5-25 撤退
「な……なんという巨大なモンスター。あれは……ラミア、なのですか」
リザが驚愕の顔をレイに向けて尋ねるも、少年に答える余裕はない。なぜなら、レイもまた驚きのあまり固まっていたのだ。
レイ達を追って下の階層まで来たジャイアントラミアの姿は変貌していた。他のラミアよりも大きかった体が更に一回りは大きくなっている。全身余すところがないほど岩盤の欠片が突き刺さり、夥しい血を流している。それなのに肉体は再生をしようと膨張している。ラミアの持つ、けた外れな再生能力が仇となり、異物を排除するのではなく、それごと受け入れようとしているのだ。
そのせいか、ジャイアントラミアの体は破裂寸前の風船のように膨らみ、異形と成り果てていた。
「ジャアアアア!!」
声帯も傷ついているのか、潰れたような絶叫を上げた。レイ達はモンスターの威嚇には慣れていた。ジャイアントラミアの生存や、執念じみた追跡には驚かされたが、すでに思考を戦闘へと切り替え、武器を構えていた。ダリーシャスとナリンザも同様だった。修羅場に慣れているかのように備えている。
だけど、他の者達は違った。自警団の二人はジャイアントラミアの出す絶叫に絶叫で返した。
「うわぁああああ、モンスターだ!!」「に、逃げなきゃ、殺される!!」
二人の脳裏に蘇ったのは、ラミアたちによって石にされた瞬間だった。黄土色の光を浴びた瞬間、体の一部が自分以外の何かに変質する感覚。首も動かせない状況で、耳だけは仲間の悲鳴と、モンスターの咀嚼音だけを拾う。それはまるで次は自分がこうなると告げているようだった。
拭い難い恐怖がフラッシュバックした二人は弾かれたように走り出した。リザ達が指さした上に繋がる階段のある方の通路では無く、手近な通路へと駆けだす。
「待って、そっちは!」
レイが叫ぶも、手遅れだった。マリオンとエドワードを背負った二人は通路へと我先に逃げ込んでしまう。レイは舌打ちをしつつ、リザ達に確認を取る。
「君たちはこっちの方は探索したのか」
「いえ、この先は未探索です」
まずいな、とレイは思う。この先に上に繋がる階段があれば問題は無い。なくとも、リザ達が通った広間への迂回路があればいい。だけど、そのどちらも無ければ、ありうる可能性は一つしかない。ここがボスの階層でない以上、まだ先があると言う事だ。
しかし、今はその可能性だとしても、進まないといけない。レイはすぐさま指示を出した。
「リザ、エトネ。彼らを追いかけて、守りつつ道を探して! 階段か、あるいはあっちの方角に続く迂回路を見つけて、誘導してくれ!」
二人は返事も煩わしいと言わんばかりに風のように走り出した。スピードに特化した二人なら、子供を背負っているトムとアシムに追いつくはず。
続いて、レイは次の指示を飛ばそうとしたが、それを制するようにダリーシャスが叫んだ。
「レイ、来るぞ!」
何が、とは問わなかった。この状況下で何が来るのか、考えるまでも無かった。レイはすぐさま指示を切り替えた。
「レティ、盾!」
「りょ―かい。《超短文・低級・盾!》」
指示と言うにはあまりにも短すぎる内容だが、レティは杖を一振りし、巨大な盾を生み出した。そして、同時にジャイアントラミアの第三の瞳から黄土色の光が迷宮の広間を切り裂く様に放たれた。
あっという間に、レティの生み出した盾は石とかした。だけど、その中で守られていた者達は石とならずに済んだ。ダリーシャスのシャツの時と同じだ。光を遮り、影を作れば、その中は安全である。石化した盾は宙に固定されたままだ。
「よしっ! ダリーシャスとナリンザさん。それとシアラは先に行って! 僕とレティが殿を務める!」
「戦わないのですか?」
