5-22 シアトラの迷宮Ⅴ
ラミアの鋭い爪を携えた両腕が空間を削ぐように振るわれる。レイはファルシオンを振り、相手の攻撃を撃ち落すのに専念する。
一撃でも掠れれば、掠った部位は吹き飛んでしまうだろう。
攻撃を受けて回るレイは、一見すると不利に見えるかもしれない。だけど、少年の双眸は決して怯んではいなかった。
繰り出される連続攻撃を弾き飛ばしながら、相手の懐へ潜りこむべく、すり足で距離を詰めていく。次第に両者の距離が縮まり、レイは賭けに出た。
自分の頭部を狙って繰り出された一撃に対して、レイは体ごと飛び込む様にファルシオンを振りかざした。狙いは一つ。相手の腕の関節部分だ。
人の女のような上半身を持つラミアは、全身至る所に硬質な鱗を生やし、まるで鎖帷子の様に剣を弾いていた。
だが、腕の関節の内側にだけは鱗が生えていないのをレイは繰り出される攻撃の隙間から確認していた。そこにファルシオンの刃を当てるように振り下ろした。
ぐちゃり、と水っぽい音と共にラミアの右腕が半ばで切断される。
ラミアの腕が振るわれた力をそのままに壁に激突して突き刺さった。切断面から夥しい血が噴水のように噴き出した。
「ギシャアアアア!」
悲鳴とも威嚇とも取れる奇声を上げてラミアがもう一本の腕を振るった。レイは同じことを繰り返すようにファルシオンを振り上げる。
背中の筋肉をばねの様に使った一撃は狙いを違わず、ラミアに残されていたもう一本の腕を切り裂いた。切断された腕はロケットの様に壁面に突き刺さり、血の跡が通り過ぎた証の如く、道筋を残していく。
レイは続けて攻撃を加えようとファルシオンの刃先をラミアの胸に向けた。しかし、ラミアは不敵に笑うと、切り裂かれた両腕に力を籠めだした。筋肉が膨張し、血管が浮き出る。
(こいつ、何をするつもりだ)
レイは攻撃を続けるか、回避するべきか瞬間悩んでしまう。それは致命的な隙となった。
「シャアアアア」
何と、ラミアの切断した面が盛り上がったと思うと、次の瞬間、そこから真新しい腕が生えて来たのだ。粘膜が纏わりつき怪しげな色合いを放ち、牙の様に長く太い爪を擦り合わせている。
間違いなく、レイが切り落とした両腕そのものだった。
「そんな。こいつ再生機能を持ってやがるのかよ!」
「ああ、そういえば、そんな事をナリンザが言っていたな」
慌てるレイと裏腹に、攻撃のタイミングをうかがっていたダリーシャスは何でも無い風に今更な事を言う。
「ラミアの最大の特徴は再生能力だとかだ。何でも、腕とか尾とか。それこそ頭すら生え変わるそうだぞ」
「そいつは、先に、言って、欲しかったですね!!」
レイは再生を果たしたばかりの両腕から繰り出される攻撃を躱しつつ、ダリーシャスに文句を言う。王子は申し訳ない、と返しながら、ラミアの顔を目がけてチャクラムを投擲した。
回転する輪は弧を描き、ラミアの焼け爛れた相貌に向けて突き進む。寸での所で反応したラミアは両腕でチャクラムを叩き落す。刃の円盤が落ちる音と共にレイは仕切り直しのつもりで距離を取った。
地面へと落ちたチャクラムにダリーシャスは見向きもしない。なぜなら、複数のチャクラムを所有しており、すでに両手に二つずつ。計四つのチャクラムを構えていた。まだ腰には幾つものチャクラムがぶら下がっている。
「それで、他にはラミアの特徴をご存知ですか? つーか、知っていることがあったら今の内に話してくれませんか」
レイの問いかけにダリーシャスは考え込むそぶりを見せた。レイは助け舟を出す。
「例えば……弱点とか、それと……石化の術。ラミアのどこを注意すれば、石化を避けられるとか聞いていますか」
「それなら知っているぞ。ラミアの額に第三の目があり、それに見られると石化してしまうそうだ」
二人は揃ってラミアの額に注目した。鬼女のごとき相貌はレイのダガーによって赤く爛れている。その火傷の中に、確かに閉じた瞼が一つある。
あれが第三の目なのだろう。
すると、その第三の目がぶるりと震えた。ゆっくりと瞼が開かれようとしていた。
「ダリーシャス、避けろ!」
敬語も忘れて、レイは叫んだ。二人は左右に分かれて跳ぶのとほぼ同時に、ラミアの第三の瞳が開かれた。
黄土色の瞳は瞳孔が猫のように縦に伸び、禍々しき輝きを携えていた。すると、その瞳の輝きは収束され、光が放たれる。光はレイとダリーシャスが居た場所を薙ぎ払う。
単なる床が瞬く間に石のコーティングを施されてしまう。ぐるり、と。ラミアの首が動き、敵を視界に捉えようとする。
狙いはダリーシャスだった。
狭い通路、ダリーシャスの逃げ場は無く、光を避けるために壁際へと追い込まれてしまう。
(不味い! ダリーシャスが石化しちまう!)
