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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第5章 褐色の王子
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5-23 シアトラの迷宮Ⅵ

 抜け道に飛び込んだレイとダリーシャスを出迎えたのは、鈍く光る鏃だった。エトネの腕に装着されている、クロスボウの引き金が絞られる。


「待った、待った。僕だ、エトネ!」


 レイは慌てて、エトネに声を掛けた。クロスボウのトリガーから指を放したエトネはあからさまにほっとした顔を浮かべた。


「よかった、ふたりともぶじだったんだ。すごいばくはつがしたから、しんぱいしたんだよ……どうして、おじちゃんははだかなの。ふくはどこにいったの?」


「気にするな。名誉の戦死と言うやつだ」


 どうやら、この抜け道まで鉱石の爆発が届いていたようだ。エトネだけでなく、マリオンたちも怯えたように固まっている。


「大丈夫。爆発は鉱石が爆弾となって爆発したんだ」


 レイの説明に、エトネは首を傾げたが、大丈夫と聞き納得したように頷いた。


「それでさ、兄ちゃん。出口は見つかったのか?」


 マリオンの質問にレイは外で集めた情報を余すことなく話した。この階層に十体近いラミアが巣食っていて、唯一存在する階段はラミアが群がっている広間を突破しないと辿りつけない事を。


 最初はぽかんとした顔をしていたマリオンたちはレイの話す内容に、おぼろげながら理解を示し、恐怖で顔を引きつらせていく。


「ここまでは理解できたかな」


「う、うん。ヤバイモンスターが沢山いて、そいつらを倒さないと下に行けないって事だよね」


「その通りだよ。そこまで理解したうえで、君たちの意見を聞きたい」


「俺達の意見?」


 不思議がるマリオンたちにレイは指を二本立たせた。


「方針は二つ。一つは上に居るはずのリザ達……僕らの仲間が迎えに来るまで此処に隠れる。……正直、いつになったら彼女らが迎えに来るか分からない上に、敵は大勢いる。準備無しでラミアとぶつかるのは彼女たちでも厳しいと思う」


 ダリーシャスに言わせると、ナリンザは近接型の戦士。レベルは百を超えているものの、攻撃系の魔法は覚えていない。一、二体程度ならラミアに後れを取らないが、数が多すぎるとの事だ。


 リザ達だけで此処に来る事が出来なければ、アマツマラから来る人員に期待するしかないが、彼らもラミアが倒せるかどうかは不明だ。A級冒険者なら余裕ではあるが、そのような人材がアマツマラを離れるとは期待できない。


 それに彼らが来るまであと一日は掛かる。子供たちの精神と体力がそれまで持つかどうか不明だ。


「二つ目に、ラミアを倒して、一つでも上の階層に向かう事だ」


 子供たちの間に動揺と歓喜が入り混じる、形容しがたい感情が湧きたつ。マリオンが先を急ぐように、


「兄ちゃんたちだけで、あいつらを倒せるのかよ」


 と、尋ねた。レイは言葉を濁しつつ、


「作戦はある。……成功するかは別だけど」


「乗った!」


 ダリーシャスが自分の掌を拳で叩いた。歯をむき出しに笑い勇ましく吼える。


「この様な苦境に置いて、自ら行動せずに穴倉に籠るのは愚策に等しい。ここは打って出るのが、光明を見出す唯一の手だ。俺は乗るぞ」


「いや、王……アンタの意見は聞いてません」


 ダリーシャスから睨まれ、慌てて言い直した。そして、レイはマリオンらに向かい、意思を確かめるように尋ねた。


「君たちはどっちを選ぶ。此処に籠って助けを待つか、一筋の可能性に掛けて戦いを挑むか」


「……な、何で俺達に聞くんだよ。兄ちゃんが決めればいいじゃんか」


 マリオンの言葉はもっともである。エトネと同じ年頃の少年に自分の命の掛かる選択を求めるのは酷な話である。


 だけど、レイの考える作戦には、彼らの協力が不可欠なのだ。そのため、彼らが自分で困難にたち向かう勇気が必要だった。


「僕らは村長の頼みでここまで来た。無事に連れて帰るようにと頼まれた。……正直、どっちの案も君らを無事に連れて帰れる保証はない。だからこそ、君たちの決断が、助かる可能性を上げるんだ。生きようとする強い意思が必要なんだ」


