4-18 朝靄の来訪者 『後編』
自分に向かって、人の頭部よりも太い金棒が迫る。ファルシオンの分厚い刃で受け止めるも、単純に力の差で弾かれてしまう。すぐさま二撃目に備えて態勢を元に戻す。
何度刃を交わしたのか、レイに数える余裕は無い。ただ、両腕の痺れが、自分の限界が近い事を告げている。このまま続ければ遠からず打ちあうことすら出来ないで終わってしまう。
そんな危険な状況で、鼻先に死そのものというべき存在がいながら、レイの思考は別の事を考えていた。
(戦い方が随分と雑だな)
クライノートの森に居るモンスターがスタンピードの敗残兵という推測が正しければ、彼らの出身はメスケネスト火山の迷宮となる。レイが戦ったのはアマツマラの迷宮のレッサーデーモン。
同じ種族同士なのに、戦い方が違うとレイは肌で感じていた。
アマツマラのレッサーデーモンは端的に表現すると達人だった。あの狭い通路の中で身の丈よりも長い戦斧を巧みに扱い、的確にレイを殺そうとした。
一方で目の前に居るレッサーデーモンはアマツマラの迷宮で戦った個体と比べるとあまりにも弱かった。金棒を力任せにしか振るわない。空いた拳や足で攻撃をしてこない。レイの後ろに居るレティを狙おうとはしない。
そのお蔭でレイは金棒だけに意識を集中できた。さもなければ超級モンスター相手にこれほど長く打ち合える訳が無かった。
迷宮が違うと、モンスターの強さも違うのか。それとも単なる個体差なのか。その判断はレイに付かなかったが、助かっているのは事実。
それに。
「こいつがアイツより弱くても、僕よりずっと強い事には変わりないよな!!」
精神力を纏わせることでファルシオンの切れ味と耐久力を底上げする。それでどうにか互角を維持していた。しかし、腕の疲労などを考えると、終わりはそう遠くない。
レイの背後で控えていたレティはまだ立ち上がれずにいた。腰が抜けたのと、下手に動くことでこの膠着状態が動いてしまうのを恐れていた。
杖を抜いたまま、僅かでも距離をとってレイが自由に動けるようにと、地面を這っていた。ふと、彼女のエメラルドグリーンの瞳がある者を捉えた。
家屋の切れ間から飛び出したリザの姿だ。彼女はレッサーデーモンもレイも見ていなかった。真っ直ぐにレティに向けて意志を込めた視線を送る。受け取った妹は直ぐに意味を理解した。
「《超短文・低級・盾》!」
リザの進む先に足場が出現した。彼女は薄く微笑むと、勢いよく、足場を蹴り上げた。
空中を舞ったリザはロングソードを握ったままくるり、と回った。回転の勢いと落下する勢いの二つを攻撃に乗せようとする。そして、更なる威力の向上を狙って新式魔法を発動させる。
「《超短文・低級・形状変化》」
途端に。リザのロングソードが片刃の巨大な大剣へと変化した。
そこに来て、ようやく新手に気づいたレッサーデーモンは後ろに振り返ると共に金棒を振り上げた。リザの振り下ろしの一撃と激突する。
リザの《形状変化》は武器の形状を任意の形に変化させる。事前に変化する形を設定する必要があるが、その形状は割と自由である。一方で欠点もある。
変化に合わせて質量も変化する。
本来なら片手剣のロングソードを、それこそ両手剣のサイズまで大きくすれば剣の重さは倍増する。
だけど今回はそれが狙いだ。
回転の勢いと、落下の勢い。そして増大した質量に加え、精神力を剣に纏わせる。
刃の噛みあう音と共に、レッサーデーモンの体が地面にわずかに沈んだ。咄嗟に片手で握っていた金棒を両手で押さえた。さもなければリザの一撃に押し切られていたかもしれない。
そのため無防備な背中を敵に晒すことになる。
「メェェッッ!!」
それを見過ごすほど、レイは悠長では無かった。ファルシオンを斜めに振り下ろして、レッサーデーモンの背中を切り裂いた。鋼の様な硬質な皮膚を斬る、浅い一撃だった。
でも、それで十分だった。
リザの魔法が解けると、レッサーデーモンはすぐさま背後のレイに向けて金棒を薙いだ。レイはしゃがんで回避する。つづけざまに振り下ろしの一撃が落とされる―――事は無かった。
