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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第4章 エルフの隠れ里
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閑話・戦奴隷たちの修業 リザ編 『後編・上』

 エルフの訓練所。日々、森と里の平穏を守るべくエルフの戦士たちが鍛錬を積み重ねる場所。拡張された空間では剣戟の音が響き合い、洞窟の外まで木霊していた。


 レイ達がエルフの隠れ里を訪れて四日目。今日もリザとエトネは訓練所で汗を流していた。


 エトネの相手をしていたのはクリュネだった。


 クリュネは素手のエトネに合わせたのか、それとも元から愛用しているのか、刃を潰したダガーを右手に構えていた。重心を低くし、エトネを視界に収めていた。


 鋭く開かれた萌黄色の瞳に、手心を加えようとする優しさは微塵も無い。旧友の娘といえど、手加減するつもりが無いと伺える。


 それは相対するエトネもよく理解していた。


 衣服が覆っていない腕や足には赤い筋のような傷跡がいくつもできていた。当然のように服の下にも同じような傷跡はいくつもある。その数だけ、エトネが斬られた事を意味している。


 エトネは薄い呼吸を繰り返して、息を整えると呼吸を止め、足に力を込めた。


 そして、一気に駆けだした。


 童女とは思えないほど、素早い動き。目にも止まらないとは正にこの事だった。クリュネの視界では一瞬、消えた様にすら写った。


 だけど。


 クリュネは視界からエトネが消えた瞬間、すぐさま後ろに跳んだ。そうすることで、懐に潜りこもうとしていたエトネから距離を取りつつ、視界に収めることが出来ると知っていたからだ。


「甘い! 破れかぶれの特攻なんて、冷静に判断されたら直ぐに見破られるわよ! それに、呼吸を止めた瞬間に動くなんて、これから動きますよって言っているようなものですよ!」


 叱責と共に、ダガーが振るわれる。エトネは迫る刃を見て、両足でブレーキを掛ける。辛うじて、止まった彼女の鼻先をダガーが通り過ぎる。そのまま、一振り、二振りと振るわれると、その刃が届くまでの空間をクリュネが支配したかのようにエトネは感じた。


 相手の攻撃範囲に飛び込むというのは、相手の結界に侵入するようなものである。


 途端に、エトネの足が重くなる。見えない鎖に繋がれたかのように窮屈そうになり、動きが悪くなると、攻守交代だ。


 クリュネはエトネに向けて容赦なくダガーを振るい、少女を追い詰めていく。エトネは持ち前の身軽さを駆使し、躱していくが、全て皮一枚で掠めていく。


 エトネの戦闘スタイルはリザと同じ、スピードを軸とした高速戦闘を得意とする。


 獣人種の血なのか、動き出しの瞬間や、トップスピードは童女ながらリザをも超える。だけど、惜しむべくは筋力や体力がまだ子供のため、そのトップスピードを長く維持できない。直ぐに失速してしまう。


 その上、体が軽い為、一撃は軽く決め手に欠けていた。そこを補うのはエトネの精霊魔法なのだが、精霊魔法は彼女の精神力だと呼べて日に一度。それも数分間程度だ。ここぞという時以外、おいそれと使えない代物だ。


 そもそも、エトネは戦士では無い。生粋の狩人だ。


 フィールドの高低差や視界の悪さを利用し、罠を仕掛け、獲物が掛かるまでじっと耐え抜く、暗殺者じみた事をしていた。


 正面切っての戦闘はエトネの得意分野では無い。


 レイとの戦いの時に、彼を圧倒したのも、エトネを殺すどころか大怪我すらさせないで拘束しようとレイが本気を出せていなかった事が大きな勝因だった。


 エトネに戦い方を教えた父親も、エトネが正面切って戦闘をして勝利する事よりも、如何に危険地帯から無事に逃走できるか。仮に逃走できなくとも、攻撃を躱し続けて時間を稼ぐなどの生き残る術を娘に教えていた。


 しかし。


(それじゃ、おにいちゃんたちといっしょに行けない!)


 すでにエトネはこの先の身の振り方を決めていた。里に迎え入れて貰えないなら、彼女にとって帰る場所は一つしかない。故郷の山だ。


 例え燃えてしまったといえど、エトネにとっての帰る場所はそこしかないのだ。


 問題は帰り方だった。一人で帰るには世界は広く、遠かった。


 エルフを頼るというのは彼女の心情的には難しかった。


 残ったのはレイ達と共に帰る方法しかなかった。母親から寝物語で童話や寓話、おとぎ話のような英雄譚を聞いていたこともあり、エトネは冒険者と言うのを、依頼をこなす何でも屋だとぼんやりと認識していた。依頼に対して正当な報酬さえもらえれば、どんな困難をも乗り越える英雄達。


 何かと自分に良くしてくれるレティや、里の中で行き場のない自分を誘ってくれたリザや、ぶっきらぼうながらも声を掛けてくれるシアラ。そして、一人っきりで森の中に居た自分に手を伸ばしてくれたレイ。


