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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第5章 褐色の王子
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5-1 ミクリヤレポート

 東の空から濃紺の夜空を追い出すように白光が領域を広げていく。


 羽織っていたコートの襟を合わせて、微睡から目覚めつつある空を見上げた。世界の色が変わっていく瞬間は異世界であってもそんなに違いは無い。黒髪の一部が白く変色している少年は手にしたカップに注いであるコーヒーを一口飲んだ。購入したばかりのコーヒーはもっぱら少年―――レイ専用の飲み物となった。


 気が付くと、焚火の勢いは弱く、今にも死に絶えそうになっている。燃料となる薪を幾つか放り込むと、小さくなっていた火は薪を啄み、体を大きくしていく。


 あっという間に火が勢いを取り戻すと、レイの周囲も昼間のように明るくなった。


 すると、彼はコートの内側から紙の束を取り出した。アマツマラを出発する前、一度使われた羊皮紙の裏紙を大量に購入した。闇市ではなんでも売っている。紙片の一辺に小さな穴を複数等間隔に開けて紐を通せば、手製のメモ帳が出来上がる。


 紐の内側には筆記用具として鉛筆が挟まっている。これも闇市で購入した品だ。『冒険王』が広めたエルドラド共通文字のおかげで、エルドラドの識字率は世界規模でも高い。鉛筆は、庶民が使うものとして広く流通しているそうだ。


 レイは焚火の明かりに照らされたメモ帳のタイトルに黙って視線を落とす。


『ミクリヤレポート』


 そう、表題には書かれていた。もちろん、書いたのはレイである。


 無言のまま、彼は一枚目を捲る。


『これは僕―――御厨玲がエルドラドで見聞きして手に入れた情報を纏めたレポートだ。ここに記される内容は僕の主観と推測が入り混じるため、正確な内容では無いかもしれない。それでも、忘れ無いために此処に記す』


 、と。日本語で書かれていた。


 日本語にした理由は、この内容を馬車の中で眠っているリザ達に知られたくないからだ。


 レポートと題しているが、単に手に入れた情報を走り書きしている雑記帳みたいなものだ。レポートと題したのは冒険王、安城琢磨の影響だ。彼が記した物が冒険王のレポートと呼ばれていたのにあやかって、似たように名付けた。


 次のページを捲ると、そこから先はこのエルドラドに迫りつつある危機。そして『七帝』と13人の『招かれた者』について記されていた。






『エルドラドの崩壊。


 僕をこの世界に送り込んだ、13神が一柱。時を司るクロノスは言った。

 エルドラドは一度滅び、時間を巻き戻してやり直している最中だと。

 前回のエルドラドが滅んだ原因は肥大化された魂だと彼女は言っていた。世界には魂のキャパシティに許容範囲があり、肥大化された魂によって世界は耐えきれなくなった、と。

 二週目のエルドラドを始める際、13神は肥大化した魂を持つ者達を『七帝』と名付け、彼らの排除を決めた。


 同時に、一つの遊戯を開始した。

 13神それぞれが、世界が崩壊する前に一人だけ、これはと見込んだ魂を送り込み世界を救済出来たら、その者を送り込んだ神を主神として扱う、と。

 彼らはこれを『遊戯』と呼ぶ。世界が崩壊するという状況下で、彼らは遊んでいるのだ。いままで、異世界の神々が『遊戯』に耽っていたのを黒子として眺めていた13神が自分たちのためだけの『遊戯』を始めた。

 しかし結果として、13神の多くはこの『遊戯』に対して諦めているらしい。今のエルドラドはどうやっても救えない。だから、一度リセットして、新しい世界を建設しようとさえ考えているそうだ。

 ガラスの瓶に入った水がエルドラドだとすると、このまま何もしなければ、水が腐り瓶すら壊してしまう。その前に、蓋を開けて腐りかけの水を流して、清らかな水に入れ替えようとしているのだ。

 そのタイムリミットまであと五年しかない。


 クロノスの言った事を纏めると現在の状況は次の通りとなっている。

『七帝』の最後の一体、『正体不明アンノウン』が目覚める事は歴史の流れ上、絶対に起きてしまう。それまでに『七帝』の内、残った六体の排除が必須。13神の目論見通り、一週目のエルドラドを滅ぼした旧『七帝』は排除できたが、その代り新しい『七帝』が誕生してしまった。

