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5.

「ユータナ王国の価値基準についてはあまり書かれてないな……。他国の資料を見た方が分かるのか……?」


 カイラはここで行き詰まっていた。


 実は、特定の集団の中にいると、既にその集団の価値基準に染まっていることが多いため、その価値観に疑問を持つことが少ない。


 国、地域、職場、家庭……あらゆる集団でこの現象は発生する。


 ただ、それが悪いわけではない。


 自身の価値基準がその国の法律に沿っており、しかもその法律の隙をつく極悪な犯罪者による被害を受けないまま成長していった場合は、何の疑問も持たずにその社会に馴染めるからだ。


「なあ、父さん。ここは昔なんていう国だったんだ?旧ソッツァ国って呼ばれてたことは分かる。だけどユータナ王国の本ばかりで、旧ソッツァ国からの資料が全然なくて……」


「ああ……残っているものはほぼ燃やされたからな。今残っているとしたら……ユータナ王国に資料として徴収されたか、よほど気概のあるやつらが巧妙に隠して所持してるんじゃないか?」


「この家にはないんだ?」


「そりゃ敵国の元王族の屋敷なんて、真っ先に敵の調査が入ってるに決まってるだろ?俺はじいさんから聞いた話ぐらいしか分からん」


「それじゃ……元の国を俺たちが何と呼んでいたかも分からないのか?」


「……あいつらが俺らを何て呼んでたかは資料に残ってる通りらしい。でも、じいさんは自分のことを元ソマリナ王族と言っていた」


「ソマリナか……。曾じいさんはあいつらのことをなんと言ってたんだ?」


「そりゃ、憎んでたよ。まあ元敵国だからな。男だけじゃなくて女も子どももすぐに殺す残忍な奴らとか、そのくせ民族浄化とか言って気に入った女は孕ませようとするとか、そのくせ孕ませた後で責任も取らないとか、金目のものに目がないとか、言いたい放題だったけどな。まあ……本当かどうかは分からんが、この地域の子どもが攫われて向こうの兵として教育されて前線に立たされることもよくあったらしい。こっちからすると、自分の子どもたちが歯向かってくるわけだからな。酷い手もなかなか使えなかったとか」


「残忍なやつらか……」


「でも、戦争とはそういうものだ。お互いに既に何人もの犠牲者が出ているから、恨みの種はいくつもある。それに、価値基準が違う者同士で話し合うことがほぼ不可能なんだろうな……。今でも俺らの価値観はほぼ変わっていないし、あいつらもそうだ。こうなると話が永遠に合わないからな」


「歩み寄ることはできないのか……?」


「どうだろうな……。戦争は、どちらから始めたのかはっきりとは分からないことが多いからなあ……。記録も残っていないほど遠い昔からいくつも問題は起きていたはずだ。だから、もう殺し合うほど憎み合うようになったら、そこからお互いに線を引くしかないのかもしれん。その線の一つが、国境や法律なんだろうな」


「俺らが王族に戻れることはないのか……?」


「あいつらは残忍だからな……そんなことになったらまた戦争だろうさ。あいつらは自分たちこそが最高の民族で、その仲間に加えてやることこそが旧ソッツァ国と旧バラーレン国のためになるって本気で思ってたのさ。それに、今もそう思ってるかもな」


「……なんだよそれ。自分たちがまともだとでも思ってんのか?敵国の子どもを操って敵国を攻撃するような最低なことをしておいて!」


「そうだ。でも、どこの国も自分が正しいと思ってるから戦争が起こるのさ。それに、戦争ってのはな、残忍な方が大抵勝つんだよ。如何に残忍性を剥き出しに出来るか、本能に忠実に相手を支配できるか、手段を問わないか。それが戦争で勝者になるための条件かもしれないな」


「……戦争にならないためにはどうすりゃ良かったんだ?」


「さあな……そりゃ永遠の問いなのかもな。他人のものが欲しい奴らや、他人を自分の支配下に置きたいやつらなんて昔からいくらでもいるだろ?それが生き物の本能ってやつなのかもしれん」


「生き物の本能って……!俺らは人間だろ!?他の生き物と同じで恥ずかしくないのかよ!?」


「……それこそが正しい生き方だ、自然の摂理に戻るべきだ、って思ってるのかもなあ……ユータナ王国のやつらは」


「アルビノなんて……」


「ん?」


「アルビノなんて、大抵は弱いんだろ?本にそう書いてあった……」


「ま、自然界だとそうだな。だから長生きしているアルビノは貴重がられる」


「……じゃあ、ヤタヌーク地方はずっと弱いアルビノを守ってきたやつら……だったのか……?」


「どうだろうなあ……。アルビノにしろ白変種にしろ、その希少性に魅せられるやつは昔から時々いるからな。自分たちがそうだから、尚更、その特徴を守りたかったのかもしれないな……。ユータナ王国はその希少民族も自分たちの支配下に置きたかったのかもしれん」


「じゃあ、ヤタヌーク地方でもあいつらは俺らにしたみたいに……」


「……してたかもしれないし、そうじゃないかもしれん。俺はヤタヌーク地方の話は聞いていないしな。でも、ユータナ王国が戦争で残忍性を発揮できる民族ってことは確かだ」


「……」


 その日から、カイラはちょっとだけ真面目に勉強し始めた。


 夏期休暇がもう終わりかけで課題を全然やっていなかったことを思い出したのかもしれない。それとも、夏期休暇明けに試験があることを思い出したのかもしれなかった。


 (武力も魔法も……万能じゃないのか?人を殺すことにしか使えないのか?壁を築いたり……守ることには……限界があるのか……?)


