5-10 地下の脅威 改訂版
5/17 冒頭にシーンを追加。
「取りあえず。アンタたちの足が無い以上、村までは連れていきます」
あれから。
ダリーシャスたちの置かれている状況を説明されてから、一同は昼食を取る為に馬車を停めた。押し問答を繰り広げた結果、昼食は簡単に済むメニューとなった。材料は馬車に詰んである野菜と、ダリーシャスが提供したウサギ肉の炒め物だ。
馬車から降りて、焚火を囲うように車座に座ったレイはどこか自棄になったかのように喋る。王子であるダリーシャスをアンタと呼んでいるのだ。不敬と断じられて切られてもおかしくはない。ところが、いわれている当人が黙認しているため、誰も注意はしなかった。
どれだけ言葉を費やしてもダリーシャスはレイの傍を離れるつもりは無いようだ。喉から血が出るほど喋っても、意思を変えないダリーシャスにレイが折れる形となる。イヴァンが言っていた村までの同行を認める事にした。
ダリーシャスを狙う暗殺者に関しては、シアラの《ラプラス・オンブル》で確認してもらった。レイ達を含めた全員の死の影は濃くなっていないため、しばらくは大丈夫だと彼女は告げたので、それを信じる事にする。
「でも、そこまでです。後は好きにして下さい」
「そうか。なら、其方らと一緒に行こう。南方大陸に渡るのだろう? なら、我が国を通ればよい。国を挙げて歓待しよう」
「そう言う意味の好きにじゃない。どうぞ勝手に行動してください。ただし、僕らについてくるなって事です」
ダリーシャスは葉野菜とウサギ肉のソテーを同時に口に入れ、困った風に飲み込んだ。
「連れない事を言うな。其方と我の仲だろ」
「会って一時間も経っていない間柄でしょ。命を預け合う仲では無いと思いますよ」
「手厳しいな。これは口説きがいがあるぞ」
レイのつっけんどんな態度にダリーシャスは橙色の瞳を細めて、愉快そうに呟いた。レイはまるで威嚇するかのように睨み返した。
そんな主の態度をリザとシアラは不思議そうに見ていた。口では冷たく言っているがこうして並んで食事を取っている事にレイは違和感を抱いていない様子だった。それどころか、どこか素の自分を見せているようにすら二人には思えたのだ。
「案外この二人、馬が合うのかもしれないわね」
シアラが呟いた言葉にリザは素直に頷いてしまう。主であるレイがこれだけ自分を見せている相手を他に知らない。いや、考えてみれば今のレイは本来のレイでは無い。異世界に来るときに、年齢を引き下げられたのだが、本来の御厨玲という人物は二十歳のはず。
ダリーシャスの年齢も二十代前半とリザは推測していた。レイの実年齢と近い。その辺りがダリーシャスへの対応に現れているのかもしれない。
すると、レイとダリーシャスの掛け合いを遮るようにエトネとナリンザが同時に言う。
「おにいちゃん、あの人おきた」「王子。中の者が目を覚ましたようです」
レイとダリーシャスは互いに顔を見合わせると、一目散に馬車へと戻っていく。周りの少女たちも慌てて後を追った。
二人の言う通り、馬車の中で寝かされていた男が目を覚ましていた。まだ、起き上がる体力が無いのか、首だけを動かして馬車の中をきょろきょろと眺めていた。
まだ、意識ははっきりしていないのか、唸るように「ここは……オラは」と繰り返していたが、馬車の中に飛び込んできたレイ達をみて、焦点が急速に絞られた。
「あ、あんた達。何者だ? ここはどこなんだよ」
男は近づくレイ達から離れようと必死にもがくが、脱力した体は言う事を聞かない。レイは安心させるように問いかけに応えようとした。しかし、それよりも先に何故かダリーシャスが告げる。
「我が名はダリーシャス。これは我が供だ」
「……誰が誰の供なんだよ」
「はて? ナリンザは俺の供だぞ。其方、誰の事だと思ったのか。んん?」
