5-24 合流
レイがラミアたちを倒すのに立てた作戦は至ってシンプルだった。鉱石に電流を流すと爆発する特性を利用し、爆殺するという案だ。最初は、通路に散らばったラミアたちを個別に爆発させて倒そうと思ったのだが、エトネたちに提案する前から問題があった。
バジリスクのダガーに込められた魔力が無くなりそうになっていたのだ。魔短刀に残っている魔力では雷撃を放てても二発程度。使い切れば、本物の魔短刀でない以上自力で回復はしない。シアラの血によって魔力を補給する必要がある。
そのため、鉱石を使って爆殺するには最少回数に絞る必要があった。そこで思いついたのが、広間にラミアを集め、鉱石を服などで一塊にして大きな爆弾としてあつかい、爆殺する作戦だった。だけどダリーシャスが却下した。失敗するリスクの方が高いからだ。いくら鉱石が爆弾として扱えるからと言って、ラミアが大人しく一カ所に集中しているとは限らない。むしろ、赤く点滅する様を見て、怪しまれれば距離を取られてしまう、とダリーシャスは推測した。
「だが、案自体は悪くない。広間で一カ所に集めるのが難しいのなら、通路に追い込めばいい」
と、ダリーシャスは作戦の修正を申し出た。付け加えるように、
「大砲のように狭い空間内で爆発させれば、逃げ場はない。通路に鉱石をばらまき、ラミアたちを追い詰めて、一気に爆発に巻き込ませるのはどうだ?」
レイはダリーシャスの意見を作戦のベースにする。
第一段階として、マリオンとエドワードを含めた全員で鉱石を削る所から始まった。脆い鉱石は子供の手でも簡単に削れるため、思っていた以上の量が確保できた。そして、広間に繋がる三本の通路の内、隣の通路と繋がる道が一番近い通路に鉱石を仕込む。仕込む際、抜け道を知っているマリオンとエドワードの協力は欠かせなかった。
慎重に、時間を掛けて準備を済ませた。
後は最初の攪乱と、各地に散ったラミアたちを一カ所に集める役目をエトネが。次に、鉱石を並べた通路に、ラミアたちを導く役目をレイが。
最後に、囮となったレイを回収する役目を、エトネとダリーシャスが担う。結果は見ての通りだ。岩盤ごと落ちたかのように潰れた通路からはラミアの這いずり回る音も、金属を引っかいたような声もしない。
そもそも、ラミアたちを鉱石を使って倒そうと思ったのは、単なる火力不足だけでは無い。エトネのレベルを懸念しての事だ。
モンスターを倒すことによって、その魂を得て、人はレベルアップする。だけど、それが大量に手に入る事で、一気にレベルが上がり、強化された五感に付いて行けず、昏倒する事があり得る。
レイもその経験があった。
そして、急上昇したレベルが、人が持って生まれた限界を突き破れば、体は耐えきれなくなり死んでしまうのだ。
それを防ぐためにも、レイとエトネはパーティー申請をしており、経験値は五人で分ける事になっていた。一番レベルの低いエトネがショック死しないようにしていた。
ところが、今回のように仲間とはぐれた場合、パーティーを組んでいても効果の範囲外になるとギルドの職員は説明していた。中級モンスターのラミア七体を倒した場合、その経験値は状況次第だが、レイとエトネで折半される。
エトネを死なせないためにも、直接手を下さないやり方をレイは考えた。
そして、鉱石を使用することを思いついたのだ。
直接攻撃を与えないので、経験値は入らないのではないか、と。そのためエトネには絶対にラミアに攻撃を加えるなと繰り返し言っていた。
結果はレイの予測通り。エトネが無事なのを横目で確認しつつ、エトネのレベルをステータス画面でも確認する。レベルの上昇は起きてなかった。
それは同時に、もう一つの可能性をレイに与えた。
鉱石の爆発が直接攻撃に含まれないのなら、鉱石の爆発は自殺に含まれないのかもしれない。
(もしそうなら、これは自殺以外の自発的な死に方だって事になるよな)
レイは自決用にと忍ばせていた青い鉱石を服の上から触った。起爆するまで数秒掛かるが、自分の任意のタイミングで死ぬ手段があるのは、自殺しないといけない時に非常に助かる。
粉塵が舞う広間の中で、レイ達は勝利に沸いていた。
―――その時だった。
広間に異変が起きたのは。
「……みんな、しずかに!」