ナリンザが手にした槍を振るいつつ、尋ねる。ベールの隙間から覗かせる双眸は戦意の炎に燃えていた。
「戦いません。少なくとも、ここでは」
遮蔽物のない開けた広間は、複数で戦いを挑むには向いているが、相手が悪すぎた。石化の光を操るラミアを前にして、身を隠せる場所が無いのは危険すぎる。また、あの爆発と落石を生き延びた生命力も侮れない。
戦うにしても、ここでは無い別の場所で仕切り直すべき。レイはそう考えて戦略的撤退を選んだ。
納得したナリンザが先頭となって、ダリーシャスとシアラも通路へと駆けだした。レイはレティを背負うと、
「アイツが僕らの後を追いかけて来ないように、盾の魔法を連発してくれ。そうすれば、足止めと石化対策の二つが一遍に出来る」
と、指示を下した。レイの背中に捕まるレティは頷いた。そして、レイもまた通路へと走り出す。同時に、背後から這いずる音と何かが砕ける音がした。
「来たよ、ご主人さま! 《超短文・低級・盾!》」
レティが状況説明と同時に盾の魔法を通路の入り口に張った。ちょうど通路に蓋をするような形だ。
しかし、ジャイアントラミアは盾に爪を立てるなり、柔らかな繭を千切るかのように破る。レティは悲鳴まじりに叫んだ。
「ダメ! 足止めにすらなってないよ!」
所詮は低級の魔法。中級モンスターのジャイアントラミアにとってみれば片手間で吹き飛ばせる。膨張を続ける自らの体が壁面の起伏で傷つく事すら厭わず、暴走列車のようにジャイアントラミアは通路を這う。双眸はすでに正常な光を失い、狂乱に染まっている。
レイは背後から迫る脅威を感じつつ、足を懸命に動かして短い通路を駆け抜けた。すると、出口にて待ち構えていたようにシアラが立っていた。仁王立ちの少女は、懐から杖を引き抜くと、
「主様、横に跳んで! 《器を満たせ》、《我が敵を討ち滅ぼせ》、《ブリザードパイル》!!」
シアラの詠唱により、氷柱が敵を穿つべく放たれた。レイは迫るブリザードパイルを回避しざまに、後ろを振り返った。膨張するジャイアントラミアにとって、通路は狭く、ブリザードパイルを避ける事は不可能。ジャイアントラミアもその事に気づいたのか、急所を守るように腕を置いた。
まるで杭のように氷柱が撃ち込まれる。鱗を抉り、骨をも砕いた氷柱は、しかし膨張する肉に食い止められ動きを止めた。そして、ミシリと音を立てると砕けてしまった。抉れた傷口も、すぐに膨張した肉で塞がる。だけどダメージはダメージだ。ジャイアントラミアの速度が僅かばかり遅くなった。
続けざまにシアラが次なる魔法の詠唱に取り掛かった。
杖は真っ直ぐジャイアントラミアを貫くように向けられている。
「《其は、変幻自在の白銀の糸なり》」
聞いたことのない詠唱が、シアラの唇から歌うかのように発せられて、ある魔法へと昇華される。
「《ワイヤーアロー》!」
一筋の光が、シアラの眼前から放たれる。色はまさに白銀。直線を引いたかのような軌跡を描いて、矢は真っ直ぐにジャイアントラミアへと迫る。当然のようにジャイアントラミアは腕でガードするように構えた。
ブリザードパイルのような氷柱でも耐えきれたジャイアントラミアの腕。とてもじゃないが、糸のような細い物では貫通どころか、鱗を突破する事すらできないのではないかとレイは危惧した。ところが、レイの予想は裏切られる。
白銀の矢は腕に触れる直前、その身をくねらせたのだ。まるで意思を持ったかのようにジャイアントラミアの防御を掻い潜ると、額にある第三の瞳へと突き刺さった。
「ギジャアアアア」
ジャイアントラミアの絶叫が痛みの度合いを表す。シアラは薄い胸を突きだすように、誇らしげに笑った。
「流石だよ、シアラ!」「やっるー!」
「ふふん。まあ、ざっとこんなもの……嘘でしょ」
