第五話「灯し手」
社の前には、重い沈黙が落ちていた。
颯が、雪に向かって言った。
「雪殿。——灯し手というのは、どうやって決まるのですか」
「一族の血を引く者の中から、選ばれます。——選ばれた者は、一生を、灯りと共に過ごします」
「その者の、意思は——」
「……ございません。古い時代から、そう決まっております」
雪の声は静かだったが、その奥に、長年抱えてきた苦さがにじんでいた。
「私の姉も、十二の頃に選ばれました。——それから三十年、社から出ることはありませんでした」
キミは、自分の境遇と、雪の姉の境遇が、重なって見えた。
(御簾の中の私と——灯りの前の、姉様)
「雪。——もし、新しい灯し手を選ばなければ、どうなりますか」
「灯りは、もう、灯りません。——封じは、解けたままになります」
「では、選ぶしか——」
「キミ様」
雪が、キミの言葉を遮った。
「もう一つ、申し上げねばならないことがあります」
「何でしょう」
「——次の灯し手として、すでに、名が挙がっている者がおります」
キミは、その言葉に、嫌な予感を覚えた。
「誰、ですか」
雪は、しばらく、言葉を選んでいるようだった。
「……颯殿です」
颯の表情が、固まった。
「俺、ですか」
「はい。——颯殿は、八咫烏の血を引いておられます」
「俺は——この里の生まれではありません」
「血筋は、生まれた場所とは関係ございません。——颯殿の故郷も、もともとは、この里から分かれた一族だったと聞いております」
颯は、何も言えなかった。
キミは、颯の顔を見た。初めて見るその顔に、今まで見たことのない動揺が浮かんでいた。
「……颯。それは、本当ですか」
「……分かりません。俺は、自分の血筋について、詳しく聞いたことがありません」
「もし、本当なら——颯が、灯し手に選ばれたら」
「一生、ここに——縛られることになります」
颯は、低い声で言った。
「俺の村は、灯りを消すことで——消えました。だから俺は、封じを守ることに、意味があると思っていました。——でも」
颯は、キミを見た。
「キミ様も、この里に——一生、縛られている。それは、正しいことなんでしょうか」
誰も、答えなかった。
その夜、社の前で、三人は焚き火を囲んでいた。
雪が、社の奥から、古い書物を持ってきた。
「キミ様。——颯殿。これを、お見せしておきます」
それは、八咫烏の一族の、最も古い記録だった。颯が見つけたものよりも、さらに古いものだという。
「八体の鬼を封じる前——一族には、もう一つの選択肢があったと、記されています」
「もう一つの、選択肢?」
「鬼を、封じるのではなく——鬼と、共に生きる、という選択肢です」
キミは、その文字を、御簾の外で初めて、自分の目で読んだ。
『鬼ハ、人ノ恐レガ生ンダモノナリ。封ジルハ、恐レヲ閉ジルニ同ジ。恐レヲ越エテ知ル者アラバ、鬼ハ友トナラン』
「恐れを越えて知る者、あらば……」
「キミ様。——もしかしたら」
颯が、焚き火の向こうから言った。
「八つ目の鬼が『迎え入れられた』というのは——その、鬼と共に生きる道を選んだ、誰かがいたから、なのかもしれません」
「私の、ご先祖様……?」
「分かりません。——でも、もしそうなら」
颯は、キミの指先を見た。黒い筋が、焚き火の灯りに照らされて、わずかに金色に輝いて見えた。
「キミ様の中にいるものは——封じられた『敵』じゃなく、ずっと一緒にいた『誰か』なのかもしれません」
キミは、自分の指先に、そっと触れた。
脈打つ感覚。それは、今までずっと——怖いものだと思っていた。
(——あなたは、誰?)
心の中で、そっと問いかけてみた。
すると——
頭の中に、再び、あの声が響いた。
今度は、はっきりと聞こえた。
「——ようやく、気づいてくれた」
優しい、女性の声だった。
「私は、ずっと——あなたの中で、あなたを見ていた。——怖がらせて、ごめんね」
「……あなたは、誰、ですか」
「私の名前は——」
その声が、名前を口にしようとした、その瞬間——
社の奥、暗くなった燭台の方角から、激しい光が、放たれた。




