表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
烏渡の里(うわたりのさと)  作者: Kentarou Tou / Kentarou Theater


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/10

第五話「灯し手」


 社の前には、重い沈黙が落ちていた。


 颯が、雪に向かって言った。


「雪殿。——灯し手というのは、どうやって決まるのですか」


「一族の血を引く者の中から、選ばれます。——選ばれた者は、一生を、灯りと共に過ごします」


「その者の、意思は——」


「……ございません。古い時代から、そう決まっております」


 雪の声は静かだったが、その奥に、長年抱えてきた苦さがにじんでいた。


「私の姉も、十二の頃に選ばれました。——それから三十年、社から出ることはありませんでした」


 キミは、自分の境遇と、雪の姉の境遇が、重なって見えた。


(御簾の中の私と——灯りの前の、姉様)


「雪。——もし、新しい灯し手を選ばなければ、どうなりますか」


「灯りは、もう、灯りません。——封じは、解けたままになります」


「では、選ぶしか——」


「キミ様」


 雪が、キミの言葉を遮った。


「もう一つ、申し上げねばならないことがあります」


「何でしょう」


「——次の灯し手として、すでに、名が挙がっている者がおります」


 キミは、その言葉に、嫌な予感を覚えた。


「誰、ですか」


 雪は、しばらく、言葉を選んでいるようだった。


「……颯殿です」




 颯の表情が、固まった。


「俺、ですか」


「はい。——颯殿は、八咫烏の血を引いておられます」


「俺は——この里の生まれではありません」


「血筋は、生まれた場所とは関係ございません。——颯殿の故郷も、もともとは、この里から分かれた一族だったと聞いております」


 颯は、何も言えなかった。


 キミは、颯の顔を見た。初めて見るその顔に、今まで見たことのない動揺が浮かんでいた。


「……颯。それは、本当ですか」


「……分かりません。俺は、自分の血筋について、詳しく聞いたことがありません」


「もし、本当なら——颯が、灯し手に選ばれたら」


「一生、ここに——縛られることになります」


 颯は、低い声で言った。


「俺の村は、灯りを消すことで——消えました。だから俺は、封じを守ることに、意味があると思っていました。——でも」


 颯は、キミを見た。


「キミ様も、この里に——一生、縛られている。それは、正しいことなんでしょうか」


 誰も、答えなかった。




 その夜、社の前で、三人は焚き火を囲んでいた。


 雪が、社の奥から、古い書物を持ってきた。


「キミ様。——颯殿。これを、お見せしておきます」


 それは、八咫烏の一族の、最も古い記録だった。颯が見つけたものよりも、さらに古いものだという。


「八体の鬼を封じる前——一族には、もう一つの選択肢があったと、記されています」


「もう一つの、選択肢?」


「鬼を、封じるのではなく——鬼と、共に生きる、という選択肢です」


 キミは、その文字を、御簾の外で初めて、自分の目で読んだ。


『鬼ハ、人ノ恐レガ生ンダモノナリ。封ジルハ、恐レヲ閉ジルニ同ジ。恐レヲ越エテ知ル者アラバ、鬼ハ友トナラン』


「恐れを越えて知る者、あらば……」


「キミ様。——もしかしたら」


 颯が、焚き火の向こうから言った。


「八つ目の鬼が『迎え入れられた』というのは——その、鬼と共に生きる道を選んだ、誰かがいたから、なのかもしれません」


「私の、ご先祖様……?」


「分かりません。——でも、もしそうなら」


 颯は、キミの指先を見た。黒い筋が、焚き火の灯りに照らされて、わずかに金色に輝いて見えた。


「キミ様の中にいるものは——封じられた『敵』じゃなく、ずっと一緒にいた『誰か』なのかもしれません」




 キミは、自分の指先に、そっと触れた。


 脈打つ感覚。それは、今までずっと——怖いものだと思っていた。


(——あなたは、誰?)


 心の中で、そっと問いかけてみた。


 すると——


 頭の中に、再び、あの声が響いた。


 今度は、はっきりと聞こえた。


「——ようやく、気づいてくれた」


 優しい、女性の声だった。


「私は、ずっと——あなたの中で、あなたを見ていた。——怖がらせて、ごめんね」


「……あなたは、誰、ですか」


「私の名前は——」


 その声が、名前を口にしようとした、その瞬間——


 社の奥、暗くなった燭台の方角から、激しい光が、放たれた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