エトネの類まれなる耳が異変を察知した。
エトネが鋭く叫ぶと、全員がその場で凍り付いたように動きを止めた。そして、彼らも気づいた。どこからか、石が崩れる音と、人のうめき声がするのだ。
慌てて周囲を見回すも、白く染まった広間は数メートル先も満足に見えない状況だ。だけど、エトネの耳には関係ない。
「おにいちゃん。あっちにだれかいるよ」
エトネの言葉に全員が驚く。同時に、彼らの脳裏に、ここに来た経緯が蘇ってきた。彼らがラミアの巣に来たのはダンジョントラップの転移魔法陣を踏んでしまったからだ。
もしや、他の誰かが同じようにここに飛ばされたのではないか。そう、五人は考えていた。
だけど現実は、彼らの予想を上回っていた。
「……う。ううう。……こ、ここはどこだ」「……あれ。何だよ、煙みたいなのは」
若い男性の声だ。レイはファルシオンを引き抜き、警戒の色を濃くした。そして、粉塵の向こうに居る者達に叫びかけた。
「そこに居るのはどなたですか!? こちらは冒険者のレイと言います」
ドーム型の広間にレイの声が反響すると、粉塵の向こうから歓声に近い声が上がった。
「ぼ、冒険者だって。俺達を助けに来てくれたのか」「おーい。こっちだ。こっちに居るぞ」
若者たちの声は驚きや安堵が入り混じり、喜色に染まっていた。とても、この状況に相応しいと思えなかった。ダリーシャスが小声で、
「人語を操るモンスターとかの類が、罠を仕掛けているのかもしれん。警戒は解くなよ」
と、警告する。レイは同意を示すように頷いたが、彼の傍を二人の人影が飛び出したのだ。マリオンとエドワードだ。レイが止める間もなく、二人は声のした方に向かって駆けだしていた。
「兄ちゃん!」
「お前……エドワードか? こんな所で何やってんだ!?」
粉塵の向こう側から、呆然とした声が聞こえて来た。そこでようやくレイはマリオンたちが此処に来た目的を思い出した。エドワードの兄は自警団の人間として、迷宮に足を踏み入れたまま帰ってこず、心配したエドワードを気遣い、彼らは迷宮に潜ったのだ。
レイ達もエドワードを追いかけて粉塵の向こう側へと向かう。そこには二人の青年にマリオンとエドワードがしがみ付いていた。二人とも、くたびれた装備品を身に付けているが、冒険者のようには見えない。また、エドワードが半べそを掻きながらしがみ付いて離さない青年の顔立ちはエドワードとよく似ていた。
「ステルマ村の自警団の方々ですね」
「そうだけど……君がさっき呼びかけた冒険者なのかい」
青年二人の無遠慮な視線がレイの全身を往復する。見た目が年若いために、冒険者と信じていないようだ。
そんな視線に慣れたレイは、さっさとこの場を離れるべく二人に対して言う。
「お二人とも、体は動きますか。この場を早く離れたいので、そこの二人を連れて、付いて来て下さい」
有無を言わせない口調に、自警団の二人は頷いた。そして、レイが先導する形で階段に向かう。
レイ達が立ち去った無人の広間は、いまだ粉塵が舞い、白い緞帳が降り立ったようだった。
―――だから、気が付かなかった。
その向こう側で、岩盤に押しつぶされた通路。壁のように積もった瓦礫から外を求めるように突きだされた鱗まみれの手の事を。
「つまり、うちの弟を含めた子供達が迷宮に潜ってしまい、それを追いかけに来たのが、君らなんだね。そして、あの罠に嵌ってしまい、蛇女の巣に落ちたと」
階段を降りる間、レイは自警団の二人にこれまでの経緯を掻い摘んで説明した。エドワードの兄は納得したようにレイの説明を纏めた。
「その通りです。……そちらも似たような状況ですか?」
階段を降りた下の階層は、広間となっていた。幸い、モンスターの姿は無く、レイ達は慎重になりつつも、一刻も早くセーフティーゾーンを目指して足を進めた。
自警団の青年はそれぞれ、トムとオシムと名乗った。オシムがエドワードの兄だ。彼らはマリオンとエドワードをそれぞれ背負い、レイ達が彼らの両脇を固めた。
「そうだな。俺達も、三階層まではモンスターと出くわさずに済んだけど、三階層で全員揃って罠に嵌っちまったんだ。気が付いたら、あの蛇女たちに捕まって、生きたまま石にされたんだ」
その時の事を思い出したトムは顔を青ざめてしまう。
