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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第5章 褐色の王子
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5-2 穏やかな旅路

 快晴の空。文字通り雲一つなく、空を飛ぶ鳥の姿が、青いキャンパスにくっきりと表れる。


 その空の下、一台の馬車が小刻みに揺れながらも、大地を走っていた。


 いや、正確に言えば、馬がひいているわけでは無いので、馬車では無いのかもしれない。曳いているのは四本足の鳥だ。


 成人男性よりも背丈は大きく、黄色の体毛に所々紺色が混じる。ふくよかな体に柔らかそうな羽毛、円らな瞳が相まって可愛らしさを振りまいている。


 しかし、そのあどけない外見とは裏腹に、内面は狡猾である。ニチョウと呼ばれるこの鳥たちは、男に触れられるのを大変嫌う。それこそ、男が餌に触れた所を見るだけで、その餌を食べない。徹底して女好きである。


 彼らの愛くるしい仕草も、女性に好かれやすくするために何代もかけて手にいれた特徴である。


 そのような面倒な所に目をつぶれば、ニチョウという鳥は馬の代用品として十分役割を果たす。四本足はどんな悪路でもしっかりと大地を踏みしめ、ずんぐりとした体格は馬二頭分の力を発揮する。それでも、やはり女性でなければ言う事を聞かないのが不便なのか、旅の足代わりとしてはあまり使われていない。主な用途は農耕用だ。


 そんな珍しいニチョウが曳いている荷車も特別性である。外見だけは普通の幌馬車にしか見えないが、中身は特別製。エルフの技術が使われており、振動は少なく、千年前に作られた骨董品なのに骨組みは出来たばかりの新品同様。内部の空間は魔法によって拡張され、快適な広さをほこる。呪文を唱えればサイズが変わるという機能まで付いている。


 御者台で手綱をひいているのは年若く、美しい少女だ。紫がかった黒髪は軽くウェーブし、風に吹かれると乱れて邪魔なので、後ろで縛ってある。金色黒色の瞳は緊張のあまりニチョウを睨みつけ、頬は引きつり綺麗な顔を歪ませていた。


「シアラおねーちゃん。そんなに歯を食いしばってやるもんじゃないよ。もっと気楽に構えないと。ほら、手綱を握る手も固くなっちゃってるよ」


 御者台の後ろから、からかう声が飛んだ。声の主はこれまた可愛らしい少女だった。馬車の振動に合わせて肩で切りそろえた栗毛色の髪が揺れ、エメラルドグリーンの瞳が悪戯めいた光を放つ。彼女は黒髪の美少女―――シアラの背後から手を回して、手綱を固く握る手をほぐすように触った。


「そうは言うけどレティ、このバカ鳥が言うこと聞かないのよ」


「口答え禁止だよー。あたしはご主人さまが認めた教官なんだから」


 どこか嬉しそうにレティは言う。


 シアラがキュイの手綱を握っているのは単純に人手不足だからだ。《ミクリヤ》のメンバーは全部で五人。その中で女性は四人居るが、馬車の操縦が出来るのは二人だけだ。旅の間、何が起きるか分からない以上、一人でも多く操縦が出来る事に越したことはない。


 可愛らしい鬼教官の元、シアラは馬車の操縦を学んでいた。


「大丈夫。あたしたちがやる事は、大まかな方向を教えてあげる事で、後の細かい事はキュイが自分で考えてやってくれるよ。ねぇ、キュイ?」


「キュ、キュイ!」


 キュイと呼ばれた鳥は、嬉しそうに嘶くと足の回転を速めた。急に速度が上がると、少女たちは小さく悲鳴を上げる。慌ててレティは手綱をひいて速度を落とさせた。


 すると今度はキュイが前足でブレーキを駆けてしまう。地面を削りながら止まると、二人も前に傾いてしまった。当然、中の人達も同じだ。


「急に止まらないでください、シアラ。文字札が散らばってしまいました」


「ワタシに文句言わないでよ、リザ! 文句はこのバカ鳥に言って!」


 シアラが背後を振り返って文句を付けると、溶かした金のような長髪を腰まで伸ばした美少女の青い瞳とぶつかった。スレンダーな体には確かな筋肉が付いており、戦乙女のような佇まいを放っている。


