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烏渡の里(うわたりのさと)  作者: Kentarou Tou / Kentarou Theater


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第二話「八つ目」


 翌日、キミは御簾の内から出ることを許されなかった。


 志波の言葉通り、警備の人数が増え、里の出入りには見慣れない顔の男たちが立つようになった。颯の姿も、その日は見えなかった。


 御簾の向こうの光が、いつもより弱く感じられた。


 昼過ぎ、薪の匂いを纏った老婆が、食事を運んできた。里で最も古い世話役の一人、(せつ)だった。


「キミ様。お加減はいかがです」


「……雪、教えてください」


「何でしょう」


「この里に祀られている『鬼』は、何体いるのですか」


 雪の手が、一瞬止まった。それから、いつもと変わらない声で答える。


「七体でございます。社の灯りと、同じ数」


「——本当に、七体ですか」


 雪は、キミの顔を見た。長年、この里で世話役を続けてきた老婆の目には、何か——驚きとは違う、別の感情が浮かんでいた。


「……どこで、その話を」


「答えていただけますか」


 雪は、しばらく黙っていた。それから、膳を置き、声を落とした。


「キミ様。——これは、巫女様にしか伝えられない話です」


「私は、巫女です」


「……はい。ですから、お話しいたします」


 雪は、御簾のすぐ外に座り直した。


「この里には、もともと、八体の鬼が祀られておりました。——八咫烏の一族が、大昔にこの地で封じたものです」


「八体……」


「ですが、ある時——一体だけ、封じることができませんでした。あまりに力が強く、灯りを一つ用意するだけでは、抑えきれなかったのです」


「その鬼は、どうなったのですか」


 雪は、キミの目を、まっすぐに見た。


「——人の中に、封じられました」


 キミは、息を止めた。


「人の、中に……?」


「八咫烏の血を引く者の中に、その鬼の魂が、分けて封じられております。代々、巫女の血筋に」


 キミは、自分の指先を見た。


 黒い筋が、心臓の音に合わせるように、わずかに脈打っていた。


「……それは」


「キミ様。——お聞きください」


 雪の声が、初めて、わずかに震えた。


「その『八つ目の鬼』が封じられているのは——キミ様、あなた様の中です」




 キミは、しばらく何も言えなかった。


 御簾の向こうで、雪が静かに頭を下げているのが、影で分かった。


「……ずっと、誰も教えてくれなかった」


「申し訳ございません。これは、巫女が十八になるまでは、伝えてはならぬという掟があるのです」


「十八……。私は、まだ」


「はい。本来であれば、あと二年。——お伝えするのは早すぎました」


 雪は、顔を上げた。


「ですが、灯りが二つ消えた今、悠長なことを申している時ではないと、判断いたしました」


「……黒い筋のことも、知っているのですか」


 雪の表情が、わずかに動いた。


「指の、ということですね」


「……見えるのですか」


「巫女の世話役は、代々、その兆しを見るための目を持たされております。——あれは、内なる鬼が目を覚ます兆しです」


 キミは、自分の指を握り込んだ。


「目を覚ますと、どうなるのですか」


「……正直に申し上げます。それは、誰にも分かりません」


 雪の声に、初めて——感情の揺れが、はっきりと表れた。


「過去に、内なる鬼が目を覚ました巫女様は、お一人だけいらっしゃいました。——三代前の、巫女様です」


「その方は、どうなったのですか」


「ある日を境に、御簾の奥から、お声が聞こえなくなりました。——それきりです」


 部屋の中の空気が、急に冷たく感じられた。


「……分からない、ということですか。生きているのか、それとも」


「分かりません。御簾を上げることも、許されておりませんでした」


 キミは、御簾を見た。


 いつも、外の光だけを伝えてくれる、薄い布の壁。


 その向こうに、何があるのか——今まで、考えたことすらなかった。




 その夜、キミは一人で、御簾の前に座っていた。


 雪が下がってから、誰も訪れていない。颯の姿も、結局見えなかった。


 外は、すでに暗い。御簾の向こうの灯りも、いつもより少なく感じられる。


(私の中に、八つ目の鬼がいる。それが目を覚ましかけている)


 指先の黒い筋を、見つめる。


 脈打つたびに、何かが——自分のものではない感情が、わずかに混ざってくるような気がした。


 悲しみ。怒り。そして——「帰してくれ」という、あの声。


(帰る、というのは——どこへ?)


 ふと、外廊から、足音が聞こえた。


 いつもの世話役の足音とは違う。軽く、速い。


「キミ様」


 颯の声だった。


「……颯。今まで、どこに」


「すみません。——里の外れを、調べていました」


「何を調べていたのですか」


 颯は、御簾の外で、声を一段落とした。


「灯りが消えた社の周辺で——古い記録を、見つけました」


「記録?」


「八咫烏の一族が、最初にこの地に来た頃の記録です。——その中に、気になることが書かれていました」


 キミは、御簾に近づいた。布越しに、颯の影が、すぐそこにあるのが分かる。


「八体の鬼を封じたとき——一族の長は、八つ目の鬼にだけ、こう言い残していたそうです」


 颯は、一度、言葉を切った。


「『お前だけは、いつか、解いてやる』」




 キミは、その言葉を、繰り返した。


「解いてやる……」


「はい。——他の七体は『封じる』としか書かれていません。八つ目だけ、違う言葉が使われています」


「それは——どういう意味でしょうか」


「分かりません。ですが」


 颯の声に、迷いがあった。


「もし、八つ目の鬼が——他の七体とは、何か違う存在なのだとしたら」


 颯は、そこで言葉を切った。


 御簾の向こうで、颯の影が、ゆっくりとこちらを向いた。


「キミ様。——あなたの中にいるものは、本当に『鬼』なのでしょうか」



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