焦るレイだが、ラミアを振り向かせるのは悪手だ。レイの《心ノ誘導》なら、間違いなく、こちらを振り向くはずだ。だが、見るだけで石化してしまう瞳の意識をこちらに向けるのはリスクが高すぎた。
かといって、距離を詰めて攻撃するのも同じだ。耐石の指輪があると言っても、ラミアの石化は防げない。攻撃が当たっても、振り向いたラミアによってレイの石像が一つ出来てしまう。相手を即死まで追い詰めないと駄目だ。
コウエンを抜くべきかもしれない。頭の片隅で浮かんだ思いに従い、片手がコウエンの柄へと伸びた。だけど、沈黙を貫く龍刀はレイの思いに答えようとはしない。
逡巡するレイをあざ笑うようにラミアは壁際に追い詰めたダリーシャスに光を当てようとする。
だが、追い詰められたはずのダリーシャスは余裕そうに笑った。
「甘いぞ、モンスターよ」
彼は上着を脱ぎ、逞しい肉体美を晒すように上半身を剥きだしにした。あっけに取られているレイの前でダリーシャスは上着を投げ飛ばした。ふわり、と舞うように投げられた上着はラミアの放つ光を浴び、石化する。
―――代償として、ほんの数秒間、光を遮った。
ダリーシャスはその数秒を利用して、一気にラミアから距離を取る。光の届かない距離へと身を翻した。石化した上着は地に落ちて、砕け散る。
レイはダリーシャスの機転に舌を巻いていた。光を浴びれば石化するなら、その間に遮るものを用意すれば石化は免れるのは道理ではあるが、即座に思いつかないし、即座に実行しようとは思わない。
だが、感心している場合では無かった。
距離を取り、闇の中へと消えたダリーシャスの姿を追うのを諦めたラミアは次なる獲物を求めて首を動かした。つまり、レイの方だ。
レイは咄嗟に右へ左へと動き回り、的を絞らせないようにする。だが、ラミアの光は、いわば懐中電灯のようなもの。首の角度を少し変えるだけで光はガトリングから発射される弾丸の様に空間を薙ぎ、照射された物は石とかしていく。
あっという間にレイもダリーシャスと同じように壁際に追い詰められてしまう。
ラミアは逃がすまいと、光をレイに向けて放つ。左右に跳んだとしても、レイを直ぐに追い詰めるべく距離も詰めた。
下から上へと光が照射される中、レイも笑った。罠に嵌った敵をあざ笑う。
レイは背中を預けていた壁に突き刺さった、ある物を掴んだ。
それはラミアの腕だ。ロケットのように跳んだ腕の先端は新しい腕が生えたからと言って消えてはいなかった。
レイはラミアの腕を肩に担ぐと、背後の壁を蹴り上へと跳んだ。上に跳んだ少年は、担ぐ腕を力いっぱいに握る。
まだ血を蓄えていたラミアの腕はさながら消防車のホースから水を放つように夥しい血を噴き出した。レイを石化させるべく、顔を上げたラミアは、自分の血液で顔を赤く染めてしまう。
当然、ラミアの第三の目も血に染まり、そして石化した。自分の石化の術によって、第三の瞳は塞がってしまったのだ。
「ジャアアアアア」
歯をむき出しに、怒りを上げるラミア。だが、レイは構っている余裕は無かった。遠くから聞こえてくる、這いずるような音はラミアの増援である。あまり長い時間は戦っていられない。着地するなり、ラミアへと駆けだした。
(後先考えず、全力を叩きこむ!)
