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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第5章 褐色の王子
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5-28 シアトラの迷宮 ボス戦 『後編』

※ 一部修正

 上級魔法アイスエイジ


 氷点下零度の、時代すら凍らせたという旧式魔法。ブレイブサラマンダーはその魔法によって氷像へと化した……はずだった。


 暗いボスの間に燈火が付いた。燈火はブレイブサラマンダーだった。表面が氷に覆われているはずのモンスターの体がほんのりと輝いているのだ。呼吸するように明かりは点滅するも、次第に輝きは増す。同時に、ブレイブサラマンダーを覆う氷から薄らと蒸気が上がり始めた。


「おいおい。これってまさか」


 レイが嫌な予感を抱きつつ、呟いた。


 そしてそれは現実のものとなる。


 轟ッ、と。ブレイブサラマンダーの背中から火柱が上がると、体を覆っていた氷が砕け散った。


 これは単にシアラの実力不足だ。彼女がもっと魔法使いとしての技量が高ければ、ブレイブサラマンダーの内部まで凍らせ、倒し切れたはずだった。


 だが、現実は無情である。


 ブレイブサラマンダーは内部のガスを全て吐き出し、狂ったように炎を撒き散らした。まさに炎の乱舞。轟々と音を立てて燃える炎がレイの目に荒れ狂い、暴れているように映った。


「グリュアアアア!!」


 轟音と共に絶叫が響く。ブレイブサラマンダーの背中から放たれる炎は圧倒的な破壊力を持ち、ボスの広間を蹂躙する。天井に突き刺さった火柱が分厚い岩盤に切れ込みを入れ、行き場を無くしたエネルギーは跳ねまわり周りの岩壁を抉れ、すり鉢状の床に落石と炎が撒き散らされた。


「全員、避けろ!」


 炎と瓦礫が降りしきる中、レイはそれだけを叫んだ。一度は集まりかけた仲間達がどこに居るのかもう分からない。レイは降って来る脅威を躱しながら、抜いたままのコウエンに叫んだ。


「いい加減、起きろ、馬鹿刀! お前の炎が必要なんだ。僕の仲間が、皆が死んじまうだろ!!」


 コウエンの火力なら、ブレイブサラマンダーの炎を押し切る自信はあった。天から降り注ぐ物達を燃やし尽くすこともできよう。


 必死に物言わぬ刀に叫びかける。だけど、龍刀コウエンは黙したまま語らず、答えようとはしない。握る柄は冷たく、死んだかのように応答しない。


 レイは思わずコウエンを叩き折りたい気に掛かられる。それを堪えるのに苦心した。すると、誰かがレイの首根っこを掴んだのだ。


 そのまま引きずられると、首が絞められる。後ろを振り向けば、緑と灰色のツートンカラーの髪が視界の端に写る。


 レイの首根っこを掴むのはエトネだ。


 精霊を身に宿らせたエトネは落下物の雨の中を縦横無尽に駆け回る。精霊に強化された体はレイを軽々と引きずり回す。


「エトネ、自分の身は自分で―――」


「―――だまってて。したをかむよ」


 エトネは警告を発すると、更に加速した。掛かる重圧が増したレイは、言われた通り口を閉じた。そして、エトネはレイを引き連れ、ある場所へと辿りついた。


 そこはおかしな場所だった。周りは炎や瓦礫で埋まっているのに、そこだけはぽっかりと空いている。まるで、何かに守られているかのようだった。


 否、守られているのだ。


 エトネは躊躇うことなく空白地帯に飛び込むと、掴んでいた手を離した。地面を転がるレイは誰かにぶつかって止まる。ぶつかったのはシアラだった。


「主様、無事だった!?」


 シアラの手がレイの全身を叩く。触診と言うにはいささか乱暴な手つきだが、緊急事態のため仕方が無かった。レイはシアラに叩かれながら空白地帯をぐるりと見回した。


 空白地帯にはシアラ以外にも、リザやレティ、それにダリーシャスも居た。全員無事のようで、レイの元に集まって来る。そして、空白地帯の中心にはナリンザが仁王立ちで空を睨んでいた。


 手には双頭の槍を握りしめ、直立不動の構えを取る。いつの間にか顔を覆うベールは剥がれ、褐色の横顔がむき出しになっていた。炎が照らす中、彼女の体が輝いているようにレイには見えた。


