抜くべきか迷う。ボスという強敵を前にした時、切り札となりえるのはコウエンだ。しかし、意思があるかのように振る舞うこの龍刀はいまだレイの呼びかけに応じようとはしない。
沈黙をもって貫く刀と、使い慣れたファルシオン。生死の境に立った時、信頼できるのはファルシオンだ。レイはファルシオンを抜き、広間の中央に居る敵へと剣を向けた。
「シアラ。君の魔法をアイツにぶつけて。こっちに気が付いてないのなら、先手が取れる」
遠目では黒い影にしか見えないボス。レイ達に気が付いていないのか、何のリアクションも起こそうとしない。奇襲を仕掛けるのなら、今しかない。レイの指示に頷いたシアラは詠唱を開始する。
「《器を満たせ》」
歌う様な詠唱に、ダリーシャスが感嘆の声を上げた。戦闘開始を告げる鐘としては少々可愛らしい。だけど、レイ達は、この歌声から放たれる魔法の威力を知っているだけに、可愛いとは評せなかった。
「《凍てつく刃よ、ここに至れ》」
シアラが選んだのは《ブリザードパイル》だ。『氷の涙』による威力向上が望める上、氷魔法が通用しない相手でも杭がぶつかった時にダメージは通る。シアラの持つ魔法の中で最大級の威力を誇るのは《アイスエイジ》だが、今のシアラが魔法陣の援護も無しに放てば、一発で精神力が無くなるし、そもそも不発に終わる可能性もある。
慣れ親しんだ《ブリザードパイル》が今の状況で最適だと彼女は判断した。
「《我が敵を討ち滅ぼせ》」
詠唱が進むにつれ、レイ達の頭上に氷柱が固まりつつあった。それはレイが見た中でもひときわ大きな氷柱だった。これなら、ジャイアントラミアにも大ダメージを与えたかもしれない。
その代償として、シアラは表情を歪ませる。規格外な大きさを維持するには、緻密なコントロールを要求される。一瞬でも意識を逸らしたら、頭上の氷柱はレイたち目がけて落ちてきてしまう。
熱気とは別の理由で流れる汗に構うことなく、シアラは最後の詠唱を終らせる。
「《ブリザードパイル》!」
手にした杖を振りかざすと、巨大な氷柱が広間の中央へと放たれた。巨人すら穿てそうな氷柱は闇の中に浮かぶシルエットへ吸い込まれるように迫り。
―――轟ッ、と。
突如上がった火柱に飲み込まれてしまった。
「な……何よこれ!」
シアラが唖然とした表情で呟いた。レイも同様の気持ちだった。シアラが練りに練った魔法が突然現れた火柱に包まれ、姿形を保てなくなり消えてしまったのだ。
火柱は勢いを弱めるどころか、一気に火力を増すと、天井まで伸びた。逆さに向けた蛇口から飛び出した水流が勢い高く天を目指して伸び、その後散るように、炎もまた放射状に散り始めた。
いわば炎の雨がボスの間に降る。当然、レイ達にも降り注ごうとする。
「レティ!」
「《超短文・低級・盾》!」
阿吽の呼吸といえた。
名を呼ばれただけで、レティは己のすべき役目を理解した。雨を防ぐ傘のように《盾》を展開させる。じゅうじゅう、と光の盾が炎を受け止めるが、破られる心配はない。
一同は燃え上がる火柱を見つめていると、遂に勢いが弱まった。次第に火柱が高さを失っていくと、その火柱に照らされて、遂にシアトラの迷宮上層部のボスが姿を晒した。
ずしん、と。地響きを立ててボスが動いた。全長は、十メートルはある。分厚い四本の足は短く、赤黒い皮膚の腹が地面にすれている。爪や牙は無く、ずんぐりとした印象を与える。地面を這う姿はまるで、トカゲのようなだ。もっとも、レイの知るトカゲは背中から炎を吐かない。
収まりつつあった火柱がボスの背中を守るように燃え上がる。まるで馬のたてがみの如く、炎が靡いている。そのお蔭で、広間は明るく照らされ、ボスの姿も、そしてレイ達の姿もはっきりとする。
「グルゥウウ」
低く、威嚇する声が、ボスの口から漏れた。血走った瞳は下から睨んでいた。レイ達を敵と視認したのだ。
「あれは、サラマンダー、ですか」
リザがモンスターの正体を看破した。ナリンザも同意するように頷き、
「上級モンスター、ブレイブサラマンダー。岩盤のような硬い皮膚に背中から噴き出す炎は馬のたてがみの様だとか。まさに話に聞いていた通りの姿です。美しくもあります」
「ナリンザよ。敵を褒める前に、もっと情報はないのか。例えば、弱点とか」
