6.
卒業式の日、空は暗く、朝から異様に強い風が吹いていた。雨は降ってきてもいないのに、上空の黒い雲の中で時折稲妻が走っている。
「うわー……すごい天気だな」
「国内のすげー来賓も多数来てるんだろ?雨まで降ったら騎士団は大変だなー」
「来賓に付き添ってる護衛も大変だろうな」
「天候ぐらい魔法でどうにかならないのか?」
「そんな魔法が使えるのってよっぽど魔力が高いか、集団で魔法陣を使って唱える以外に方法はないだろ?しかも、一時的に小雨を降らせるぐらいしかできないし……。大体、学園の卒業式ぐらいでそんなことするやついねーよ」
「ま、そうだな。費用がバカにならないもんなあ……」
だが、そう軽口を叩いていられたのも、卒業式が始まる前までだった。
卒業式が始まるや否や、突風が吹き荒れ始めたのである。
ヒューゴゴゴゴゴ……ヒューピュー
ピ……ピシシシシ……
式典が行われている学園内にある特大ホールの窓ですらガタピシ音を立て、来賓同士ですら顔を見合わせている。
そんな中、答辞を行ったのは当然、学園首席のライカであった。白いライカはシャンデリアの光に照らされ、本当に容姿も未来も眩いばかりの貴族子息かのように見えた。
(チッ……本当に何から何まで綺麗にしてやがる……。女もあんな見た目だけのやつをチヤホヤしやがって……!それに、身長だけなら俺の方が少し高いじゃねーか!肩幅や腕の太さだって俺の方がイケてるだろ?俺が選ぶなら、ライカみたいな顔だけの男を好きにならない女だな。浮気なんてしやがったら殴りたくなりそうだ。……ん?そういえば、あいつが卒業後どこに勤めるか聞いてないな……?)
当たり障りない答辞が行われていた……かと思われたが、いつの間にかライカは途中から奇妙な話をし始めていた。
「ところで、皆様ご存知の通り、僕たちライラリグ公爵家は代々、5〜10歳の頃に身体能力や魔力、知力の試験が行われ、次期当主が決定します」
(いや、そんな話は聞いたことないけどな!?)
カイラは思わず心の中で突っ込んでいた。周囲も不思議そうな顔をしているが、来賓の貴族たちは顔色を変えていないから、成人した貴族にとっては当然の知識なのかもしれない。
「そして、僕は次期公爵としてこの学園にやってきました。その際、光栄にも、ユータナ王家の方々と話す機会をいただき、各分野において建設的かつ先進的で斬新な議論を交わすことができました。特に、僕が5歳の頃に公爵家試験用として製作した遠隔操作型の子ども玩具に興味を持ってくださったパミーラル国王陛下とは今でも親交を温めさせていただいております」
(ライカって入学してすぐに国王陛下にも会ってたのかよ!?そんな話聞いてねーぞ!?)
カイラは驚いたが、それは周囲も同じだったらしい。皆、来賓席の国王に視線を向けた。国王は柔和な顔で頷いている。国王の隣にいる、ライカに似た白くて美しい王妃は、何を考えているのか分からない表情で、ただ舞台上のライカを見つめていた。
(……ってことは、これはマジかよ)
皆思うところは同じだったらしい。大ホール内は騒めき始めた。だが、外の風がうるさかったこともあり、その騒めきはあまり目立たず、かき消されていった。
「そして、次期公爵として学ぶよりユータナ王国を繁栄させるために自身の力を使いたい、その為にこの国を出て各国で研鑽を積みたいという僕の希望に対し、パミーラル国王陛下は条件を3つ提示なさいました」
外ではとうとう雨まで降り始めていた。時折光る稲妻の音も、激しく打ち付けてきた雨の音もうるさいほどである。
それなのに、ライカの声はやたらよく響いた。
「10年間、ユータナ王国の生活を豊かにする為に様々な発明をすること。そして、その発明に関する権利はすべて王家のものとすること。その間、発明家として僕の名前は伏せておくこと。そして、ありがたくも心優しく寛大な国王陛下は、それら全てが達成されたと見做された場合において、僕の次期公爵としての責務の免除と、国外への出立、これらの事実の発表を許可するとお約束くださいました。心より感謝申し上げます」
(え。じゃあ、あの王家肝入りの発明家って……!?馬車も、冷蔵設備も、空調施設も、温水設備も、何もかも……?)
外の風はますますひどい唸り声をあげている。
「つい先日、僕の10年間の働きが正式に認められ、魔法契約も解除となったため、ここで改めてご報告させていただきます。明日から僕は更なる研鑽のため、国外へと参ります」
(えっ!?ライカも明日から王宮勤めじゃないのか!?国外!?)
何も聞いていないのに、何故かライカも王宮に勤めるものだと思い込んでいたカイラは心底驚いていた。
学園の成績上位層は、当主候補や次期当主予定でも何年か王宮勤めをすることは珍しくない。カイラ自身がその予定だったから、ライカの進路も当然、王宮勤めか領地に戻るだけだと思っていたのだ。
「しかし、学友や人民を思う気持ちはこれからも変わりません。皆様の今後のご活躍とこれからのユータナ王国の繁栄を心より祈念いたしまして、挨拶の言葉とさせていただきます」
ライカがそこまで言い終わり、ホール内が拍手に包まれた途端、シャンデリアの灯りがすべて消え、卒業式会場は一気に薄暗くなった。
「キャー!」
「な、なんだ?どうした?」
「早く魔石灯を再点灯させろ!」
シャンデリアの灯りも一昔前の蝋燭の火ではない。今では火事なども起きる危険性が少ないと、貴族の屋敷では魔石灯の使用が一般的になっていた。
(魔石灯が普及し始めたのも……10年前……だったか?)
