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影操師 ―散らない桜―  作者: 伯灼ろこ
第三章 シャドウ・コンダクター
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 10節 最初ニ食ベタ人。

「俺が聞きたいのは、国松が最初に食べた人間についてなんだけど」

 私の考えなどいざ知らず、彼は質問を続ける。私は「うふふ」と笑った。彼になら言える。教えてあげられる。私は自分の唇を人差し指でなぞり、言った。

「お母さん」

 彼は表情を変えず、頷きながらノートにペンを走らせる。うふふ、さすがね。

「どうして?」

「ある晩ね、気がついたらね、死んでたのよ。私の隣りで。それで私は知ったの。今まで配給される僅かな食事を全て私に与えてくれていたお母さん。自分を犠牲にし、娘だけは、って思ってくれていたのね。最期には自身を私に捧げてくれたわ。だからお礼も兼ねて、私はお母さんを食べてあげたの。お腹いっぱいになってあげたの。それがお母さんの最期の願いだったろうから」

 お陰で久方ぶりの満腹を得て、私は生き長らえることが出来たわ。朝になり、近くにいた人たちは私を慌てて母親の死体から引き離したみたいだけど……残念。夜のうちにほとんど食べ尽くしちゃったから、その骨と内蔵だけの死体を私の母親――国松陽里だとわからなかったみたい。でも私だけは知ってる。

 お母さんを食べたのは、私なの。

「美味しかった?」

 私は狂気乱舞した。ああ、なんて狂った質問なの! 私は荒くなる呼吸を整え、荒くなる鼻息を抑え、彼の質問に対して誠心誠意、答えてあげた。

「絶品だった!」

 所詮は当時5歳の子が感じる絶品だから、もしかしたらそうでもなかったのかと思っていたけど、他の人間も食べてみてわかったわ。お母さんの肉は、やっぱり絶品だった。他の食べ物に例えることなんて出来ない、奇跡。

「なるほど」

 彼は頷く。また一つ、謎を解いたらしい。

「人肉に捕らわれるキッカケは母親の肉……と」

 え? ちょっと待ってよなにを記録してるの? 私は好きで人肉を食べたわけじゃないのよ? お腹がすいてすいて、死にそうだったから――。

「話を進めよう」

 彼は私の言い分を聞かず、質問を続ける。

「それから10年後、国松は桜木に入学した」

「ええ」

「まだ桜は咲いていた?」

「? ええ、もちろん」

「桜木の名簿では、次の年から国松の名前が消えている。1年のうちに退学になったのか?」

「まさか! 違うのよー。お母さんの肉を食べてから私、人肉の美味しさが忘れられなくて……10年間は我慢して普通の食事をしていたんだけど、高校1年の夏にさ、好きだった男の子がマラソン中に転倒して怪我をしたの。皮がずる剥けちゃってて、それを見た私の理性が飛んじゃって」

「うん」

「それからはわかるでしょう? 男の子を襲って食べた私は狂人扱い! 校長は自分の学校に人を食べる生徒がいるなんて世間に知れたら大変だから、両親がいないことをいいことに私を地下防空壕に幽閉したの」

「好きだった子の味はどうだった?」

「美味しかったわ! ……でも、絶品とまではいかなかったかな」

「幽閉されてからの食事は?」

「それがビックリ。校長先生が与えてくれたの。まぁ私を暴れさせない為の処置だったのでしょうけど……あ、月に3人ね」

「……それは」

「ええ。今の戸無瀬で行われている生け贄制度の原型のようなものかしら。校長先生は学校を、そして我が身を守る為に都合の良い理由をつけて生け贄を出させたの。でも生け贄は生徒じゃない。そんなことをしたら親が黙っていないでしょう? だから、戦争で家族を失った子供たちをターゲットにして、外から連れて来たの」

「3人で、足りた?」

「え?」

「食事は3人で足りたのかって聞いてる」

「あはは! 足りるわけないじゃない! 校長先生が知らない出口からこっそりと這い出て、生徒たちを喰らってましたッッ」

「こっそり這い出られるなら、どうしてそのまま逃げなかった?」

「逃げても行くとこなかったし? 街中で堂々と人間を襲って捕まるよりは、安定した衣食住のある桜木の防空壕でいいかなって妥協してたの」

「でもこっそりと生徒を食べたりするから、結果、校舎ごと地中に閉じ込められてしまったんじゃないのか?」

「その通り。でも閉じ込められた理由はそれだけじゃない」

 彼の目が輝く。私がこの先に続けるであろう言葉を期待して。

「なんとね、桜木の生徒の中に私と同じく人肉を好む子たちが現れ始めたのよ!」

「…………」

「これには驚いたわ! 同志が増えたって喜ぶ以前に、私の食事が喰い尽くされちゃうって危機を感じた。だから取られる前に私が食べなくちゃって……」

 目を瞑れば、いつも目蓋の裏に蘇る。――誰よりも早く、誰よりも多く、食糧を得なくてはならないと焦っていた自分の手が。記憶に新しい飢餓の苦しさは、私を怪物へと生まれ変わらせていた。

