5-11 静かな村
気だるげな欠伸をかみ殺したシアラが、レイに向かってきつい口調で言う。
「いつまで不機嫌な面を浮かべているのよ。いい加減、機嫌を直しなさいよ」
再び走り出した馬車。風を浴びるようにレイは御者台に座っていた。もちろん、手綱を握っているのはレイでは無く、シアラだ。彼女は隣で膝を揺らすレイを睨んだ。
「別に不機嫌じゃないよ」
「嘘ね」「嘘だよ」
シアラの教官を務めるレティにまで、同じことを言われてしまう。レイは自分の頬を両手で揉んで、表情を緩めようと努めた。それでも、貧乏ゆすりは止まらない。
「何を不機嫌になってんのよ。王子を連れて村に行くことがそんなに嫌なの」
「……まあ、遠からず近からず、かな」
煮え切らない返答だ。男らしくない態度に、今度はシアラが不機嫌そうに口を尖らす。
「曖昧な言い方ね。さっさと本音を言いなさい」
少女はレイに向けて指を突きつけた。
レイは観念したかのようにため息を吐くと、背後を振り返った。馬車の中はレイの不機嫌とは裏腹に和やかな空気が流れている。
エトネの為のリザによるエルドラド共通文字教室に何故かダリーシャスとナリンザが加わっている。彼らはリザが指定した単語を不規則に並べてある木札から選び取るという、一種のカルタ取りのようなゲームをやっている。
例えば、エルフならeruhuを一文字ずつ選ぶのだ。
ゲームではあるが彼らに一切の妥協は無い。ダリーシャスは身を乗り出して、木札に体ごと飛び込み、木札を薙ぎ払う。ベールの隙間から覗くナリンザの瞳は猛禽類が獲物を狙う眼差しにそっくりだ。
いい年をした大人が文字を習っている最中の子供に対する態度としては、大人げない態度なのだが、驚くことにエトネと他二人の成績は横並びなのだ。
エトネはまだ母音と子音の組み合わせをちゃんと覚えていないが、他二人の動きに合わせて、先に手を滑りこます驚異的な反射神経を披露していた。いまも、ダリーシャスの伸ばした手の下に自分の手を滑らして、木札を取った。
最初はエトネを舐めていたダリーシャスだったが。いまでは本気で挑み、負ければ悔しがっている。
その姿は滑稽ながら、親しみやすさを放つ。王子なのに、女子供に交じって楽しげに遊ぶ姿は悪人に見えない。その証と言うにはおかしいが、エトネやリザも、ダリーシャスに対する警戒を解いている。いまも和気藹々とゲームを楽しんでいる。
レイが黙ってその光景を見ていると、同じく後ろを向いたレティがにんまりと笑ってみせた。悪戯めいた笑みにレイは嫌な予感を抱く。
「なーに。ご主人さまたら、ヤキモチを焼いてるのかにゃー」
「そんなんじゃないよ。……単に気に入らないだけだ。あと、急なキャラ付けは止めなさい」
「気に入らない時点で、立派な焼きもちじゃない」
「そうだよねー」
得意げに指摘するシアラ達。レイは誤解を解こうと自分の胸の内に抱いている不機嫌の元を、気に入らない点を打ち明ける。
「ヤキモチとかじゃなくて、僕がイラついているのは別に気に入らない事があるんだ。……なんで、あの人は僕なんかに目を付けたんだと思う?」
「何でって……本人が言っている通りなんじゃない。主様が決闘で見せたコウエン。刀身の輝きを見て、主様に値打ちがあるって思って護衛にしようと決めたって言ってたじゃない。それに変わり者の集団に紛れれば、目立たないとも。……なんだか、自分で言って悲しくなってくるわね」
「じゃあ、聞くけど君たちは、ロリコン王子と戦っている時の僕を見て、自分の命を僕に預けられる? それも、戦っているのは僕だけで、それ以外の仲間の実力は不明だ」
二人は一瞬、言葉に詰まる。それが雄弁な答えになる。お世辞にもあの時の自分の戦いぶりを見て、暗殺者の類に狙われている人間が自分に命を預けようとは思えない。
それなのにあの戦いを見た瞬間にレイ達を護衛に雇うと決め、すぐさま追いかけてアマツマラを飛び出す行動力。レイがいくら断ってもしつこく頼み続ける執着。そして、そんな姿を晒す主を止めようとしない従者。考えれば考えるほど、違和感がしこりの様にレイの内側に溜まっていく。