 カイラの中の疑問は尽きなかった。


 (武力が高い旧ソッツァ国も、……おそらく魔力が高い旧バラーレン国もユータナ王国には勝てなかった……。誘拐された子どもは麻薬や拷問によって教育されてたから逆らえなかったのかもしれない……非道なやつらと戦うにはどうしたらいいんだ……?あんなにまともそうな顔して……正体は悪魔みたいなやつらじゃねーか!)




 そのせいか、カイラの休暇明けの試験の結果は散々であった。


「お!俺、今回はカイラに勝ってる!」


「カイラだっせー!20位にまで落ちてるぜ!」


「うっせーな!おまえは50位じゃねえか!」


「俺は元々こんぐらいだからな!」


「自慢することじゃねー!」


「別荘で遊びすぎたんだろ?」


「観光地で勉強する気になんてならねーよな!」


「でもライカはやっぱり1位だぜ?」


「ライカは流石だな!」


「僕はカイラと違って賢いからね」


「は?ライカまじでおまえウザいな!調子に乗るのもいい加減にしとけよ!?」


「カイラは僕のことが好きだねー。どうせ、休みの間も僕のことばかり考えてて勉強に身が入らなかったんでしょ?」


 カイラは何故かその余裕の笑みに少しドキッとした。


 (な、なんだよこいつ!俺がヤタヌーク地方のこととかライカのことを調べてたってなんで知ってんだよ!こんなやつ……こんなムカつくやつ、戦争を仕掛けられて当然だろ!)


 だから、カイラは尚更強がったのだ。


「は?俺は女が好きだが?男に興味なんてねーよ!」


「へー。そうなんだ。カイラは女が好きなんだね」


「ふーん。どんな女が好きなんだ?」


「い、いや?別に好きな女がいるとは言ってないが」


「でも、女が好きって分かってるってことは好きになった女がいたんだろ?どんな女だよ」


「……そんなのねーよ!」


「おいおい、素直になれよ!俺の初恋は隣の家のねーちゃんでさ……」


「俺は……」


 そんな会話の中でも、ライカはいつも通り微笑みながら話を聞いているだけだった。


 (……?ん?ライカってあまり自分の話はしねーな……?聞かれたことには答えてるけど、自分から自分の話をしてない……。いや、もしかしたら自分の話すらしてない……?自分の家系の話はしてるけど……。気のせいか?)


 カイラはやはりライカのことが気になりすぎていたのだ。でも、それは、その後のカイラの学力向上にはかなり役立っていた。




 いつかライカに勝つ日を夢見たカイラは、それから10年以上経った学園を卒業する18歳の時、見事に、同学年次席の座を手に入れたのである。


 (チッ。学園では結局ライカには勝てなかったか……。いや、卒業したら王宮の仕事で勝てば……)


 そう思っていたカイラは卒業式前日、ライカに急に話しかけられた。でも、今思うとそれは不自然だった。


 だって、今までライカがカイラに自分から話しかけてきたことなんて、初めて会った日以来、一度もなかったのだから。


「ねえ、カイラ」


「……ん?なんだよ?」


「君は、この国が好きかい?」


「いや、別に好きってこともないけど……。ま、おまえがいるなら面白そうだな」


「カイラはやっぱり僕が好きだねえ」


「そんなんじゃねえよ!卒業したらすぐにでも良さそうな女と結婚してそんなおまえの思い込みなんて払拭してやるからな!」


「……そっか。でも、僕は君が好きだよカイラ。今までありがとう」


「な、なんだよ急に!改まって!気持ち悪いな!」


 カイラは狼狽えたが、ライカは全く動じた様子もなかった。


「……この国は10年でだいぶ豊かになったからね。最近では市中にも魔石を使った冷蔵設備や温水設備が整ってきてる」


「……そうだな。王家肝入りの発明家が誰かしらねーが、魔石の使い道がこんな多岐に渡るなんてなー!そのおかげで国内の魔獣はかなりの勢いで狩り尽くされてて、どこにも属してないミャーラク山にまで魔獣狩りに行くやつらも増えてきたらしい!」


「ユータナ王国のこれからが楽しみだね」


 (やっぱこいつ、女みたいでなんかムカつくなあ)


 そう思っていたカイラは、2人が離れた後、ライカがボソッと呟いた台詞をその後も聞くことはなかった。


「……僕も、君がこの王国にいるなら、アルビノ以外も生き延びる可能性ぐらいは残してあげようと思ったんだ。勝てない相手にも真っ直ぐ向き合ってくる君は、結構面白かったからね」

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