「それが桜木閉校の原因となった大事件か……。大量に繁殖した人喰いが手に負えなくなり、やむなく封印した」

「あれは未だに謎。よくさァ、吸血鬼に血を吸われた人間も吸血鬼になるって言うじゃない? あれと似た感じかな? ただし私が食べた子が生き返ることは無かったけどさ」

「確かにそれと似たようなもんだ」

 彼は溜め息を吐き、しかし記録を進める手は止めない。

「今度こそ本当に閉じ込められたお前たちは、これまでどうやって生きてきた? 俺が予測するに、桜木側はお前たちを完全に閉じ込めることに成功した。だから、戸無瀬に生け贄制度が引き継がれたこと自体が、そう、おかしいんだ。生け贄を外部からではなく、内部から出すようにしたという制度変更点も奇妙だ。これは明らかに、桜木の時代と戸無瀬の時代とで、生け贄制度を管理している者が変わっている。それは単純に代替わりをしたのではなく――力によって奪われている。俺は、そう結論づけている」

「……うう、難解なことを言わないで。私は別に、食べ物をくれるならば、生け贄制度の管理者が誰であろうと関係無いことだったのよ。……そうね、最初に生け贄制度を取り仕切っていた校長は当然のことながら死んでるわ。寿命で。桜木から戸無瀬へ変わった時に、新しい校長が就任して……えっと、どれくらい経ってからかな……とにかく私のところへ挨拶に来たの」

「戸無瀬の校長が?」

「いいえ。“お父さん”よ」

「――――」

「あ、私の実のお父さんじゃないわよ? まぁいちいち言わなくてもわかってると思うけどさ。その“お父さん”は私を見て言ってくれたの」

「なんて?」

「“陽菜子を絶対に死なせたりしない。人肉を好むというのなら、いくらでも与えてやる。よし、まず1ヶ月で換算してみようか。――何人、食べたい?”」

「なんて答えた?」

「100人!」

「…………」

「うふふ、大丈夫大丈夫。お父さんもさすがにそれは欲張り過ぎだって言ってたから、1日1人にして、月30人で我慢するって譲歩したわ」

「許可、降りた?」

「バッチリと!」

「……戸無瀬からの生け贄は月3人だ。俺もこの数は少ないと考えてはいたが、桜木に潜んでいたお前たちを見て、考えが間違っていたことを認識したよ。月3人という数は――破滅的に少なすぎる」

「だ・か・ら」

 私は教えてあげた。この、好奇心だけは旺盛の、何も知らないガキンチョに。でも私のことを理解しようとしてくれている素敵な男性に。

「私はこの日を待っていたのよ」

 今だからこそ湧き上がる思いがある。所詮は従うことしか出来なかった頃とは違い、私は我が儘を言うことが出来る。だから今、声を大にして言ってやるの。

「あんッッのお父さん(野郎)! 嘘つきやがった!!」

 彼は少し驚いていたみたい。ペンを走らせる手が止まっているわ。うふふ、ビックリさせてごめんなさい。

「……嘘?」

「そう! あいつ、生け贄を30人よこすどころか、当初の予定通り3人しかくれなかったの! お陰で生け贄の取り合いになるわ飢餓に苦しむわで大変だったのよ! この極少ない食糧で私たちは、おそらく20年以上を生き続けてるんじゃないかしら」

「それは不可能な話だ」

「不可能って言うけどね、事実なの。ほら、見てよ。私が証拠よ。生まれは終戦の5年前よ。生きた証人」

「いや、まぁ、俺が言ってるのは――……なんでもない」

「?」

「だけど辛かっただろう? 飢餓での苦しさは」

 なにかしら。彼からのこの優しい言葉は。私のことを思い、共に悲しんでくれている。私が戦時中に飢餓であえいでたことも併せ、同じ苦しみを何が悲しくて再び味あわなくてはならないのか――それを、感じてくれている。

 なんだか、まるで、“お父さん”みたいな人ね――。

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