4-16 無人の村
「あそこが、村だよ」
エトネが指し示す方に、確かに村らしき建物が立っていた。時刻はまだ午前中。大木からほど近い場所に村はあった。
遠目からでは村の様子は今一つ分からない。村人が居るのか、それともモンスターが潜んでいるかの判断がつかない。
レイは剣を抜いていつでも戦闘に移れるように準備する。リザ達も同様に警戒する。しかし、エトネはレティの袖を引っ張ったまま動かなかった。
表情は固い。レイは不思議そうに思い問いかける。
「どうかしたの。もしかしてモンスターが居るの?」
エトネは首を振って否定した。それからおずおずと言った。
「なんのにおいもしない」
「匂いがしない」
「うん。人のにおいも、モンスターのにおいも、何にもしない」
エトネの嗅覚はこれまでも索敵の面で役に立っていた。彼女のいう事には間違いが無いのだろう。だとしても、警戒は必要だ。匂いを誤魔化すモンスターが潜んでいる可能性もある。
レイはリザとレティに指示を出した。
「二人とも。悪いけど。ここでエトネと共に待っててくれるか。僕とシアラで村の様子を伺う。村人やモンスターが居たりしたら、一度戻る。……それと危険だと判断したら、シアラの魔法で知らせるから、いつでも逃げれる準備をお願い」
担いでいたバックパックを下ろして身軽になったレイとシアラは村へと近づいた。
藪を抜けて、家屋の影から顔を出して周囲の確認をする。林業を営んでいる村らしく貯木場が目立つが、それ以外は取り立てて平凡な村落。普段なら子供の喧噪や、大人たちの作業音などが響く平穏な村。
しかし、レイたちの前にある村はどこまでも静かだった。
小鳥の囀りや、風が家屋の扉を軋ます音がやけに響くほど、静謐さで包まれている。自分たちの息遣いが大きく聞こえてくるほどだ。
レイは躊躇いながら、一歩。村の広場へと足を向けた。
「ちょっと、主様。不用意に歩かない方が」
シアラが止めようとするも、レイは止まらなかった。
「分かってる。でも、危険を承知で動かなきゃ、何も得る物が無い」
虎穴に入らざれば虎子を得ず。
レイは自らを囮に周りの反応を確かめようとした。ファルシオンを構え、どこから攻撃されても反応できるように精神力を全身に行き渡らせる。
しかし、一分経ち、五分経っても物音一つ起きなかった。
レイはシアラに動かないようにと目配せすると、手近な家屋へと飛び込んだ。木製の扉を蹴とばし、ファルシオンを振るう。
だが、警戒とは裏腹に家屋の中にも誰も居なかった。ただし、異変の後は残っていた。
「……これはまた。……とんでもないな」
飛び込んだ家屋の中はまるで嵐を呼び寄せたかのように荒らされていた。机は砕かれ、床板は剝がされ、戸棚は全て開けられ、中の食器が散乱している。台所が一番ひどい。かまどの中から、調理器具、籠などがひっくり返されて散らばっている。
戦闘の跡というよりも、何かを探した跡だけが室内にくっきりと残されている。
「これは……一体?」
人間の手による行動とはレイには思えなかった。何を探しているのか分からないが、床板まで剝がして探そうとしたのは執念を感じる。とても理性的な行動では無い。
人でなければ残る可能性はモンスターだ。しかし、村にはモンスターの居る気配はしない。
「……考えても埒が明かないな。リザ達を呼んで人海戦術で探索するしかないな」
呟くと、彼は家屋を出てシアラと合流し、リザ達を呼んだ。
レイは先程探索したばかりの家屋の様子を見せて、「他の建物の状態を知りたいから、パーティーを二つに分けて探索しよう」と、告げた。
レイとシアラ。リザとレティとエトネのグループに分かれて村の広場を境に北と南に分かれて探索を始めた。
数十分後。村の中央に位置する広場に五人は集まった。口火を切ったのはレイだった。
「村にある、村人の家と思わしき建物は二十と少し。一軒当たり住人が四人いたとして八十人前後。村の大きさからしてもそれぐらいは住んでいそうだよね。……なのに人っ子一人居ない」
レティが不安そうに頷くと、自分たちの見てきた物を報告する。