「じゃあ、主様はあの王子が何か別の目的で、ワタシたちを追いかけていると思ってるのかしら」
シアラが後ろに聞かれないように声を潜める。レイは無言のまま頷くと途端に、御者台の周りが息苦しい緊張に包まれた。
「仮にそうだとしても、何のためにあたしたちを追いかけるの。狙いはご主人さま? それとも他の人?」
レティの疑問にレイは沈黙を返した。どれだけ頭を捻ってもその事に対する答えは出ない。
レイは再び後ろを振り向いた。屈託なく笑うダリーシャスが腹に一物を抱える悪人には到底思えない。もっとも、狡賢い悪人なら、自分を偽って人の懐に潜りこむぐらい容易いのかもしれない。
ダリーシャスの真意が見えない事に加えて、レイには気がかりがもう一つあった。
木札を巡って熱い戦いを繰り広げる集団の向こう。馬車に押しつぶされていたステルマは、またしても意識を失ってしまった。レイに感謝の涙を滝のように流した後、ぷっつりと糸が切れたように倒れてしまったのだ。
慌てて診断したレティに言わせると、
「緊張の糸が切れただけで、怪我とか病気じゃないよ。直に目覚めるはずだから、寝かせておいても大丈夫」
と。太鼓判を押した。
村のために娘を売るという選択肢が父親にどれだけの苦悩を抱かせたのか、レイには想像つかない。それがテオドールに上訴出来た事で、売らずに済むと知り、一気に気が抜けたのだろう。
レイ達が進む道の途中でモンスターの襲撃にあったステルマ。そして、レイを追いかけて来たダリーシャスとナリンザ。レイはこの奇妙な状況に形容しがたい違和感を抱えていた。
暗殺者に狙われている王子は、これからレイが向かう大陸の王子。
迷宮が足元に出来てしまった村はレイ達が目指すオウリョウへの道程の途中にある村。そこで宿泊するかどうかは別として、この村を通るのは旅の予定には組み込まれていた。ステルマやイヴァンと出会わなくても、迷宮の出来た村に寄るのは確定していた。
この二つが立て続けに起きているのが《トライ&エラー》による因果を重ねた結果では無いかとレイは推測していた。
赤龍との戦いにおいて、二百を超える回数、時を巻き戻した。その結果、『七帝』であるサファと遭遇した。もしかすると今回の出来事も、因果を重ねた結果、本来なら遭遇しなくても良いトラブルを引き寄せているのではないかと危惧していた。
闇の中を手探りで進む気分だった。足元が本当に地面なのか、それとも底なし沼に踏み入れているのか。それすら分からない。気が付いたら、頭の天辺まで泥に浸かっているなんて事になっているかもしれない。
(とにかく、無事に村を出られるかどうか。それが一番の問題だよな)
レイが長いため息を吐くと、隣で手綱を引くシアラが声を上げた。
「主様。前方に何かが見えて来たわよ」
シアラの言葉に全員が反応する。彼女の言う通り、キュイの向こう側に何かを発見した。すでに空は夕暮れの色に染まり、闇への備えにかがり火が掲げられていた。その下には村人らしき青年が細身の槍を握り、街道に睨みをきかせている。どうやら、ステルマやイヴァンの村に着いたようだ。
遠目からでも壁のように柵が村を取り囲んでいるのが分かる。村に入るには男たちの間を通らなくてはいけない。しかし、彼らの顔つきは険しく、張りつめていた。
「リザ。ステルマさんは目を覚ましそうか」
レイが尋ねると、リザは男の肩を揺らした。だが、いびきをかく男は一向に起きる気配は無い。
リザは主に向けて首を振った。レイは仕方ないと呟いた。
「とりあえず、村に入ろう。ステルマさんを届けないとね」
レイの言葉に頷いたシアラはキュイをゆっくりと歩かせて、村の入り口で停止させた。
かがり火の下、槍を持っている男たちは、サイズの合わない革鎧を身に付けている。緊張した面持ちから冒険者でないと一目で分かった。もちろん兵士でもない。
