第四話「外の光」
御簾が、上がった。
キミ自身の手で。
その瞬間、視界いっぱいに、光が広がった。
今まで、布越しにしか見たことのなかった光景。外廊の木目、その向こうに広がる庭、空——すべてが、思っていたよりも、近かった。そして、明るかった。
「——!」
キミは、思わず目を細めた。光に慣れるまで、しばらくかかった。
目の前に、颯が立っていた。
御簾越しに、何度も声だけを聞いてきた相手。その顔を、初めて見た。
颯は、キミの顔を見て——驚いたような表情を浮かべた。それから、すぐに、何かをこらえるような顔になった。
「キミ様……」
「……颯。私、外に出ます」
「待ってください、キミ様!」
志波が、慌てて駆け寄ってきた。だが、その足が、キミの目の前で止まった。
志波の視線は、キミの——指先に向いていた。
黒い筋は、もう、手首の先まで達していた。皮膚の下で、ゆっくりと、脈打つように動いている。
「……これが」
「志波。——私は、自分のことを、自分で決めたいです」
「キミ様、それは——」
「封じ直しの儀が、本当に必要なものなのか。——私自身が、確かめたいのです」
志波の表情に、迷いが浮かんだ。長老としての立場と、目の前にいる——初めて自分の意志を口にした、若い巫女の姿の間で。
「……どこへ、行かれるおつもりですか」
「北の社へ。——灯りが消えた、本当の理由を」
志波は、しばらく動かなかった。それから、深く頭を下げた。
「……分かりました。ですが——颯殿、必ず、お守りください」
「はい」
北の社へ向かう道は、初めて来たときよりも、暗く感じられた。
灯りが、もう三つ消えている。社の周囲は、昼間でも薄暗く、空気が重かった。
「キミ様。——大丈夫ですか」
「……はい。颯、聞きたいことがあります」
「何でしょう」
「あなたの故郷で——灯りを消した人たちは、その後、どうなったのですか」
颯の足が、一瞬、緩んだ。
「……分かりません。村が消えたとき、彼らも、村の中にいました」
「鬼たちは——解放されて、何をしたのですか」
「俺が見たのは……一瞬でした。光のようなものが、村全体を包んで——後には、何も残っていませんでした」
「破壊、ではなく?」
「分かりません。破壊、というより——消えた、という方が近いです。建物も、人も、跡形もなく」
キミは、その光景を想像しようとしたが、できなかった。
「もし、この里でも——同じことが起きたら」
「キミ様」
颯が、足を止めた。
「俺は、もう一度、それを見たくありません。——でも」
「でも?」
「八つ目の鬼だけは、何かが違う気がしています。——『迎え入れられた』という言葉。それに」
颯は、キミの方を見た。
「キミ様が、その鬼と——話せるかもしれない、ということ」
北の社に着くと、消えた灯りの跡——三つの、暗くなった燭台の前に、誰かが立っていた。
雪だった。
「雪……?」
「キミ様……。来てしまわれましたか」
雪の声には、咎める響きはなかった。ただ、深い疲れのようなものが、にじんでいた。
「雪。——一人で、ここに何を」
「……お別れを、言いに来ておりました」
「お別れ、とは」
雪は、暗くなった燭台の一つに、手を触れた。
「この灯りは——私の、姉のものでした」
キミは、言葉を失った。
「灯りは、ただの火ではございません。——一族の者が、その身と引き換えに、燈し続けているものです」
「……それは」
「灯りが消えるとは、その者の——命が、尽きるということでもございます」
雪の頬を、一筋、涙が伝った。
「姉は、もう三十年、この灯りを守り続けておりました。——昨夜、その灯りが消えました」
「それは……鬼が、目を覚ましたからではなく」
「いいえ。——鬼が目を覚ましたのは、姉が、力尽きたから、なのかもしれません」
キミは、自分の指先の黒い筋を見た。
(——順番が、逆?)
「雪。——もし、灯りを灯す者がいなくなったら」
「鬼は、封じから、解かれます。——それだけのことです」
雪は、燭台から手を離し、キミを見た。
「キミ様。これは、長老衆には、まだ報告しておりません。——封じ直しの儀をしても、灯りを灯す者がいなければ、意味がないのです」
「……では、儀は」
「失敗します。——確実に」