 厳しい言葉である。しかし、マリオンたちにレイの言葉はきちんと届いたようだ。彼らは互いの顔を針の穴が開くほど見つめ合い、そして一つの決断を下した。


「俺達、こんな所に居たくない。危険かもしれないけど、前に進みたいんだ」「……怖いけど、僕も行きます。もしかしたら、どっかに兄ちゃんがいるかもしれないし」


「分かった。なら、君たちにも協力してもらう事になる。……それでもいいかな」


 覚悟を決めたマリオンたちは力強く頷いた。


「なら、決まりだ。僕らはラミアを倒して、この厄介な巣から逃げ出すぞ」


「それは良いが、一体全体どのような手管でこの危険地帯を抜け出すと言うのだ。細長い通路では、戦えて一体か二体。かといって広間のあの数のラミアを同時に相手取るには、この人数では無理だぞ」


 ダリーシャスの指摘に、レイは同意するように頷きつつ、懐にしまい込んでいた羊皮紙を取り出した。この階層の手書きの地図だ。


「いや、ラミアをおびき寄せる。そして、一気に一網打尽にするんだ」


「勇ましい話ではあるが、それには火力が足りんだろう。其方らのどちらかが、実は範囲攻撃魔法を使えるのか」


 問いかけにレイとエトネは否定する。だけど、レイには秘策があった。懐に入れておいた、秘策を全員に見せつけるように取り出した。


 レイ達の顔が青い輝きに照らされた。


「コイツを使う」


 そして、レイは頭の中で組み立てた作戦を全員に説明する。誰もが驚きを示すも、すぐに落ち着きを取り戻し、各々が抱いた作戦の不安を口にし、曖昧な点を潰していくように打ち合わせが行われていく。


 十数分後、レイ達はラミアの巣を脱出するべく、作戦を開始した。






★


★


★






 ラミアたちは怒りに燃えていた。まるで金属を金属で掻く様な耳障りのする声を上げ、威嚇するように牙を向く。黄土色の瞳を吊り上げ、鱗に塗れた両腕は膨張する。


 彼らは味方の死を嘆き、侵入者を探す為に巣の各地へと散らばっていた。


 実は侵入者の存在をラミアたちは最初から気が付いていた。シアトラの迷宮には幾つもの転移魔法陣が仕込まれており、上層部の転移先は全てこのラミアの巣に設定されている。獲物が掛かれば、空間の揺らめきを感じ、手すきのラミアが探索に繰り出すのだ。


 天井に張り付いていたラミアはちょこまかと移動するレイ達を待ち伏せしていた。


 それの結果がこれだ。侵入者を見つけたラミアの呼びかけに応じ、二体のラミアが現場に到着したが、合計三体のラミアは轟音と共に三体の屍となって倒れ伏していた。


 一際大きなラミア―――ジャイアントラミアの号令に従い、生き延びた六体のラミアは通路を進む。双眸は鋭く剥かれ、異変を逃すまいと睨みを効かしていた。耳は迷宮に吹きすさぶ風の音に異質な物が紛れていないかと澄ませていた。


 だけど、探索を初めて一時間経つが、一向に侵入者を見つける事は出来なかった。


「ジャララ」


「ギャルゥ、ジャアア」


 時折、ぶつかるように出くわしたラミア同士が、人に理解できない言葉を上げて、情報交換をするも探索は進まない。


 遂に焦れたようにジャイアントラミアが叫んだ。


「ジャアアアア、ジャアアアア、ジャアアアア!」


 迷宮を震わすような大音声が響き渡り、通路に木霊する。当然、それは抜け道の入り口付近で眠っていたレイの耳にも飛び込んできた。目を覚ましたレイは脂汗をかき、手を口に入れ声を上げないようにとする。


「―――ッ。……はぁはぁ」


 しばらくして、全身を駆けまわるイタミから解放されたレイは手を口から取り出した。唾液と、歯形が付いた手をコートで拭った。すると、抜け道を四つん這いで進んだマリオンが心配そうにレイを見つめた。なにしろ、レイの顔色は青白い鉱石に照らされて、より白くなっている。