得意げに笑うダリーシャス。レイは彼の言葉が間違っていないだけに歯噛みして黙る。ダリーシャスはそのまま、眠っていた男、ステルマに事情を説明する。
「まず、其方の馬車がクロッドウルフに襲われ、其方は馬車に押しつぶされていた。そこに我らが助けに入ったのだ」
「王子は何もしていませんが」
「その通り。何一つやってない奴が偉そうにするなよ」
「全くその通りです」
レイとナリンザは互いに声を潜めて、後ろからダリーシャスを詰った。
ダリーシャスとの仲が良くならない代わりに、ナリンザとの仲は良くなっていくレイだった。まるで自分の手柄のように語るダリーシャスの後ろで、二人は王子をこき下ろす。
当然の話だが、馬車の中では声が良く通る。ダリーシャスは男の方を向きつつも、背中に回した手で黙れとメッセージを送った。実に器用な男だ。
「それは。……本当にありがとうございやす。……一緒に居た娘とイヴァンは無事ですか」
知っている顔が見当たらない事に、ステルマの表情は青ざめる。
「安心しろ。息災だ。その二人から、其方を村に連れて帰るようにと頼まれたゆえ、今は其方の村に向かっている最中だ。……そうだな、証明となるかどうかはさておき、これを見ろ」
ダリーシャスが取り出したのはイヴァンに書かせた馬の貸与に関する証文。そこには馬を貸した事の証明と、イヴァンの名前が記されていた。
「あの者らは目覚めぬ其方を置いて、俺から馬を借りてアマツマラに急いで向かった。何やら、急ぎのようでもあったのか、一目散に向かって……おい、どうしたのだ」
ダリーシャスが声を掛けたのは、ステルマの様子がおかしかったからだ。男は文字を追うにつれ、目に溢れんばかりの涙を溜め、遂に決壊させた。
「うおおおん! すまん、すまんぞ、ニーナ! 最後まで傍に居られない父を許せ!!」
わっと泣き出した男の言葉に一同は呆気にとられた。レイが慌ててダリーシャスの横に並ぶと、泣き崩れる男の肩を揺すった。
「泣かないでください。最後ってどういう意味なんですか」
「そうだぞ。一家の主なら、闇雲に涙を流すな。ええい、さっさと泣き止まんか!」
二人がかりで男をなだめすかせて十五分。ようやく男の涙は流し尽くされた。馬車には雫となって落ちた染みが残り、男の頬に道筋が残っていた。
「……イヴァンから説明は受けてないんだな」
ステルマの確認に全員が頷いた。すると、ステルマは苦痛で喘ぐような口調で、彼らに何があったかを語りだした。
「オラの村は街道が通っている宿場村なんだ。人口は三百人足らず。オラはもっぱら、農作業を行っています。普通の村です。……それも一週間前までの話。いま、オラの村はとんでもない恐ろしい物を抱えているんです」
レイ達は男のとんでもない物が何かと口々に言い合う。盗賊なのか、モンスターなのか、それとも悪徳貴族なのかと意見が出たが、全て違うと否定された。
「そんな簡単な話じゃないんです。……オラの村に迷宮が出来てしまったんです」
迷宮。
それはエルドラド各地に存在する魔窟の事だ。薄暗い地下の世界にモンスターがコロニーを作り、迷宮が生成する魔力を食べて、時に訪れる人間をも襲う。危険だからと放置していれば、モンスターの孵卵器と別称される迷宮は許容しきれない量のモンスターを生み出し、食料不足に陥った彼らは新天地を求めて穴倉から地上へと這い出して来る。
実に危険な場所だ。それが自分たちの暮らす村の足元に出来たとなれば、一大事は当然だとレイは驚いた。
「め、迷宮が村に出来たんですか!?」「ほう。それは中々どうして、判断に困る事だな」
ところがダリーシャスは冷静な対応だった。どうして驚かないのかとレイが視線を向けるとダリーシャスは簡潔に理由を告げる。
「迷宮が足元にあるのは驚くに値するが、領主の許可が下りればギルドが置かれるようになる。そうなれば冒険者も訪れ、それに付随するように商人も訪れる。村が潤うのは目に見えているだろ」