 つまり、あと五年以内に『七帝』の内の六体を倒さないといけないのだ。それも、旧『七帝』を倒した時のように、肥大化された魂が新しく誕生するのを阻止した上で倒す。さもなければ堂々巡りとなる

 それが僕を含めた『招かれた者』たちの役目だ


 ―――本音を言えば、僕には荷が重すぎる役目だ。元々、本当の肉体が治るまでの期間をこっちで過ごすという話だった。世界の運命なんて、一言も聞かされていない。僕を送り込んだクロノスだって、それは望んでいないと言った。


 だけど。この世界の人たちを知れば知るほど、見捨てたくないという思いが強まっていくのも事実だ。だから、このレポートは自分の置かれた状況を客観して視るための走り書きでもある。自分が何と戦い、何が出来るのか。それをちゃんと見極めるために、僕は筆をとる』






 随分と乱れた字だと、自分でも読むのに苦慮してしまう。元々、書き損じなどの羊皮紙の裏紙を使っているため、片ページにしか書けない上、保管状態が悪かったのか紙が波うっている。


 だが、どうせ自分しか読まない物だと諦めるとレイは次のページを開いた。





『招かれた者。


 エルドラドを訪れた異世界人たちの総称だ。特徴としてはこの世界に来る際に、何らかの特殊な力、特殊ユニーク技能スキルを持っている。

 僕もその一人だ。

 かつてのエルドラドは、異世界の神々が、自分の管理する世界のお気に入りを転生、あるいは転移させ、競わせる遊技場だった。

 13神は世界を管理、運営する黒子。いわばカジノにおけるディーラーだった。自分たちは遊べず、世界を安定させるのが彼らの役目だった。


 しかし、一週目のエルドラドが崩壊し、時が巻き戻った事が原因で異世界の神々が送りこんだ魂は皆、消えてしまった。

 怒った神々は結束し、エルドラドを管理していた13神達からエルドラドに直接干渉する権利を奪われた。その上で、13神はエルドラドを復旧する必要があった。管理する世界が無くなった神々は無限に近い時間を、することも無く過ごすことになるからだ。

 そして、彼らは単に世界をやり直すよりも、今までできなかった事をしようと決めた。自分たちだけの『遊戯』を行おうと決めたのだ。

 こうして、彼らは世界を救う、救世主候補を一人きめ、エルドラドに送り込んでいく。僕は時の神、クロノスに送り込まれた『招かれた者』となる。


 千二百九十五年前に始まった、この遊戯で十三人の『招かれた者』は全員呼び出されている。

 今の時点で、生き残っているのが僕以外で判明しているのは一人。そいつ以外に、確実に異世界人だと判明しているものの、死亡しているのが三人いる。順に記す。


 まず、『勇者』。

 異世界アースガルスからやって来た人物。性別、年齢、種族、所在地、全てが不明。分かっていることは、三百年前に起きた暗黒期よりも前に転移してこちらにやって来た事と、それからずっと生きている事だけだ。

 リザか、あるいはシアラに聞けば何かしらの情報が手に入るが、残念ながらそれは出来ない。理由は別のページに記す。


 次に死亡しているも、異世界人だと判明している人物。

『冒険王』エイリーク・レマノフ。日本人としての名前は安城琢磨。おそらく、転生してこちらに来た。連れてきたのは風を司る神、アネモネ。

 今から九百年前。つまり二週目の世界が始まってから四百年後に活動していた人物。主な功績としてエルドラドに、共通文字、共通通貨、共通単位を作成し、ギルドを立ち上げ冒険者という職業を誕生させた。

 その実態は日本人。推測が混じるが、アニメや漫画、ライトノベルといったサブカルチャーに精通している人物の可能性が高い。根拠としては彼が共同著書した『冒険の書』や、彼と旅をした人物から聞いた言動から。

 彼には一つ、大きな疑問がある。それは、日本刀に関する知識だ。アマツマラで見せてもらった冒険王のレポート。日本語で書かれていた図入りの日本刀の作成に関するレポートは、とてもじゃないがにわか知識で作成された物だとは思えなかった。

 ちゃんとした勉強の元、手に入れた知識だ。

 そうなると、彼の正体はサブカルチャー好きで日本刀に精通した人物になる。僕と同じ平成(彼の世界では元号が違うかもしれない)の世を生きていて、そんな都合のいい人間が居るとは考えにくい。