固い決意と共に、体の中に練り上がった精神力が一つの技へと昇華されようとする。ラミアは自らの瞳を塞ぐ石化した血液を剝がそうと顔に手を当て、無防備な姿を晒していた。
その腹部。人の上半身と、蛇の下半身の境目にファルシオンを振るう。
「くらえ! 《崩剣》!」
戦技が発動し、ファルシオンの刀身を破壊の力が覆う。切れ味を増した一撃はラミアの胴を両断してみせた。
「ギジャアアアア!!」
耳を覆いたくなるような絶叫が響く。だが、レイは間髪入れず、次の行動に出ていた。両断したばかりの上半身に向けて、ファルシオンの切っ先を向けた。
そして、やり投げの選手の様にファルシオンを投擲した。ラミアの中心部をファルシオンが貫いたのだ。ラミアの上半身はレイの投げたファルシオンの勢いに負けて、下半身に別れを告げ、壁に激突した。
「ジャアアア、ジャアアアア!」
貫通したファルシオンによって、壁に縫い付けられたラミアはファルシオンを抜こうともがくも、深く食い込んだ剣を抜けない。その上、いくら力を籠めても下半身が再生されない事に焦っていた。
それこそが、レイの戦技、《崩剣》の真価だった。切り裂いた断面から崩壊させていく一撃。再生能力が高いラミアといえど、下半身を復活させることはできない。
グズグズと体が崩れていく中、ラミアは遂に動きを止めた。レイは勝利に胸をなで下ろすが、喜ぶ暇はない。増援のラミアがすぐ近くまで来ている音がする。
急いでこの場を立ち去らなくてはいけない。
消えたダリーシャスの方を視線が彷徨いつつ、ラミアに突き刺したファルシオンを抜こうと近づいた。
―――それが失敗だった。
「ジャジャア!」
「な、こいつ、まだ死んでなかったのかよ!」
ファルシオンに手を掛けた瞬間、ラミアの腕が動いたのだ。剣を掴むレイの腕を掴んで離そうとしない。レイは咄嗟にダガーを抜いて、ラミアの腕に突き刺すが、鱗に阻まれて小さな傷しか作らない。
「は、放せ! こうなったら、くらえ!」
レイはダガーに雷電を貯めこむと、ラミアの首筋に突き刺した。柔らかい首筋はダガーの刃を受け入れ、そこを起点にラミアの体を雷が蹂躙する。
「ギギギギ!」
歯を食いしばって耐えるラミアはレイの手を離そうとしない。これ以上雷撃を放てば、自分も感電すると考えたレイはダガーをラミアの首筋から抜いた。
傷口から血が川を作るように流れ落ち、所々を炭化させてもなお、ラミアはまだ生きていた。恐るべき体力である。
戦慄するレイだが、もう一つの異変に気が付いた。
ラミアの体が、赤く燃えているかのように色づいているのだ。
驚いて周りを観察すると、赤く変色しているのがラミアでは無く、ラミアの背後の壁面に埋まっていた鉱石だと気づいた。青く、呼吸するかのように輝いていた鉱石はいつの間にかオレンジのような色へと変化し、それも徐々に赤く変色していく。
まるで、真っ赤な血の様に。次第に変化は近くの鉱石まで伝播し、辺り一帯が赤く染まる。
すでにラミアだけでなく、レイも全身が血を浴びたかのように染まっていた。
(何が起きているかわかんないけど、コイツはヤバイ!!)
