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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第5章 褐色の王子
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5-12 村の守り

「そ、村長。国王の命令書の通り、三日後にはアマツマラから人が派遣されます。僕らがこの村に滞在する必要はないかと思われます。……あと、そのにやけ面は止めてくれませんか」


 言葉の最後は勝ち誇ったような笑みをするダリーシャスに向けた物だった。レイの言葉を受けて村長は力なく首を横に振る。


「そう言う訳にもいかないのです。……ここに来るまでの間で、村の様子は見ましたかな」


 レイは村長に頷いた。


「随分と閑散としていたでしょう。窓と言う窓に。戸と言う戸に。釘や板が打ちつけているのをご覧になったでしょう。村人は恐れているのです。ついこの間に起きたスタンピードという未曽有の災害。直接被害を受けたわけでは無いですが、その恐ろしさは此処まで伝わっています。ワシらの足元にある迷宮からモンスターが飛び出してくるのかもしれないと、村人たちは夜も満足に眠れていません」


「スタンピードを恐れているのね。だったら、大丈夫よ。あれは簡単に起きないわよ」


 シアラが安心できるように説明するが、老人は乾いた笑みを浮かべる。


「イヴァンも同じことを言っておりました。ですが村の者達は信じられないのです。迷宮なんて物と縁も所縁も無い田舎者たち。正直、どれだけ大丈夫だと説得されても納得なんてできません。アマツマラやダラズの事を耳にしている分、余計に恐怖が蔓延しています。この村もそうなるのではないかと、ワシを始めとして皆恐れています。そのため、村のための生贄の様に若い娘を売り飛ばした金で冒険者を雇おうという意見が出たのです」


 人の恐怖は理性だけでは抑えきれない。遠くの対岸で起きている災害が自分にも降りかかるかもしれないと想像するだけで、人はパニックを起こす。厄介なのは、それが一人二人なら説得もできるのだが、集団になっていくとまるで伝染病のように人々の間を駆けまわり、説得も受け付けない。


 元冒険者で自警団の指導をしているイヴァンですら、村人たちを鎮静できなかったのだ。駆け出し冒険者にしか見えないレイの言葉なんて届きはしないだろう。


「村人たちの状況は分かりました。ですが、僕らが此処に残ったとして、何もできません。まさか、迷宮に潜れ、って言いませんよね」


「出来れば、そうしてもらいたいのですが……」


 村長の縋るような視線からレイは顔を背けた。村長の気持ちは分かるが、いくらなんでも未踏の迷宮に潜るのは危険すぎる。


 未踏の迷宮。


 魅力的な響きを持つ。


 しかし、実際の所、これほど難しい物も無い。誰も足を踏み入れていない迷宮は、中に何が潜んでいるのか情報が全くない。


 どんなモンスターが道を塞ぐのか。


 下に続く階層はどれだけ伸びているのか。


 冒険者を陥れる罠があるのかどうか。


 未知と言うのは危険と言い換えてもおかしくない。そのため、未踏の迷宮に関する情報はギルドでも重要視され、高値でやり取りされる。


 村に来るまでの間に、レイは迷宮に潜らないという決断を全員に伝えていた。リザを始めとした《ミクリヤ》のメンバーは納得してくれた。あの猪突猛進のリザでさえ、レイの意見に全面的に同意したのだから、未踏の迷宮がどれだけ危険かを物語っている。


 ダリーシャスはあからさまにつまらなそうに唇を尖らせていたが、レイは無視した。彼は部外者だ。


 そもそも、あのオルドですら、ネーデの迷宮に隠されていた深層に潜るのを断念したのだ。深層に潜るだけの戦力が無かったという事もあるが、事前の情報が全くない事を重要視して仲間の安全を取ったのだとファルナから聞かされていた。仮に、村の地下に広がる迷宮が、非常に簡単な迷宮だとしても、レイに迷宮を潜る理由はない。