「どのお家も荒らされていたよ。暴れた……というよりも、何かを探しているみたい。一番念入りなのはどのお家も台所回りかな。鍋の中から水がめの中まで隈なく探した形跡があったよ」
「それはこっちも同じね。あとは床下に収納できる隠し扉。ああいうのもこじ開けられていたわ」
同意したシアラの言葉にリザが核心を突く情報と共に推論を語る。
「荒らした犯人の狙いは食料と思われます。また、ここ数日の間に降った雨によって付着した泥の足跡が室内で確認できました。あの大きさと形はモンスターです。やはりモンスターが一度は訪れています」
「……だとしたら、問題はそのモンスターが村人をどうしたのか。もし村人が無事ならどこに居るはずだけど……」
四人は頭を捻るが、その問題に対する答えを持ち合わせていない。シアラの《ラプラス・オンブル》が見通すのは死に関する未来。この場所で起きた過去を知る術は無い。
探索を諦めようかと考えたレイはふと、エトネの様子に気づいた。幼い少女は地面に跪いて頭を垂れていた。何かの宗教儀式かと思い見ていると、エトネが顔を上げて言った。
「血のにおいはしないよ」
「え? ……もしかして、地面の匂いを嗅いでいたのか?」
こくり、とエトネは頷いた。そして続けて口を開いた。
「あめで流れたかもしれないけど、おうちのなかも血のにおいはしなかった」
「おちびのいう事が正しいとしたら、村人はモンスターと遭遇する前に脱出したって事? その後にモンスターがやって来て食料を探したと」
シアラの推測にレイは同意した。付け加えるなら、もし、村人がモンスターと遭遇していたら、モンスターは食料を求めなかったのではないかとレイは睨んだ。
腹が膨れれば、家をひっくり返すような勢いで食料を探す必要は無いはず。つまり、家屋内の惨状が無事という証拠だ。
「それだと、納得いく点もあります。あそこの井戸の近くの建物。わらが敷かれている所から家畜小屋かと思われますが、動物は一頭も居ませんでした。それにこの手の村にあるべきものがありません」
「あるべきもの? それって」
リザは簡潔に告げた。
「荷車です。一つもありません」
「ああ。確かにそれは変よね。伐採した木材を運搬するためにも、荷車はあって当然。それがないってことは―――」
「―――ええ。村人は脱出したことになります。家畜などを逃がすか、あるいは連れて行く余裕があった事から、安全に出発したと思われます」
その言葉に一同は胸をなで下ろした。おそらく、村人たちはスタンピードの発生を独自の方法で知り、他所に避難したのだろう。何しろ、スタンピードの主戦場とクライノートの森は目と鼻の先。今回のスタンピードが人為的に起こされたものでなければ、森に流れていた可能性もあった。身の危険を感じて逃げ出すのも頷ける。
しかし、腑に落ちない点がレイにはまだあった。
「だけど、あれから二週間経つのに村人が戻って来ない理由が分かんないな」
「そうね。……スタンピードが終わった事をまだ知らないとか?」
シアラの言葉にレイは違うと内心で思う。
村人が何処に避難したのか不明なため、断言はできないが、スタンピードの終息に関する情報を手に入れられていないとは到底考えられなかった。だとすると考えられるのは可能性は、村に戻れない事情があるのか、戻ろうとしている最中なのか、あるいは。
「戻ろうとして、全滅したか」
呟いてからレイは自分の口を閉じた。不吉な予想に、全員が重く沈黙してしまう。
とはいえ、これ以上の推測を重ねても意味がない。村の状況を確認するのとエルフの隠れ里に関する情報を得るという二つの目的は、これ以上の進展を望めない。レイはレティの鞄の中にある地図を広げてエトネの方を向いた。
「ここがこの村で、多分あの大木と湖はこの辺りだと思う。エトネ、この地図で行ったことの無い場所は分かるか?」
エトネは地図を覗きこんだが、悲しそうに首を横に振った。
「分からないなら、仕方ないな。とりあえず、昨日の話からすれば、エトネの母親は森の西から東に向けて進んでいた。そして南東から北上してきたモンスターと遭遇して、大木に逃げ込んだんだよな」