カイラは急に背筋が寒くなるような気がした。答辞を読んでいる時のライカの顔はどんな表情だったか、あまり思い出せなかった。
騒々しい外ばかりに気を取られていたからかもしれない。
「少々お待ちください!」
「今確認しております!」
騎士団や護衛が大声を出しながら走り回っていた。魔石を使っていた新型の拡声器も使えないのか、拡声の魔法を使用している者までいた。
(拡声の魔法か……緊急事態でもないのに、そんなことに魔力を使ったら勿体ないな)
カイラは何故かそう思っていた。
緊急事態になった時にきちんとそう認識できるものは割と少ないのだ。
「ライカは大丈夫か……?」
「あいつなら大丈夫だろ。それより来賓がいるのにこれってやばくね?」
「国王陛下までいらしてたのにな」
その騒動はすぐに収束するかと思われた……のに、事態は更に酷い方向へと進んでいた。
「国王陛下!馬車が動きません!」
「馬に何か問題でも?」
「いえ!馬車の車輪が動かなくなり、馬が馬車を引っ張っても動かなくなったようです!」
「どういうことだ?ライカ!ライカを呼べ!ライカに馬車を見て貰ってくれ!」
何故か叫ぶ国王のすぐそばに控えていたライカは、あっさり頷いた。
「承知いたしました」
「こ、こちらの馬車も動かなくなりまして……。ライカ殿、こちらも見てくださいませんか?」
「申し訳ありません、最優先しなければならないのは王家ですから……」
「そうですね……これは失礼いたしました」
(あいつ……マジで王家専属の発明家だったのかよ……)
多くの者が騒ぐ中、それは淡々と行われた。
「……雷の影響でしょうか?魔石が完全に粉々に割れていますね。それによって連動して負担を軽くしていた車輪の浮力や回転動力が働かなくなり、いつも以上に馬が馬車を重く感じる現象が起きているようです」
実際、魔石を利用した馬車が主流になってから、大型馬車が増えていたし、王家や貴族のものは特にその傾向が強かった。
「なんとかならないのか?」
「新たな魔石さえあれば問題ありません」
「おいっ!誰か学園の予備魔石を持ってこい!」
「は、はいっ!」
だが、いつまで経っても新たな魔石は届かなかった。
「魔石が全て粉々に……?」
「はい……」
「この酷い嵐のせいか?」
「嵐で魔石が……?聞いたことはありませんが……。雷のせいでしょうか?」
「誰か王宮に遣いを出せ!」
「この嵐の中では無理です!騎士団に二次被害が出ます!」
「それに、魔石が補充されても本日の移動は危険です!この嵐ですし、魔石灯もなく、視野が確保できません!明日天候が回復してからにいたしましょう!」
「……そうするより仕方あるまい」
あまりにも酷い天候で、流石の王家一同も移動を断念せざるを得なかった。そうして学園の貴族たちも、来賓も、王家も、皆貴族学園で寝泊まりすることになったのだ。
そうして、その翌日、嵐が多少弱まったにも関わらず、状況は全く改善していなかった。しかも、ただでさえ慌ただしい中、2人の人物が学園から忽然と姿を消していたのだ。
「こ、国王陛下!」
「なんだ?」
「王妃様の姿が見当たりません!」
「ルルカが……!?おいっ!侍女も騎士も何をしていた!」
「そ、それが、確かに学園の予備毛布にくるまって就寝されたところを侍女が見ていたのが最後とか……」
「その侍女が怪しい!きっちり吐かせろ!」
「はっ……!」
「そ、それから……」
「まだあるのか?」
「ら、ライカ様も見つからないとのこと……」
「おいっ!希少なライラリグの血ばかり2人も消えたのか!?あいつらはこの王国の繁栄に必要な存在なんだぞ!?ライカは最後どこで確認された!?」
「そ、それが……」
「ライカ様は王家の馬車の異常を調べられてご報告されてから、誰もお姿をお見かけしていないとのことで……」
「……?そんなことあるわけないだろ!ライカが馬車を調べていたのはかなりの人数が見ていただろうに。それに、あれだけ目立つライカの目撃情報もないとは何事だ!?誘拐か!?灯りが消えたのも誘拐犯が仕組んだのか!?」
嵐が収まり、馬で伝令が王宮との間を駆け抜け、用意された昔ながらの馬車でようやく国王が王宮に戻った時には、事態は更に深刻さを増していた。
国内のあちらこちらから、魔石が殆ど粉々になっているとの報告が上がってきたからである。
しかも、伝令には馬を使うしかない。魔石を使って速度を上昇させていた馬車の類は、全て使用できなくなっていたからだ。
「これは……未曾有の大災害ではないか……。嵐とは……こんなにも恐ろしいものだったのか?」
しかも、それから毎年1回、魔石が粉々になってしまう変な嵐が発生するようになったため、ユータナ王国の復旧は遅々として進まなかった。
「また嵐か!?」
「あの雷はどうにか出来ないのか!?」
「魔石をどんなに取ったところで嵐の度に片っ端から砕けては意味がないではないか……」
「ライカはまだ行方が分からないのか!?」
「子も産めぬ王妃などは放っておけ!とにかくライカだ!ライカはライラリグ家の中でも突出した魔力の高さだぞ!あの頭脳がどれほど我が国に利益をもたらしてくれることか……!」
しかし、国がどんなに切望して探しても、王妃もライカも死体すら見つけることができなかった。