イヴァンの言っていた自警団だろう。
彼らはレイ達に向けて声をかけた。
「ようこそ、シアトラ村に。冒険者ですか?」
「ええ。《ミクリヤ》所属のレイと言います」
レイの自己紹介に、男たちはあからさまに肩を落とした。その反応はこれで三度目だ。イヴァンにしろステルマにしろ、レイが無名の冒険者と知りがっかりしたのだ。もっとも今回に限ってはその方が都合は良かった。下手に名前が知られていれば、迷宮に潜ってほしいなんて無茶な要求を突き付けられたかもしれなかった。
落胆した姿を隠さずに、男たちは気の抜けた声で説明する。
「いま、オラたちの村は異常事態が起きています。物資の売買は出来ますが、村での滞在は―――」
「―――話は聞いています。村に迷宮が出来ているんですよね」
男たちの言葉を遮ってレイは言う。すると、自警団の間に驚きが広がった。二人は互いに顔を見合わせ、泡を喰ったようにレイに何故と尋ねた。
「此処に来るまでにイヴァンという老人と会いました。その方から、預かった人がいるので引き渡したいのですが、宜しいですか」
レイの言葉に不思議そうに首を捻る自警団。レイは彼らに後ろに回ってもらい、幌の切れ間から眠っているステルマを見せた。
「お手数でけど、村長か、もしくは話の通じる方にお取次ぎ願いたいです」
二人は首の関節が壊れたかのように縦に振った。
人口三百人足らずのシアトラ村は息苦しい静寂が支配していた。
木組みの家は窓にドアに板が打ちつけられており、外敵の侵入を拒む。夕暮れ時だと言うのに、炊煙が上がる家は無く、中に居る住人達は息を潜めている。彼らは外から聞こえてくる馬車の音に反応して、カーテンの隙間から外を覗いていた。幾つもの目玉だけが自分たちを見つめるという緊迫した状況の中、キュイは村を東西に貫く街道を進む。
そして、先導する自警団の男たちが指定した家の前で止まった。男たちはそこが村長の家だと言い、戸を叩いた。
「どうかしたのか」
皺がれた老人の声が中から響く。男達は冒険者が訪れた事を伝えた。すると、中から重たい物を動かす音がした後、扉が開かれた。開け放たれた扉から、杖を突いた老人が期待を胸に出て来た。レイ達は話し合いをするために馬車を降りた。
村長の目が馬車から降りるレイたちの間を彷徨い、一番目立つ男に向かって止まった。この集団でひときわ目立つのは、褐色の青年だった。
「失礼ながら、お名前を聞いても宜しいでしょうか」
一目見て、ダリーシャスが普通の人間でないと見抜いた村長は名前を尋ねた。
褐色の青年は髪をかき上げると、尊大な態度で、
「我が名はダリーシャス。他は供の者だ」
と言う。ごく自然な態度のため、一瞬レイはダリーシャスの言葉を流しそうになるが、供の者にカウントされていることに気づき、慌てて割り込む。
「いやいや。この人の護衛はあちらの女性だけで、他は違いますから」
「では……貴方がたはどちら様で」
「《ミクリヤ》所属のレイと申します。他は僕のパーティーです」
村長はミクリヤと口の中で繰り返し、自警団に視線を送った。知っているかどうかを確認したようだ。彼らが首を振ると、またしても肩を落とされてしまう。
もう慣れた事ではあるが、あからさまに肩を落とされると内心では面白くないがそれを表面に出さないように努める。
「それで、冒険者様たち。この村に何の御用なのでしょうか」
気を取り直した村長の質問に、レイは馬車の中で眠っているステルマを担ぐ。背負われた男を見て、村長は驚きの声を上げる。
「お前はステルマ。こりゃ一体、何が起きたというのですか。……生きているのですかな」
「気を失っているだけです。詳しい説明をしたいので、中に上がっても宜しいですか」
「ええ、ええ。もちろん。どうぞ中へ」
