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烏渡の里(うわたりのさと)  作者: Kentarou Tou / Kentarou Theater


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3/10

第三話「解く者」


 颯の問いは、御簾を通して、いつまでもキミの中に残った。


「……それは、どういう意味ですか」


「すみません。今のは、俺の考えすぎかもしれません」


「いえ。——続けてください」


 颯は、しばらく黙っていた。それから、声を落として続けた。


「他の七体の鬼は、すべて『力ずくで封じられた』と記録にあります。暴れ、抗い、灯りに押し込められた——そういう書き方です」


「八つ目は」


「八つ目だけ、違います。『迎え入れられた』と書かれています」


 キミは、その言葉を、頭の中で繰り返した。


「迎え入れられた……」


「まるで——八つ目の鬼自身が、人の中に入ることを、選んだように読めます」


 御簾の向こうで、颯の影が、わずかに動いた。


「キミ様。もう一つ、お伝えしておきたいことがあります。——俺が、この里に来た理由です」


「……颯は、もともとどこから」


「俺の故郷にも、似たような『封じ』がありました。——でも、そこはもう、ありません」


 キミは、息を呑んだ。


「灯りが、全部消えたのですか」


「いえ。——逆です。誰かが、灯りを、わざと消したんです」


「わざと……?」


「俺の村では、鬼を封じることに疲れた人々が——いました。封じ続けることに、意味があるのかと。鬼を、解いてしまえばいいと、考える者たちが」


 颯の声は、静かだったが、その奥に、抑えた重さがあった。


「その人たちは、灯りを一つずつ、自分の手で消していきました。——最後の灯りが消えたとき、村は」


 颯は、そこで一度、言葉を切った。


「一夜で、消えました。人も、家も、何も残りませんでした」


 キミは、何も言えなかった。


「俺だけが、たまたま村の外にいて、生き残りました。それから——封じのことを、調べて回るようになりました」


「……颯は、何のために、それを」


「同じことが、また起きないように。——それだけです」




 翌朝、里には、いつもと違う緊張が漂っていた。


 志波が、急いで御簾の前にやってきた。


「キミ様。——北の社の灯りが、また一つ消えました」


「三つ目、ですか」


「はい。一晩で、です。これまでとは、明らかに速さが違います」


 志波の声には、隠しきれない焦りがあった。


「キミ様。——大変、申し上げにくいのですが」


「何でしょう」


「里の長老衆の中で——一つの提案が、出ております」


「提案、とは」


 志波は、しばらく言葉を選んでいるようだった。


「八つ目の鬼が目を覚ます前に——その器となっている巫女様を、北の社にお移しし、封じの儀を、改めて行うべきだという声が」


「……それは」


「より強く、封じ直す、ということです」


 キミは、自分の指先を見た。黒い筋は、今や、手首の近くまで伸びていた。


「もし、その儀が——うまくいかなかったら、どうなるのですか」


 志波は、答えなかった。


 その沈黙が、答えだった。




 その日の午後、御簾の外で、争うような声がした。


「——颯殿、お控えください!」


「長老衆の決定に、口を挟む立場ではないのは分かっています。ですが」


「キミ様の御身に関わることです。下がりなさい」


「キミ様の声を、聞いてからにしてください」


 キミは、御簾に近づいた。


「……何が、起こっているのですか」


 志波の声が、固くなった。


「キミ様。——本日の夕刻、北の社にて、封じ直しの儀を行うことが決まりました」


「私の、意思は——」


「申し訳ございません。これは、里全体を守るための決定です」


 御簾の外で、颯が言った。


「キミ様。——もし、お望みでなければ」


「颯!」


「俺が、お連れします。——どこへでも」


 キミは、御簾を見た。


 生まれてから今まで、一度も、自分の意思で開けることのなかった布の壁。


 その向こうに、颯がいる。


 キミは、ゆっくりと、御簾に手を伸ばした。


 指先の黒い筋が、その瞬間——強く、脈打った。



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