シアラの笑みが凍り付き、砕け散った。なぜなら、潰されたばかりの第三の瞳が煙を上げて回復しつつあるのだ。
いくらラミア系の回復力が高いとはいえ、これは異常過ぎた。レイは呆けるシアラの腕をとり、広間を駆け抜ける。これ以上の戦闘は逆に命とりになりかねない。
走るレイ達を広間の中央付近で、リザが待っていた。傍には誰も居ない。
「ご主人様、この先に下に続く階段があり、エトネたちが先行しています。それ以外に通路すらありません!」
レイの嫌な予感は当たってしまう。だが、足を止める訳には行かない。
「クソ。分かった、僕らもそこを行こう。レティ、盾を発動して、少しでも足止めを!」
レイの指示に全員が動き出す。階段へと走りながら背負われたレティは三つの盾を形成し、ジャイアントラミアの行く手を阻もうとした。
だけど、通路を突破した手負いのジャイアントラミアは一枚目の盾を煩わしいと言わんばかりに切り裂くと、二枚目三枚目を無視した。
巨体を支える尾が床を叩くと、ジャイアントラミアの体は宙を飛ぶ。階段へと辿りついたレイ達のすぐ後ろへと着地した。
「む、無茶苦茶すぎるぞ、コイツ!」
レイの悲鳴まじりの絶叫は全員の気持ちを代弁していた。ジャイアントラミアの体は既に限界を超えて膨張し、再生を続ける。青白い肌は鮮血に染まり、皮膚を破り肉が際限なく膨れ上がり、鱗同士がこすれ合って破裂している。額の瞳は下から新しい瞳が押し出すように再生され、複眼のようになっている。
正視に耐えがたい姿だ。吐き気すら込み上げてくる。
だが、ジャイアントラミアもここに来るまでの間に相当消耗をしていた。着地した衝撃に耐えるように、一歩も動けずに居た。レイ達はその隙に階段へと飛び込む。
下の階層へと続く階段は直線だった。ジャイアントラミアの体もすっぽりと収まりそうなほど道幅は広く、レイ達が身を隠せる場所は無い。階段の両側に埋まっている青白い鉱石がこれでもかと輝き、青い海を潜っていくかのようだ。このような状況でなければ、その美しい光景を存分に味わえただろう。
―――その時、レイの体を電流のような衝撃が走った。
レイの体を貫いたのは電流では無く、閃きだ。彼は左右の壁に埋まっている大量の鉱石を見て、ある事を思いついた。
「リザ、シアラ。レティを頼む。三人は直ぐに階段を下りてくれ」
階段の中腹で、レイはレティを下ろした。レイが何をしようとするのか、分かったのはこの場にはいない。だけど、少女らは主が何か無茶な事をするのだと理解し、何も言わずに階段を降りていく。
たった一人階段に残ったレイは後ろを振り返った。手にはバジリスクのダガーが抜いてある。
残弾は一発。やり直しの場合、戻るとしたらラミアと戦う直前である。
「流石にもう一度、あそこからやり直すのは面倒だよな」
レイが苦笑を浮かべるのと、階段の入り口にジャイアントラミアが姿を見せたのはほぼ同時だった。ジャイアントラミアは血で濁った視界の中で、レイの姿を見つけた。
そして、何の躊躇いも無く、まるでソリのように階段を滑り落ちる。レイはダガーの切っ先をジャイアントラミア―――ではなく、横の壁に向けた。
「これが最後だ!」
レイが紫電を壁に向けて飛ばすと、壁一面に埋まっていた鉱石が、赤く変色しだした。青色の海のように煌めいていた空間は血のような赤が混ざる不気味な空間へと変化していく。
レイは二度の経験で爆発までの時間を大よそで理解していた。起爆まであと十数秒。階段をそれこそ転がり落ちるような勢いで少年は進む。一段ずつ駆け下りのではなく、数段飛ばしで落ちていく。
(最悪、骨折までならいい。今は一刻も早く、この場を立ち去らないと、爆発に巻き込まれちまう!)