「……分かりました。迷宮に潜ってもらうのは諦めます」


 村長はレイの態度に、自分の申し出を撤回した。元からレイ達に対して期待していなかったのか、あまり気落ちしていなかった。それどころか、こちらが本命だったかのように次の申し出を口にする。


「その代り、村に滞在してもらいたいのです。村には自警団はありますが御覧の通り、村の若者が多少の訓練を受けた程度」


 レイ達は村長の後ろで所在なさげにしている若者たちを見た。確かに、彼らは屈強な兵士とは言えない。


「彼らは彼らなりに頑張ってはいるのですが、やはりそこは素人。村人も安心できないでいます。夜だけでなく、昼も戸を固く締める者もいます。そこで、本職の冒険者が村に滞在して下さったら、村人も安心できるという物です」


「そ、そういう物ですか?」


「そうですとも!」


 村長は力強く、ハッキリと言う。その迫力に負けたかのようにレイはたじろぐ。


「仰っていることは分かりますが……」


 レイにしてみると、この村を直ぐに立ち去りたいのが本音だ。赤龍戦を繰り返した事によって重ねた因果。それがこの村に災いを招きかねない。そのうえ、一刻も早くダリーシャスから離れたいという思いもあった。ところが、そのダリーシャスから村長の為の援護射撃が放たれてしまう。


「レイよ。この村を離れたいようだが、其方がこの村を離れるのは不味いのではないのか?」


「……どういう意味なんでしょうか」


 ダリーシャスは机の上に置いてある羊皮紙を指差した。


「テオドール・ヴィーランド陛下が送る人員が何者か分からんが、其方が送った上訴を元に陛下は下知を出した。それなのに、其方がこの場に居ないのはいささか具合が悪いぞ」


 正論である。


 レイの名前でテオドールに出した上訴の内容に従って、人が送られる以上、レイがこの場に居ないのは道理に合わない。仮に何かしらの問題が起きた時の責任が誰にあるのか不明瞭になってしまう。そのためにもレイは上訴を出した代表として、送られてきた人員と会わなくてはいけない。


 その正論をよりにもよってダリーシャスから指摘されるとは思ってもみなかった。レイが押し黙ると、ダリーシャスは勝利を宣言する。


「決まりだな。其方ら一行はしばらく村に滞在するべきだ」


「……ちくしょう」


 ダリーシャスと離れることが出来ずレイは敗北の言葉を口にした。


 一度、目を固く瞑り、腹の内に溜まったドロドロとした感情に蓋をしてからリザ達の方を見た。視線だけで、彼女らに確認を取る。


「ご随意に」


 リザが代表するように言う。エトネも追随するように頷いた。レイにしてもエトネにしても先を急ぐ旅では無いため、三日程度足止めをくらうのも問題はない。


「仲間の賛同も得られました。人員が来るまでの間、此方の村に滞在させてもらいます。ついてはその間の宿と食事の提供をお願いしたいです」


「でしたら、もう一つ、お願いがあるのですが宜しいでしょうか」


 村長がここに来て新たな頼みごとを口にする。ここまで来たら、後は一緒だった。レイは諦念の感情を浮かべつつ頷いた。


「いいですよ。毒を食らわば皿まで。迷宮に潜ること以外なら、話を聞きましょう」


 村長の説明によれば、迷宮がある備蓄庫の付近はどれも空き家になっているそうだ。中に住んでいた住人は危険を感じて他の村人の所に身を寄せている。その空き家ならどれでも使っていいと許可を出した。


 代わりに迷宮に異変が起きた時には対処をレイ達に一任したいと頼み込んできたのだ。


 つまり、丸投げである。


 村長は自警団だけでは手に負えない事態であり、彼らも疲弊していると力説していた。昼も夜も見張りをしているのは精神的に堪えると悲壮感を漂わせる。村長の演説を聞き流しながら、レイは内心、


(要は僕らに捨て石になってほしいって事ですか)