ダリーシャスの意見は大局から俯瞰で見た時の話だが、ある意味正しい。
迷宮は悪い面だけでは無い。一つはモンスターがその身に宿す魔石。魔法工学の道具の燃料として消費される魔石を求めて冒険者は日々、迷宮へと足を踏み出す。それに、迷宮には特別な鉱石や薬草などが取れる場合もある。アマツマラの迷宮は人の手によって管理され、鉱石を採掘することで鍛冶師の聖地とまで呼ばれるようになった。
「迷宮はいくらでも使い道がある。兵士の鍛錬に、特殊な鉱石などの採掘。モンスターの素材を産出する狩場としても使える。噂ではある国の美食家は迷宮の上に別宅を作り、秘密裏に雇い入れた冒険者にモンスターの肉を回収させているとか聞くぞ」
確かに、長期的な見方をすれば、迷宮は決してマイナスだけでは無い。
もっとも、それは仮定にして、未来の話である。現実として人口三百人足らずの村で迷宮は十分な脅威である。ステルマの説明は続く。
「元々、村人で共有して使っていた備蓄庫の地下室に穴が出来たんだ。ある日、瓶をどかすと、風の音とも、獣の声とも判断できない音がする洞窟が顔をのぞかせていたんだ。オラの村で元冒険者はイヴァンだけだったんだが、運悪く、村を離れていた。だから、オラたち、その洞窟が迷宮だとは思わなかったんだ」
体を横たわらせながら語るステルマはその時を思い出しているのか、悔しそうに拳を固く握っていた。
「イヴァンは村の自警団の長だ。若者を集めて、いつも剣の振り方や戦い方を教えていた。だから、腕に覚えがある若い連中が、年寄りの止める声も聞かずに洞窟に降りて行ったんだ。……それから三日。イヴァンが帰ってきても、若い連中は一人も帰って来なかったんだ」
肩を落とすステルマに対して、レイは言葉を失った。聞いているだけで分かってしまう。その青年たちがどんな末路を辿ったのか。
それはステルマも嫌と言うほど分かっていた。彼はその事に触れずに何があったかを語る。
「イヴァンが洞窟を覗いて、これが直ぐに迷宮だと村長に説明した。洞窟……いや、迷宮は直ぐに立ち入り禁止になって、村の合議によってお偉いさんたちに助けを呼ぶことになったんだ。オラの村は陛下の治め?。村でもめ事が起きたら、アマツマラまで届け出るのが義務。だから、状況をちゃんと理解しているイヴァンが代表で行くことになった」
「それじゃ、貴方と娘さんは何をしにアマツマラまで行くつもりだったんですか」
レイが尋ねると、ステルマの顔が石像のように強張った。まるで氷の魔法を浴びたかのように動きを止めてしまったのだ。
レイは自分が触れてはいけない事に触れたのだと直感した。だけど、一度訪ねた事は取り消せない。
しばらくの沈黙の後、男は後悔を滲ませて言う。
「合議の場で、誰かが言ったんだ。今のアマツマラはスタンピードの後片付けで手一杯じゃないか。直ぐには兵士を派遣できないんじゃないか。そしたら、別の誰かが言ったんだ。だったら、冒険者を雇えばいいんだって。だけど、イヴァンは、誰も探索していない迷宮に潜れる冒険者のパーティーを雇うにはまとまった金が要ると言ったんだ。でも村にはそんな金がねえ」
レイの後ろで、誰かが息を呑む声がした。リザが小さく、「ああ、やはり」と悲しげに呟くので後ろを振り返った。
「何か、分かったの」
レイの問いかけに青い瞳が迷走するように彷徨うが、リザは覚悟を決めたように答えた。
「……この方は、いえ。この方たちは身内を売る事でその資金を得ようとしたのです」
リザの推測が正しいのかどうかは、男が再び流した涙で証明された。
「クロトの所に居た時。似たような光景は幾度も見ました。家族のために、売られていく子が、娘が、親の方を何度も振り返るのを」
瞼を固くに閉じたリザ。まるで瞼の裏にその光景が焼き付き、今も見ているかのように過去を語る。