今度はリザがロングソードを振って、レッサーデーモンの脇のあたりを斬った。続けて、柔らかい膝裏も狙う。
二か所も切られたことに焦りを感じたレッサーデーモンはまたしても背後の敵へと向けて金棒を振り下ろした。リザは軽やかなステップを刻むと、金棒を鼻先で躱した。
そうなれば今度はレイの番だった。レッサーデーモンの無防備な背中に向けて剣を振った。
既に膠着状態は解消された。
レイとリザはレッサーデーモン越しにアイコンタクトを交わす。
互いの位置を把握し、敵を常に自分たちの間になるように細かく移動する。互いを守る為に、相手の行動を阻害する攻撃を繰り出す。
どれも致命傷とは言い難いが、レッサーデーモンの体に幾筋もの裂傷が生まれる。
仕切り直す為に大きく横に飛ぼうとすれば、読んでいたかのようにレイたちに阻まれる。すでに戦闘の流れはレイたちが握っていた。
しかし、いくら傷を作れても、全て皮一枚を切り裂いている程度。鋼鉄の如き筋肉に刃は食い込む気配すらなかった。
「いつまで、こんな、こと、するんだ!」
金棒と拳のでたらめな攻撃を躱しながらレイはレッサーデーモンの向こう側に居るリザに問いかけた。彼女はレイを助けるためにロングソードを振るう。
「もう少しだけ、堪えてください! いま、シアラが魔法を準備しています!」
すると、二人の会話を聞いていたかのような、絶妙なタイミングでシアラが姿を現した。手には『氷の涙』を握りしめ、歌う様に詠唱を完成させる。
「《いま一度、この地に再臨したまえ》!」
瞬間。
即座に反応したのはあろうことかレッサーデーモンだった。シアラから漏れだす精神力から、何が起きるのかを悟ったモンスターは空いた手でリザを捕まえようとする。
魔法使いにとって最悪なのは同士撃ちだ。
技能の中には敵味方を自動で反応するものや、モンスターの魔石にしか反応しない魔法というのもある。しかし、上級旧式魔法は範囲型攻撃魔法。敵味方区別なく、全てを凍らせる。
節くれだった指がリザの細い手首を掴もうとして―――
「《超短文・中級・半球ノ盾》!」
―――檻に閉じ込められた。井戸に寄りかかりながら魔法を発動したレティによって、リザとレッサーデーモンの間に光の膜が壁のように展開される。
すぐさま、レッサーデーモンは拳を振るった。まるで砂糖菓子のように《半球ノ盾》が崩れ去った。
だが手遅れだった。
檻から出たレッサーデーモンに向かって時代を凍らせる吹雪が放たれる。
「《アイスエイジ》!」
朝靄の村に、氷像が生まれた。まさに時を凍らすに相応し威力だった。だが、それでも超級モンスターには一歩及ばない。
氷の中の目がぎょろりと動く。肘や関節部分が震え、氷に亀裂が走り始める。直ぐにでも動きだしそうな氷像を前にしてリザは焦りつつ、戦技を発動した。
「ご主人様! 合わせてください! 《風牙》!!」
リザはレッサーデーモンの右足に向けて風の刃を放つ。詳しい説明も無く、リザの行動から狙いを察したレイは己の持つ精神力を総動員し、ファルシオンの耐久力と切れ味を可能な限り強化する。
渾身の力を込めてリザの攻撃に合わせた。
前後から二人の渾身の一撃を受けた氷は、ガラスが砕けるような音を立てる。まるで歯車に挟まれたかのように、斬撃を浴びた右足が切断される。
同時に、レッサーデーモンは独力で氷から脱出する。全身を覆っていた氷が砕け散り、苦悶の表情を浮かべた。時間にして僅か数秒しか足止めは出来なかった。
だが、成果はあった。片足となったレッサーデーモンは氷漬けのままの右足を置いて態勢を崩す。咄嗟に、金棒を地面に突き刺して倒れるのを拒否しようとする。
―――突然、金棒の軌跡が歪んだ。
地面に突き刺すのではなく、槍のように投げたのだ。倒れこむ前に渾身の力を込めた。方向はファルシオンを振りきり、距離をとったレイ―――ではない。
その後ろ。井戸に凭れたままのレティだった。