レイの指がエトネたち母娘のルートとモンスターのルートを地図上で再現する。そして、自分たちが森の中を彷徨った範囲を大まかに土で汚す。
残った部分に全員の視線が注がれた。村の北側。クライノートの森の北東部分だ。
「この辺りはまだ行っていない。まずは、この辺りを探索しようか」
全員が同意を示すように頷くと、地図を仕舞い、無人の村を後にした。
結論から言うと、北側はモンスターの激戦区だった。彼方此方でモンスター同士が縄張り争いの為に血で血を洗う戦いが行われている。エトネの鼻と、リザの索敵が無ければレイたちは一日中戦闘に追われていたかもしれなかった。
エトネが居るため、戦闘は極力避ける方針を選んだ。彼女が死んだ場合、その時に《トライ&エラー》で戻れるかどうかの保証が無い。仮に、戦闘中にレイが気絶してしまったら、死に戻ったとしても朝には戻れない。危険な橋を渡らないに越したことはない。
だが、その分森の北側の探索は遅々として進まなかった。厄介な事に森の北側に集まっていたモンスターの等級はリザが判断する限り、上級などが多数を占めていた。とてもじゃないがレイたちだけで突破する事は出来そうにも無かった。そのため、エルフの隠れ里を探すどころでは無かった。
「考えてみれば、当然と言えば当然よね」
疲れた声でシアラは自分の考えを口にした。
「森の南東から逃げてきた奴らが、追いかけてくる敵を恐れて森の奥深くを進むのはあたりまえよ。自然と森の北側はモンスターの安全地帯になるわよ。そこに群がる奴らは大勢いるわよね」
焚火の上で煮ている鍋の様子を確認しながらシアラはぼやいた。レイたちはいま、午前中に訪れた無人の村に戻ってきた。今夜の野営地をここに決めたのだ。
モンスターとて一度訪れた村に何もない事を確認しているなら、再び訪れないだろうと予想したのだ。なにより、エトネの体調を省みての判断だった。幼い少女にとって洞窟での生活は過酷だ。日夜、危険な森で一人で過ごしていて疲労が極限状態まで溜まっており、北側の森の索敵が止めを刺した。
夜も近くなる頃、足元が覚束なくなった少女を連れて洞窟に戻るという意見はありえなかった。一刻も早くエトネをちゃんとした所で寝かす必要があった。
どの家屋の中も荒らされてはいるが、片付ければ使えそうなベッドが見つかった。レティとシアラが夕食を作っている間、レイとリザは全員が一カ所で眠れる家を見つけて、荒らされた部屋の中を片付けている。
調理の手を一度止めたレティは毛布に包まれて横になっているエトネの方を伺った。少女の顔色は白く、呼吸も浅い。時折苦しそうに呻いていた。
「ねえ。シアラお姉さん。もし、もしもだよ」
シアラは訝しげな視線をレティに向けた。いつも明るい少女らしからぬ反応だ。口籠った少女は意を決して言う。
「もしも、あのモンスターの壁の向こう側にエルフの隠れ里があって、そこが襲われて、壊滅していたら……この子はどうなっちゃうのかな」
レティは過去に旅をしてきた中で、そう言った村を幾つも見てきた。モンスターに襲われ、敵国に襲われ、盗賊や山賊に襲われ、時には善良な民によって滅ぼされた村々。そんな場所でも生き残りは居る。レティの前の主、奴隷商人のクロトはそういった村々を訪れては、生き残り、行く当てのない女子供を最低限の食事と寝床を代価に奴隷紋を刻んでいった。
「……まあ。主様しだいでしょうね。流石に面倒見切れないって放り出すかもしれないし。そうなったら奴隷に落ちるしかないのかしら? 闇ギルドじゃなくても、正規のギルドの奴隷商人が食事を喰わせるのと引き換えに奴隷紋を刻まれた子もいたわよ」
同じような光景をシアラも見ていた。残酷な、しかしエルドラドのどこにでも起こりうる現実だった。レティは翠の瞳をこれでもかというぐらい開かせた。シアラは内心、言いすぎたかと焦り、栗毛色の頭に手を乗せた。不安を拭い去るように努めて明るい声を出した。
「大丈夫よ!! あの甘くてお優しい、主様がそんな形で見捨てると思う? ワタシのような面倒なのも奴隷として購入している人よ。決して悪いようにはしないわよ。……それに」
一拍開けた後、言葉を継ぐ。