「兄ちゃん。そんなんで大丈夫なのかよ」


 レイは掠れた声で返事をした。


「問題ないよ……マリオン、そっちの準備はいいな」


「うん。言われた通り、回収したのを仕掛けて来たよ」


「上出来だ。それじゃ、ダリーシャスと共に居てくれ。始まったら、彼の言う通りに動いてくれよ」


 マリオンは鼻の下をこすり、了解と返して、抜け道を進む。代わるようにエトネが移動してきた。


「おにいちゃん。こっちもじゅんびできたよ」


「ありがとう。……この作戦の成否は君に掛かっている。……ごめんな、エトネ」


 レイが申し訳なさそうに言うと、エトネは首を横に振った。否定した上に、彼女は笑みすら浮かべていた。


「ううん。だいじょうぶだよ。……エトネにまかせてくれて、ありがとう」


 健気に礼を告げるエトネ。すると、レイは何かを考えるそぶりをした後、彼女に耐石の指輪を渡した。レイの腕のサイズに合わせてある腕輪は、エトネの体に少々大きかった。


 中級モンスターのラミアが放つ石化に対して、気休め程度の効果しかないのはレイも知っていた。だけど、レイはどういう訳か、エトネにこれを渡したのだ。エトネは大事そうに腕輪を受け取ると、配置に着くべく移動を開始した。


 そして、レイも移動を開始する。


 傍には誰も居ない。一人きりである。


 抜け道と通路の境にて、レイは作戦の見直しを続ける。


(あれで、少しは運命が変わると良いんだけど。今回は、エトネが石化して失敗したからな)


 このレイの奇策が始まってすでに三度目の《トライ&エラー》だった。エトネが失敗したことを受けて、レイはラミアの爪を浴びて死を選んだ。


 前二回は、タイミングを間違えて、爆発に巻き込まれて死んだ。


(石化の速度が速すぎるから、自決用にと持っていたこの鉱石が爆発するまでの時間が間に合わない。だとしたら、やっぱりこれ以外ないよな)


 レイは腰に挿してあるダガーを引き抜いて、自分の脇腹に当てた。かつて、一度だけやった行為だ。その痛みは、イタミはまだ色濃く残っている。


 幾度も《トライ&エラー》によって死に戻りのイタミを味わってきたが、その中でも自殺の苦しみは別格のイタミだ。


 その上、自殺の場合は《トライ&エラー》が『使用停止』に陥る。その解除方法は謎のままだ。自殺はリスクしか存在しない手段だ。


 ―――それでも、あの子たちを見捨てる事になるよりかはずっとマシだ。


 レイはそう思っていた。


 そして。


「エトネはここにいるよ! モンスターたち!!」


 迷宮に響き渡るのではないかと言う大音声が、遠くの方から響き渡り、同時にラミアたちが這いずる音が聞こえた。


「さあ、四度目の正直だ。……成功させないとな」


 レイは覚悟を決める。






 エトネは覚悟を決めた。


 マリオンたちが見つけた抜け道を駆使し、ラミアの巣から一番遠い通路に潜む。すり抜ける壁越しに頭だけを出して、ラミアが居ない事を目視で確かめる。本当はそのような事をしなくても、彼女の鼻と耳なら直ぐに分かる。この一時間、エトネは全身の感覚にラミアの放つ体臭や、呼吸音、鱗の擦れる音などを刻み込んでいた。いまでは合計七体のラミアが、この巣のどの辺りに居るのか手に取るようにわかる。


 だけど、用心に越したことは無い。ラミアが天井にも張り付いていない事を確かめるとエトネは外に出た。


 ずっと低い姿勢に居た為、そして何より、これからする行為の準備体操の為にと体を解す。


 そして大きく息を吸った。


「エトネはここにいるよ! モンスターたち!!」


 今までの人生でも出した経験のない程大きな声を上げた。自分の口から出た声に耳鳴りすらしそうだ。それでもエトネの耳はラミア共が一斉に動き出したのを聞き取っていた。


 そして、エトネは詠唱を始める。


「《願い奉る》」


 瞬間、エトネの体から、精神力が削り取られていく。幼い躰にとっては膨大といえるが、これから呼び出す存在の正体を知る者からすれば破格と言っていいほど少ない量である。


「《この身に祝福を》」


 生まれた時から、彼らの存在を肌で感じていた。言葉を覚えるよりも前に、彼らと意思を交わしていた。それ以来、彼らは自分の傍にいた。故郷の山を駆けまわった時にも、狩りの仕方を学んでいた時も、父が死んだ時も、母が死んだ時も、そしてレイ達と会った時も。