 それが次の瞬間、掻き消えた。遅れて響く音で、彼女が何処に消えたのかはすぐに分かった。


 ナリンザは宙を舞っていた。上から降って来る炎や瓦礫を彼女は槍で弾き返していたのだ。まさに暴風としか表現できない槍戟の嵐。だが、考えてみれば納得もできる。ナリンザはブレイブサラマンダーの炎を槍で掻き切りながら、あの火蜥蜴に肉薄していた。


「肉体強化の技能スキルを発動したのだ。あと数分は息切れもしないで暴れまわることが出来るぞ」


 この空白地帯は彼女の槍一つで生み出されていた。


 レイの傍に腰を下ろしたダリーシャスが己の従者の戦いぶりに嬉しそうに笑みを浮かべた。落ちてくる瓦礫を蹴り、いつまでも宙を飛ぶナリンザの姿は確かに誇らしいし頼もしい。だけど、いつまでもそれを眺めている事は出来ない。


 この炎の乱舞が永遠に続くわけでもない。どこかで区切りがつき、再び仕切り直すだろう。レイは起き上がると、シアラに尋ねた。


「シアラ、《アイスエイジ》をもう一度使う事は出来るか」


「……出来なくはないけど、同じことの繰り返しよ。ワタシの力量じゃ、表面を凍らせるのが限界よ」


 己の力量不足を嘆き、唇をかむ。だけど、


「いや、それでいい。アイツの全身をもう一度凍らせてくれれば、それで十分だ。レティ、《半球ノ盾》は出せるか」


「あと一回ぐらいなら。でも私の魔法じゃ……ブレイブサラマンダーの炎を防げないよ」


 レティもまた、自分の無力さを歯噛みしつつ、悔しそうに告げた。ところがレイは二人に対して首を横に振った。


「そうじゃない。炎を防ぐんじゃないんだ。炎にをするんだ」


 レイの言い回しにレティだけでなく、全員が首を傾げた。レイは自分が思いついた作戦を説明すると聴衆に驚愕めいた表情が浮かび上がった。


「……それは、また。危うい賭けですね」


 リザが眉を顰め、不安げな表情を作る。姉に同意しつつも、レティは諦めたようにため息を吐いた。


「そうね……でも、やらないと死ぬだけだよ」


「そうかもしんないけど、これって上手く行くのかしら。どう思う、おちびは?」


「よくわかんないけど、エトネはおにいちゃんをしんじているよ。あとおちび、いうな」


 シアラに水を向けられたエトネは力強く拳を握った。そして、ダリーシャスが愉快そうに笑う。


「はっはっはっ! ラミアの時にも思うたのだが、其方、実は馬鹿だな」


「……アンタに言われるのは頭にくるけど、まあ、そうかもしれませんね」


「よい、実に良いぞ! ただの馬鹿は嫌いだが、突き抜けた馬鹿は面白い。ますます気に入ったぞ!!」


 上機嫌に笑うダリーシャスだが、彼は笑みを止めると急に現実的な事を言う。


「しかし、その策は面白いが、火力が足りんぞ。そこの幼子が蓋を被せた後、お主の思う通りの展開になったとしてもあの堅固な皮膚は堅固のままだ。例え、お主らの切り札・・・を使ったとしても、防がれる可能性がある。切り札を使う前に、何かしらの手を打つ必要があるが、そのための火力が足りん。その辺りは策なしか?」


「それなら大丈夫ですよ。足りない火力は、ほら。空から降ってきてます」


 レイの言葉にダリーシャスは空を見上げ、納得したように頷いた。炎と瓦礫に交じり、青く発光する物体が流星のように、いくつもいくつも落下していた。


 同時に、炎の乱舞が終わる。天に向かって昇っていた火柱は掻き消え、宙を舞っていたナリンザも着地した。流麗な槍使いにいささかの疲れも無く、表情は気力を漲らせていた。


「それじゃ、始めるとしますか」


 レイの呼びかけに、全員が頷く。そして、彼らは空白地帯を飛び出した。







 ブレイブサラマンダーは体内にため込んでいたガスの全てを吐き出した。まさに全力を尽くしたと言っていい。その全力に見合った破壊の爪跡を残していた。天井は崩壊したように落盤し、無数の瓦礫がすり鉢状の広間を埋め尽くし、落ちてきた青い鉱石と燻る炎が照らす。


