7.
卒業式の酷い嵐が起こった翌日、王妃とライカは2人でミャーラク山の麓を歩いていた。2人は簡素で村人のような服を着ていたが、やはりその白さは際立っている。
「ライカ様……!私、ずっと信じてお待ちしておりました……」
ユータナ王国では明らかに王妃の方が身分が上なのに、王妃はライカに謙っていた。
「ああ、構わないよ。ルルカは僕の伯母上だからね。長い間よく耐えたね」
ライカは微笑んだ。
「ライラリグ家の次期当主となられるほどのお方なのに……全てを捨ててしまってよろしかったのですか?」
「同胞を救うのが僕たち元王家の責務だろ?それに、僕の兄弟は皆優秀だ。今頃、ルルカ以外は元王家の誰かが助けているさ。それぐらい、僕以外にもできるからね」
ルルカがその美しさからパミーラル国王に見初められ、ほぼ無理矢理王妃にさせられたのは、もう随分と昔だった。
何度断りを入れても王家は話を聞かず、ライラリグ家には謀反の疑いまでかけられそうになったため、嫁入りせざるを得なくなったのだ。
「子だけは出来ないようにと、ライカ様がくださる避妊薬を飲み続けてはいましたが、アルビノですらないあのような悍ましい容姿の者に抱かれるなど……」
ルルカは身震いし、過去何年にも渡る苦行を思い出して涙した。家や領民を思うと1人で逃げることなど出来なかった。
だが、出発の日、必ず助けに行くと告げたまだ3歳だったライカの言葉を信じ、ルルカはひたすら耐えた。
その我慢がいつか報われることを夢見て。
「国王陛下は結婚前から既に何人とも関係を持っていたのにねえ。何故あのようにルルカに執着したのだろうな。ルルカは目の色だって青いのに」
パミーラル国王には公式にしろ非公式にしろ、妾が多数存在している。それに、妾との子が何人もいることは、ユータナ王国内では暗黙の了解であった。
それなのに、国王が執心している王妃がなかなか子を産まないことで、王妃への蔑みや批判は年々酷くなってきていた。
「ええ……。もしかしたら、ヤタヌーク地方にしては珍しく青い目をしているからこそ、希少性を高く見積もって子を産ませたかったのかもしれませんわ……」
「ああ……それもあるか。ユータナ王国の者たちは、能力より顔の造形や珍しい色彩に惹かれるようだからね」
「そうですわね……。ライカ様が男の格好をなさっているだけで、身体検査もせず、男だとずっと思い込めるような方々ですもの」
「そうだね……。僕はもう18なのに、本当に不思議だよね。男用の衣服は詰襟が多いことも、隠し切れた理由の1つかもしれないけど」
ライカはまだ雲に覆われている空を見上げて面白そうに笑った。
旧バラーレン国は能力至上主義であった。全員アルビノで構成されていたからかもしれない。だから、年齢や性別に関わらず、強い者を尊敬する風潮があった。
5歳の試験で、ヤタヌーク地方史上最高の能力者になるだろうと評価を受けたのが、ライカであった。
だから、ずっとヤタヌーク地方にいれば、ライカは常に傅かれる存在だっただろう。
しかし、学園に入学する前から、ライカは全てを捨てると決めていた。それは歴史を学び、自分たちの民族がユータナ王国に何をされたか知った上で、ライカ自身が女という生物学的性別からは逃げ続けることができないと判断した結果だった。
「あのままユータナ王国にいたら、ライカ様まで狙われてしまわれたでしょうね……」
「そうだろうね。だから僕はずっと男装をしていたし、ライラリグ家の者以外はこれからもずっと僕を男だったと思って生きてくれるよ。一応、国を出るための正式な大義名分も手に入れたしね」
ライカにもう未練はなかった。
「……ま、彼らは僕らを誘拐されたと思って捜索するだろうな。権力や金がある者は、いつだって自分が選ぶ側だと信じて疑わない。選ばれて嬉しいはずだと思ってさえいる。相手が違う価値観で、自分たちを選ばないなんて、ましてや殺したいほど嫌われてるだなんて、微塵も思っていないのだろうね」
(これで、僕を追いかけてくるような者もあまりいないだろう。ルルカは僕が守ればいい。久々の自由かー。ちょっと楽しみだな)
ライカはパミーラル国王の執着やユータナ王国の心配をよそに、晴々とした顔をしていた。
ライラリグ家には国王との交渉や、国を出ることなど、必要なことは全て伝えてある。新たに擁立される次期公爵も殆ど決まっていたから、ヤタヌーク地方だけはこれからも特に問題なく存続するだろう。
(元敵国だからといって皆殺しにすると何かが発覚した時にヤタヌークとユータナ王国との間に何かしらの遺恨が残るしな。生きてさえいれば、カイラもきっと幸せになってくれるだろう。本当にいいことをしたなー)
ライカの考えはかなりズレていたが、その考えを修正する者はもういなかった。
こうして、ライカは目を輝かせて、ミャーラク山の頂上を見上げたのだった。