「エルフには最強の『守護者』が付いているわよ。少なくとも、隠れ里が滅んでるって事は無いと思うわよ」
シアラは確信を持って断言した。
「もしも、エルフの隠れ里を見つけられなかった場合、どのようにお考えなのでしょうか?」
奇しくも、リザがレティと似たような疑問をレイにぶつけていた。散らばった食器の欠片を箒で掃いていたレイは手を止めてリザの方を向いた。
「昨晩、シアラの言葉を遮りましたよね。推測ですが、あの時彼女はご主人様に引き取るかどうかの意思を尋ねようとしたのではないでしょうか? そしてご主人様はその事を察して彼女の言葉を遮った……違いますか?」
「……バレバレだった?」
リザはこくりと頷いた。レイは困った風に頭を掻いた。まさしくリザの言う通りだった。シアラの金色黒色の瞳は雄弁に問いかけていた。エトネを見捨てるか連れて行くか。
彼女はその二択をレイに迫ったのだ。シアラの言葉を先んじる事でレイは選択することを回避した。いや、先延ばしにしたのだった。
「その時になってみないと分からないけど……連れて歩くのは、リザは反対?」
「反対です」
ぴしゃり、と。リザは告げた。予想外の反応にレイは一瞬、言葉を失った。
「理由はいくつかありますが、一番の理由はご主人様の時間制限です」
リザは白魚のような白い指を五本立ててみせた。
「ご主人様はこの世界に来るとき、13神から五年間、この地で過ごしてほしいと言われたのですよね。エトネ様はいま七歳か八歳。五年後はレティと同じ年の頃です。もっともハーフエルフが普通の年の取り方をするかどうかは知りませんが、レティの年頃の子供を放り出すことになってしまいます」
「それは……そうだけど」
「私やレティは、復讐を果たす前にご主人様が居なくなれば、また奴隷の身分になると思います。シアラは……分かりません。そうなった時、エトネ様はまた独りぼっちになってしまうかもしれません。……それは凄く寂しい事です」
リザは伏し目がちに、床に視線を向けた。一人が寂しいという感情をレイは痛い程理解できた。
「一度失った絆を、私たちと共に居る事で取り戻せたとしたら、それは素晴らしい事です。ですが、それを五年後にまた失う事になるのは、酷だと思います」
リザの意見は一理あるとレイは思った。しかし、一方で別の物の見方もあるのではないかとも思うようになる。静かな口調でレイは自分の考えを語る。
「僕は……そこまで寂しく考えなくてもいいと思う」
「ご主人様?」
「確かに、僕は五年後にこのエルドラドを去る。リザ達との絆も消えてしまうかもしれない。けど、それまで築いたものはちゃんと残ると思う。だから……僕らのパーティーに加えるのもアリだと思う」
そこで言葉を区切り、レイは困った風に頭を掻いた。それでも、連れて行くと断言できないでいた。少なくとも、レイの進む道は平穏とはかけ離れている。幼い少女を巻き込んでいいのかどうか踏ん切りがつかない。
「……正直迷っている。事が犬猫を飼うとかじゃなく、彼女の人生に影響を与える責任の重い選択だと思う。たとえハーフエルフが長命だとして、僕らと過ごす時間が彼女の寿命からするととても短くても、簡単に決めていい内容じゃない」
リザはレイの考えを聞くと、深々と頭を下げた。
「そうでした。軽々しく尋ねてしまい、申し訳ありません」
髪の毛が床に着くほどの深いお辞儀にレイは慌てて言う。
「頭を上げてよ。リザもあの子の事を心配しているから聞いて来たんだろ。それに案外すんなりとエルフの隠れ里を見つけて、彼女を引き渡せるかもしれないじゃないか。そしたら、小難しい事も考えずに全部が済むよ」
頭を上げたリザは同意するように頷いた。その時。外からレイたちを呼ぶ声が聞こえた。
「ご主人さまー! お姉ちゃん! ご飯が出来たけど、そっちで食べられそう?」
問いかけにレイたちは慌てて室内の惨状に振り返った。掃除の手を止めていたのでまだ片づけは終わっていない。とてもじゃないが、室内で食べられる状況では無かった。二人は困った風に笑いあった。
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