階段を落ちるように進むレイ。だけど、彼は気づかなかった。いや、舐めていたといえる。ジャイアントラミアが例え理屈を知らずとも、経験によって、この後に起きる事を予測する程度の知能を持っていたことを。そして、それを回避するために何をしようとするのかを。
レイは背後から聞こえていた振動が変化したことに気づき、後ろを振り返った。そこにはジャイアントラミアが壁に尾を叩きつけている姿があった。奇しくも、エトネがラミアを誘導する時に使った事と同じ姿だ。尾の跳躍力は先程も証明されたばかり。ジャイアントラミアの巨体は尾をバネのように使うたびに、ぐんぐんとレイに近づいていき、赤く変色する鉱石の横を通り過ぎてしまった。
このままでは爆発を回避されるどころか、加速して落ちるジャイアントラミアに押しつぶされてしまう。レイは咄嗟にファルシオンを抜こうとした。だけど、それは無駄だとも思っていた。いくら残った精神力を消費しても、ジャイアントラミアの巨体による砲弾の如き突進を止める事は出来ない。戦技を発動するには精神力が足りない。
「打つ手なしかよ」
レイが悔しげにつぶやくと、背後から一陣の風が吹いた。
風の正体はリザだった。彼女は階段の出口から、《風ノ義足》を発動し、一気に上へと己を射出した。狙いはレイでは無い。その向こう、落下してくるジャイアントラミアの顔面に蹴りを叩きこんだ。
己を弾丸のように叩きつけた一撃でもジャイアントラミアは止まらない。あざ笑うかのような笑みを浮かべたモンスターにリザが不敵な笑みを返した。
彼女はジャイアントラミアの顔に叩きつけている右足。その足に纏わせていた暴風を解放した。
「ジャア!?」
鬼女の顔が驚愕で崩れた。ジャイアントラミアの巨体が暴風に押し出されて、後ろへと弾き返されたのだ。巨体は階段を削りながら戻り、中腹あたりに突き刺さった。同時に、リザの体が後ろへ、下へと弾かれていく。
この速度で落ちれば、一たまりも無い。そう判断したレイは、階段を蹴り飛ばし、下へと落ちていくリザの体を受け止めた。そして、下に向かって叫ぶ。
「レティ、減速!」
「《超短文・低級・盾!》」
レティの詠唱により、小さめの盾が何枚も出現する。レイとリザの二人を受け止めようとするも、勢いに負けて砕け散る。それでも多少なりと減速する。
だけど、そんな努力を打ち払うように、鉱石が爆発した。階段という閉鎖空間。エネルギーは逃げ道を探し、二つの方向に向かう。上と下。爆風がレイ達を押し出し、加速させる。
あっという間に迫る地面に対して、レイはリザの体を強く抱きしめ―――衝撃を味わった。
視界が二転三転する中、轟音と振動を最後に、レイの意識はあっさりと闇に飲まれてしまった。
「主様、しっかりしなさい!」
激痛と共に、レイの意識は覚醒を果たした。仰向けの視界に心配そうなシアラとレティの顔が写る。レティの杖から淡い輝きが放たれる。
「シアラ……リザ、リザはどうなっ―――っう!」
起き上がろうとするも、激痛が刺のように深く体を貫いた。シアラはレイを押さえつけると、安心させるように、
「リザは無事よ。むしろ、主様よりもピンピンしてるわよ」
と、言う。レイはそれだけ聞くと、起き上がる努力を放棄し、喘ぐように尋ねた。
「それ、じゃあ。ラミアは?」
「そっちも大丈夫よ。階段の鉱石全てを使った爆発で、多分死んだわ。……もっとも、そのせいで階段は落石塗れ。使えなくなっちゃったけどね」
シアラが厄介そうに言うと、ある方向を指差した。
「ねえ、主様。あっちの方、見る事は出来るかしら」
レイは首を横に回し、シアラの示す方角を見て、絶句した。
巨人が出入りできそうな強大な門は固く、重厚な雰囲気を漂わす。まるで侵入者を拒むかのように固く閉じられ、上に吊るされている二つのランタンはどちらも付いていなかった。
それが何を意味しているのか、すぐに分かる。なぜなら、レイは二度、その場所に挑んだことがあるからだ。
門の向こうで待ち構えているのだ。
―――迷宮のボスが。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回更新は六日月曜日頃を予定しております。