 これは仮説ですらないが、もしかすると彼は異世界に転生するのを知っていたかもしれない……などという妄想すら浮かんでしまう。


 次は、魔法工学を生み出した天才。

 名前や性別、種族など不明。おそらく、僕と似たような世界から来た人物だと思われる。

 モンスターの体内にある核、魔石を原料とした機械文明を一代で築き上げた天才。冷蔵庫や電球、そしてバルカンを僕は目の当たりにした。

 素晴らしい技術をエルドラドに齎した一方で、厄介な物を遺している。それも別ページに記載する。


 次にエルフの『英雄』、イーフェ。おそらく転生したと思われる。

『守護者』サファの師匠で、千年前に起きたエルフの国が滅んだ出来事によって死んだ女性。エルフという長命種と言う事を考慮すると、この遊戯が始まってから最初期にこの世界に呼ばれた人物の可能性が高い。

 残念ながら、彼女に関しての情報は無い。こちらに転生する前も、転生した後の事も何一つ不明だ。死んでいる事だけは確かなようだ。


 以上、四名に僕を加えた五名が現在判明している『招かれた者』だ。残りの八名の内、何人が生き残っているのかは不明である。』






「あと八人。一体全体どこで何をしてるんだか。……できれば、僕と同じような世界から来た人だと、話が通じるんだけどな」


 しかし、星の数ほどある異世界。果たして自分と同じ平成日本から、そう何人も来るのだろうかと首を捻ってしまう。


 そもそも、安城琢磨も魔法工学を生み出した天才も、自分と同じ日本人ではあるが、同じ時代から来ているかどうかは不明なのだ。もしかすると、違う歴史の流れを受けた日本から来ているかもしれないし、それこそとんでもない未来から来ているかもしれない。同郷と会える確率は零に近いなと落胆しつつ、次のページに進んだ。





『七帝。


 存在するだけ世界を滅ぼしてしまう、肥大化された魂を持つ七体。

 一週目のエルドラドを滅ぼした『七帝』の内六体は倒されたものの、空いた席を埋めるかのように新たな『七帝』が誕生している。

 現在の『七帝』は、『龍王』、『勇者』、『魔王』、『守護者』、『機械乙女ドーター』、『魔術師』、そしていまだ目覚めの時を待つ『正体不明アンノウン』。

 この中で、多少なりと情報が分かっているのは『魔術師』と『正体不明アンノウン』を除いた五体。

正体不明アンノウン』を除いて、情報が少ない順に記していく。


『魔術師』。

 正直、現時点では『正体不明アンノウン』並みに情報が無い。少なくとも、三百年前に起きた人龍戦役の頃には、存在していた事だけは確か。


『龍王』。

 名前の響きからして、人龍戦役において龍を率いた存在かと思われる。つまり、人では無く、龍。これは想像だが、古代種の龍、赤龍と比肩するか、それ以上の存在なのかもしれない。人龍戦役で負けた龍達の生き残りは北の大地に逃げたという事から、おそらく北方大陸に居ると思われる。


機械乙女ドーター』。

 別ページに書いた、魔法工学を生み出した天才が作り上げた、ある存在に対するカウンター兵器。

 天才は本当に天才だった。

 人の営みを豊かにする技術のみならず、大量破壊兵器すら、この世界で誕生させてしまった。地形を変え、天候すら操れた魔法工学の兵器。それらを生み出したことを悔いた天才は彼女を生み出した。魔法工学の兵器が使われた場合にだけ起動され、兵器ごと国すら滅ぼしかねない存在。

 それが機械乙女ドーターだ。

 つまり、『招かれた者』が『七帝』を生み出したのだ。


『勇者』。

『七帝』にして『招かれた者』の一人でもある存在。そしてリザとレティの家族を奪った存在でもある。特に、リザからの憎悪は凄まじく、冷静な彼女が我を忘れてしまうほどだ。

 僕がこのレポートを日本語で書いている理由は、このレポートの内容をリザに読ませたくないというのが一番の理由だ。

 リザとシアラの反応を見る限り、コイツは有名人らしい。二人はコイツが世界を滅ぼす『七帝』だとは知らない。リザが知れば、テオドール王が作ろうとしている連合軍に参加してしまうかもしれない。警戒が必要だ。


『魔王』。

 ある意味、僕が一番警戒しなくてはいけない存在。

 ゲオルギウスを始めとした、六将軍を束ねる存在。かつて『勇者』と戦い、敗北。サファさんに言わせると、弱体化しており、『七帝』の中では最弱らしい。それでも僕よりも強い。

