3.
「ただいまー!」
「おかえりカイラ!」
「兄ちゃんおかえり!」
「お兄ちゃんおかえりなさーい!」
「この馬車すげーぞ!おまえら乗ったことあるか?」
「俺が1番最初に乗ったんだ!兄ちゃん遅れてるな!」
「私も乗ったわよ!王都なんて大したことないわね!」
「ええ……皆もう乗ったことあるのか?」
「ふふ、カイラは学園の中でしか生活していなかったものね。この馬車は王家肝入りで販売されたから、貴族の間では結構広まっているのよ?」
「伯爵家以上はもう大抵なんとかして手に入れてるだろうな」
「そうか……。ま、いいや!やっぱ王家ってすげーな!」
カイラの家は兄弟が多い。弟が3人、妹が2人もいる。でも、カイラは疑問に思ったこともなかった。
元々ノーランダ地域の家庭は多産であることが多い。男は外で働き、女は家事に専念する。そういうものなのだ。
ノーランダ地域では女は黒ければ黒いほど高貴な存在とされていたから、若い女たちは外で走り回ったり、暑い夏には裸同然の格好でそこら中で日光浴していた。
そして、この地域の男たちはそれを見て好みの女を娶るのだ。
だからといって浮気はほとんど出来なかった。ノーランダ地域の女は強い。浮気なんてバレようものなら、冗談抜きで刃傷沙汰になる。なりかねないではない、なるのである。
「おまえんとこ離婚したんだって?」
「ああ……」
「誰とだ?」
「いやあ……海でちょっと仲良くなった子といい感じになって……」
「それで宿まで?」
「いや、断じてやってねえ!というか、離婚するならやりゃ良かった!」
「やってないのに離婚なのか?」
「胸揉んでキスしただけだぜ?それでこりゃ宿までいけるな、って思ったら横から張り倒されてさあ……」
「嫁に行き先がバレてたのかよ!」
「言わないで行ったんだがな……尾行されてたらしい……」
「ひぇー!女って怖いなあ!やっぱ浮気はダメだな」
「マジでやめといた方がいいぜ……。家に帰ったらもう地獄だったぜ……茶碗や皿は飛んでくるし、しまいにゃ胸元に包丁突きつけられてさ……」
「で、そのまま離婚届にサインさせられたんだ?」
「ああ……」
「あいつらには法律って概念はないのか……?」
「女が法律なんて知ってるわけないだろ……。とりあえず晴れて自由の身にはなれたが、結婚はしばらく懲り懲りだな……」
「家のことはどうすんだよ」
「そこなんだよなあ……。でも、今回の離婚でがっつり財産取られたからな……。養育費とかいうやつも払わなきゃいけないし……。でもさ、また離婚になったらあれだぜ……?」
「浮気しなきゃいいんだろ?」
「しばらくは結婚しないで彼女だけ作っとくわ……」
「離婚したってこともあまり言わない方がいいぜ?若い女は婚姻歴がない男が好きだからな」
「でも、言わなきゃ言わないで離婚してたことを聞いてない!ってヒステリックになるんだろ……?」
「そりゃそうだろうな?」
「詰んでね?」
「……ま、中には変な女もいるしなんとかなるだろ」
「そうかあ……?」
「しかも、今時の若い女はもっと過激だぞ。最近、過去の女の話をしただけで殺された事件があっただろ?別の女とやったことがあるなんて聞いてないって」
「んな無茶言うなよ。付き合ったらやるだろ?ガキじゃねえんだから」
「それすら嫌だっていう過激な女も増えてるらしい。ま、ノーランダ地域の女は激しいからな。これからは気をつけろよ」
「ああ……」
実際、そのせいで何人かの死傷者が出るなんて日常茶飯事だったし、観光地なだけあって歓楽街が出来そうになったこともあるが、全て潰されていた。
しかも恐ろしいことに、屈強な女たちの手によって、である。