 呼べばいつでも彼らは力を貸してくれる。だから、エトネは彼らを呼ぶ。


「《出でよ、『カテギダ』》!」


 ラミアの巣に突風が巻き起こる。エトネの場所へと殺到するラミアだけでなく、各地に散ったレイ達にも風は吹きつける。


 そして、エトネはその身に精霊を宿した。


 どくん、どくん、と心臓が強く脈打ち、見えざる力が充満しているのが分かる。精霊を宿すといつも同じだった。自分の体の隅々まで風の息吹を感じていた。


 エトネは軽くその場で飛んでみせた。それこそ、足元の水たまりを飛び越えるかのように。だが、結果は正面の壁の上部まで一跨ぎで行けてしまった。


 そして、エトネは壁の起伏を掴むと耳と鼻に神経を集中させる。頭の中でどのラミアの群れが一番近いかを割り出すと、瞬時に移動を開始する。


 エトネは軽く、壁を蹴った。それだけで、幼女ははじき出された弾丸の如き速度で移動を開始する。彼女にとって、壁は射出台に過ぎない。強化された脚力を受け止めるだけの台だ。


 ジグザグに移動を続けるエトネは近くにいたラミアの前で姿を止めた。ラミア二体は、突然壁に張り付く様に現れたエトネに驚いた。


 呆然と固まるラミアらにエトネは挑発するかのように、手を振る。


 それはまさにラミアらの神経を逆なでた。動作が何を意味しているのかまでは分からなくても、コケにされているのだけは本能が気づく。


「「ジャアアア!!」」


 ラミアらはほぼ同時に、第三の瞳を開いた。黄土色の光がエトネ目がけて照射される寸前、エトネの姿は掻き消えた。慌てたように周囲を見回すラミアらに、


「どこを見てるの、おばかさん」


 と、後ろから声が掛かった。エトネの姿は、二体のラミアの間をすり抜け、後ろに居たのだ。そして、エトネはラミアの目に移るように速度を落として移動を開始する。


 ラミアらは第三の瞳を閉じると、エトネを追うべく移動を開始した。それこそが、エトネの、そしてレイの立てた作戦の第一段階だとも知らずに。


 エトネはラミアらを振り切らないように速度を落としつつ、次のラミアの群れを探しだした。やる事は変わらない。ラミアを怒らせ、自分に注目を集め、各地に散らばっているラミアたちをある場所までおびき寄せるのが彼女の役目だ。


(これでよんたい。のこりにたい。それにとおくにまつ、いったいだけ)


 エトネは精霊の力を借りて、狭い通路を縦横無尽に駆けまわり、ラミアたちを翻弄する。その姿は正に目にもとまらない。ラミアたちは第三の瞳から石化を放つものの、全て躱されてしまう。


 これはエトネの速度以外にも理由がある。それは、ラミアが同士撃ちを恐れているせいだ。ラミアたちが最初、一体ずつ探索していた理由が石化の術の同士討ちを恐れてではないかと、レイは推測していた。


 それは正解だった。ラミアは石化に対する耐性を持っていない。ラミアたちは仲間を石化させないようにと石化の術を満足に使えず、どうにかエトネに追いつこうと必死に這いずり回る。