自警団の二人が突然広間に姿を現したのは、実は彼らが最初から広間に居たからだ。彼らはラミアの石化の術によって、石像とかしていたのだ。レイが広間に点々と生えていたと思っていた石柱は自警団が石像とかした姿だった。
それがラミアの死亡により、石化が解け、人間へと戻った。残念ながら、無事に戻れたのはこの二名だけだと、エトネは言った。おそらく、残りの者達はラミアに喰われてしまったのだろう。トムとオシムは仲間の死を悼む様に涙を流した。
「それでも、貴方たちが生きて戻れれば、村の人々も喜びますよ。そのためにも急いで上のセーフティーゾーンに」
レイが言うと、二人とも気合を入れ直すように頷いた。広間から広間へと繋がる通路を進み、次の広間へと着いた時、エトネが鋭く警告を発した。
「まえにモンスターがいるよ」
警告に合わせてレイとダリーシャスが全員を守るように前に立った。武器を構え、いつでも戦えるようにする。だけど、モンスターが居たのは彼らの前方ではあるが、はるか遠くの方だった。
レイ達が到着したばかりの広間は三つの通路と繋がっている。一つは、レイ達が通って来た通路。もう一つはその対面に位置し、残った通路はレイ達から見て、右手にある。
エトネが察知したモンスターの姿は正面の通路に集まっているモンスターたちだ。数は不明だが、姿形からしてゴブリン系だ。レイは静かにするようにと全員に指示を出した。
「あっちの通路を通らず、右手の通路に向かいましょう」
レイの指し示した方の通路にはモンスターの姿は無い。ダリーシャスたちが頷くと、レイ達は壁伝いに移動を開始した。少しでも、モンスターよりも距離を取る。
(それにしても、どうしてモンスターはあんな所で固まっているんだ)
もう少しで通路に辿りつくとき、レイはふと、疑問を抱いた。視線をモンスターの集まっている場所へと向けた時、血飛沫が上がった。
「ゴブゥウウウ!!」
一体のゴブリンが悲鳴と共に、大きく後ろに飛ばされる。胸から袈裟に切られ、傷口から血と共に、中身が零れる。
あのモンスターたちは戦闘中だ。しかし、誰と。
状況を確かめようと足を止めたレイの耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ああ、もうじれったい! リザ、一気に道を開くわよ」
「任せます。レティ、詠唱中のシアラを守ってください」
「りょーかい。《超短文・低級・盾!》」
聞き覚えのある声にエトネが喜色に満ちた表情をする。服の裾を引っ張られたレイもまた、同様の笑みを浮かべていた。
「《器を満たせ》、《凍てつく刃よ、ここに至れ》、《我が敵を討ち滅ぼせ》、《ブリザードパイル》!」
完成された詠唱によって生成された氷柱が、杭のようにモンスターを貫いていく。円形に抉られたゴブリンたちは粘土のように千切れ、屍となった。
そして、その屍を踏み越えて、姿を現した少女たちにレイが呼びかけた。
「リザ、レティ、シアラ! みんな無事だったか!!」
名前を呼ばれた三人にナリンザを加えた四人は突然の呼びかけに驚き、しかし、すぐさま声の持ち主に気が付いた。周囲を見回し、壁沿いで手を振るレイ達を見つけた。
「ご主人様、エトネ!」「お兄ちゃん、エトネ、何処も怪我してない!?」「心配かけんじゃないわよ、二人とも」
少女たちは口々にレイとエトネに呼びかける。すると、レイの隣にいたダリーシャスが肩を落とした。
「……一人ぐらい、俺が無事な事を喜んでくれてもよいではないか」
愚痴るダリーシャスを気遣う余裕はレイには無かった。なにしろ、エトネが喜びのあまり駆けだそうとしていたからだ。レイの脳裏に、ダンジョントラップに引っかかった姿が鮮明に蘇る。
レイは咄嗟に手を伸ばし、エトネの体を掴もうとした。しかし、肩には手が届かず、彼は手近かな物に……彼女の尻尾を掴んだ。
「きゃうん!」
エトネは驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げてしまった。慌てて口を押え、レイを睨んだ。
「……おにいちゃん。しっぽはよわいの。……さわんないで」
唇を尖らせたエトネにレイは慌てて弁解を告げる。