 彼女は馬車の中に散らばった文字札を拾い集めていた。それを手伝うのは、一行の中で一番年下の少女。それこそ、幼女と言っても差し支えない程幼い年頃。緑色の髪に、灰色が混じり、そこから突き出るように長耳が存在感を放つ。腰部から生えている尾が馬車の床を叩く。将来が期待される容姿をしている。


「リザおねいちゃん。これで全部だよ」


「ありがとうございます、エトネ。それでは次はエトネのネです。どれとどれを組み合わせればいいか、分かりますか?」


 リザとエトネは両側で固定された木箱の間で向かい合って座っている。二人の間には何枚もの木札が並べてあった。手のひらほどの木札にはどれもローマ字が刻まれている。エトネはその中からnとeを選ぶと、リザへと差し出した。


「これでネ……だよね」


「正解です。よくできました」


 リザがエトネの柔らかな髪を撫でると、エトネはくすぐったそうに目を細めた。彼女らがエルドラド共通文字の勉強のために使っている木札は闇市で購入した代物だ。


 低年齢向けの教材として何か使える物は無いかと探した結果、購入した。文字の読み書きが出来ないエトネのためにリザが教えを買って出ていた。元々、羊皮紙の裏紙を大量に購入したのもエトネの勉強用である。


 そんな風に少女たちが、自分に足りない物を埋めようと努力している中、馬車の最後部にて眠っている少年が居た。黒髪の一部は白く変色し、瞼は固く閉ざされ、規則正しい寝息を立てている。


 畳んだコートを枕代わりにし、毛布を体にまいているのは《ミクリヤ》のリーダー、レイだ。


 昨日の夜中から朝方まで寝ずの番をしていたため、朝食を食べた途端襲ってきた眠気に負けて早々に寝始めてしまった。睡眠は深いのか、先程馬車が急ブレーキした際に頭が木箱にぶつかっても目覚める気配は無かった。


 この馬車は新人パーティー《ミクリヤ》の馬車だ。彼らはいま、南方大陸に向けて、南西の方角へと進んでいた。






 アマツマラを逃げるかのように出発して二日が経過した。衆人環視の中、第二王子スヴェンと諍いを犯したことで、王都から追手が来るのかと警戒していたが、それらしい集団がくる気配は無かった。


 代わりに、テオドール国王からもらった魔水晶には連絡があった。アマツマラを出てから一時間も経っていなかった。


 丸まった羊皮紙には短く、今回の非礼を詫びる内容と第二王子に罰を与えた旨が記されていた。最後にレイに対して制裁を加えるつもりもないと王のお墨付きを頂いた。


 これには一同、胸をなで下ろした。なにしろ、言いがかりに近い内容だったとはいえ、一国の王子に対して刃を向けたのだ。知らなかったでは済まされない。何の後ろ盾も持たない単なる冒険者のレイにしてみれば、命の危険である。


 それがどうにか王の許しを得た事で、大手を振って旅をすることが出来る。


 トラブルが解決されて気が大きくなったのか、当初は捕縛のお触れなどが出されているかもしれないと警戒して寄るつもりは無かったダラズにも、滞在する余裕が出来た。


 しかし、ダラズで一夜を過ごすことは無かった。


 スタンピードにおいて、壊滅的な被害を受けたダラズ。シュウ王国における最大の穀倉地帯であり、王都の喉元に位置する防衛の要でもあった都市。


 種がまかれたばかりの土地は踏み荒らされ、堅牢だった城壁は無残な残骸へと姿を変え、煤だらけの建物は形を保てず崩れ落ち、積み上がった人の死体にはハエやカラスが集まっている。


 アマツマラとて大被害を受けたが、それでも都市という入れ物自体はある程度残っていた。器を満たす住人も居た。効率よく復興を進める官僚たちも健在だ。困難を生き延びて明日を目指して顔を上げようという活気が熱いエネルギーのように燃え上がっている。


 だが、ダラズには何もなかった。


 都市に暮らしていた人々は全滅。建物は焼き払われ、砕かれ、モンスターの卵が植えつけられていた。戦闘の跡はくっきりと残り、都市のどこから手を付ければいいのか分からない程、混沌としている。


 今のダラズはウージアから来た無法者たちによって支配されている。


 円形の城壁都市を囲うように、市場やバラックが形成され、アマツマラの闇市よりも危険な雰囲気を放つ。堂々と行われる違法品の売買、セリに掛けられる奴隷たち、荒んだ眼付きで周りを睨みつけるゴロツキ、胡乱な目つきで客引きする娼婦。遠目からでも、退廃的な暮らしは容易に想像ついた。