そして、女の暴力や刃傷沙汰は、大抵男の浮気が原因だったから、ノーランダ地域の傭兵たちも、痴話喧嘩ぐらいではまともに取り合ってくれなかった。
男なら自分の女ぐらい自分で管理しろ、ということである。
環境の理不尽は地域特性や文化まで入ると、どちらが悪なのか分からないことがよくある。大体どちらも悪いことが多いからだ。
だが、地域的に多産なこともあるのか、人口が減る気配はなかった。
「なあ父さん。ヤタヌーク地方のライラリグ家って知ってる?」
「……あ。ああ。思い出した。知ってるぞ。どうした?」
「どんな家?」
「どんな家って……そりゃ……。一言にするなら、俺らみたいな家系、かな?」
「俺らみたい?あんな白いやつが?」
「昔、戦争があったことはカイラも知ってるだろ?」
「そりゃな!また戦争があったら、俺が魔法をぶっ放して皆を守ってやる!」
「……このユータナ王国が、いくつかの小国を吸収したって話は?」
「そりゃ勿論知ってる!白い魔族と黒い魔族の話だろ!」
「……そうだ。このユータナ王国の民族は元々肌が薄い桃色で髪や目の色は様々だ」
「だよな!」
「……そうか、カイラは自分もユータナ王国の民族と同じだと思っているのか」
「そりゃそうだろ?俺らも肌は日焼けしなきゃ桃色だし、髪だって茶色とか紺色とか黒とか色々だ。ま、黒が1番だけどな!」
「……俺らは彼らの中ではユータナ王国民じゃなかったんだよ」
「へ?」
「戦争物語で描かれてる、邪悪な黒い魔族ってのは、俺らのことだ。カイラ」
「……は?え?絵本では……すっげー酷い容姿で……」
「プロパガンダだろうな。相手を人間だと思わせないための」
「……」
「戦争が起こると、相手を殺しやすくするためにそういった王家や貴族主導による思考誘導が行われる。民衆を操るのは簡単だ。相手の卑劣さをいくらでも掘り起こして感情を誘導してやればいい」
「……俺らは魔族……なのか?」
「彼らにとってはな。実際王都に行って、ノーランダ地域のやつらとは色々文化や考え方が違うとは思わなかったか?」
「少し……話し方が違うかも……ってぐらいで……。でも、俺の方が訛ってるのかもって……」
「教育は怖いな。おまえまでユータナ王国の考え方を植え付けられているなんて……。おまえはそのうち、黒が高貴な色だとも思わず、ユータナ王国の嫁を娶るのかもな。でも、この王国も貴族も、それを望んでるから、望み通りってわけだ」
「……でも、別に、俺は学園のやつらがいいなんて思わなかった」
「本当か?」
「ああ!」
「やたら気になるやつなんていなかったか?」
「いなかった!」
「そうか……」
カイラの父親は少し安堵した表情を見せた。
「いや、別におまえが誰を好きになろうがいいんだ。だが、そういった元敵国の思惑が裏にあることを頭の片隅に入れておいてもいいだろうからな。世界中どこにいたって、男は惚れた女にゃ弱いもんだ」
「……そうかあ?そこらの女より、ライカの方がよほど顔がいいけどな」
「……ん?ライカって誰だ?」
「ヤタヌーク地方のやつだよ!めちゃくちゃムカつくんだよな!そいつ!いけすかないっていうか、なんか色々ズルしててさ!」
「……ズル?」
「足が速くて、試験だっていつも1位でさ!そんなやついるわけないだろ?俺より速いんだぜ?絶対ズルしてやがる!あと魔法で何体も複製体を出して学園できもがられててさ!」
「……そのライカって子には気をつけた方がいいな」
「父さんもそう思うよな!家にいる間にあいつの秘密を探ってやるんだ!」
「……」
カイラの父親は難しい顔をして黙り込んだ。カイラはそれを少し変に思ったが、意識はもう、ライカの家を探り、ライカの弱みを掴むことにだけ向いていたのである。