「ごめん。だけど、エトネも落ち着いて。また転移魔法陣に引っかかったら、元の木阿弥だ。ここは慎重に移動しよう」
「ん。わかった」
納得したエトネは駆けだすような真似をしなかった。リザ達も魔法陣を警戒して、
「そこから動かないで。ワタシが罠を見極めながら、そっちに向かうから!」
と、告げた。走れば数分の距離を、リザ達は十分近く掛けて、ようやく辿りついた。あと数メートルまで来ると、我慢できなかったエトネがレティに飛びついてしまったが。
「ご無事で何よりです、ご主人様」
「ああ、そっちも無事そうだね。上に居た三人の子供はどうした。居ないようだけど」
「あの子供たちなら、村に送り届けたわよ。そっちこそ、その子供と大人はどこで拾ったの」
リザとシアラはレイが何処も怪我をしていないのを確認しつつ、後ろに所在なさげに立つ四人をちらりと見た。
「背負われているのが、行方不明の子供の残りだ。そんで、男の方は自警団の生き残り。どっちも転移した先で見つけたんだ」
「え、生きてたの!?」
シアラが驚きのあまり、幽霊を見るような眼を向けた。リザも無言のまま、目を見開いた。視線は何故か、男たちの足元に集中している。
「……どうやら、幽霊の類では無いようですね」
ぼそりと呟いた内容は無視する。ふと、レイは気になる事を尋ねた。
「一度上まで戻ったにしては、随分と早くここまで来れたね。てっきり、僕らを探して、階層を隈なく探しているもんだと思ったよ」
レイの疑問にリザが答えた。
「モンスターの数が少ない事や、広間の数が少なかったこともありますが、全てはナリンザ様のお蔭です。あの方の持つ、《人探し》の魔法により、ダリーシャス様がどちらの方角に居るのか分かるので、私達はどの階層に三人が居るか、一目で分かったのです」
「そいつは便利な魔法だ。お蔭で助かりました、ナリンザさん。……ダリーシャス? どうしてそんな変な顔をしているんだ」
ダリーシャスはどういう訳か眉間の間に深い皺を作り、仏頂面を浮かべていた。
「おい、ナリンザ。……俺はそんな魔法の存在、聞いてないぞ」
「当たり前です。言ってませんから」
しれっ、と言うナリンザにダリーシャスはため息を吐いた。
「どうりで、いくら撒いても、撒いても、お前や他の護衛がひょっこり現れる訳だ。いつの間に仕込みやがったんだ」
どうやら、ダリーシャスには秘密の魔法だったようだ。すると、エトネを抱き締めていたレティが焦るように言う。
「それよりも、さっきの振動と爆音はお兄ちゃんたちの方角から聞こえたけど、何をやったの」
レティの言葉に他の三人も同意するように尋ねる。ラミアたちを倒した時の爆発が壁を隔てたリザ達にも届いたのだ。
「説明したいのは山々だけど、今は一刻も早く迷宮を出よう」
レイの提案に反対する者は居なかった。一行はリザ達が通って来た通路へと足を向けようとして、
「……っ!! まって、おにいちゃん!!」
エトネのこれまでにない切迫した声に動きを止めた。レイが何事かと尋ねる前に、その原因は音として姿を見せた。
まるで、山が地滑りを起こした様な音が、レイ達がやって来た通路から聞こえてくる。次いで、何か大きな物が墜落したような振動が迷宮を揺らした。
事情を知らないリザ達や石化していたトム達はともかく、先程まで戦っていたレイ達には何が起きているのか見当は付いた。
見当は付くのだが、認めたくは無かった。
「……嘘だろ。あの爆発の中、生きてやがんのかよ」
絞り出すような声がレイの口から零れるのと、何か大きなものが這いずる音は同時だった。聞き覚えのある音にダリーシャスが敏感に反応した。
「レイ、急いでこの場を離れるぞ!」
撤退を提案したのはダリーシャスだった。レイに異論はない。だけど、どちらに逃げるのかで、僅かの間逡巡する。
「リザ、シアラ! 上に繋がる階段はどっちだ!!」
「あっちです。今私達が出てきた通路の先にあります!」
不穏な気配を感じ取ったリザが通路を指差した。レイはそこに走れと叫ぼうと口を開き、
「ジャアアアア!!」
だけど、レイ達を追いかけるように姿を現したジャイアントラミアの絶叫に全てを掻き消されてしまったのだ。
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