 彼らの事をエトネは心の底から信頼していた。


 特にレイの為に身を、魂すら削るかのように心身を追い込むリザ達の姿には幼いながらに尊敬の念を抱いていた。


 誰かに助けてもらうなら、レイ達がいい。エトネはそう考えていた。


 だけど、エトネにはレイ達に助けてもらうだけの報酬が思いつかなかった。幼い躰。頭も悪く、読み書きすらできない。もちろん、金目のものなんて持っていない。


 必死になって頭を振り絞った結果、何も思いつかなかった。相談を受けたクリュネは最初、エトネの決意に動揺した。実はクリュネは森に小屋でも作り、里長に隠れてエトネをそこに住まわせようと考えていた。しかし、故郷に帰りたいという少女の気持ちを知り、自分の意見を諦めた。


 そして二人そろって、レイに対する報酬を考えたのだが、特に目ぼしい案は思いつかなかった。


 その代りに、稽古を付ける事になった。


「一人で生きて行くにしても、冒険者のレイさんと行動を共にするにしても、強くなることには越したことはありません。幸い、身共も戦いの心得はあります。一手指南します」


 と、彼女は言った。


 こうして、エトネとクリュネは本日、都合五度目となる打ち合いを行っていた。


「ほらほら! 受け身に回ったからと言って、馬鹿正直に避けているだけじゃ、勝てっこないですよ!」


 クリュネはダガーを振りながらエトネの行動を非難する。エトネ自身、それは痛いほど分かっていた。


 エトネの潜在能力は非常に高い。リザを超える素早さに、獣人種らしく感覚が鋭く、近接戦闘において類まれなるセンスを秘めている。


 それだけに相手の実力を肌で正確に捉えてしまい、相手の攻撃範囲、つまり危険地帯を明確に感じ取ってしまうのだ。


 クリュネは短い刀身のダガーを持ちながらも、エトネとの間合いを正確に読み、懐に潜りこませない。彼女の周囲はまさに結界が張られているようなものだった。


「まっすぐ、後ろに下がってばかりだと、逃げる方向が簡単に読まれますよ!」


 言われて、エトネは横に跳ぶ。しかし、クリュネは簡単に追いすがった。


「だからと言って、何の工夫も無く横に跳んだら、ダメでしょ!!」


 言葉と共に、クリュネは鋭く踏み込んだ。あっという間に間合いを詰められたエトネは首筋にダガーを当てられて、動けなくなった。


「これで身共の十四戦十四勝ですね」


「……むう」


 クリュネは額にかいた汗を拭い勝利を告げた。エトネは敗北を認めつつも、表情を歪ませた。この二日、クリュネと戦っているのだが、回を重ねるごとに何もできないまま終わってしまうのだ。


「貴女の弱点は、何度も言っているように踏み込みの甘さよ。といっても蹴り足を強くするって意味じゃなくて、困難に対する姿勢……みたいなものかな」


 言葉尻が弱くなってしまったが、その点はエトネ自身、よく理解していた。危険を感じた瞬間、理性が進めと叫んでも、体は後ろへと退いてしまうのだ。


 父親から教育された、危ない時は逃げる事を第一に考えるという習性は中々拭えなかった。


(あと一歩、前に踏み出す勇気さえ手に入れば、いい方向に化けると思うのだけど。……歯痒いなー)


 エトネにタオルを差し出しながらクリュネは内心で思う。このまま、自分が相手した所で効果は薄い。むしろ、余計に自信を無くさせてしまう恐れがあった。


 何か気晴らしになるものはないかと周囲を見回したクリュネは訓練所の一角を視界に捉えた。


「ほら、エトネ。リザさんが戦ってますよ。休憩がてら、見学しましょうか」


「……うん」


 素直に返事はしたけれど、エトネは誰が見ても分かりやすいほど意気消沈していた。クリュネは無理やりエトネの手を引っ張って、人だかりの中へと入った。


 その中ではリザが四人のエルフを同時に相手取っていた。






「おぅい! 折角、外人殿の戦士がお前らひよっこを相手取ってくれてんだ。もっとぶつかる勢いで挑め!」


「「「「は、はい!!」」」」


 人だかりの最前列からオヴィスが発破を掛けた。リザを囲む四人のエルフは声を揃え、オヴィスの方へと首を向けて返事をした。


 オヴィスは、「だから、戦闘中にこっち向くな!」と怒ると、彼らは揃えてすいませんと叫び返した。


 リザを囲う四人のエルフは皆、顔を強張らせて、焦りを滲ませていた。剣や槍、斧や槌といった武器を持つ手は、出来たばかりの新しいまめが捲れている。数的優位でありながらリザに対して腰が引けていた。


 彼らはエルフの若者・・たちだ。それこそシアラと比べても年齢は下の世代だ。見た目は成人した大人が少女を囲う図なのだが、戦闘経験の差が如実に表れ、リザの方が優位だった。


 そのリザは刃引きされたロングソードを手に下げ、リラックスしたかのように手首を柔らかくしていた。しかし、眼光は鋭く、四方を押さえつけるように睨んでいた。


 すると、一人のエルフが弾かれたかのように動き出した。


「う、うおおおおお!!」


 絶叫と共に手にした斧を力任せに振り下ろした。リザは背後から迫る斧に対して半歩横にずれる事で難なく回避した。それが引き金となった。弾かれたように残りの三人が一斉に飛びかかったのだ。