ダリーシャスがナリンザに突っ込みを入れるが、ナリンザは動じない。むしろ、さばさばとした態度で、厄介な事を告げた。
「御覧の通り、火を背中から吐き出すため、あの火を如何にかしないと接近戦主体の私やレイ殿は何もすることがありません」
「……おや。なんだか、僕、役立たず宣告された気がするぞ」
「いや、主様。気がするも何も、本当に今回、役立たずになる可能性があるのよ」
シアラは冷静な口調で、敵の実力を分析する。
「見ての通り、あのサラマンダーは炎で身を守っているから、近接しづらいの。そしてサラマンダー系は炎を吸収しちゃう。主様の龍刀コウエンを使えば、アイツはより強くなる可能性があるわ。そんでもって、主様は、他に遠距離武器はダガーの雷撃しかないけど、アイツに効くかどうか不明な訳。分かったかしら、接近戦主体の人は下がった方がいいわよ」
そうなると、レイのパーティーの大半が脱落してしまう。まず、レイとエトネはバリバリの接近戦タイプだ。二人とも、ダガーやクロスボウなどの飛び道具がある事はあるが、玉数も威力もサラマンダー相手には心細い。
次いで、リザも同じ接近戦タイプだが、彼女には《変化》の魔法や《風牙》といった遠距離戦技が一応ある。いまも、ロングソードの刀身を伸ばしている。
レティは支援魔法向きなので、戦闘に置いて矢面に立たせるわけには行かない。未知数なダリーシャスとナリンザを除けば、《ミクリヤ》の中でサラマンダーを相手に戦えるのはただ一人しか残っていない。
シアラだ。
全員の視線を浴びたシアラは背中で踊っていた長髪を頭の上で結んで縛る。そして、レイに指示を飛ばした。
「主様。ワタシはこれから《アイスエイジ》を発動させるわ。でも、詠唱まで時間がかかるの。それまでの間、サラマンダーを引きつけてちょうだい」
「どれぐらい時間を稼げばいいんだ」
シアラは一度目をつぶると、自分の中に残っている精神力や技量を照らし合わせたうえで宣言する。
「三分よ。三分間アイツを足止めしてくれたら、ワタシが倒して差し上げるわ」
「了解した。その三分、僕らが稼ごう」
レイが請け負うのと、サラマンダーが動き出したのは同時だった。ずしん、と。重たいじひびきをさせてサラマンダーはすり鉢状の斜面を登り始める。
「エトネ、レティ。シアラの傍に居て、詠唱準備中の彼女を守っていてくれ」
「りょうかーい」「うん、わかった」
二人は頷くと、シアラを連れだってすり鉢状の一番上へと昇り、サラマンダーと距離を取った。次いでレイはリザに指示を出す。
「リザは僕と対角線の位置にいて、攻撃を加えて。アイツの的を絞らせないようにする」
「でしたら、私も参加しましょう。三人なら、常にサラマンダーを囲うことが出来ます」
「俺も行こう。炎に向けて放てば、チャクラムとて一たまりも無いが、腹を狙えば攻撃が通るかもしれんぞ」
二人の申し出は願っても無かった。サラマンダーが昇りきる前にレイは作戦を伝えた。
「とにかく、距離を取りつつ、サラマンダーの注意を誰かしらが引きつける。僕らの本命はシアラだ。三分という時間を死ぬ気で稼ごう」
全員が覚悟を決めたように頷くと、レイは告げた。
「それじゃ、始めようか」
上級モンスター、ブレイブサラマンダー。
岩盤の如く固い皮膚を持つ、トカゲを巨大化させたようなこのモンスターは体内に火袋と呼ばれる内臓器官を持っている。その器官内で生産された可燃性のガスは、背中に複数伸びている突起物から吐き出され、その際に引火し炎と化す。常に一定量を吐き出しているから、背中で炎がたてがみの様に揺らめいている。
一見すると遠距離主体の冒険者以外には討伐できないように見えるが、実の所弱点がない訳ではない。一度に生成できるガスの量には限りがあり、一度使い果たすと、再生産されるまで時間が掛かる。
一度ガスを使い切れば、後は固い皮膚を持つトカゲでしかない。戦い方は幾らでもある。多くの冒険者はブレイブサラマンダーとの戦闘時には時間を稼ぎ、ガス切れを狙う。レイが選んだ持久戦もある意味正解ではあった。
問題は、ブレイブサラマンダーを相手に持久戦を挑むのが難しい点だ。
「はぁ!」
ダリーシャスが裂帛の気合を込めてチャクラムを投擲した。その数は四。四方に散ったチャクラムは弧を描きながら、サラマンダー目がけて集結しようとする。四方からの同時攻撃を、サラマンダーは迎撃をする。