 背中の炎が消えたブレイブサラマンダーは、足元の光を頼りに、広間をぐるりと見回し、戦慄した。


 あれだけの炎を撒き散らしたというのに、群がる敵を一人も倒せていなかったことに動揺していた。


「はぁぁぁ!」


 レイのファルシオンがブレイブサラマンダーの短い足を襲う。ダリーシャスのチャクラムが、炎の衣が剥がれた背中を撫でる。ナリンザの槍が低く唸る顔を穿つ。


 ブレイブサラマンダーにとって、どれも脅威ではない。


 ガスを全て吐き出したとはいえ、岩盤のような皮膚を持つブレイブサラマンダーは、防御力に衰えはなかった。問題は攻撃力の激減だ。


 ブレイブサラマンダーは背中の炎が強すぎるため、鋭い牙も強靭な爪を無くしていた。持つ必要が無かったのだ。ガスをコントロールすることで背中の炎は幾通りの攻撃手段を生み出していた。唯一残された尾も短く、武器としてはあまり有用では無かった。胴が長いため小回りが利かず、足が短いため鈍重である。肉薄するレイ達を攻撃しようとしても、追いつかないのだ。


 加えて、ボスの広間は瓦礫と炎が混じる混沌とした場所へと変わっていた。攻撃を加えたレイ達は、ブレイブサラマンダーに潰されないようにと直ぐに距離を取り、瓦礫の影へと隠れてしまう。


 現れては消え、消えては現れるゲリラ戦のような戦い方をするレイ達にブレイブサラマンダーは苛立っていた。だけど、ブレイブサラマンダーには耐える以外の選択肢はなかった。


 激しい行動をとると、体内でのガスの生成が止まってしまう。そのため、ブレイブサラマンダーは動かず、じっと耐えていた。それが勝利に繋がると信じて愚直なまでに耐えた。


 口元は歪み、どれだけ攻撃を加えられても、自分にはかすり傷も付けられないレイ達をあざ笑っていた。


 そして、ついに待ち望んだ時が来た。


「グリュウウウウ」


 残忍な笑みがブレイブサラマンダーの口から洩れた。体の内部に十分な量のガスが溜まったのだ。大きく息を吸ったブレイブサラマンダーはガスを背中の突起に送りこんだ。酸素と結びついたガスは瞬く間に燃え上がり、ブレイブサラマンダーの背中で揺らめく炎へと変化した。


 ―――それを待っていたのはレイ達も同じだった。


「やれ、シアラ!」


 レイは瓦礫の影から叫んだ。広間の各地に散った全員に知らせる意味を籠めて大音声が響き渡る。すり鉢状の広間の上方部にて回復薬を何本も飲み干し、無理やり回復した生命力を再び精神力へと変化させたシアラが杖を振るう。


「《器を満たせ》」


『宣誓』が唱えられるとシアラの体から途方もない精神力があふれ出す。シアラはそれを一つの神秘へと昇華するべく、詠唱を紡ぐ。


「《世界よ、鎮まれ》」


 ブレイブサラマンダーには理解できない人の言葉。だけど、肌で感じる。これは先程の魔法と同じ前触れだと。ブレイブサラマンダーは詠唱をするシアラを止めようと背中から炎の手を幾本も伸ばした。


 ところが、その手は別の存在に阻まれた。


「《留めよ、我が身に憎悪の視線を》!」


 レイの《心ノ誘導》だ。炎の手は横から加えられた引力に囚われたように、行き先を変える。炎の手がレイを襲うべく群がった。


 レイはファルシオンからコウエンへと持ち替えていた。群がる炎の手を龍刀で切り伏せる。だけど、炎の手は止まらなかった。切られた端から繋ぎ合わせて再生し、レイを絡めとろうとする蛇のように追いすがった。いまだコウエンを扱いきれないレイは次第に追い詰められていく。


 遂に、炎の手がレイを掴めようとする―――寸前、別の魔法が発動された。


「《超短文ショートカット中級ミディアム引力アトラクション!》」


 ダリーシャスの新式魔法がレイを引き寄せる。瓦礫の上でレイを受け止めたダリーシャスは、少年を脇に抱えたまま、ブレイブサラマンダーの視界から消えた。


「《水よ、氷結し》」


 ブレイブサラマンダーは一瞬、迷った。すでにレイの《心ノ誘導》の効果は消えており、レイとダリーシャスを追いかける必要はない。その間にもシアラの詠唱は続く。果たしてどちらを選ぶべきか、僅かに逡巡した後、より脅威となるシアラに的を絞った。