なぜ彼女が狙われたのかは分からないが、一つだけレイには分かった事がある。この一撃は、レティを殺す。彼女の背丈、いや体格以上の大きさの金棒は風を切ってレイの横をすり抜けようとする。レティの《盾》では防げない。
いまからファルシオンを振りぬいたところで、間に合う訳も無い。
《生死ノ境》Ⅰが発動していないため、考えを纏める僅かな時間も無い。彼は反射的に、空いた手を振り上げた。
残っていた精神力を全て左拳に込め、自分の横をすり抜けようとするミサイルのような金棒に向けて戦技を発動する。
「《砕拳》!」
かつて赤龍に一撃を与えた拳。藁にも縋る思いで繰り出した拳は、果たして彼の予想を超えた。
拳が金棒に触れた瞬間。金棒全体に精神力が注ぎ込まれた。まるで毛細血管のように全体に行き渡る。そして金棒は僅かに軌道を反らして井戸に激突して―――砕けた。
まるで砂のように。井戸に触れた瞬間、形を保てずに崩れてしまう。井戸は何事もなかったかのように変わりなかった。
「今のって……戦技? ご主人さまの?」
レティは顔に掛かった砂を払いながら、呆然と呟いた。一番驚いたのはレイだった。拳が金棒に触れた瞬間、彼は金棒が内部から崩れる感触を味わった。
外部だけは元のままを保ち、内部はグズグズに砕けていた。井戸にぶつかった衝撃で外部も崩れ落ち、金棒はこの世界から姿形を残さずに消えてしまった。
ありえない現象を引き起こすのが戦技だとしても、これは何か間違った結果にしかレイには思えなかった。
「ご主人様! まだ終わっていません!!」
リザの焦った声にレイは正気に戻る。振り返れば、片足になったレッサーデーモンが地面に崩れ落ちてはいたが、まだ生き延びようと両腕を使い這いつくばって逃げようとする。
レイはほとんど反射的に拳を握り―――自分が何をしようとしているのかに気づき動きを止めた。
(僕は今、コイツに向かって戦技を発動しようとしたのか!?)
その先に何が待ち受けているのか想像して、顔を青ざめる。彼は握った拳を開いて、ファルシオンを両手で握ると、レッサーデーモンの首に向かって数度、振り下ろした。
短い悲鳴を上げて、超級モンスターのレッサーデーモンは死亡した。
「なるほど。こういう事だったのですね」
「こういう事ってどういう事?」
リザがレッサーデーモンの死体を検分しつつ、何かを確信したかのように呟いた。レイは手に持ったスープの入っている器を空にして、聞き返した。
これは別に、死体を前にして食事をする趣味があるわけでは無い。他のレッサーデーモンが訪れる事を想定し、いつでも逃げられるように見晴らしの良い場所で大急ぎで朝食を済まそうとしていた。
流石に何も食べずに出発する訳にもいかず、かといって警戒をしない訳にもいかないための苦肉の策だ。
いの一番に食事を食べ終わったリザは死体から魔石を回収しつつ、検分を行っていた。彼女の青い瞳が冷静にモンスターの傷口を診ていた。
「不思議に思いませんでしたか? ご主人様といえど、普通に考えれば超級モンスターとまともに打ち合える訳が無い、と」
辛辣な物言いだが、事実である。レイはその疑問を迷宮の違いではないかという推測を述べた。
「それもありますが、一番の理由はこれです」
リザは言うなり、レッサーデーモンの左わき腹を開いた。まるで紙袋の口を開くかのように、簡単にモンスターの中身がむき出しになった。まだ食事中だったレティとシアラはすぐさまあらぬ方向を向いてピンク色の内臓や滝のように落ちる血から視線を逸らす。
意外な事にエトネは特に嫌悪感を出さないでいた。これは狩人として、モンスターの解体も幾度もやって来た経験からだった。
正直レイも食事中に見たい光景とは思わなかったが、吐き気を堪えてリザの開いた傷口をみた。脇腹から胴体の中心まで斜めに切り上げられた一撃は鋭く、戦闘の素人でも死に至る大怪我だと分かる。
当たり前だが、レイやリザがつけた傷では無い。おそらく村に来る前に受けた傷だ。しかし、戦っている最中にこのような傷があった事に気づかなかったのは流石におかしい。リザは同意すると、不可思議な事を言い出した。