「グルゥウ」
轟ッ、と。背中の炎が吹きあがると、細い火柱が虫の触角のように伸び、チャクラムを撃ち落した。炎で模られた触角はダリーシャスを襲う。
「おっと! そう簡単にはやらせんぞ!」
炎の触角を避けたダリーシャスはニヤリと笑い、サラマンダーを挑発する。だけど、モンスターに理解できず、次なる獲物を求めて動き出した。
レイがバジリスクのダガーから紫電を走らせた。雷の刃はサラマンダーの剥きだしの顔へと突き刺さるが、岩盤の如き皮膚の前に傷をつけることなく掻き消えてしまった。
舌打ちをするレイに対し、反撃が迫る。再び炎が揺らめくと、今度は炎の手が伸びたのだ。人一人分を簡単に飲み込める巨大な掌はレイを押しつぶそうと伸びる。レイはファルシオンではなく、コウエンを抜いて炎を迎撃する。
例え、レイの呼びかけに答えずとも、赤龍のブレスを宿した名刀。サラマンダー程度の炎に打ち負けることは無い。レイが振り上げた一撃で、巨大な掌は両断され、火の粉へと散っていた。
だけど、レイの顔色は冴えなかった。
(手に馴染まないな)
スヴェンとの戦闘の時のように、コウエンを手中に収めたような感覚は無い。むしろ、振るえば振るうほど、コウエンとの距離が開いていき、齟齬が生まれていく。それでもファルシオンよりも炎を切るのにむいているコウエンを使うしかなかった。
レイとダリーシャスが炎を引きつけている間は、反対側の意識が薄くなる。リザとナリンザが一気に駆け寄ると、それぞれ攻撃を加えて離脱する。一撃離脱。素早い戦士二人に許される攻撃だ。二人の息を合わせた攻撃でも岩壁の如き皮膚に傷はつかない。
左足に衝撃を感じたブレイブサラマンダーは背中の炎を弾丸のように飛ばした。しかし、すでにそこにはリザ達の姿は無かった。緩慢な動作で頭を回したすり鉢状の斜面を駆けるリザ達に向けて、正確に狙いをつけようとした。
だけどそれは、レイ達から意識を逸らすことに他ならない。レイは駆けだすと、尾に向かってコウエンを振り下ろした。固い皮膚に刃がくい込む。例え、レイの手に馴染まなくても、その切れ味の鋭さは衰えない。尾の一部が傷つく。
ところが。
「―――っ! ぐおおおお!!」
「レイ、どうした!?」
切り口から間欠泉の如く噴き出した血液を浴びたレイが、苦悶の声を上げたのだ。その場で蹲った少年めがけて、切られたばかりの尾が振るわれる。横から電柱のような尾に殴られたレイは、すり鉢状の斜面に叩きつけられた。慌ててダリーシャスが駆け寄ると、レイの体から蒸気が上がっているに気づいた。
ブレイブサラマンダーの血は、炎によって熱せられて、熱湯のように煮立っていた。それを浴びたレイの体は火傷を負っていたのだ。大半は上半身の鎧に掛かったが、顔や首に痛々しい火傷が浮かんでいた。この中で、唯一ブレイブサラマンダーの皮膚を貫けるコウエンを持っていたがゆえに、負ってしまったダメージだ。
高熱の火傷は絶え間なく痛みを与え、レイに気絶すら許さなかった。
ダリーシャスは腰に付けているポーチから試験管に入った回復薬が取り出された。その口を開いて上から掛けると、回復薬は蒸発してしまう。これでは回復できない。
瞬時に判断したダリーシャスは壁際にいるエトネに向けて声を掛けた。
「幼子よ。エトネ! 今から其方を引き寄せるぞ」
返事を待たずに、ダリーシャスは行動に移った。新式魔法の《引力》を発動させると、エトネの体を近くへと引き寄せた。魔法の勢いを借りたエトネはあっという間にダリーシャスたちの元へ駆け寄った。
「お、おにいちゃん!?」
エトネはレイの変わり果てた姿に目を見開いた。ダリーシャスは口早に説明する。
「奴の沸騰した血で火傷を負った。すぐに治療させろ。攻撃は俺が引き受ける。さあ、さっさと行け!」
「うん。《我が足は、世界を跨ぐ》!」
レイを掴んだエトネが技能を発動させると、二人の姿はダリーシャスの傍から消え去った。それを追いすがろうとして放たれ炎の手も、エトネたちを捉える事は出来なかった。
ほとんど瞬間移動のような速度で、エトネはレティの元にレイを連れ帰った。壁際にてシアラを守るレティはレイの様子に目を見開くも、すぐに行動に移る。