 と、愚痴を零していた。


 村長にしてみれば、レイ達は村とは関係のない冒険者だ。どうなろうが知った事では無いのだろう。村の安全のために彼は彼なりに最善を選んでいる。


「いいんじゃないの。受けても」


 即答を控えていたレイに助け舟を出したのは、シアラだった。どういう意味だと聞き返すと、


「村に滞在する以上、期待されるのは防衛としての戦力よ。だったら、開き直って、クエストとして受ければいいじゃない。今の所、影は濃くないわよ」


「……分かった。村長さん、僕らも慈善事業として冒険者をやっていません。クエストとしてなら、村の滞在中の防衛を引き受けます」


 レイはシアラの助言に従うことにした。当初、村長は村に金は無いと言うのだが、予想外な援護射撃を受ける事になる。


 自警団の青年たちだ。彼らは村長の演説通り、精神的に限界が近かったようだ。多少の戦闘訓練を受けていたとしても、そこはやはり素人。備蓄庫の傍にいるだけで寿命が縮む思いだったと情けない本心を打ち明け、村長の説得にかかる。


 しぶしぶ、村長はクエストとして認める事になった。期限は三日。レイ達は迷宮に問題が起きた時はすぐさま対処する事となる。例え、迷宮に問題が無かったとしても、報酬は受け取る。もっとも、金額は相当値切られてしまった。


「それじゃ、一度迷宮の所まで案内してもらえませんか。現場を見ない事には方針も立てられません」


 レイが村長に案内を頼むと、ダリーシャスが小声で、


「存外乗り気になっているじゃないか」


 と、呟いたが黙殺する。






 案内された備蓄庫は石造りの倉庫だった。少し大きめの建物はかがり火に囲まれて、輝いているように見える。入り口には別の自警団の男達が立っており、緊張を顔に滲ませている。


 レイ達を見て、村長から説明を受けると途端に胸をなで下ろした。


「それでは冒険者の方々。中に入ります」


 村長の先導の元、レイ達は備蓄庫へと入る。


 軋む石の扉を開けて、埃が舞っている室内に眉をしかめる。備蓄庫の中は掃除が行き届いているとはいえなかった。床に置かれている樽や瓶の腹は汚れ、戸棚にも埃が層を作っている。日差しを取り込むための天窓には蜘蛛の巣が張ってある。


「一週間前。この備蓄庫は丁度一月に一度の掃除をする日でした」


 レイのぶしつけな視線を受けて、村長は何処か弁解する口調で言う。そして、入り口付近に吊るしてあったランタンを取ると、明かりをつけて床の一カ所を照らした。石が敷き詰められた床の内、地下室への入り口がぽっかりと空いていた。


「この下は天然の冷蔵室になっております。一年を通して気温が低く、物が腐りにくいため重宝していたのですが、このような事態になってしまいました」


 地下室への入り口はぽっかりと空いている。村長の説明によれば、元々下に降りる階段があったのだが、迷宮が発見された時に上って来られないようにと破壊したのだ。そのような事で、モンスターが諦めるとはレイに思えなかったが、その事を口にしたところで彼らを不安にさせるだけである。


 備蓄庫は食料品だけでなく、村で必要な縄や大工道具なども置かれていた。その中に折り畳みの梯子がある。レイは村長から梯子を借りると、地下に向けて掛ける。


 すると、村長はレイにランタンを渡した。


「申し訳ないが、ここから先は冒険者様たちで行ってくれませんか。ワシらは此処で待たせてください」


 怯え切った村長を残して、レイ達は梯子を降りた。地下室特有の湿った空気と冷気が肌を刺す。


 だが、それだけじゃない。


 迷宮特有の悍ましい気配が足元から這い上がって来る。この空気は慣れていないと精神的に厳しい。村長が上に残りたがったのも無理はない。初めて迷宮に触れるエトネは不安そうに身を縮こませたので、レイは安心させるように手を伸ばした。エトネは縋るようにレイの手に飛びついた。