「この傷口はいま開かれたのです」
リザの言い方に全員が首を傾げた。
「鳥肌が立ちました。この傷口は私が触れるまで閉じていたました。中の内臓は鋭利に斬られ、血が滲み出ていなければ、ここに傷がある事すら分かりませんでした」
「……つまり。どういう事なのよ、リザ?」
シアラが苛立ったように聞きなおすと、リザは興奮したかのように口早に告げた。
「信じられないほどの切れ味に、傷口が閉じたのよ! 内臓を切り離しておいて、皮膚は斬られた事なんて無かったかのように閉じた! 斬ると同時に素晴らしすぎる切り口によって傷が塞がる。このレッサーデーモンはそんな奇跡のような神業を起こせる相手と遭遇したのです」
レイは背筋がゾッとした。自分に置き換えると気持ちが悪くなる。内臓を斬られたのに、傷口は塞がれているという悪夢。動けば動くほど、中身は零れていくのに、出口が無い為溜まっていく。血が行き場を求めて溜まり続ける。激痛が全身を襲うのに回復できずにいる。
想像もつかない恐怖だった。
「……とにかく、分かった事はコイツが本調子じゃ無かったことと……この森には超級モンスターを相手にこんな神業を使える奴がいるって事なのね」
シアラの言葉にレイはふと、頭に単語が浮かんだ。
「もしかして。特殊技能?」
「その可能性もありうるかもしれないわね。ただの技術でこんなことが出来る奴がいるなんて思いたくも無いわよ」
レイは頭の中で状況の整理を始める。
まず、レッサーデーモンがやって来たのは村の北側。そこは上級以上のモンスターが蔓延る危険地帯。昨日、探索が出来なかった場所だ。エルフの隠れ里があるとすれば、可能性が高い場所でもある。
そして、その付近には特殊技能を持っているかもしれない人がいる。シアラの例がある以上断言はできないが、もしかしたら自分と同じ異世界人の可能性もある。
それどころか、エルフの隠れ里の関係者という可能性もある。
最後に自分たちの状況。手持ちの食料は少なく、今から森を出れば夕方前にはアマツマラに辿りつく。そこから最速でロータスの協力を取り付けたとしても森に戻って来られるのは明日以降だ。
言い換えれば、今日の昼までは探索に時間を使ってもタイムスケジュールはあまり変わらないという事でもある。
(これはどうするべきか。今までになかった出来事なだけに、どう動くべきなのか? いや、そもそも、このレッサーデーモンに傷を負わせた相手が人間やエルフとも限らない。単にモンスター同士の戦いの可能性もあるよな)
判断に迷っていると、エトネが鼻を鳴らす。何かに気づいたかのように村の北側を見るとレティの袖を引っ張った。
「どうかしたの?」
「におい、まだのこってる」
四人は少女の言葉に首を傾げた。エトネは言葉を重ねて説明する。
「このモンスターのにおい。まだのこってる。追うことできるよ」
少女は真っ直ぐ、北の方角を指差した。
レイは頭を掻くと、覚悟を決めたかのように告げた。
「予定を少しだけ変更する。いまから二時間ぐらい探索をしようと思う。場所は森の北側、レッサーデーモンが通ってきた道を逆走する。出来る限り、というか確実に戦闘は避けよう。太陽が天頂に差し掛かる前まで粘ってみようと思う。何も無かったり、モンスターで道が塞がっていたら直ぐに引き返して、昨日の大木と湖の場所に戻る。そして当初の予定通りエトネに食料を渡して、僕らは街に戻る」
危険な賭けだった。下手をすればレッサーデーモンのコロニーとぶつかる可能性もあった。しかし、エルフの隠れ里に近づく大きなチャンスかもしれなかった。
レイの意見にリザ達は反対しなかった。彼らは手早く片づけを済まして、無人の村を後にする。時間が無い為、申し訳ないがレッサーデーモンの遺体はそのまま放置する。代わりに目立つ所に、詫び賃として多めの貨幣と、詫びを書き記したメモを残していった。
読んで下さって、ありがとうございます。




