第三話「解く者」
颯の問いは、御簾を通して、いつまでもキミの中に残った。
「……それは、どういう意味ですか」
「すみません。今のは、俺の考えすぎかもしれません」
「いえ。——続けてください」
颯は、しばらく黙っていた。それから、声を落として続けた。
「他の七体の鬼は、すべて『力ずくで封じられた』と記録にあります。暴れ、抗い、灯りに押し込められた——そういう書き方です」
「八つ目は」
「八つ目だけ、違います。『迎え入れられた』と書かれています」
キミは、その言葉を、頭の中で繰り返した。
「迎え入れられた……」
「まるで——八つ目の鬼自身が、人の中に入ることを、選んだように読めます」
御簾の向こうで、颯の影が、わずかに動いた。
「キミ様。もう一つ、お伝えしておきたいことがあります。——俺が、この里に来た理由です」
「……颯は、もともとどこから」
「俺の故郷にも、似たような『封じ』がありました。——でも、そこはもう、ありません」
キミは、息を呑んだ。
「灯りが、全部消えたのですか」
「いえ。——逆です。誰かが、灯りを、わざと消したんです」
「わざと……?」
「俺の村では、鬼を封じることに疲れた人々が——いました。封じ続けることに、意味があるのかと。鬼を、解いてしまえばいいと、考える者たちが」
颯の声は、静かだったが、その奥に、抑えた重さがあった。
「その人たちは、灯りを一つずつ、自分の手で消していきました。——最後の灯りが消えたとき、村は」
颯は、そこで一度、言葉を切った。
「一夜で、消えました。人も、家も、何も残りませんでした」
キミは、何も言えなかった。
「俺だけが、たまたま村の外にいて、生き残りました。それから——封じのことを、調べて回るようになりました」
「……颯は、何のために、それを」
「同じことが、また起きないように。——それだけです」
翌朝、里には、いつもと違う緊張が漂っていた。
志波が、急いで御簾の前にやってきた。
「キミ様。——北の社の灯りが、また一つ消えました」
「三つ目、ですか」
「はい。一晩で、です。これまでとは、明らかに速さが違います」
志波の声には、隠しきれない焦りがあった。
「キミ様。——大変、申し上げにくいのですが」
「何でしょう」
「里の長老衆の中で——一つの提案が、出ております」
「提案、とは」
志波は、しばらく言葉を選んでいるようだった。
「八つ目の鬼が目を覚ます前に——その器となっている巫女様を、北の社にお移しし、封じの儀を、改めて行うべきだという声が」
「……それは」
「より強く、封じ直す、ということです」
キミは、自分の指先を見た。黒い筋は、今や、手首の近くまで伸びていた。
「もし、その儀が——うまくいかなかったら、どうなるのですか」
志波は、答えなかった。
その沈黙が、答えだった。
その日の午後、御簾の外で、争うような声がした。
「——颯殿、お控えください!」
「長老衆の決定に、口を挟む立場ではないのは分かっています。ですが」
「キミ様の御身に関わることです。下がりなさい」
「キミ様の声を、聞いてからにしてください」
キミは、御簾に近づいた。
「……何が、起こっているのですか」
志波の声が、固くなった。
「キミ様。——本日の夕刻、北の社にて、封じ直しの儀を行うことが決まりました」
「私の、意思は——」
「申し訳ございません。これは、里全体を守るための決定です」
御簾の外で、颯が言った。
「キミ様。——もし、お望みでなければ」
「颯!」
「俺が、お連れします。——どこへでも」
キミは、御簾を見た。
生まれてから今まで、一度も、自分の意思で開けることのなかった布の壁。
その向こうに、颯がいる。
キミは、ゆっくりと、御簾に手を伸ばした。
指先の黒い筋が、その瞬間——強く、脈打った。