降ろした革鞄の中から、ガラス瓶に入った透明な液体を両手に垂らすと、レイの火傷の箇所へと塗りこんでいく。そして火傷に向けて、《回復》を詠唱した。
するとレイの皮膚から大火傷が消えていくのだった。まるで、巻き戻したかのように、新鮮な皮膚が生えていく。エトネが塗ったのは、アロエの葉から出る液体を一定の手順で煮詰め、他の薬草と混ぜた火傷用の薬だ。
コウエンで重度の火傷をするレイ用にと作っていた傷薬が思いがけない所で役に立った。
レイは痛みから解放されると、起き上がった。自分の皮膚を触り、治療された事を確認すると、
「ありがとう、レティ」
と、礼を告げるなり、再び戦場へと駆け下りていく。
四人でどうにかブレイブサラマンダーを足止めしていたのだ。一人抜けただけで、三人の負荷が増してしまう。一刻も早く戻るのは正しい判断だった。
だけど、それも長くは続かない。遠目からでも、サラマンダーが優勢なのは明らかだった。
なにしろ、自分に向けて放たれる攻撃は、ほとんどが効かないのだ。防御を気にしなければ、攻撃だけに集中できる。緩慢な動きだが、徐々に背中の炎がレイ達を捉えようとしていた。すり鉢状の斜面に炎が燻り、燎原の火へと変わるのも時間の問題かもしれない。
ブレイブサラマンダーの意識をシアラから逸らしてた四人は、一秒がこんなに長いのかと焦れ始めた。
―――その時だった。
ついに待ち望んだ時が来た。
エルフが編み出した、生命力を精神力に変換する魔法陣の上で耐えていたシアラが、金色黒色の瞳を開いた。彼女は立ち上がると、斜面を滑るように駆け降りた。
「《器を満たせ》」
シアラの『宣誓』が紡がれると、エトネは驚きのあまり声を上げた。他者の精神力に敏感なエルフ族の血が流れるエトネは薄らとだが、精神力の流れを感じていた。これまでもシアラの魔法を傍で感じていたが、それまでとは比べ物にならない量に驚いたのだ。
「《世界よ、鎮まれ》」
ブレイブサラマンダーの顔に槍を叩きこんだナリンザは表面上は変わらず、内心では感心していた。新式魔法と旧式魔法。同じ上級魔法であっても、新式よりも旧式の方が威力は高い。その分、習得も、発動も難易度は高く、いくら魔人種だからといって才能無き者には扱う事は出来ない。
シアラにその資格がある事を素直に驚いていた。
「《水よ、氷結し》」
リザはシアラの詠唱を妨げようと吐き出された炎に、《風牙》を叩きこんだ。まるで槍のように迫っていた炎は、横合いから放たれた風の牙に砕かれ霧散する。
降り注ぐ火の粉に動じることなく、シアラは詠唱を続けた。
「《時代を凍えさせる、審判の吹雪よ》」
ダリーシャスは慌てて移動する。なにしろ、ブレイブサラマンダーとシアラの間に立っていたので、このままでは自分が巻き込まれると考えたのだ。
その考えは正しかった。シアラが危険を承知でここまで接近してきたのも、魔法の効果範囲を狭くして、その分威力を高めるため。シアラとブレイブサラマンダーの間は正に危険地帯だ。
「《今一度、この地に再臨したまえ》」
そして、詠唱が最終節へと至る。一節事に、ボスの間の空気は冷えていき、いまでは肌寒いほどだ。ブレイブサラマンダーも異変を感じ取り、シアラに向けて炎を全開にしようと身構えた。
だけど、全ては遅かった。
「《アイスエイジ》!」
時代を凍らせた氷が、ブレイブサラマンダーの巨体へと襲い掛かる。吐き出された炎は氷結し、赤黒い堅固な皮膚を足元から氷が侵食する。
「グ、グオオオオオ!!」
ブレイブサラマンダーは絶叫を上げた。足を持ち上げようとするも、氷はビクともせず、身動きが取れない。次第に氷は腹を覆い、尾を覆い、顔を覆い、背も覆った。
「オオオオォォォ……」
悲鳴すら凍り、ボスの間はしん、と冷たい静寂に包まれる。いままでは光源としても機能していたブレイブサラマンダーの火が消え、天井に映えた極わずかな鉱石の輝きだけが数少ない明かりだった。
暗闇の中、ナリンザの出した光球が辺りを照らす。
「倒した……のか」
「そう、じゃないと、こっちとしては、最悪よ」
レイの呟きに息も絶え絶えになりながら、シアラが返した。生命力を精神力に変換したため、瀕死に近い状況なのだ。座り込んだシアラに全員が駆け寄る。その手に回復薬が握られた、その時。
―――暗闇の世界に、燈火が生まれた。
読んで下さって、ありがとうございます。