 リザは軽やかなステップを刻むと、それらを躱していく。それもただ躱すのではない。すれ違いざまに一撃を与え、離れ際に一撃を与え、攻撃するタイミングに合わせて先手を取って一撃を与え。時には立ち位置だけで相手をコントロールし、同士討ちを誘発させていた。


 完璧なまでに戦闘を掌握していた。


 エトネはリザの凄まじさに声も無く驚いていた。


 しばらくして、四人のエルフは訓練所の床に突っ伏すように倒れてしまう。息を荒げ、流れ落ちる汗が疲労を物語っていた。一方で四人に囲まれていたリザは薄く噴き出た汗を流し、軽く乱れた呼吸を整えていた。


「たっく。お前ら、もう少しは考えて動くことを覚えろ。闇雲に突っ込めばいいって物じゃないぞ!」


 オヴィスが倒れたエルフたちに告げた内容はエトネにも突き刺さった。


 エトネはこれまで、感覚で戦っていた。動物や、猛獣、時はモンスターを相手に、己の本能に赴くままに戦っていた。山にはそれほど危険な存在が居ないため、年齢にそぐわない高い能力値パラメーターによる力任せの戦い方しか知らない。


(考えるってどういうことなんだろ。……よくわかんないや)


 思考の袋小路に陥りかけたエトネを、オヴィスに労われていたリザが発見した。明るい性格とは言わないが、塞ぎこんでいる姿が心配になりリザは声を掛けようとした。


 しかし。


「ロ、ロテュス様! ロテュス様が入らしたぞ!」


 誰かの叫び声によって、リザの意識はそちらへと向いてしまった。いや、全員の視線が訓練所の出入り口へと集まったのだ。


 そこにはエルフ風の民族衣装を着込んだ、金色の髪を持つエルフが居た。男好きする豊満な体が薄い生地を押し出して主張し、薄く開かれた萌黄色の瞳に魅入られると、同性であってもその美貌に取り込まれてしまいそうな絶世の美女、ロテュスだ。


 エルフたちは自分たちが崇める王族に向けて膝をついた。リザもエトネも同じようにした。


「ロテュス様。このような場所にお出でになるとは。何か御用ですか?」


 オヴィスが代表するように尋ねた。


「固くならなくていいわよ。昨夜、ブーリンを始めとした長老衆と飲み比べをしたから、少し汗をかいて酒を抜こうと思ってね」


 言うなり、ロテュスは壁に並べてある、刃引きのブロードソードを二振り掴む。ロングソードよりも刀身が短く、剣幅も狭いこの剣はロテュスがいつも振っている双剣に近い物である。


 つまり、使い慣れた武器に近い物を選んだのだ。


 ごくり、と。誰かが唾を飲んだ音が聞こえた。


「それじゃ、誰か私の相手をしてちょうだい?」


 ロテュスは何気なく尋ねる者の、膝をついたエルフたちは顔を伏せて目が合わないように背けた。そのまま、小声で擦り付け合った。


「お前、行けよ」「断わる! 俺はこれから警備の時間だ! ボロボロの状態で出来ると思うか!?」「アンタ、行きなさいよ!!」「私はこの前、やったから、アンタが逝きなさいよ」「おい!! いま、何て言った!?」


 いつまで経っても、名乗り出る者が居ないと、ロテュスは形の良い眉の間に皺を作った。


「ちょっとー。誰か一人くらい、私と汗をかいてくれる人は居ないの? いまなら、優しくしてあげるわよ」


(((嘘つけ!!)))


 エルフたちは声に出さずとも、心の声で突っ込んだ。


 里の守りを担う者達ですら、『双姫』と呼ばれたロテュスは恐ろしい。繰り出される双剣の冴えは魂すら凍らせると謳われている。その上、本人の秘めた嗜虐的な性格もあってか、戦闘中のロテュスはまさに怪物のように止まる事も、抑える事もしないのだ。自分が満足するまで、戦いは続き、倒れる事すら許されない。


 その事はエルフなら全員知っている事実だった。


 ―――そう、エルフは。


「是非、私と」


 伏したエルフたちの中で、一人の人物が腕を伸ばした。ロテュスを含めた全員の視線がその物へと集まった。


 一同の視線を浴びたリザはそのまま立ち上がって告げる。


「私と一手、戦っていただけませんか? 『双姫』、ロテュス様」


 晴れた青空を思わせる青い瞳は、熱病に浮かされたかのように輝いていた。ロテュスは意外そうな顔を浮かべたものの、すぐに笑みで掻き消した。それは幼いエトネも魅了されそうな程艶やかな笑みだった。


「良いわよ。それじゃ、遊んであげるわ、リザ。最後まで付いて来れるかしら」


「――――よろしく、お願いします!!」


読んで下さって、ありがとうございます。修業編は残り二話です。


次回更新は土曜日頃を予定しております。

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