 数が増えるほど、同士討ちのリスクは増す。二体が四体になり、四体が六体になる頃、エトネは作戦を次のステージへと進めた。


「おにいちゃんのいう、おおきいのはいないや」


 エトネは背後から迫って来るラミアらを引き連れつつ、六体の中に一番警戒するべきジャイアントラミアが居ない事を呟いていた。


「やっぱり、このさきにいるのがそうなのか」


 エトネの鼻は自分が進む通路の先で待ち構えている存在を知らせていた。だけど、逃げる訳には行かない。彼女は後ろを引き剥がさないように注意しつつ、広間へと飛び出した。


 そこには行く手を阻む様にジャイアントラミアが待ち構えていた。広間に繋がる三つの通路。その中央の通路からエトネが飛び出してくるのは、他のラミアたちの呼びかけで、ジャイアントラミアは知っていた。


「シャアアアア!」


 ジャイアントラミアは第三の瞳を、通路を飛び出したばかりのエトネに向ける。それは最悪のタイミングといえた。ちょうど、エトネの体は宙を浮いたばかり。方向転換をするような足場になりそうな物は無かった。


 万事休す。


 次の瞬間、エトネの体は石化する―――はずだった。


「《超短文(ショートカット)・中級(ミディアム)・引力(アトラクション)!》」


 それはダリーシャスの声だった。広間に繋がる三つの通路の内、左の通路から飛び出したダリーシャスはエトネの体を自分の方へと引き寄せた。エトネの小さな体はあっという間に横に滑り、ダリーシャスに受け止められた。


 辛くもジャイアントラミアの石化は免れた。ジャイアントラミアは通路から飛び出す六体の同胞に向けて石化の術を当てそうになり、慌てて瞳を閉じた。


 そして、残存する七体のラミアは全て広間に集結した。彼らの目は殺気立ち、息も荒げていたが、戦意は高い。彼らは左の通路に飛び込もうとするダリーシャスとエトネを追うべく、動こうとして、


「《留めよ、我が身に憎悪の視線を》!」


 最後の右の通路で様子を伺っていたレイの方へと視線を誘導された。全ての悪意がレイに集中する。彼らの脳裏からダリーシャスとエトネの事はあっという間に拭い去り、レイ以外の敵を見いだせなくなった。


「ジャアアアア!!」


 ジャイアントラミアの号令の元、七体のラミアはレイを追うべく行動を開始する。レイは作戦が最終段階に進んだことを確認すると、右の通路へと引き返す。足元には転々と、青く輝く鉱石が落ちていた。


 怒りに震えるラミアたちは足元の鉱石が何を意味するのかも分からず、ただひたすらにレイを追いかける。さして、道幅も広くない通路に七体同時で入ろうとするのもお構いなしだ。


 レイは時折、後ろを振り返りつつ、通路を進む。足元には変わらず鉱石の道が築かれている。大小さまざまな鉱石は満遍なく並べている。


 その道の途中に鉱石が大量に詰み上がった個所があった。そこがゴールであり、そしてスタートでもあった。レイは腰に挿したダガーを抜くと、紫電を纏わせた。


 これで準備は完了だ。いつでも放てるように切っ先を鉱石が積み重なり、岩のようになっている方へ向け、来た道を振り返る。ずるずると這いずり回る音が聞こえる。


「早く来い。早く来い」


 命がけのギャンブルを行う時は、いつも心臓が喧しく打つ。緊張から呼吸が浅くなり、薄らと汗をかいてくる。


 焦るレイに対して、遂にその時が訪れた。緩やかな曲線を描く通路から、ジャイアントラミアたちが先を争うようにと姿を見せたのだ。


「雷撃よ、飛べ!」


 レイがダガーに命じると、帯電していた紫電が刃となって鉱石の山へと突き刺さった。すると、積み上がった鉱石の色が青から赤へと変わっていく。それは鉱石の山だけでなく、連なって並んでいた鉱石の道にも伝播する。それが起爆の合図だ。


 レイはすぐさま振り返ると、二つに分かれている道の内、中央へと向かう通路へ走り出した。そこにも、先程までと同じように青い鉱石が、道標のように並べてある。それも次第に赤く染まり始めていた。青から赤へと色づく通路をレイは駆ける。


 背後からジャイアントラミアたちが追いかけてくる音がする。ラミア相手に戦技を使った影響で、両足に精神力は回せない。レイは足が千切れんばかりに回し、肺が干上がるほど酷使する。