 ただでさえ、エトネやレティという幼い子供たちを連れているレイ達にとって、この街は危険すぎだ。相談するまでも無く、ダラズには寄らないでそのまま南西に進む街道を進んだ。


 幸いというにはおかしな話だが、アマツマラで必要な道具や物資などは確保してあった。五人が補給無しでも一週間は生活できるぐらいの用意はしてある。むしろ、今のダラズで入手できる物が真っ当だとは思えなかった。


 大急ぎでダラズを通り過ぎ、街道を進む日々は問題なく進んでいく。山賊や盗賊、あるいはモンスターの襲撃も無く、レイ達は穏やかに旅を進めていた。


 そのため、ついついレイも深い眠りについてしまった。いくら寝ずの番をしていたからといって、熟睡するのは気が抜けている証拠だ。


 ―――この世界では何が起きるのか、それこそ神ですら予測不可能なのだから。


 最初に小さな異変に気づいたのはエトネだった。


 狼人族ヴォルフの血が混じる彼女は、感覚器官が人並み外れている。鼻はもちろんの事、耳も大変優れている。


 優れた聴覚をほこる長耳がぴこぴこと揺れた。次いで、エトネが鼻をならした。対面に座って文字を教えていたリザが幼女の行動を不思議に思って首を傾げた。


「どうかしましたか、エトネ」


 しかし、エトネは何かを探るのに夢中でリザの問いかけには答えない。拡張された馬車の中を行ったり来たりしたかと思うと、突然、出口の方に向かって駆け寄った。その際に出入り口付近で眠っていたレイの足を踏んでしまった。


「うおっと! ……何かあったの」


 踏まれて飛び起きたレイは、自分の足を踏んでいるエトネが真剣に外の匂いを嗅いでいるのを見て、何かが起きていると察知した。リザの方を向いて視線で問いかけるも、彼女は首を振った。


 すると、エトネがレイの方を向くと、彼に飛びついた。倒れこんだと言っても良い。エトネの軽い体重を受け止めたレイは何が何だか分からないとばかりに首を傾げた。


「おにいちゃん。血のにおいがするよ」


 エトネがレイの胸の内で言うと、馬車の中の空気が変わった。ついさっきまであった穏やかな春の縁側のようなぬるま湯は消え去り、戦闘が始まる前の冷たい緊張が充満していく。


「エトネ。もう少し、ちゃんと説明して欲しい。血の匂いはどっちからするんだ」


 レイがエトネの肩を掴んで引き剥がすと、幼女は少しためらった後、ある方角を指した。南西に向かっているレイ達から見て、更に南の方角だ。今進んでいる街道からは外れる。


「距離は近いか?」


「うん」


「……モンスターかどうかは分かるか?」


「ちがうよ。モンスターのにおいじゃないよ」


 モンスターには独特の臭気がある。人とも、獣とも全く違う、形容しがたい悪臭。迷宮のような閉じた空間や、スタンピードの時のように大量にいればレイにも分かる。だけどエトネの鼻は姿形が見えない存在を、この開けた大地でモンスターとそうでないかの区別がついてしまうほど判別する。


「どうします。モンスターでなくとも、人。つまり山賊や盗賊の類かもしれません」


 リザが自分の推測を口にした。レイも同感だった。ダラズの有様を見て、あの廃墟を牛耳る悪漢たちの同類がこの辺りをのさばっていても不思議ではない。


 ところが、エトネが再び首を振って否定する。


「たぶん、ひとじゃない。どうぶつ」


「「動物?」」


「うん。血にまじって、すっごくあせをかいてる。いきもみだれてる。カラスもいっぱいきてるから……もうすぐ、しんじゃうとおもう」


 エトネはどこか悲しそうに告げた。


 一方で、馬車の空気は弛緩したかのように緊張から解放されていた。あわや戦闘が始まるのかと身構えていた分、動物と聞かされて胸をなで下ろしていた。


「ビックリさせないでよ。まったく。こっちは慣れない操縦に四苦八苦してるんだから。杖を握りながら手綱もなんてできないわよ」


「本当。モンスターか山賊とやりあうのかと思って、シアラおねーちゃんを引っぺがして手綱を取らないといけないって、焦ったよ」


 御者台から後ろに向かえって笑いかけるシアラとレティ。リザも腰のロングソードに伸ばしていた手を下ろした。しかし、レイだけは顎に手を当てて考え込んでいた。


(動物なのはいいけど、……さて、どうしたもんか)