レイは小声で謝ると、ステルマの方を向いた。ステルマは涙を流しながら、馬車の床を拳で叩く。
「村で若い娘を持つ親が、くじを引かされたんだ! 赤い色を引いた奴の子を村のために売るって! そしたら、そしたら、オラの手の中にあったんだよぉおおお!!」
自分で自分の娘を売る事になってしまった親の気持ちはレイに理解できない。泣き崩れる男を前にして、誰も彼に声を掛ける事は出来ない。だけど、レイは自分に出来る事をしようと決めた。
立ち上がり、馬車の隅に置いてある鞄の中から魔水晶と羊皮紙を取り出した。
「魔水晶か。それで誰と連絡を取るつもりだ」
ダリーシャスの質問に答えず、レイは羊皮紙に鉛筆で文を書く。エルドラド共通言語で文章を作るのは慣れていないため、悪戦苦闘しつつも、書き終えた。書き間違いが無いように何度も文章を読み返し、問題が無い事を確かめると羊皮紙を折り畳む。
その羊皮紙を魔水晶に押し込め、表面に浮き出た送り先を指定する。もっとも、この魔水晶に登録されている送り先は一つしかないのだが。
魔水晶の中で、羊皮紙は踊るように姿を消した。後は、あちらの返事を待つだけだ。
「ステルマさん。いま、この国の王。テオドール陛下に上訴しました」
「「「……はぁ!?」」」
レイの言葉にステルマはもちろんの事、ダリーシャスとナリンザも驚きの声を上げた。ようやく、ダリーシャスから一本とれたとレイはほくそ笑む。リザ達にしてみると魔水晶を取り出した時点で、何をしようとしていたのか直ぐに察していたので驚きはしない。
「僕……私は陛下と個人的な面識があります。これをご覧ください」
レイは鞄から取り出した羊皮紙の中から、丸まった羊皮紙をステルマの鼻先に突きつける。魔水晶を取り出す時についでに取り出したスヴェンとの決闘に関するテオドールの謝罪の手紙だ。もっとも、ここでは内容では無く、羊皮紙に付着してある物が重要だ。
そこには封として蝋が塗ってあった。開けた時に二つに割れてしまったが、つなぎ合わせると一つの印章へと戻る。それはシュウ王国の王族にしか使われない印章である。
「村の窮状を訴えました。きっと陛下の方からギルドに話が通るはずです。ギルド長のヤルマルさんは信用できる方です。少なからず、便宜を図ってくれると思います。……もしかしたら、娘さんを売らずに済むかもしれません」
レイの言葉がステルマに浸透するのにいささか時間を要した。だが、次の瞬間、ステルマは跳ね起きると、レイに抱きついた。何処にそんな力があったのか不思議なほど強靭な力で抱き締められた。
「おお、おおお、おおおお!! ありがとう。ありがとう。ありがとう!!」
男は感極まったのか、泣きじゃくる。レイは引き剥がそうとするも、男の力に負けて肩を濡らす羽目になった。
「……驚いたな。この国の王子と剣を交わしただけでなく、国王とも渡りが付けられるのか」
感心した口ぶりのダリーシャスに対してレイは困った風に言い返した。
「多生の縁があったから。……でも、代わりに何か面倒な事を頼まれるかもしれないのが悩ましいところだけど」
すると、ダリーシャスは口元をこれでもかと緩めると、レイを楽しげに見つめる。その視線が気に入らなかった。
「……何、その眼は」
「いや。自分の不利益を顧みず、他者のために行動できる其方こそ、やはり俺の護衛に相応しいと思ってな」
レイの取った行動はダリーシャスの琴線に触れたようだ。ダリーシャスはレイを指差すと、
「絶対に其方を俺の護衛にしてみせるからな。覚悟しておけよ」
ある意味、宣戦布告のような物だ。
「しつこい! 僕は絶対、アンタの厄介事に巻き込まれるつもりは無いからな!!」
レイの宣言が男の嗚咽と共に馬車の外へと響き渡る。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は16日月曜日を予定しております。