レイは全身の毛が逆立つような悪寒を感じた。鳴動するように発光する鉱石は止まらず、次第に発光する間隔も狭まっていく。
レイはダガーを仕舞い、空いた手でラミアの体からファルシオンを抜いた。そして後先を考えず、全身に残っている精神力をかき集め、二発目の戦技を繰り出した。
「《崩剣》!」
ラミアの肩ごと、レイを掴んでいた腕は切り落とされた。元々、上半身をファルシオンで支えていたラミアはズルズルと落ち、遂に力尽きたように動かなくなった。しかし、代償は大きい。
レイもまた、精神力を限界まで使った事の疲労感から跪いてしまう。頭は動けと命令を下すのに、体は動こうとはしない。
そして、ついに赤く発光する鉱石は、眩いばかりの光へと変化していき―――
「《超短文・中級・引力!》」
―――ダリーシャスの魔法が発動された。
跪いたままのレイは見えざる巨人の手に掴まれたかのように、後ろへと引っ張られる。通路を飛ぶように移動したレイはダリーシャスに首根っこを掴まれた。
「おい、レイ! 走れないのか!」
「すいません……精神力を使いすぎました」
喘ぐように謝るレイをダリーシャスは岩陰に押し込め、自分もそこに飛び込んだ。正にその時だった。
赤く鳴動し、光を放っていた鉱石が爆発したのは。
轟音が二人の耳を揺るがす。
振動が二人の体を揺るがす。
爆風が二人の肌を揺るがす。
目も明けてられないような高温の風が岩陰に逃げ込んだ二人に襲い掛かる。その風に乗って、ラミアと思しきモンスターの悲鳴が聞こえて来た。
まるで世界がひっくり返るような振動と爆音が続き、やっと静かになった頃、二人は揃って岩陰を脱出した。二人とも顔は煤で汚れていたが、何処も怪我はしていなかった。
「こりゃ、一体。何が起きたんだよ」
レイが呆然と呟いた。それもそのはずだ。レイとラミアが戦っていた場所は単なる通路に過ぎなかった。それが今では爆弾が爆ぜたかのように壁は抉られ、床も天井も関係なく高熱で黒焦げになっていた。
少し離れた場所にはラミアと思しきモンスターの遺体もあった。断定できないのは、遺体が黒焦げとなり、判別がつかないからだ。尾らしき物が付いていることから、増援でやって来たラミアだと推測する。
「ラミアのイタチっ屁……ではあるまいなら、原因は鉱石だろうな。この鉱石。どうやら雷を与えると爆発する特性を持っている様だな」
ダリーシャスは爆発を免れた鉱石をチャクラムで削り取った。手に乗る鉱石は青のままだ。衝撃ではなく、雷によって起爆する特殊な鉱石がシアトラの迷宮が生み出す特産物だ。
「それにしてもとんでもない威力だぞ。先程のは中級攻撃魔法ぐらいはあったな。ふざけた再生能力を持つラミアが、黒焦げだ」
ダリーシャスの感嘆の声にレイも内心で同意する。
(凄い爆発だったな。中級モンスターのラミアが一撃で……あれ。でも、もしかして、コイツを使えば)
頭の中で欠けたピースが組み上がっていく。一枚の絵図が出来上がっていくのに意識を集中しようとする。だけど、そのレイの首根っこを捕まえてダリーシャスが引きずろうとするので思考が乱れてしまった。
「何すんですか?」
「其方は阿呆か。ここで足を止めていれば、ラミア共がこぞってやって来るだろうに。急いで幼子たちの所に戻るとするぞ」
ダリーシャスの言う事はもっともだ。レイはダリーシャスの手から離れ、自分の足で走る。
だけど、レイは走りながらも、頭の中で絵図を組み立てていく。
ラミアの群れを倒すべく、起死回生の一手を生み出そうとする。
読んで下さって、ありがとうございます。