 ここまでなぜか付いてきたダリーシャスが興味深そうに視線を彼方此方に飛ばした。


「村長殿。どこに迷宮への入り口があるのだ」


「地下室の隅をご覧になって下さい!」


 上から村長が大声で説明する。全員の視線が隅を探して彷徨い、ついに見つけた。


 瓶が壁際に並ぶ列の終わりに、ぽっかりと穴が開いている。傍に、そこに置かれていたと思しき瓶が置かれていた。


 人が二人は同時に入れそうな道幅の緩やかな坂道が下へ下へと伸びている。ランタンの明かりが届かない闇の向こう側で何かが蠢く音が反響して聞こえてくる。


 間違いない。これは迷宮だ。


「エトネ。何か分かる事はあるかい?」


 エトネの鼻と耳は類まれなるセンサーだ。此処からでも何かしらの情報が手に入ると期待をして尋ねたが、エトネは無念そうに首を振った。


「よくわかんない。においもおともぜんぶがまざって、どれがどのにおいかここからじゃはっきりしない」


「そうか。……これはやっぱり潜らないのが正解だな」


 レイの呟きにリザ達が同意した。用心のためにと、瓶を移動し、蓋の様に置いておく。もっとも、モンスターが昇ってきたら、粉微塵にされてしまうだろうが。


 見るべきものを見たレイ達は上へと戻り、再び地下への梯子は回収される。そして、足早に備蓄庫を出た村長に続いて外に出た。すでに夕暮れ時は過ぎ、夜の闇が支配していた。篝に日に照らされた村長が周囲の家々を指した。


「それでは、この辺りの空き家に案内します。何かご希望はありますか」


 村長の問いに、レイは二階がある家をと頼んだ。ダリーシャスは天蓋のあるベッドを要求したが、全員から無視されるので肩を落としていた。どうやら、ダリーシャスも自分たちと同じ家で暮らすつもりのようだ。レイはもうダリーシャスに何を言っても無駄だと内心で諦め、彼らの同居を半ば黙認してしまう。


「でしたら、丁度正面にある家がそうですな」


 村長の案内した家は確かに二階建ての家だ。無人の家に村長は足を踏み入れた。


 村長は壁に掛けてある燭台に火を灯していき、室内を明るくしていく。どうやら、それなりの資産を持っている住人の家らしく、置かれている家具にしても装飾品にしても価値がありそうだった。


「この家の者は、息子がアマツマラで文官をしておりまして、仕送りで家を新築したのです。広さも十分あるかと思いますよ」


 ダリーシャスとナリンザを含めれば全部で七人の大所帯。少なくともベッドは五つ欲しい。幸い、一階に夫婦用のベッドが二つ。二階に二段ベッドが二つあった。室内の広さも申し分ない。


「ではこの家をお借りします。幸い、この一階の窓から、備蓄庫の様子も確認できます。かがり火がありますから、夜の間はここから見張りをしております」


「分かりました。この家の持ち主にはワシの方から話を着けておきます」


 レイは頼みますと返すと、レティにキュイをこの家の横に付けるように頼んだ。しばらくして、やって来た馬車の中から荷物を下ろすと、部屋割りを決める。


「一階は僕とダリーシャス。二階は女性陣で使ってくれ。申し訳ないけど、レティとエトネは同じベッドになるけどいいかな」


 男性と女性で分けたのは、単に防犯上の問題だ。ダリーシャスがリザ達に余計なちょっかいを出さないようにと警戒したのだ。リザ達から文句は出なかったが、ナリンザから文句が出た。


「申し訳ありません。私には王子を見張るという重大な使命があります。そのためにも私は下に」


「……こいつ、遂に見張りと言いやがったぞ」


 愚痴るダリーシャスだが、誰にも取り合ってはもらえない。主を無視する形で、二人の寝床が決まった。レイは上に行くことになった。


読んで下さって、ありがとうございます。

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