5-9 人の形をした災難
タイトルを変更しましたが、内容に変更はありません。
「どうだ? 護衛となればそれ相応の代価は支払うが―――」
「―――嫌です」
脊髄反射の返答だった。
コンマ数秒もかからず、レイはそれだけを言い切った。むしろ清々しいとさえいえるかもしれない。キュイが曳く馬車の中。レイはダリーシャスに拒否を告げると、後ろに控えていたリザ達は当然だと頷きあった。
ところがダリーシャスはぽかんとした表情を浮かべていた。端正と言っていい表情なのだが、目と口が丸くなると、滑稽に見えてくる。
断わられるとは露とも思っていなかったのが、全身からありありと溢れていた。
「いやいやいや、待て待て待て! 話はまだ仕舞いでは無い。むしろこれからでは無いか!?」
ダリーシャスは慌ててレイを引き留めようとする。その後ろで控えていたナリンザは主の醜態を眺めて、
「流石です、王子。人望、皆無に等しいですね」
と、ことさら酷評した。
「さような話をいきなり聞いて、困惑するのは分かる。だが、最後まで話を聞けばきっと其方も理解し、納得してくれるはずだ」
王子にあるまじきことに、レイの膝を掴んで逃がすまいとする。
「なんだか、かわいそうな人だよ」
この場で最年少のエトネにすら憐れみの目を向けられるも、ダリーシャスはレイの膝を掴んで離さない。
必死の形相と相まって鬼気迫るものを感じたレイはようやく観念したように頷いた。
「分かりました。話を聞くだけ聞きます。……だからと言って、引き受けるとは思わないでくださいね」
「おお、有り難い。有り難い!」
涙を流さんばかりに大仰に喜ぶダリーシャス。リザとシアラは視線だけでこの男が本当に王子なのかと会話する。
やっと落ち着いたダリーシャスは居住まいを正すと、まるで教師が生徒に説明するかのような口調で話を始めた。
「まず、其方らはデゼルト国についてどこまで知っている」
レイは後ろに控えているリザとシアラに目線で問いかける。世界情勢なんて全く知らないレイにこの手の質問は答えようがない。同じく、山暮らしのエトネも似たような知識量の為、可愛らしくこくびを傾げている。
珍しくシアラは首を振った。小声で「ワタシが眠ってる間に出来た国かもしんない」と告げた。
そうなれば頼りになるのはリザだ。
全員の視線を集める事になったリザは少々緊張した面持ちで語り始めた。
「南方大陸における国の一つですね。大陸の北東部沿岸に沿って国が広がり、面積だけは南方大陸頭一かと。ですが、実際の所は国の南部に広大な砂漠があり、実際には北側だけが定住に適した土地で、主要な都市も集中しています。主な特産品は宝石です」
「宝石?」
レイが尋ね返すと、リザは説明を続ける。
「ええ、宝石です。観賞用にも、戦闘用にも使える良質な宝石が取れ、加工技術も一流と聞きます」
戦闘用の宝石と言うのは、エルドラドにおいて一定の需要がある。例えば、シアラの持つ『氷の涙』。杖の頭についているこの宝石は、魔法の威力を増幅している。攻撃魔法だけでなく、補助魔法や回復魔法、盾の魔法の効果も増幅できるので、冒険者は好んで身に付ける。だが、一方で採れる産地が少ない事もあり、高額で取引されているのだった。
「宝石で有名な国なんだ。よく知っているね」
淀みない口調で説明するリザにレイは称賛を送る。すると、リザは表情を曇らせてしまう。何か失言してしまったかと焦るレイにリザは小声で説明を加えた。
「前の主、クロトは奴隷以外にも宝石を扱っていました。その関係で宝石が有名な国はよく話を聞かされていましたので。……それと、ご主人様。もう一つ付け加える事があります」
リザの言葉が余計に低くなると、レイは彼女の声に耳を傾けた。
「デゼルト国は南方大陸の北東部の沿岸部に港を所有しています。私達が向かっているトトスの港町。そこから南方大陸に向かう定期船の行き先にデゼルト国行きの船もあります」
「……つまり、この王子の国を通る可能性も十分あるって事か」
「ええ。もちろん、それ以外にも上陸できる港はあるはずですが……」
言葉を濁したリザの表情から、デゼルト国行きが一番早いのかもしれないとレイは推測した。
彼女にありがとうと小さく伝えてから、ダリーシャスの方に向いた。