 今度は炎の手では無く、炎の刃を形成する。数は二十。逃すつもりは無い。一度切り離せば、レイの技能スキルの影響もないと判断したのだ。


「ギイイイイイ!!」


 ブレイブサラマンダーの嘶きと共に、炎の刃がシアラを襲う。人の背丈を超える大剣はシアラを焼き殺すべく、直進する。


 だが、炎はシアラに届くことは無かった。シアラに当たる寸前、人影がシアラの前に立ちふさがった。影の正体はナリンザだ。


 彼女は手にした槍を振り、戦技(・・)を発動させる。


「《害悪がいあく閉門へいもん》!」


 槍に流し込まれた精神力が一つの神秘を引き起こす。ナリンザの槍が軽く回ると、その槍に炎の大剣が吸い込まれていくのだ。二十本の大剣は、シアラに当たることなく、全てナリンザの槍へと吸い込まれた。


 そして彼女は、槍に集まった炎を正面の壁面に向けて放った。一個の大火と融合した大剣はシアラとナリンザの対面の壁を打ち砕き、燃え上がった。


 これこそが、彼女の戦技。相手の攻撃を吸収し、倍増させてカウンターとして返す技。残念ながら、ブレイブサラマンダーは炎を吸収してしまうため、今回は別の方向に飛ばす必要があった。


「ギュルウウ」


 攻撃が失敗したブレイブサラマンダーは悔しさから歯噛みした。もう一度攻撃を加えようと炎は揺らめくが、もう遅い、シアラの詠唱が完成へと至る。


「《時代を凍えさせる、審判の吹雪よ》、《今一度、この地に再臨したまえ》」


 ナリンザの脇をすり抜けたシアラが、杖を振りかざし、魔法を放つ。


「《アイスエイジ》!」


 時代を凍らせた魔法が、再びブレイブサラマンダーを凍らせた。しかし、それもほんの数秒の事だ。ブレイブサラマンダーは氷漬けの中で意識を保ち、体の中のガスを出し尽くそうとする。


 圧力を掛けられ、逃げ場を失ったガスが氷を突き破れば、火は全身の氷を溶かす。これがアイスエイジを破った理屈だ。


 ガスの出口である突起を塞ぐ氷がひび割れる瞬間、レイの次なる指示が飛ぶ。


「いまだ、レティ!」


「《超短文ショートカット中級ミディアム半球ノ盾ヘミスフィアシールド》!」


 瓦礫に身を隠していたレティが、飛び出すと同時に半球状の盾を発動させた。


 ―――ブレイブサラマンダーの体を中心に。


 ブレイブサラマンダーを覆う半球状の盾は、まるでボスを逃がすまいとする檻のようだった。盾が展開された直後、ブレイブサラマンダーの背中から炎が乱舞して放出される。氷は砕け散り、圧倒的な破壊の奔流は半球の盾の内側を燃やし尽くす。炎のドームに包まれてブレイブサラマンダーの姿は直接見えなくなった。だけど、炎の向こうに黒い影は残っている。


 ぴしり、ぴしりと盾にヒビが走る。所詮は中級魔法。上級モンスター(ブレイブサラマンダー)の全力を防げる道理はない。


 だけど、それで十分だった。盾が崩壊する直前、奇妙な現象が起きたのだ。盾の中で暴れまわっていた炎が、ふっ、と掻き消えたのだ。蝋燭の火が風で消えたかのように。その上、ブレイブサラマンダーが口を広げ、苦しげにのたうち回る。涎が垂れ、目はあらん限りに開かれ、巨体が床に蹲った。


「ほ、本当にご主人さまの言った通り、炎が消えちゃったよ」


 レティが呆然と呟くのと同時に、半球ノ盾は全体にヒビが走り崩れてしまう。すると、不思議な事に密室の迷宮に風が吹きこむ。ブレイブサラマンダーの周囲を起点に吸い込まれるような風が流れていた。


「酸素が燃焼されて、気圧に変化が起きたのか。まあいい、エトネ。これで狙いが付けやすくなったな」


「うん」


 ブレイブサラマンダーのすぐ近く、レイと共に瓦礫の影に隠れていたエトネは頷いた。そして、レイは彼女に向けてダガーの切っ先を向けた。


 正確には、彼女の腕に装着されているクロスボウ。ボルトは装填され、その後ろに括りつけてある物体に切っ先は向く。


「今なら酸素不足で、ブレイブサラマンダーの意識が混濁している。だからこそ、狙う場所はあそこだ。やって来い、エトネ」


 レイは発破をかけるのと同時に、ダガーから雷撃を流した。それは刃先で触れていた鉱石に伝播する。ボルトの後ろに括りつけられていた青い鉱石は、雷を浴びて赤く変色しだす。


 そして、瓦礫の影から飛び出したエトネは、一直線に駆けだした。息を大きく吸い込むブレイブサラマンダーの正面に回ったエトネはクロスボウを放つ。クロスボウは真っ直ぐ飛翔し、大きく口を開いたブレイブサラマンダーの口内へと飛び込んだ。