村長の許可を貰ったレイ達は村長の家へとステルマを運び入れた。ベッドの上にステルマを寝かせると、場所を食卓へと移る。レイとダリーシャスの二人が代表するように椅子に座り、残りは後ろに並ぶ。村長の入れたお茶を飲みながら、これまであった出来事を掻い摘んで説明した。
モンスターに襲われたイヴァンたちを助け、彼らの壊れた馬車代わりに馬を貸して、ステルマを村まで連れ帰るように頼まれた事。話を半信半疑で聞いていた村長に、ダメ押しのようにダリーシャスはイヴァンの書いた証文を見せると、村長は一連の出来事に納得してくれた。
そして話はテオドール王に送った上訴に移る。
「実は、陛下にこの村の現状を訴えた所、このような返事を頂きました」
レイは恭しい態度で、一枚の羊皮紙を取り出した。自分が持ち歩いている裏紙では無い。手触りからして、全く違う、透かし入りの羊皮紙だ。
丸まった羊皮紙には蝋で封がされており、シュウ王国の紋章が記されていた。もっとも、いまは開けたせいで紋章は二つに分かれているのだが。
村長はこの羊皮紙がどれだけ重要な代物なのかに気づくと、震える指先で受け取った。そして、中身に目を通すと、息をのんだ。
「おお、これは。陛下直筆の署名入りではありませんか! どうして、このような物が」
「陛下とは少々ご縁がありまして。……そこに書かれている内容にも目を通してください」
レイに促されて、村長は羊皮紙を読み進め、跳び上がらんばかりに驚いた。
「へ、陛下直々に命令を下さったのですか!?」
後ろで控えていた自警団の男たちも驚きのあまり、羊皮紙を覗きこんだ。レイが村で起きている異常事態について報告してから一時間後。テオドールからの返事が来た。
迷宮誕生と言う事態を重く見たテオドールは直ぐに行動したようだ。大まかに内容を纏めると要点は二つ。
三日後にギルドから冒険者と職員。王国からも兵士が派遣される。どちらも迷宮の探索のための人員だそうだ。
もう一つが、ステルマの娘、ニーナに関する事だ。イヴァンが少女を売らないように手を回して止めてくれることを確約してくれた。これで眠っているステルマに対して面目が立つ。
村長たちは羊皮紙とレイを交互に見る。その視線が、この少年は何者なのだと言っていた。
レイは話し合いを進めるために口を開いた。
「その羊皮紙に書いてある通り、三日後にはこの村に迷宮探索の為の人員が送り込まれます。おそらく、イヴァンさんたちもその後には帰ってくるはずです。それまでの間、この二人を村においてもらえませんか。先程読んで頂いた証文にもその旨は書いてありましたよね」
「は、はぁ。それは構いませ―――」
「―――異議あり!」
承諾しかけた村長を遮ってダリーシャスが抗議の声を上げる。レイは思わず舌打ちしてしまった。
「其方。まさか俺を置いて村を出る気では無かろうな!?」
「……そのまさかですよ。約束は果たした。村までは連れていくと。あとは好きにしてください。僕らはもう出発しますので。貴方の旅の無事を祈っています」
「其方には人情というものが無いのか! こう、旅の間に育まれた友情とかにほだされないのか!」
「四、五時間程度ではぐくまれる友情に、命は賭けられません。申し訳ありませんが、護衛はしないと何度も言いましたよね。ここでお別れです」
レイは立ち上がり、強行突破を図ろうとした。リザ達も主の行動に追随しようとする。だが、彼らの足を止めたのはダリーシャスでもナリンザでもない。
村長だった。
「お待ちください!」
老人の痩せた足のどこに、こんな瞬発力があるのか。扉に向けて身を翻したレイの腕を引きとめる。流石に老人を振り払うほど非道になれないレイは仕方なく、村長に何ですかと尋ねた。
「申し訳ありませんが、しばらくの間。それこそ、アマツマラから人員が来るまでの間、村に滞在してもらえませんか。もちろん、その間の宿や食料などはこちらで用意します」
思わぬ援護射撃を受けたダリーシャスは勝ち誇った笑みを浮かべる。
レイはそれが溜まらなく、腹立たしかった。
読んで下さって、ありがとうございます。