「随分と物知りな従者を持っているな。……其方の言う通り、デゼルト国は宝石と砂漠の国。しかし、もう一方の面もある。我が国は代々、十五の部族が共同体を為す部族連合体だ」
ダリーシャスは空き箱に詰めた投石用の石を幾つか取ると、床に並べた。
「国を治めるのは代々、デゼルト族の血を引く男子とそれに従う十四の氏族の頭領たちの集団だ。今の国王はカリバン・デゼルト。私の祖父だ」
「あれ? でも、オードヴァーンってのが貴方の姓じゃないんですか」
レイの質問に、ダリーシャスは待っていたと言わんばかりに頬を吊り上げる。
「デゼルトの姓は王の称号でもある。王にしか持てない証なのだ。代々の王が引き継いできた。……ところが、その王が二月ほど前にお倒れになった」
話の方向が一気にきな臭くなった。レイとリザは揃って頬を引きつらせ、シアラは頭痛に呻くようにこめかみに手を当てていた。手綱を握るレティも、不安そうに後ろを振り返っている。暢気に笑っているダリーシャスから表情が分からないナリンザに視線を移すと、彼女は咳払いを一つしてから釘を刺した。
「当たり前の話ですが。国王がお倒れになった事は秘中の話。みだりに口外しないでください」
「うむ。まだ公にしてない話だ。漏らせば首に別れを告げる事になる故、気を付けろ」
「だったら、簡単に口を滑らせんじゃねえよ」
レイの悲しい突っ込みが馬車を揺らす。余りの頭の悪い発言に、頭痛がしてくる。残念なことに頭痛の原因はその事に気づく気配も無く、状況説明と言う名の国家機密の漏えいを続ける。
「我が国での王の決め方は特殊だ。まず、王が死亡したか、引退したか、あるいは国政に参加できなくなった時点で次代の王を決める選挙が始まる」
レイは意外そうな顔をした。まさか、この異世界で選挙という言葉を聞くことになるとはと軽く驚いていた。
「まず王になる権利を有しているのは王の血を引く男子のみ。そして、名乗り挙げた者の中で王に相応しい人物だと選ぶ権利を有しているのも王の血を引く男子のみだ。……現国王がお倒れになった時、男子の子は四人。そして、その者たちの子供が、つまり王の孫は私も含めて十七人居る。この者達の中から次の王が決まるのだ。この投票は13神に向かって我こそは王であると意思表示することから、神前投票と呼ばれている」
ダリーシャスの説明を聞きながら、レイは少々がっかりした。結局のところ絶対王政という政治体制は変わらず、選挙や投票というのも現代日本における民主主義のような物とは違った。
(もしかしたら、異世界人が作った国かと思ったけど。違うようだな)
泡のように浮かんだ考えは、泡のように弾けて消えた。
「今回の神前投票では私の父と叔父がそれぞれ立候補している。私の父はオードヴァーン。叔父はプラティヌという姓を持つ。ここで、話が前後するが、デゼルト家と共に国を治める十四の氏族は、代々自分の娘を王族に嫁がす事で、王家と血の繋がりを持って結束を高めている。オードヴァーンは私の祖母の姓なのだ。そして、私の父もまた、十四の氏族から嫁を娶り、子を成した。それが私だ。仮に父が王となり、デゼルトの姓を授かったなら、私の姓は私の母の姓となるのだ」
「随分とややこしい結婚制度を行っていますね。仮に嫁がせる娘がいなかったり、血の繋がりが濃い者同士の結婚とかはどうなるんですか」
「別段、王族の嫁が必ず十四氏族から選出されなければならない事は無い。代によっては十四氏族の中で娘が生まれにくい時もあった。その場合は王家の格に見合った女と結婚していた。もっともその場合、王家から追放され十四氏族に婿入りするのが慣例だ。それと結婚する際に血の濃さは重要視される。とりあえず三代遡って繋がりがどうなっているか確認するぞ」
「王子。話が脱線してますよ」
ナリンザから注意されると、ダリーシャスは「おっと、熱中してしまったな」と呟きながら話の軌道を元に戻す。
「国王がお倒れになった時、私は供の者を連れて諸国を外遊中だった。そこに祖父が倒れた事と神前投票が行われる連絡が入り、帰国を命じられた。なぜなら神前投票は代理も委任もできない神聖なる投票。投票権を持つ全員が一堂に会さなければ始める事すら出来ない儀式なのだ。直ぐに帰る事を決めたのだ」