 そして遂に、道標の鉱石が途切れた。そこは広間へと繋がる中央の通路だ。彼は最後の酸素を使い、叫んだ。


「エトネ、着いたぞ!!」


 レイの魂から振り絞った叫びは広間に繋がる通路の入り口で待機していたエトネにも聞こえた。傍にはダリーシャスが。少し離れた場所ではマリオンたちが固唾を飲んで作戦の行く末を見守っていた。


 呼ばれたエトネは、まるでクラウチングスタートのように手を床に付けて、足を構えていた。腰には青白い鉱石が括りつけてある。


「それじゃ、いってきます」


「うむ。行って来い」


 ダリーシャスが言うと、エトネは技能(スキル)を発動させる。


「《我が足は、世界を跨ぐ》!」


 宣言と共に、エトネの体はダリーシャスの視界から姿を消した。


 《狭間ノ省略》Ⅰ。効果は単なる移動系技能(スキル)に過ぎない。彼女がゴールと定めた地点までの最速での移動だ。リザの《風ノ義足》のように風の後押しを受けて移動するのではない、ただの移動。


 ただし、エトネがゴールと定める場所は、彼女の視界に入っていなくても成立するのだ。彼女の類まれなる鼻や耳は、目的地が闇の中であろうと、正確に思い描くことが出来、瞬時に移動が出来る。


 エトネは真っ直ぐに、最速でレイの傍に出現した。レイは傍に現れたエトネに抱きついた。抱きつかれたエトネは嫌がるどころか、離すまいとしがみ付いた。


 そして、再びレイは叫んだ。


「やれ、ダリーシャス!」


「応とも!! 《超短文(ショートカット)・中級(ミディアム)・引力(アトラクション)》!」


 本日三度目の《引力(アトラクション)》の新式魔法が発動される。ダリーシャスのこの魔法は、本来、投げたチャクラムの回収を主な用途としていた。精神力の消費は激しくなるが、成人男性程度なら引き寄せる事も可能だ。問題は、引き寄せる対象を目視しなければ発動しない点だ。


 だけど、その対策はしてある。赤く染まる通路の中で、エトネの腰に括りつけた鉱石の淡い輝きに照準を合わせ、二人の体を引き寄せる。


「ぬおおお!!」


 精神力の消費量は、引き寄せる物の質量と距離で増大する。ダリーシャスは己の全ての精神力を絞りつくす覚悟で二人を引き寄せた。


 レイは広間に辿りつくなり、エトネをわきに抱え、倒れそうになるダリーシャスを肩で背負った。先程の光景とは逆だ。


「マリオン、エドワード。走れ、走れ!!」


 もう時間は無い。頭の中で刻んでいたカウントが直にゼロを指そうとしている。レイの剣幕に弾かれたように二人は走り出した。五人は懸命に広場の中央を目指して走り。


 ―――轟音が鳴り響いた。


 レイが起爆した鉱石の山が爆発し、連鎖するように通路に並べていた鉱石たちも爆発する。通路という狭い空間内を爆風と衝撃が蹂躙し、逃げ道を求めて他の通路や広間へと流れ込むと五人の体を吹き飛ばした。


 床をごろごろと転がる五人は必死になって床にしがみ付いた。


 それから、どれだけの時間が過ぎたのか。五人にとっては途方も無い長い時間が過ぎたように感じられた。振動と爆風は永遠に続くのかもしれないと脳裏に過った。


 だけど。しばらくすると、粉塵が巻き起こる中、五人は振動も爆風も収まった事に気が付いた。


 恐る恐る顔を上げると、爆発によって生じた衝撃に耐えられなかったのか、通路を塞ぐように岩盤が崩れていた。固く閉ざされた通路からラミアが出てくる様子はない。


 粉塵が舞い上がる中、レイ達は生き残った。


「……はぁ。なんとか、上手くいったな」


「やったぁ!」


 レイがため息を吐き、エトネがピョンピョンと飛び回り、マリオンとエドワードは互いを抱き締めながら涙を流していた。そして、ダリーシャスは笑みを浮かべると、レイの背中を見つめながら、呟いた。


「やはりな。俺の見立てに狂いは無かったようだ」


 彼の呟きは誰にも届かないが、ダリーシャスは満足そうだった。


読んで下さって、ありがとうございます。

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