 どうしてコイツを一番警戒しないといけないのか。

 理由はコイツの部下、六将軍第二席ゲオルギウスと戦い、名前を知られてしまったのだ。当時、ネーデの街でゲオルギウスの撃退に関与した僕は名前を尋ねられて、ついつい答えてしまった。

『招かれた者』である『勇者』が『魔王』と戦ったというのは恐らく世界救済のためだろう。その際に、もしかすると『魔王』は自分を『七帝』だと知り、それを排除する十三人の『招かれた者』を知ってしまった可能性がある。

 人魔戦役が終わってから、姿を消していた六将軍たちが暗躍し始めた事も加味すると、『魔王』が行動している可能性は非常に高い。いま、戦った所で勝てるわけがない。警戒する必要がある。……もっとも、警戒した所で困難は普通にやって来るのは骨の髄まで身に染みている。


『守護者』。

 エルフ族のサファ。千年以上の時を生き抜く、怪物剣士。かつては冒険王エイリークとも旅をした事もある。

 今の所、僕が唯一顔を合わせた『七帝』である。

 自分が『七帝』だという事は冒険王から聞いているのだが、だからといって自殺する気はないようだ。彼にとってエルフという一族の存続が重要で、世界の滅亡はあまり興味がないようである。

 実力はこれまで見て来た戦士の中でも段違いに強い。あの人を倒さないといけないと考えるとゾッとする。

『招かれた者』を師に持つ、『七帝』。



 そして『正体不明アンノウン』。

 五年後に目覚めると言われている最後の『七帝』。

 クロノスの言葉を噛み砕けば、どうやってもこいつの登場は歴史的に変える事は不可能。

 そのために『七帝』の他の六体を排除するしかない。


 だが、現実としては旧『七帝』たちを排除した所で、新しい『七帝』が誕生している。殺す事では肥大化された魂の出現は防げないのかもしれない。

 シュウ王国テオドール王らが編制しようとしている連合軍でも、このままだと結果は変わらないのかもしれない。

 この世界を救うには、肥大化された魂を排除し、なおかつ新しい肥大化された魂を誕生させないようにしなければならい。

 ……もっとも、そんな夢みたいなやり方があるのかどうか、今の僕には影すら見えない壮大な夢物語にしか感じられない。


 そもそも、疑問は尽きない。『七帝』の内、六体全てを排除する必要はあるのか。一対だけでも完全に排除すれば、それだけで世界の崩壊は防げるのではないのか。あるいは、『正体不明アンノウン』、一体で世界が崩壊する可能性は存在しないのか。そもそも、魂の肥大化とは何なのか。それすら僕は分かっていない。

 ―――僕は何も知らない。それがたまらなく、悔してもどかしい』






 ふと、聴覚が物音を拾った。


 自分の書いた走り書きに集中していたレイは、一気に意識を浮上させた。レポートを落とし、空いた手で腰に差してあるバジリスクのダガーへと伸ばした。腰を浮かせ、素早く動けるように身構える。


 エルドラドに来る前まで、ただの大学生だった人物と同じだとは到底思えない反応だった。幾度も乗り越えてきた試練が少年を一端の冒険者へと押し上げた。


 緊張した面持ちのレイは真っ赤な瞳をさせた白いウサギと眼があった。先程の物音はウサギが草を踏んだ音だった。


 ウサギはレイの方を数秒見つめたかと思うと、興味を無くしたかのようにすぐさまその場を離れていく。後ろ足で軽快に跳ぶ姿はまさにうさぎ跳びだった。レイは思わず口元を緩め、腰を下ろした。


 地面に落ちたレポートを拾い上げると、背後の馬車から声が降ってきた。


「……おはよう、ございます。ご主人様。見張り、お疲れ様です」


 馬車の幌から顔を出したのはリザだった。寝起きなのか、瞼はとろんとしており、桜色の唇を隠すように手を当てているのは欠伸をしているからなのか。


 レイはレポートをコートの内側に仕舞うと、彼女に向けて言った。


「おはよう、リザ。今日もいい天気だよ」


 彼の言う通り、東の空に昇った太陽は、雲一つない青空を輝かせていた。


読んで下さって、ありがとうございます。

5章、開幕です。


引き続き、平日投稿を目指して頑張っていきます。

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