「二か月前に連絡があったのに、まだ東方大陸のこんな所に居るんですか」
ダリーシャスが連絡のあった時点でどの大陸のどの国に居たのか分からないが、それでも帰国に随分と時間が掛かっているとレイは思った。すると、ダリーシャスが大げさな動作で頷いた。その言葉を待っていたと言わんばかりの態度だ。レイは自分が罠に掛かったと直感した。
「そこがまさに話の問題なのだ。実はな、神前投票で負けた代表とその者に投票した者らは皆殺されてしまうのだ」
朗らかにダリーシャスは言うが、その内容はとんでもなく血腥かった。レイは先程の予感がまさに正解だったと悔やまれる。
「……聞きたくないんですけ。一応聞いときます。……なんで投票で、負けたぐらいで血が流れるんですか」
「おかしなことを聞くな。この投票は13神に我こそ王に相応しいと宣誓を上げるのだ。それなのに、王に成れないのは神に偽りを誓った事に他ならない。その罪は血で贖うしかない。同様に、間違った者に投票した者も罪を血で贖うべきだ」
(随分とバイオレンスな国だ)
レイの中でデゼルト国は肩アーマーを着けた世紀末野郎が跋扈する危険地帯のイメージが浮かんできた。
「そのため、投票の寸前まで、立候補した者は死に物狂いで投票権を持つ者を取り込みにかかる。金品財宝、絶世の美女に、搦め手。もしくは秘密を握り脅迫したり―――最後の手段としては、暗殺とかが行われた代もある」
「降りてくれませんかね。いやマジで」
いつにない真剣さを携えて、レイは懇願するように頼み込む。
レイの目にはダリーシャスが危険な爆弾のように映っていた。それも既に導火線に火が付いている、いつ爆発するか分からない爆弾だ。
ダリーシャスは快活に笑うと、レイを安心させようと言葉を重ねる。
「はっはっはっ! 大丈夫だ。流石に暗殺は最後の手段。それも、この時期に行えば、確実に対立候補の仕業だとばれてしまう。いくら民がこの投票に関係ないとはいえ、これから先統治する側としては、民の信頼は得難い価値を放つ。……だから、まあ、良い所誘拐した後、監禁洗脳の流れだろう。ほら、安心だろう」
「どこが安心なんだよ!」
とうとう、レイの言葉づかいから敬語は消えた。ダリーシャスもナリンザもレイの不敬を咎める事は無い。しかし、美麗の従者は主の発言を付け足した。
「王子。それは国内での話。外国に居る者ならどうとでも情報操作できるので、割と暗殺が横行しているでは無いですか」
「あ、こらっ! 折角黙っていた事を言うんじゃない!」
「そんな、大事な事を黙るなよ! 真っ先に言うべき内容だろ! ……というか、もしかしてアンタ、命を狙われる可能性があるから、僕らに護衛を頼んでいるのか!?」
レイの問いかけにダリーシャスは肩を震わせた。橙色の瞳も横に流れ、あからさまに何かを隠している様子を見せている。
じい、と。レイ達から突き刺さるような視線を浴びたダリーシャスは観念したように自白した。
「……実は。帰国を決めた段階で、同時に送り出した影武者三人が全員死亡しているのだ」
馬車の中が奇妙な静寂に包まれる。聞こえてくるのは馬車の車輪が地面を転がる音だけだ。沈黙を破ったのはレイの震える声だった。
「……つまり話を纏めると、いま、アンタの国は新しい王決めに国が揺れていて、アンタが投票するつもりの人の対立候補から狙われている。その人はどうやら、投票権を奪うのではなく、殺す方を選んだと」
仮に、ダリーシャスを取り込めれば、相手の一票が自分の物になるので差し引きで二票分になる。だが、自分に靡かないと判断すれば、せめて相手の票を潰そうと考えるのは自然と言えば自然である。
おそらくダリーシャスの影武者を殺した勢力の長はそう考えているのだろう。
「うむ。端的に纏めるとその通りだな。其方らに頼みたいのは首都までの道中の護衛だ」
「レティ! 今すぐキュイを停めろ! この人を蹴り飛ばしてでも追い出す!」
「ちょ、ちょっと主様。落ち着きなって」
「そうです。例え、この方がとんでもない厄介な御仁だとしても王子には変わりません。やるなら、もっと穏便にばれない様にヤりましょう」