 彼が悩むのは動物と言う点では無く、血だらけと言う点だ。


 エトネの嗅覚が素晴らしくても、遠くの場所の血を嗅ぎ分ける事は出来ない。いくら大量の血でも、迷宮のような密閉された屋内では無く、遮るものが無い屋外で判断できるという事は近いと言う事だ。


(進行方向とは違うけど、この付近で血を流す何かがあるのか。これが足を踏み外したとか、動物同士の争いとかならいいけど。それ以外なら……)


 レイはしばらく考え込んだ後、エトネに尋ねた。


「エトネ。血の匂いは近いのか?」


「うん。すぐそこだよ」


「分かった。シアラ! 進行方向をエトネの言う方向に変更する」


「ちょっと待って、主様。自分から危険な方に向かうの?」


 シアラの言う事ももっともだ。しかし、レイは自分の考えを押し通す。


「危険な存在が近くに潜んでいて、それに気づかないままぶつかる方がよっぽど危険だ。後ろから襲われるかもしれないだろ」


「……そりゃ、そうだけど。……了解。エトネ、どっちの方向?」


 エトネは馬車を縦断して御者台へと向かうとシアラに方角を指差して教える。シアラはその方角へとキュイの手綱を引いた。


 がくん、と。レイ達を乗せた馬車は南西から南へと進路を変更した。人や馬が踏み鳴らした道から、未舗装の大地へと進む。


 それから十五分も経たない内に、目的の場所へと到達した。


 最初に聞こえたのは、カラスの囀る声だった。一羽や二羽では無い。晴れた青空に暗雲がうかんでいるかと間違えるほどの群れが、空で渦を巻いて飛んでいた。


 狙いは一目で分かった。


 草原に横たわる赤黒い何かだ。


 レイは用心のため、馬車を赤黒い何かから離した所で止めさせた。すると、エトネが幌の隙間から降りると、駆けだしていく。


「あ、エトネ! 一人で行くな!!」


 走っていくエトネに向けて声を掛けるも、背中はどんどん小さくなっていく。


「ああ、もう。僕がエトネを追いかける。三人は馬車で待機。シアラ、ヤバイと判断したら、馬車で僕らを拾え。そのためにいつでも動かせる準備をしておいて」


 御者台から降りたレイはそれだけ指示を出すと、エトネを追いかけて走る。


 先に赤黒い何かに辿りついたエトネは、手が汚れるのも構わず触っていた。そこまで近づいたことで、レイは赤黒い何かの正体が分かった。


 馬だ。


 汗の代わりに血を噴き出しているかのような馬が一頭、横たわっていた。ここまで来れば、レイの鼻にも咽るような血の匂いが飛び込んでくる。弱々しくも呼吸はしており、黒い瞳には光があることから、生きてはいるのだろう。


 しかし、それももうじきだ。あと数分の内にこの馬は死ぬ。


 腹が大きく裂け、中身がむき出しになっている。上空を飛行するカラスたちは、馬が死ぬのを今か今かと待ち構えるハイエナだ。


 レイは周りを見回した。森や岩など無い見晴らしのいい平原。少なくとも、馬を傷だらけにした存在は付近には居ないようだ。


「なんで、こんなことに。……なにか、分かった事はある?」


 レイがエトネに尋ねると、彼女は馬のある部分を指した。そこは馬の口回りだ。血で赤く染まっているが、布らしきものが見えた。


 それには見覚えがある。


「これってもしかして……手綱か?」


「うん。こっちにはていてつがある」


 エトネは馬の無事な足に付いている器具をレイに見せる。アルファベットのUに近い鉄製の器具は馬の蹄についている。


「ていてつ? ていてつって何?」


「うまとかうしとかの、ひづめをまもるどうぐだよ。しらないの?」


「知らなかったな。……じゃあ、やっぱり」


 レイはエトネの話を聞きつつ、嫌な予感を抱いていた。彼女の話から、この血だらけの馬が野生では無い、と。


 つまり、


「この子。かいぬしがいるよ」


 エトネが断言するように告げた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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