 エトネは手応えに喜ぶと、ブレイブサラマンダーから距離を取った。その数秒後、くぐもった轟音が響いた。


「グボオオオオ!!」


 ブレイブサラマンダーの口内で、鉱石が爆発したのだ。衝撃で下顎が吹き飛び、爆風は体を内側から揺るがし、固い皮膚から黒煙が上がる。


 ブレイブサラマンダーは混乱していた。酸欠状態で意識が混濁した所を、これまでの戦闘で一番の痛みを与えられた。下顎は吹き飛び、衝撃が全身を貫く。幸い、火袋は固い皮膜に覆われているため無事だが、他の内臓はダメージを負い、何より岩壁のように固い皮膜が内側から亀裂を入れられてしまった。堅固な防御に文字通り亀裂が走った。


 ようやく、自分が何かしらの攻撃を受け続けていると気づいたブレイブサラマンダーは、痛みに喘ぎながら距離を取ろうとする。だけど、それを追いかける者が居た。


 リザだ。詰み上がった瓦礫を蹴り上がる金髪の剣士は、技能スキルを発動させる。


「《この身は、一陣の風と為る》!」


 レベルの上がった《風ノ義足》Ⅱが、彼女に暴風を与える。リザは両足に纏わせた風の内、右足の分を解放した。高く飛び上がるリザの体は削れた天井すれすれまで飛んだ。仮に、元の高さの天井なら、激突していたかもしれない。


 そして、体の向きを入れ替え、左足を後ろに回したリザは、魔法を唱えた。


「《超短文ショートカット低級ロー形状変化シャープチェンジ》!」


 リザのロングソードが大剣へと変化した。それで準備は完了だ。皆が固唾を飲んで見つめる中、《ミクリヤ》の最大火力が空から落ちる。


 左足の爆風を解放したリザが隕石の如き勢いでブレイブサラマンダーに肉薄した。角度も勢いも十分だ。事前に鉱石を内側から爆発させて脆くしたお蔭で、ブレイブサラマンダーを貫くだけの威力はある。


 ―――はずだった。


 レイの予測に反し、流星の如きリザの一撃はブレイブサラマンダーの背中を削り―――滑ってしまう。轟音と共に、リザの体が瓦礫へと突っ込んだ。


 ブレイブサラマンダーの本能が勝利したのだ。


 モンスターは迫りくる攻撃に対して、咄嗟に背中を丸めた。刃は曲面をえぐるのみに留まり、逸れてしまった。


 だけど、その威力は凄まじかった。ブレイブサラマンダーの岩盤じみた背中は大きく裂け、血とガスが漏れだしていた。


 レイはその姿を見て、すぐさま決断した。


「待て、レイ! 今行けば、炎に飲み込まれるぞ!!」


 ダリーシャスの警告を振り切り、瓦礫を蹴り上げ、宙を飛ぶ。ダリーシャスの警告は正しく、漏れ出したガスが引火し、ブレイブサラマンダーの背中を炎の衣で覆った。


 重力に従い落下する中、レイはコウエンを抜いた。ここに来ても無言を貫く龍刀に、レイは精神力を籠める。それは一つの神秘へと昇華される。


「《崩剣》!」


 戦技と龍刀によって、ブレイブサラマンダーの背中で踊る炎は切り裂かれ、抉れた傷口を上書きするように一刀が加えられた。それでもまだ浅い。瀕死の状態まで追い詰められたブレイブサラマンダーは背中に落ちたレイを落とそうと体を揺らす。


 コウエンが炎を切り裂いたとはいえ、それは一部だけ。周りは一面、炎の原。突き刺したコウエンにしがみ付きながらレイは落ちまいとする。だけど、諦めていなかった。


 レイは拳を握る。


 炎鉄の手甲がスライドし、小手から打撃武器へと変化した。そして、握った左拳にありったけの精神力を籠めて、戦技を発動させる。


「これで終わりだ! 《砕拳》!」


 突き刺したコウエンを抜き、空いた傷口に向かって拳を突き刺した。粉砕の力を宿した拳はブレイブサラマンダーの内側を浸透していく。


「グリュウウウウウウゥゥゥ」


 尾を引く様な悲鳴。それはブレイブサラマンダーの断末魔。炎は消えていき、振り落とそうとする力は抜けていく。内側から崩れていくブレイブサラマンダーは残った上あごを床に付けると、沈黙したように動きを止めたのだった。


読んで下さって、ありがとうございます。

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