「ちょっとお姉ちゃん! 何物騒な事を言ってんの!? エトネもお兄ちゃんを止めるの手伝―――エトネ、どうかしたの、頭抱えて」
「おはなしがむずかしかった」
流石に剣を抜くのだけは理性が押しとどめたが、レイはいまにもダリーシャスを放り出しかねない剣幕だ。慌ててシアラが止めに入るが、リザもレイと同じなのか、物騒な事を呟いている。妹のレティはキュイの手綱を握っているため、エトネに助けを求めようとしたが、小難しい説明を聞いて知恵熱を出している幼女を見つけた。
馬車の中はあっという間に阿鼻叫喚の坩堝が展開されていた。
それを齎した張本人は騒がしい馬車の中を眺めつつ、「元気がいいのは若い証拠だ」などと頓珍漢な事を言い出している。
「ああ、もう。いいから、落ち着きなさい、主様。……失礼ですけど、王子。貴方が王子なら、他に護衛は居ないのですか。それに対立候補が暗殺を狙っているとはいえ、貴方を庇護する勢力も居るでしょう。そちらに頼むのはダメなのですか」
シアラの質問を聞いて、レイの頭は冷えていく。確かに、王子の護衛が一人と言うのはおかしな話だし、シュウ王国の南部まで来たのなら、迎えを呼ぶことも可能な様に思える。
ところが、これまで一貫して笑みを崩さなかったダリーシャスに変化が起きたのだ。太陽なような笑みに影が落ち、声のトーンが下がった。
「私に付いて来てくれるものも居たが、皆旅の間に死んでしまった。暗殺者から私を庇った者も居れば、スタンピードに巻き込まれて死んだ者もいる。……残ったのはこのナリンザしか居らんのだよ」
「付け加えると、本国に救援は出せません。今の我らはスタンピードに巻き込まれて生死不明の状況。暗殺者の目を逃れられる絶好の機会。下手に本国に連絡すれば、居所が知られてしまいます」
「だったら、冒険者を雇ったり、この国の王家を頼ったりしたらどうなんですか」
レイは脳裏にオルドやテオドールの事を思い出していた。場合によっては彼らとダリーシャスの仲立ちを務めようかと考えていた。
しかし、ダリーシャスは残念そうに首を横に振った。
「アマツマラの冒険者には一通り当たってみたが、残念なことに誰も引き受けてはくれなった。力ある冒険者は、いまはアマツマラの復興を優先し、力無き冒険者では無駄死にが増えるだけ。そして、シュウ王国が友好国といえど、ことは一国の内政に関わる大事。下手に借りを作れば後々どのような見返りを求められるか分からん」
ダリーシャスの説明にはレイに想像もつかない国家間の微妙なパワ―バランスがあった。
「でしたら、何故僕なんですか。言っちゃなんですけど、個人のランクはE級。パーティだって結成したての新人です」
少なくとも力無き冒険者の定義に当てはまる。するとダリーシャスはレイが腰に指している龍刀コウエンを指差した。
「あの武器を抜いている所を見た。あの輝き、まさに名品の類。それを振るう未熟な少年に興味が湧いたのだ。身の丈に合わない武器を持つ、奇妙な少年。案外掘り出し物ではないかと思ってな。これでも目利きには自信がある」
自慢げに橙色の瞳を指差すダリーシャスだが、二束三文の品を大量に購入している所を知っているナリンザは気づかれないようにため息を吐いた。
一方で過分な褒め言葉を受けたレイは照れつつも、しかし、乗り気では無い。確かに、話を聞いていれば、その境遇を不憫と思い、手助けしたいと思う気持ちはある。デゼルト国が南方大陸に向かう過程で寄れる国だというのも知った以上、無視はできない。
だけど。
レイはちらりと自分の後ろを―――リザ達に視線を送る。
どう考えても、ダリーシャスの護衛は危険な仕事である。言うまでもなく、暗殺の危機が迫る以上、命のやり取りが前提にある。リザ達に相談するまでも無く、断ろうと決心を固くした。
レイが返事をしようとすると、先んじてダリーシャスが口を開く。
どこか、茶目っ気を見せつつ、
「まあ、実際の所は目くらましの意味もある。珍妙な集団に紛れた方がかえって目立たないかもしれんと思ってな」
「さっさと降りてくれませんか。何でしたら、突きとばして差し上げましょうか」
レイは自分でも驚くぐらい冷たい笑みをダリーシャスに向けていた。
読んで下さって、ありがとうございます。




